GWの最終日に香港の友人から「ライブ会場限定LPを買ってきてほしい」とそのまた友人からの希望に応えて『なかの綾』というボーカリストのライブに行ってきた。
 
y-tubeで確認するとラテン系のサウンドで、昭和歌謡を中心に演じているようだ。出しているCDも昭和歌謡のナンバーが中心で、その昔の昭和ブルースと云ったところか。
 
土着性の強い、例えばサルサとかラテン系・パンソリ(韓国)・民謡・ブルースは苦手だが、フュージョンされた音楽(例えばボサノバ・R&R・R&B)は好きなので、気乗り薄半分と期待半分で会場に駆け付けた。
 
会場は目黒区中小企業センターホール。定員400名強で、本人は200名ほどの入りということであるが、三分の二弱ほど埋まっていた。たぶん250名はいたと思う、ただ、スタッフが何人か客席に座っていたのが見えるほどだから、チケットの実売は200名なのかもしれない。
 
会場に入ると、まさにラテン系のサウンド。また驚いたことに、60歳を大幅に過ぎたと思われる連中が、背中に『なかの綾ファンクラブ』と書かれたTシャツ着て横断幕やサイリウムの準備や、仲間との談笑で忙しそうにしていた。
 
なんだAKBや地下アイドルと変わらないじゃあないか。
 
と密かに思ったし、同時にその程度かとも思った。
 
ライブが始まる直前になって発売日1か月前という新譜が七インチで今日の会場で特別販売するというので、物販に買いに行くと横山剣にそっくりな方が取り巻きに囲まれて入ってきた。
その時はそっくりさんだと思ったが、オリジナルアルバムで共演しているのを後で知って、だからたぶん本人なのだろう。
 
さて、ライブはというと、それはそれはとても良かった。
何曲かオリジナル曲で気に入った曲「I'm still falling in love」があったので、CDを買おうと思ったが、スマホで試聴すると、やはり当初の印象の通り、あまり良くないので止めた。
 
でもライブそのものはとても良くて、久しく地下やAKBなんか聴いていたので、凄く興奮した。生でこれだけの歌声を聴くのはホントに久し振り。
 
六本木のホステスだというので、器の小さい歌声だと思ったが、とんでもない、インディーズデビューとはいえ、自主出版ではなく、キチンと契約してのデビューだったようで、インディーズの後すぐにユニバーサルからCDを出している。
本人も「今日駆け付けてくれたファンの皆様と武道館で」というのも絵空事ではない。
1万人は難しいが2-3千人は充分酔わせることができそうだ。
小さい会場では勿体ない。
 
昭和歌謡の担い手として結構注目を浴びているようではあるが、今まで知らなかった。
昭和ブルースといったなくなりつつあるサウンドを今後に残してほしい。
 
しかも、バック演奏者がテクニシャン揃いで、様々な要素の音楽を奏でていて楽しめました。
彼女もミストーンの少ない、しっかりとした声で、CDとは比べ物にならない歌声。
昔、越路吹雪がNHKホールで歌ったときに、あのホールがライブハウスと勘違いさせるほどの存在感で、圧倒された記憶があるが、そこまでではないものの、CDとは全く違う歌声にホントに驚いた。
どうしても昨今はCDの方が良い傾向にあるからね。
 
いゃぁ。今回は友人にのお蔭で素晴らしい音楽に触れることができた。感謝感謝。
 
さてさて、今回は下書きもしないまま書いて、そのまま流すので文章がいい加減だと思うが、最後まで読んでくれた方には感謝します。
 
来週は、初めてのテヨン。
あのk-popの少女時代の歌姫だ。
 
韓国でのライブをライブビューイングできるなんて、幸せ。
 
そのレポはまた今度。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
1971年に流行った赤い鳥の「翼を下さい」のオマージュであろうが、PVを観てあまりの酷さに呆れた。
PVの設定が1972の秋らしい。
丁度44年前と言うことと「翼を下さい」が1971年のヒットなので、このような設定のPVになったのであろうが、1972年といえぱ2月に浅間山荘事件が起き、学生運動はこれを起点に完全に収束していったはずだ。既に、ヨド号のハイジャック事件等を境に、当局の厳しい取締りから学生運動そのものが過激な物からフォーク集会に変化していった。その象徴が「翼を下さい」なのである。
ヒットは1971年であるが、それよりかなり前から大学の集会などで歌われていたように記憶している。

実際に1972年の秋に、このようなゲバ棒を持つような学生集会が在ったか否かは田舎に居た自分には知る由もなく、その是非には自信が無い。
過激派は今でも存在し、最近も事件を起こしているが、大学校内という表舞台での活動は鳴りを沈めたのがこの1971年に流行った「翼を下さい」が象徴していることは確かだ。。
つまりPVでも一部描かれているが、フォーク集会に名前を借りての反戦運動は続いていたが、ゲバ棒・ヘルメットといった過激さは完全に鳴りを潜めていたはずだ。
44作目のシングルという事で、時代設定を44年前の1972年としたようだ。厳密な時代考証を望んでいる訳ではないが、若者に間違った歴史観を植えることはやめて欲しい。

1972年はオイルショック・ロマンポルノ猥褻事件・田中角栄総理就任・沖縄返還など、様々な観点からも時代の曲がり角として重要な年である。若者に多大な影響力があるだけに、間違った歴史を教えることは許せないのである