「やっぱねー。カオリすぐわかったよ。だってなんか、エロいもん。」
梨華はしばらく固まっていたのだが、やがてニッコリと笑うと白い歯をちらつかせて控えめに、飯田さんに聞き返した。
「エロい‥、ですか?」
「うん。エロい、エロい。つーか甘い。甘い夜ってかんじだよ。」
例によって矢口さんは知らんぷりを決めこんでいて、プライベートな話題にはあまり関わろうとしない。聞いた当人の梨華は飯田さんの見透かすような視線に、耳まで赤くなってしまっている。私はそれとない笑顔をつくり、なんとか体裁を保った。けれど。
内心穏やかではない。
甘い夜?何もないのに?手を出せずにいるのに?‥ふふ、おかしい。他人にはそう映っているんだ?
しばらくの間、軽い沈黙が続いたのだが、梨華が、それを振払うように口を開いた。
「あの、この間、クルマのセールスの人がやって来て‥。」
まるで、飯田さんの追求をかわすように。急に話題なんて変えて、しらじらしいよ。
茶番と思いながらも、私の視線を意識してか、いまだ頬を赤らめる彼女が懸命に話し始めたので、私もところどころ補ってやった。
車を買うかも知れないこと。免許証を含む書類すべてをそのセールスウーマンが偽造すると豪語して去ったこと。例え車を買っても教習所へは行けないから、独学で技術を学ばなければならないこと、等。矢口さんと飯田さんは私達の話を、思いのほか真剣に聞いていた。
「危ない橋でも渡って見せる、って、その人。とても息巻いていたんです。」
最後に梨華が付け加えると、飯田さんはケタケタと笑い出した。
「てゆーかさー。できないって、そんな事ー。ムリムリ。」
「まあ、そうだとは思うんですけど‥。けど、なんかその人、不思議っていうか、つかみどころのない人だったんで、もしかしたら‥?って思っちゃうんですよね。」
梨華に同意し、うーん、と私が首をかしげたところへ、飯田さんはさらに続ける。
「あるワケないじゃん。なあヤグチ?キミら、アレだね。騙されたんだよ。ただの話好きな人だったんじゃん?」
尚も愉快そうに笑う飯田さんの横で、矢口さんはしばらく黙っていたのだが、やがて(いっちょまえに)組んでいた腕をほどくと、ドリンクを一口飲み、冷静に口を開いた。
「それ、いつの話?」
「昨日です。昨日っていうより、今朝方。」
答えた私の目を、じっと見つめる。
「じゃ、今日はまだ来てないのね。ま、昨日の今日じゃ、まだ判断しようがないか。ホントかウソか。実際そのウーマン、奔走してる最中かも知れないもんね。」
「そうですね。まだ、なんとも言えないですよね‥。うーん。本当なのかなあ。」
言葉をつなぎながら、私は梨華と目を合わせはしなかったけれど、自分の肩ごしにも、横に座った彼女が私の言葉を見守っていることが、はっきりと感じられた。
全員、それから思い思いのことを黙って考えていたのだけれど、しばらく経って客がだんだん入り始めたので、私達は席を立とうとした。私が梨華を促していると、急に飯田さんが顔を上げた。何か思いついたのか、瞳を輝かせている。
「じゃ、カオリが教えてやろっか、運転。免許持ってるんだよカオリ。実は運転上手いし。」
驚いて返事に窮する私達を無視し、俄然張り切る飯田さん。動転した様子の矢口さんが、飯田さんの腕を押さえた。
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