矢口さんは花嫁修行に勤しむ日々との噂だから、場合によっては時間がかかってしまうだろうけれども、例え多少待ったとしても彼女のルートに頼った方が、より安全だと感じた。
矢口さんならばそういった方面へのツテも必ずあるに決まっているし、何よりも、私達とプロとの間に、第三者をかならず挟んでくれるという信頼感情が私の中にはあったからだ。


保田さんの様子からして、彼女のフライトまでには、まだ多少の時間があるように思えた。立ち話もなんだと思った私は、
「良かったら中へ入りませんか?」
と、聞いたが、
「スーツケースを持ち上げるのが面倒だから。」
と、保田さんが断った。


さて。本題はこれからと言っていい。もう一つ、聞かねばならぬ事が私達にはある。とんでもない過去を見せつけられた、そもそものきっかけ。例の痣。これだけ震撼させられた私と梨華の2人から、理由を訊ねる権利を奪うまっとうな理由など、この世に一体存在するだろうか?


もっとも、仮に保田さんが私達の姉だとすると、父・さや造(仮名)には他所にもう一人、子供がいた事になる。そうなると私の中の父親像は見事に一転し、優しかった父はその実とんでもない男だったということが、ダメ押し的に判明するしくみだ。
「保田さん。」
「何?」
けれども、全てを受け入れる心構えはできている。


(愛していたよ、父さん。朗らかに笑う父の顔を思い出していた。)


「同じところにある痣‥、それはつまり、保田さんが私達の姉‥、そういうことでいいんですか?」


サングラスをかけたままの保田さんは、曇った空をしばらく見上げていた。
何事かに思いを馳せているようだった。
今さら姉妹が何人増えようと構わない-----過去に梨華はそう豪語したが、さすがに関心を隠せない様子だ。既に眠気などとは完全に決別した瞳で、眉を寄せ、保田さんをじっと見守っているのだった。


黙り込んでいた保田さんが、口を再び開き出すまで、それほど大量の時間を費やしたというわけではない。が、それでも、私達が立つ道の、歩道の反対側なんかを、ニャーと鳴いた野良猫が用心深く歩いて行ったり、付近に住むお年寄りが、それぞれ散歩がてらなのか、数名ヨロヨロと行ったり来たりした。


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