矢口さんのこれら献身的とも言える提案を聞いている間、私は少なからず戸惑っていた。

矢口さんはなぜ、こんなに優しいのだろうか。これほどまでに良くしてもらえる何かを、過去私達は矢口さんにしたのだろうか? わからなかった。


「矢口さん‥、なんで‥、」
「なんでって?」
「こんなにいろいろしてもらって‥、ウチら、正直、恩返しできるかどうか‥。不安です。」
受話口から漏れ聞こえる言葉を、梨華も、多少なりとも拾っている。
チラリと窺うと、梨華は瞳を伏せている。
「そんなコト、今は考えてる場合じゃないよ。だって、ヤグチがそうしなかったら、よっすぃーたち、すごく困るでしょう?」
「‥ハイ。」
正論。
「ヤグチがこういう事するの、イチバン合理的じゃん。誰も困らない。みんな助かる。そうじゃない?」
「それは、そうですけど‥。でも、矢口さんは‥?忙しいんじゃないんですか?」
「まあね、忙しいよ?」
「そもそも、結婚するって本当ですか?」


すると、矢口さんはけたたましく笑った。随分久しぶりに聞いた、矢口さんの大きな笑い声だった。

私はびっくりして、何がそんなに可笑しいのかさっぱり見当もつかないまま、携帯を少し、耳から離した。


「やっぱ知ってるんだ!? ちょっと、‥モシモシ!?」
「‥ハイ。」
矢口さんの声から笑いは消えない。
「ちょっと待って。順を追って話させて、イイ?‥ああおかしい。」
「何がですか。笑いごとじゃないじゃないですか。」
「そうだね、わらいごとじゃないね。」
笑いながら矢口さんは咳き込み、それを押さえ込むように静かに息をついた。


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