小説「ダンジョンに挑むこと自体がまちがっていたのだろうか」⑦ | おだんご日和

おだんご日和

Dango茶屋・いちのせの徒然記

 

 

昼ごろになると、賢者がオニギリを差し入れしてくれたり、スピードワゴンが手伝いに来てくれたりした。しかし、何より助かったのは、ダンボール箱の差し入れだった。
あまりに物が多すぎて、すぐにダンボール箱が足りなくなるのだ。その結果、手伝いに来る者は、ホームセンターでダンボール箱を買って持ってくるようになった。ダンボール箱は買うと結構な値段がする。1個300円くらいでも、5個なら1500円、10個なら3000円である。
無償労働なのに、みんな3000円くらいの手土産を持ってやってくるのだ。災害ボランティアならともかく、何なんだこれは一体!

 

スピードワゴンが「落ち着いたら、手伝ってくれたみんなを新居に呼んで、焼き肉パーティでも開かないといけないぜ」と言ったら、トンヌラは「そうですねぇ、片付いたらですね、へへへ」と笑っていた。
こいつは絶対にそんなことしないと、私は直感した。

 

それでも、夕方になる頃にはラストダンジョンの荷物も半分以上が片付き、他の部屋をホウキで掃いたり、アパートの横に溜まった大量の「捨てる分のゴミ」を整理したりする余裕ができてきた。
ちなみに、部屋をホウキで掃くとホコリや砂と一緒に、フィギュアやプラモデルの部品がコロコロと集まってくる。
どういう家だよ。それはともかく明日が最後の決戦だ。

 

日曜日の朝。

 

プリキュアが終わる頃には、トンヌラの家で最後の戦いが始まっていた。
終わりが見えてきて気分が軽くなったことと、片付けのノウハウが身についてきたこと、そしてスピードワゴンの応援もあり、作業は思っていた以上に早く進んでいた。

昼にはラーメンを食べ、16時近くになるとラストダンジョンもほぼ攻略という雰囲気になってきた。

 

その時、戦士が気付いた。

「あれ?こんなところに押入れがあるの?」

今まで荷物に隠れて見えていなかったが、ラストダンジョンには押入れがあったのだ。
さっきまでの明るい雰囲気が一変し、全員の表情が固まった。
皆がトンヌラの顔を見ると、彼は「こんなところに押入れあったっけかな?」と言った。ラストダンジョンには、家主も知らないエクストラダンジョンがあったのだ。

 

張りつめた緊張感の中、戦士がゆっくりと押入れの戸を開ける。

そこには何も入っていなかった。
緊張が緩み、みんなが笑顔になる。きっと、荷物が増える過程で押入れの戸をふさいでしまい、そのまま忘れ去られてしまったのだろう。

 

やがて作業は終了した。

 

見回すと、本当に広い部屋だ。この部屋全てに腰までモノが積み重なっていたのだと思うと、何かとんでもないことが、世界の誰にも知られずに起こり、そして誰にも知られることなく片付けられたのだとしみじみ思う。
きっと今まで何度も、こうやって世界の危機は起こり、誰にも知られずに解決されていったのだろう。これこそヒーローの仕事で、今日私たちはヒーローの一員になったのだ。

 

スピードワゴンが口を開いた。
「あーあ、すっかりホコリだらけになっちまったな。ぽかぽか温泉にでも行くか?」
私たちは賛成し、玄関へ歩いて行く。

 

戦士がふと、玄関横のドアに目をやった。
「あのドア、何ですか?」
「ああ、トイレとお風呂だけど・・・」
トンヌラの答えを最後まで聞かずに、戦士はそのドアを開けた。

戦士の動きが一瞬止まり、そして、さっとドアを閉じた。
「さ、行こう、行こう!」戦士はさっさと玄関から出て行く。
トンヌラは「あとで自分がやりますから・・・」と言っている。

 

??

 

私が戦士を追いかけて、何を見たのかと聞くと
「あれは自分でやってもらわないと・・・他人がすることじゃない」と答えた。

きっと戦士は、トンヌラひとりで戦うべき「真のラスボス」の断片を見たのだろう。

 

こうして冒険は、ぽかぽか温泉で汗と疲れと汚れを洗い流して終わった。

 

それから一年の月日がたった。

 

私はトンヌラに、アニメーションで使う重要な模型の色塗りを依頼し、仕上がったものを受け取るためにトンヌラの新居に再びやって来た。
トンヌラは新居の中に絶対に入れてくれなかったけれど、玄関から見える範囲だけでも、一年前と同じ場所に同じダンボール箱が置かれていた。
(こいつ、絶対に片付けてないな)と確信した。

 

まあ、それはともかく、玄関口に立ったまま、模型の仕上がりを確認させてもらった。
私が作った大雑把な模型に、市販のプラモデルなどの部品を貼り付けてディティールを加えてから色を塗っている。素晴らしい仕上がりだった。
「いやあ、良いですね!ディティールアップまでしてもらって、ありがとうございます」
私が言うと、トンヌラは少しはにかんだ様子で答えた。
「うん、プラモデルとかいろいろ捨てられちゃってたから、ディティールアップはちょっと大変だったけどね」
最初、私はトンヌラが言っている意味が良くわからなかった。捨てられちゃってたって・・・何?
そして、ゆっくりと「トンヌラは、引越しの時にオレらにいろいろ捨てられちゃったと思っている」と理解した。

 

「いやいや、あの状況でしたし、その言い方はないんじゃないっすか?」
「うーん、でもあの後、どこいっちゃったのか見つかんないCDとかあるんだよね」

 

え?なにそれ?オレに謝ってほしいってこと?

ここで私はやっと気づいた「トンヌラって勇者じゃなくて、魔王だったんじゃね?」

 

「あー、そーなんですか、すみませんね。
 とにかく色塗りありがとうございました。仕上がりも良くて、すごい助かりました。
 あと、もし次に引越しする時があったら、ご迷惑かけたらいけないんで、絶対に手伝いませんから。
 じゃっ!」

 

(完)

 

 

※これはフィクションであり、登場人物も出来事もすべて架空のものです。ホントにもう・・・ね、何というか、フィクションなワケですよ。ホント。