あの頃と同じ。完全に。そう言って良かった。全てを呑み込むような、包み隠すような、優等生の微笑み。よく知っている。
レイプまがいの行為を梨華に押し付けようとした私。そんな私をもっとあからさまに、言ってみれば単純に、梨華は拒絶するものと思っていたのだった。嫌悪されて蔑まれて視界にすら入れない-----、そういう感じの青い覚悟を私はしていた。
けれど、そうじゃなかった。考えてみれば単純なことなのに、最近の私は忘れていた。
あの頃の梨華は中澤に縋る事で、辛うじて微笑んでいられた。
では縋る者のない、今の微笑みは?
「あ、今持ってく‥。」
すれ違いざま、同じ調子で声をかける梨華に、忙しいフリをした私は視線を上げずに頷いた。動揺し、梨華を正視することができない。
ある意味懐かしいよ‥。
足取りも軽く遠ざかる彼女の背中を感じながら自虐的に呟いてみる事だけが、私の私に出来る唯一のポーズだった。
家に2人でいる間、梨華は口を開くことがなく、ただ黙って微笑んでいた。多少青ざめた表情で静かに目を伏せ、うつむきがちではある。けれど、沈痛な表情を決して見せない。ひたすら楚々と。ただ控え目に。
彼女がそうして私を避ける以上、私は無言で従うしかない。
うなだれ、頭を垂れて過ごした。
あの日以来、眠れぬ日々が続いていた。ソファに横になったところで一睡もできず、そのまま仕事に出てゆく事もしばしばあった。一応ポリシーだったから、何かしら食べるようには心掛けていたけれど、食欲はどんどん低下し、何を食べても美味しく感じない。
数日たったある日。仕事中。私は体力の限界を感じていた。眠れないから食べられず、食べられないから眠れない。そうした悪循環の中で目のまわりがひどく黒ずみ、立っている事さえ辛いのだった。
「お前の顔、土みたいな色してるぞ?平気かよ?」
「ええ、なんとか‥。」
明らかに様子がおかしい私。自覚はある。心配した従業員に何度か声をかけられる度、笑顔を作ってそう繰り返した。もっともきちんと笑えているのか、自分でも解らなかったけれど。
「どうだっていいよ‥。」
人知れず呟いて壁にもたれ掛かる。
(つかれた‥。ヤバいかも私‥。)
小さく息を吐いた。ふと上げた視線の先にキャッシャー。梨華。すると、今日髪を染め直したばかりというウェイトレスが、やや軽薄な足取りで梨華の元へ近付いた。片手に摘んだ一万円札をひらひらさせて。大方客に両替えでも頼まれたんだろう。
快く受け取る梨華は満面の笑み。テキパキと紙幣を揃えコインと共に銀皿に載せる。つられて微笑むウェイトレス。人を惹き付けてやまない梨華のあの笑みが、とってつけた仮面と知ったら皆驚くだろうか?
早速踵を返し、客の元へとウェイトレスは急ぐ。立ち上がった梨華が、その後ろ姿をニコニコと見送る。いつもの事だ。
そう思い、壁から背中を離した瞬間。
「‥!」
ゆっくりとその場に、梨華が崩折れてしまった。
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