国立ハンセン病資料館へ行ってきました
今日は縁があり東京清瀬市にある国立ハンセン病資料館へ行ってきました

気になるのは、湯之沢集落のことコンウォール・リー女史(以下:リー女史)のこと。 ありました!それも数箇所! 残念ながら撮影禁止でした画像での紹介が出来ません
聖バルナバミッションの一部も紹介されてましたけど、リー女史が着用していたコートや部屋で履いた靴下が立派なガラスケースに展示されてました。
国立ハンセン病資料館では9月6日にはリー女史が尊敬していたダミアン神父の演劇「ダミアン神父の生涯」という演劇公演もあります。
滞在時間が短くて全部まわることが出来なくて残念でした是非もう一度行ってみたい記念館です。
(担) バルナバ★うっP- でした
寒いんです・・・・草津温泉
テレビの片隅に映る草津温泉の今日の天気予報です 午後から雨のようです

早朝6時少し過ぎ 太陽は昇る気配なし

リーかあさま記念館の庭には花が咲いてます


本日もリーかあさま記念館は10時~15時まで開館してます
ご来館される方雨対策のうえお出でください

(担)バルナバ★うっP- でした
痕跡を探して・・・・・草津温泉
かつて草津温泉にあったハンセン病者が暮らしていた「湯ノ沢集落」。この集落が姿を消して70年余
そんな湯ノ沢集落の痕跡はあるのだろうか? 今日は当時を偲ばせる痕跡探しのプチ散歩の旅をしよう
スタートはりーかあさま記念館前。 左がリーかあさま記念館、右が聖マーガレット館、中央の道路が通称”地蔵坂”の一番高い場所です

その名をとどめるのはこの橋だけなのか? 湯ノ沢橋です

欄干の三箇所に当時を偲ばせる文字が見える



草津新四国八十八ケ所霊場

湯之沢の文字発見 これで四箇所め

草津町民なら誰でも知っている通称”土橋”(=どばし)湯之沢集落の一番下部にある 大きな文字で湯川の看板文字が見える これで五箇所め

この古びた橋の欄干には?

湯川に架す? 湯川という文字が見えた これで六ヶ所め 今日知ったのですがこの橋の正式名称は”土橋”ではありませんでした 正式名称はスミマセン写真撮り忘れのメモせずの・・・・・後日発表します。
湯之沢橋にその名があるのは知っていたけど探せばあるんですねー
この通称”土橋”からかつての湯之沢集落を見るとやっぱり小さな谷間ですねー 右の大きなプラント?がかつて聖バルナバ病院があった場所 左にはグランドがあったそうです 正面の大きなホテルに気になる文字が

喜びの宿 高松

このホテル高松が名前を変えたのは最近でした、一週間ほど前こちらに泊まったお客様がリーかあさま記念館を訪ねていただいてこの名前に変わっていたこと知ったのです、草津町内の同じ行政区なのにお恥ずかしいです まさに灯台本暗しとはこのことでした
コンウォールりー・女史(以下:リー女史)は本を書くとしたらこんな題にするつもりでした
私が草津について本を書くとしたら『喜びの地』という題にするつもりです(リー女史写真集p18)
中村茂著のリー女史の本のタイトルは『喜びの谷』
七箇所めに入れちゃいましょ!?
(担)バルナバ★UっPーでした