「ねえ。今度、どこかに連れていって。」
一ヶ月程経って、公道も遜色なく走れるようになった私にそう言ったのは、その頃既に運転を諦めていた梨華だ。
「いいよ。免許が来たらね。どこ行きたい?」
「うーん‥、遠いところ。ドライブがしたい。」
車を届けたついでに免許用の写真を激写し、同じ痣を見せつけて帰って行った保田さんから、以後連絡はない。相変わらずの音信不通ぶりだが、神出鬼没な彼女なのでぼちぼちやって来
だろう。だいたい支払いがまだ済んでいないのだし、遠からず現れるに決まっている。
「じゃあ、飯田さん達も連れて、みんなで行こうか?」
「うん‥。本当は、ひとみちゃんと2人がいいけど‥。うん。でも、そうしよう?ふふ。
ホントに、お世話になったもんね。」
私の言葉に、少し残念そうな表情を見せた彼女。すぐにおどけて肩をすくめた仕種にかなりときめいて、私は彼女の頬にキスした。
数日後、ついに保田さんから連絡が入った。
「ごきげんよう。ヤスダです。」
非通知の携帯を訝しみつつ出てみると、それは果たして保田さんだった。
「あ、こんにちは‥。」
「来週の中頃に免許証をお届けに伺いますのでその時に支払いの方もどうぞよろしくね。」
低いトーン。そして早口。しかし不思議だった。携帯の番号、保田さんには教えてなかったずだけれど‥。書類も偽造だし。
「はい‥、わかりました。‥あのう、保田さん?」
「なんでしょうか。」
「その‥、このケータイの番号、どうして知ってるんでしょうか‥?」
「そんなコト今は問題じゃないわッ!!」
「ひッ。」
私が聞くと、なぜか保田さんの口調が一転した。私は驚いた。
「では。来週お目にかかります。ごきげんよう。」
ドキドキしている私にかまわず電話を切った保田さん。その口調はまた、元の低いトーンに戻っているのだった。
海。
失語症の少女が発したその短い言葉を、おそらく私は忘れない。
保田さんに会うまでに、飯田さん矢口さんののちゃんに会う機会があったので、以前梨華と2人で話していたことを彼女達に伝えたのだ。
「飯田さんが決めて下さい。遠くても平気ですよ。」
私達の誘いに瞳を輝かせた飯田さんは、白く長い腕を組んで真剣に考え始めた。
「んー、カオリはねー。自然のキレイなトコに行きたいんだけどー。うーん‥、どこがいっかね。」
目をぱちぱちさせつつ長い間決めかねる飯田さん。矢口さんが口を挟んだ。
「ホラ。カオリ。どこでも行けるんだって。いちばん行きたいトコって何処?」
「えー。それはー。一面、超咲いてる花畑だけどー。でもカオリ、どこにあるのか知らないよ。‥そうだ辻!辻が決めな!ねえヨシザワ。辻が行きたい所に連れてってあげて!」
まるで小さい子供みたいに、すっかり顔を上気させた飯田さんは、顔中を笑顔でいっぱいにして少し興奮気味に叫んだ。
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