私、管理側の店長、マネージャーといった経験もあります。
その際、売り上げの心配(笑)もありますが、なんと言っても従業員の指導、管理が重要です。
「バイトが働かない」「いう事を聞かない」なんてこと良く聞きます。困ったものです。でも文句をいう前に使う側に問題はないのでしょうか?私の経験上、多くの場合使う側の責任と言えるようです。

使われる側は用意された職場で、指示された仕事をするわけです。その用意された環境が悪かったら、指示が適切で無かったら?言う事を聞きませんよね、私ならそんな状況じゃ文句いうでしょうきっと。
ですから、待遇や働く環境作りは重要です。アルバイトのようなパートタイム従業員は、基本的に指示された作業をこなす。一般社員は担当作業に責任を持ち、管理職はそれらがスムーズに運ぶように環境を整える。といった意識が、仕事をする現場には、重要だと思います。
それが管理を任された時の自分の前提です。ですからそれらが阻害されるようなら、誰とでも話し合いを持ちます、例え相手が社長であろうとも納得が出来るまで話し合います。(それでクビになったことも…)泣

こんな私が若い社員や、アルバイトを使う時に心がけていることを、いくつかにわけて述べます。

次回に続く…。
今日の記事は「お客様は神様です」について。
お客様は絶対だの代名詞のようなお題目ですね。この言葉の成り立ち自体は、三波春夫が舞台で公演をしていたある日、ステージから客席を観た時に照明等の関係で、お客さん(客席)が神様の後光の様に輝いて見え、思わず彼の口から出た言葉が始まりなんだそうです。
けっして、神のごとく絶対な存在だと言っている訳では無いのです。

駄目な奴、駄目な上司ほど、この言葉が好きなようですね(笑)。私も過去に何回か説教された時に言われましたよ。と、まぁ「お客様は神様」に私は反発を覚えるのです。…でも、反発する気持ちと同じくらい気になる言葉でもあるのも正直なところです。で、考えてみた事が有るんです。気になる正体=意味を。

色々と考えた結果、お客様は…神様です!(笑)
では、その理由を。←これがこの記事の本題ですな。

ある居酒屋チェーン店に勤めていたころ、そこの店長は「お客様は神様です、神様という事は、絶対なんです。逆らってはいけません。」と言っていました。私はちょっと、何か引っ掛かるなぁと違和感を感じ、「そりゃ違う気がする」と思いました。

そこで理屈っぽい私は、その違和感が何なのか考えてみました。

理由1
そう思った事がない(我ながら馬鹿な理由)

理由2
自分が客として神様扱いされた事がない(悲しい理由)

理由3
商売する上でお客さんが大切であるのは実感しているが、神様程ではない(偉そうな理由)

理由4
その店長の仕事ぶりに、その意識が感じられない(情け無い理由)

理由5
いくらお客さんでも、間違っている時はある(いろんな人がいますから)

理由6
私は店長が嫌いだ(笑)

以上の様な事を思いました。でも、「お客様は神様」と言う言葉自身になんか、惹かれる自分もいます。で、もっと悩んでみたところ、ひとつの考えが浮かびました。

神様=信仰=宗教と考えて、接客業である私達は「お客様という神様を信仰する商売教の信者」だと考えたらどうだろう?。神様は、迷える子羊の私達が進む道を説き示してくれます。
そうです、私達に答えを授けてくれる存在なのです。
例えば、人気商品を作りたければ、お客さんが喜ぶ物をつくればいい訳です。

「悩んだ時には、神様に聞けば良い」。

「神を知る事は己れを知る事」って言うなぁ。フム、「客を知る事は己れを知る事」か。
考えてみると、接客の経験よりも客としての経験の方がながいじゃん!
って事は…



「なるほど!」

「自分が来たいと思う店にすればいいんだ」

なんてな事を思いついた訳です。ですから、私の接客、商売の基本理念は『プロのアマチュア』です。何事も自分が客ならどうして欲しいか?、自分が客ならどう感じるか?を判断基準にしています。プロの感覚よりも、客としての感覚を大事にする。
効率が悪くても、儲けが出なくても自分が客だったらどう思うか?どうして欲しいか?こいつを優先する。


悩んだ時、困った時、判らない時に神様であるお客様が教えてくれます。

だから、私は「お客様は神様」だと思うんです。
頑固でガマンが苦手な私は、ひとっところに長くいられません。職場なんぞは、長くて8年、短くて4ヶ月です。いけませんね~。

