「ちょっと待って。カオリ病気じゃん。ダメだよ。」
飯田さんはびっくりしたように矢口さんを見つめ、少しキレ気味に言う。
「なんだよオマエ?さっき普通って言ったばっかじゃん。」
矢口さんは少しばかりひるんだが、やがて意を決し、言い放った。
「病気だよ!」
「ムカツク!違うよ!!」
どうやら飯田さんは本気で入院患者らしかった。考えてみれば案外重い話なのだけれど、2人のやりとりは愉快だ。精神病棟の飯田さん。私は話してみて、おかしいとは感じなかった。そこがポイント。もし、万が一クルマが届いたならば、飯田さんに運転を習おう。そう思った。医師がどう診断しても、飯田さんは普通だ。私は私の目しか信じやしない。
「じゃあ、教えて下さい。」
矢口さんはそれまでの言葉と裏腹で、案外楽観視しているのか、仕方ないと言わんばかりの苦笑を見せていた。梨華も頷く。
「もし、車が無事手に入ったら、のハナシですけど‥。」
飯田さんは頼もしく、顎をこころもち上げて見せた。大きな瞳は得意げに細められ、私達を見下ろしている。
「もちろんそうよ。連絡はヤグチを通して。ホラ、なんせカオリ携帯使えないから。
ダメじゃん?病院て。」
な、いいよな真里。そう言って肩を叩く飯田さんに、矢口さんもしぶしぶ頷いた。
仕事を終えた私達は部屋に入って、ソファに腰を下ろした。
飯田さんを気づかってか、矢口さんたち2人は、早い時間に引き揚げていった。
明け方、仕事は滞りなく終わり、店を出た私達は、まだ暗い階段を部屋へと黙って昇った。いつにない緊張が走っていた。近頃の私にはそれも珍しくない事なのだが、今日は梨華も言葉を発しなかった。飯田さんの言葉のせいだ。
いつもならさっさとシャワーを浴びている梨華が、私の横に座っている。相変わらず黙ったままだ。張り詰めた空気に耐えきれずに、私は口を開いた。
「くクルマ、本当に買えるのかな。保田さんはまた、現れるんだろうか。」
「うん。」
俯いている梨華が、小さな声で頷く。しばらくの間、焦りにまかせてぺらぺらとまくしたてていた私だったが、初めのうちはそれに反応してくれていた梨華も、いつの間にか黙ってしまった。
「な、何か飲む?」
いたたまれなくなった私がそう言って立ち上がると、
「いらない‥。」
かすかに呟いた梨華が私を見つめた。しばらくの沈黙。動けない私。
「エロい、って、言われたね。今日‥。」
梨華の言葉に動悸が速まる。私はまだ‥怖かった‥。
「そうだねハハ。何もないのに‥。おかしいよね、ホント。」
梨華を傷つけないように、なるべくサラリと言ったつもりだった。
が、それは逆効果だった。
「シャワー浴びてくる。」
涙の滲む目で詰るように言った梨華は立ち上がり、私の横をすり抜けようとしたが、すれ違う瞬間、私は梨華の手首をとっさに掴んでいた。