ニヤニヤする細い目‥。
「うるさいッ!離せ、バカ!」
そんな場合じゃないんだよ。もう一度振り返った梨華は、もうずいぶん向こう。距離にしておよそ、12、3メートルくらい。背があまり高くない彼女は、間に挟んだ人々の動きに既に呑みこまれ、ほとんど姿を確認することができなくなった。金髪の男、その背が高く頭ひとつ出ていることが、唯一の希望。
私はイナズマのように叫び、賭博性の高い攻撃にでた。
目つぶし。
私自身の体と人ごみによって男から死角になる位置から、私は掴まれている方ではない手、つまり左の手のひらを固く握りしめ、不意に、男の眼前へ突き出した。
右利きの私が繰り出したのは左手による攻撃だったから、つき立てた2本の指は的である眼球をまんまと外れ、男の鼻梁と眉根のあたりに、それでも相当な手ごたえをもって突き刺さった。女子供である私たち2人に対して、成人男性2人をして臨んでいることが、相手に余分な余裕を与えていたことも確かだ。私は私で突き指しそうだったけれど、油断が過剰だった
男へ、期待したよりも大きな眩惑を私は与えることができた。
「おお‥、」
突然襲った痛みか或いは混乱の、そのどちらかに耐えようとしているのか、呻いた男は一方の手で顔を押さえた。ひるんだ男の一瞬の隙をついて、私は踵を返し、無我夢中で進みだす。目つぶしをくらわした瞬間、渾身の力を込めて揺すったから、私の腕は、乾燥した男の手の平から完全に自由になっていた。
「りかっち!」
人の波を押しのけ、進みながら私は声を出した。けれど、梨華の見えない姿同様、返事もまた返ってはこない。梨華を連れているはずの金髪の男。その、人々の間をぬっては時折見える横顔。耳に、派手なピアスをぶら下げる男の背中を、私は目標にして進んだ。
うごめく駅利用者の流れに私は逆向きに進んでいたから、何度も何度も、その単体とぶつかった。わき目も振らずにひたすら人ごみをかき分け、金髪男を目指す私。ぶつかった人々はもちろんその周囲までもが、迷惑げな表情を私にむけたけれども、私は足を止めなかった。
途中、動向が気になっていた開襟シャツを一度振り返ってみると、あの男はまだ顔を押さえていた。そのままで首を左右に振り、見失った私を探している。開襟シャツと金髪、2人の男のあいだの、私はちょうど中間といった位置まできている。梨華まであと半分、逃げ切ってみせる。喧騒と人いきれで膨張したプラットフォームで、私はひとり、密かにそう決意した。
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