「だから、もうそれはいいよ。後悔してないもん、私。そんなにあやまらないでよ。」
後悔とか動揺とか、そういった気持ちがまったくないわけではなかった。
けれども私は、本当は、より決定的な罪を犯したことに、むしろ満足していた。


殺人という重責を背負う梨華と、逃亡を幇助する私。今回私が人を撃って、その十字架がまた一歩、梨華に近づいたのだと私は考えていた。彼女と同等、もしくはより近い罪を私も犯したことで、梨華の重荷を半分背負ったような、そんな気分になっていた。


もっともこんなこと梨華が悲しむだろうから、絶対に言えないけれども。
私の罪がいつかもっと大きくなって、梨華の殺人など覆い隠せるようになると良い。


きっと試着室の外には男達がまだいる。なんとか無事に家、もしくは矢口さんの家にたどり着けたとしても、私たちが発砲したことはそのうちバレる。男達とそして警察にも、近いうち追われることになるんだろう。そもそも今まで無事だったこと自体が、かなり奇跡に近いのだと思う。


私はズボンの尻ポケットを探って、保田さんの残した、少し皺のよった紙を取り出した。
------本当にピンチの時に使いなさい。
保田さんの言葉を思い出す。
「まさに今ってカンジだよね‥。」
2つ折りを開くと、梨華もゆっくり頷いた。


――この番号、誰から聞いたの?
記された番号の持ち主は、繋がるなり、そう唐突にたずねた。
「や、保田さん‥。保田圭から聞きました‥。」
静かだけれども、なにかしら威厳のようなものを感じさせる口調に、私はやや緊張気味。


――それで?
保田さんと聞いた相手は少し黙り込んだのち、やがて再び尋ねる。話し方は随分落ち着いているけれども、声質自体から、相手は案外若いと感じた。
「あの、ピンチなんですけど‥。助けてくれませんか。」
――フフ。じゃあ場所は?
短く笑った声はやはり若い。


――わかった。今あなた達は、4Fの試着室にいる。その外で、男が待っているのね。この電話を切って10分たったら、そこから出て売り場から走って。左に向かった先に、本館の東階段がある。そこを8階まで駆け上がるの。いちばん重要なのは、きっかり15分後に7Fを通過すること。
それができなかったら、計画は上手くいかないと思う。


まるで建物を完全に把握しているよう。電話の向こうで、彼女はすらすらと、澱みなく話していた。


――だいたい、こんなかんじ。経路は頭に入った?繰り返して欲しい?
「いいえ‥。大丈夫です。」
たいして複雑なわけでもない。左に走って15分後に、7階。そう声に出して復唱した。脇の梨華も、2,3度頷いたりしている。


あまりに単純だ。私は少し疑った。ハナシがうまく進みすぎる。物事はこんなにスムーズではないはず。
――もっともあなた達が、私を信じれば、のハナシ。
そう思っていた矢先の言葉だったから、相手がそう言った時もあまり驚かなかった。
――私を信じる?そうしたら助けてあげるよ。


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