立ち上がった私のワンピースの裾を叩いて、砂を、ひとみちゃんが払ってくれました。飯田さん達が向こうから見ていたけれど、私はもう気にしていません。
「そんな事とっくに知ってた。好き。」
そう言った私に、ひとみちゃんは白い歯を覗かせました。風が逆向きに吹いていたから、皆にはきっと、聞こえていないよね。


「今度マジ、手料理でもごちそうすっから。」
病院の玄関の手前で2人を下ろした時に、飯田さんはにこにこと笑いながら言いました。道すがら矢口さんは先に、家に降していました。帰り道、食事に寄った国道沿いのファミレスは、あまりおいしくなかったんです。
口なおしのつもりなのか、ののちゃんはさっきからずっと、飴をなめ続けていました。


「本当ですか?うれしい!」
ひとみちゃんは言います。心からの素朴な、柔らかな笑顔に戻って。
「また、連絡してよ。つうかカオリからも電話するし。」
「もちろん。また遊んでくださいね。ののたんも。」


上目遣いのののちゃんが口の中で飴を噛み、小気味のよい音がカリカリと漏れました。
「ちょっと、遅くなっちゃったから。怒られちゃうかもね。」
そう言った飯田さんはののちゃんの手を取って、ガラスの入り口へと歩き出しました。
「ありがとう、今日は楽しかった。」
2人して、何度も振り返りながら。
私達は非常灯の、緑色の明かりに浮かぶ2人の姿が、やがて見えなくなってしまうまで、いつまでも見送っていました。


2人きりになって、家に向かう車中、私達はあまり話をしませんでした。
タイヤが回転する音と、ウインカーの、時々カチカチ言う音。無機的なくせに心が落ち着くそれらのリズムに、私は耳を澄ませていました。


部屋に帰った私達は、ソファにしばらく座っていました。とりたてて何か、するわけでもありません。何か話をするわけでもありません。さっきいれたコーヒーが、どんどん冷たくなってゆく。ひとみちゃんはずっと、黙っています。
そのくせ私の手を、握ったまま離さないから、すごくドキドキしていました。


ひとみちゃんの手にだんだん力が入ってきたから、
「いよいよ、かな。」
って、私は思ったけど。
不思議なくらい、心臓が音を立てて、ひとみちゃんに届いてしまいそう。とても恥ずかしかった事を今でも覚えています。


重圧に耐えかねた私がソファから立ち上がりかけた瞬間(理由はコーヒーをいれなおすとでも言おうと思っていました)、ずっと下を向いたまま微動だにしなかったひとみちゃんが、急に私へ向き直りました。
「りかっち‥、」
そう言って私の肩を掴むんです。
(来る‥!)
「な、なに?ひとみちゃん」
彼女の視線がまっすぐだったから、返事をする私の声も、思わず上ずってしまったんです。


そうしたら、いきなり。
「私のこと、とみこって呼んでいいよ?」
「え?」
ワケがわからなくて、私は固まってしまいました。
「なんつって。」
冗談なのか真剣なのか、よくわからない顔をしたひとみちゃん。
どうしていいかわからないチャーミー‥。


すると、ひとみちゃんは、突然両手に力を込め、つよく私を抱き締めました。
「今さらだよね‥。」
「うん‥。」
私は、すごく驚いていたけれど、ひとみちゃんが何を言っているのか、すぐにわかった。
「姉妹だって何だって、今さら関係ないわ。ここまで‥。来ちゃったんだもん‥。」


私がそう言うとひとみちゃんはとても嬉しそうな顔をして、目と耳と口に、順番にキスをしました。


ひとみちゃんはそれ程、キスが上手いってワケじゃないけど。私はとても敏感になってしまって。
「あ‥。」
唇が、首筋を通った瞬間、私は声を出してしまいました。
なんだか、小指の先が、ピリピリと、甘く痺れる感じ‥。
これが‥、愛?
「ちょっ‥と、待‥って‥。」
だって今日、海で遊んで来たんです。シャワーを浴びなければ、いや‥。


しぶしぶ、私から体を離したひとみちゃんは、
「一緒に入ろうか?」
なんて、余裕ぶって言ったけど。
「‥そうする?」
って、私がわざと言ってみたら、急に照れちゃって。
「ウソ。ま、まだムリ。」
赤くなった顔を、凄い速さで振ったりするんです。
おかしい。気が弱くて‥、ふふ。


おかげさまで、無事、私達は結ばれました。
「いつまで、一緒にいることが出来るのかしら‥。」
なぜか私の腕に頭を預け、ぐっすりと眠るひとみちゃん。規則正しい寝息を首筋のあたりに感じながら、そんな事を考えていました。
見上げた窓の向こうには、綺麗に月が見えています。


するとひとみちゃんが、苦しそうに息をつきました。
ウンウンと、首を捩るひとみちゃん。
私の胸に顔を埋めて眠っているのに‥、うなされてる‥。
複雑な気持ちで見守っていると、やがて歯ぎしりをしながら
「だ‥、や‥す‥。」
そう、何度か繰り返すんです。
「保田さん‥?何‥?」
私はそう思ったけれど、そろそろ眠かったんです。
ひとみちゃんの髪を撫でているうちに、いつの間にか眠ってしまいました。


                シアター第三部3節 終わり 第四部につづく