私の職歴はほとんどが飲食ですが、販売の経験もいくつかあります。オーディオステレオの専門店と、時計店です。この2つって無くても、さほど困らないんですよね。趣味と言えるオーディオと、今や携帯電話で済んでしまう時計。当然、マニアと云われる方達が来店の中心となります。でも、そんな客層ばかりではありません、時計店の時に経験したエピソードをひとつ。

年に一度、3日間の特別価格での販売日の初日でした。開店と同時に一人の年配男性が来店されました、ノーネクタイにジャケット、何故か足元はアシックスのスニーカー、手には新聞の切り抜きが握り締められています。いらっしゃいませと声を掛けると、『ニッ』っと笑い、「お兄さん、グランドセイコーってどれ?」 *グランドセイコーとは、セイコーの高級時計です* 
私は「はい、こちらのケースでございます」と、ご案内しました。お客さんは、胸ポケットからメガネを出し、舐める様にケースを見つめては、手にした切り抜きと見比べています。私は、頃合いをみて「よろしければ御覧になりませんか?」と声を掛けました。「そうかい?じゃ、そこのやつって、これだよね?」と、綺麗にハサミで切り取り、これまた綺麗に折り畳まれた新聞の切り抜きを、『ヌッ』と差し出して来ました。「はい、そうですね、こちらです」と私はケースから『切り抜きの時計』を出しました。

「うん、うん、これだ。うん」とお客さん。「どうぞ、腕に当ててみて下さい」と私が言うと「お!良いのかい?」、もちろんですと答えると、ハンカチで手を拭き、両手でゆっくりと持ち上げました。そして腕にはめると私に向かい、顔中クシャクシャにして、たっぷりの笑顔をするんです。
ここで私の好奇心スイッチが入りました。ありきたりのセリフ「お似合いですね」なんてこと言わずに、正直に「私も、この時計好きなんですよ」と言いながら左腕を差し出しました。私の左腕には、父から譲られた30年程前のグランドセイコーが。
お客さんは「おっ!」と言って「それそれ、それだよ。当時、欲しかったけど買えなかったんだよ…いや実はね…」と言ってこんな話しを始めました。お客さんが若かった頃、時計はまだ貴重品でグランドセイコーが欲しかったけど買えなかった事、その後も結婚や出産、家のローンに子供の教育費と自分の為に使う金は無かったと。そしてめでたく先頃、定年となり退職金がでた。
で、昨晩奥さんに『切り抜き』をみせて、退職金の一部で買いたいと話したそうです。奥さんは「長いあいだ本当に頑張ったんですから、お買いなさいな」と言ってくれたそうです。そうして今日、出掛けに銀行に寄り開店と同時に来店された訳です。

そうして、お客さんはグランドセイコーを腕にはめ、喫茶店で待つ奥さんのもとへ店を後にしました。

というのが一部始終です。
でも、この話し細かい描写は、お客さんの言葉ではありません。
確かにこのお客さんはいましたし、自分勝手にお金を使え無かったと聞きました、奥さんと相談もしています。が、会話の内容までは聞いていません、ましてや喫茶店で奥さんが待っているかなんて知りません。私が勝手にそう思ったんです、言わば私の妄想です。
でも、すれちがった綺麗な女性にも、電車の隣に座った、くたびれたスーツのオジサンにも、生活があり、その人の人生があるはずです。ましてや、自分が勤める店に、いらしたお客様。なんとか距離を縮めたい。特にこのお客さんはマニアな方と違って、時計にトラブルでもなければ、もう逢うことも無いでしょう。お客さんから得た情報で、私の頭の中では、この話の様な内容が見えたんです。そうすると、自分の身内(懐かしい伯父さんの様な)みたいに、一瞬にして感じる事が出来たんです。ですから、笑顔も自然になり、親身に接客も出来ました。

第三者から見れば、訳のわからない妄想ですが、私とお客さんにとっては、良い商売と良い買い物の助けになったと思います。妄想を想像力へ、それはきっとあなた自身オリジナルの、接客の創造へと繋がったりするんではないかと、思うんです。


あ、そうそう、そのお客さん、特売最終日にまた来店されて、自分の時計とペアの女性モデルを、奥さんに買って行かれました。そのとき、新聞の切り抜きの代わりに握りしめていたのは…

私の名刺でした。(^_^)