あれから結局、あまり眠れなかったせいで、頭が少しボーッとしている。
背を向けたまま悶々と妄想をめぐらす私の横へ、乾かし終えた髪に数回櫛を入れ、かるくバサバサと揺らした梨華は、小さな息をひとつついてから静かに入って来た(もっともこれらは物音から私が推しただけなので、正確には少し違うかもしれない)。普段から割合寝付きの良い梨華は、びくびくしている私をよそに、やがて健やかな寝息を立て始めた。
部屋にはベッドがひとつしかないから私達2人は毎晩、布団を共にする格好になっているわけだが、このベッドというのが、オーナーの不要品を譲り受けたもので、キングサイズで寝心地が良い。とても大きくて、例えば私達が両隅ぎりぎりに横たわるとすると、3メートル弱の距離が空く。これが極端な例としても、ともかく広いベッドの上で、私達はそれほど接近することもないのだった。寝返りをうった時、偶然梨華の寝顔に遭遇することが、ごくたまにあるくらいか。
開店間もなく、まだ空いている時間に矢口さんはやってきて、友人を私達に紹介した。飯田さんというきれいな髪の長い女性で、なんでも2人は幼馴染みだそうだ。
矢口さんがここへ、本当に親しい人を連れてくることはあまりないから、少し意外な気がしたが、普段周囲を盛り上げつつも、いつもどこかで気を張っている矢口さんが、背伸びをやめ、むやみに愛想をふりまいていないところが、やけに印象に残った。歴史というか時間というか、2人の間にはそういうものがたくさんある。お互い、信頼関係が余程の強いのだろう。そういうかんじだ。
「矢口さん、こんにちは。」
「おう、よっすぃー。こんにちは。」
暇だった私が矢口さんに声をかけると、矢口さんは少し笑って、飯田さんの肩を叩いた。
「この人、幼馴染みなの。飯田さん。」
「どうもー。飯田圭織でーす。精神科に入院してまーす。」
「あ、どうもこんにちは。吉澤ひとみです。矢口さんにはいつもお世話になってるんです。」
「別にどこも悪くなんてないじゃん。」
眉根を上げた矢口さんが吐き捨てるように言うと、飯田さんは身をガバッと乗り出し、食い下がるように矢口さんに迫った。
「わーるいんだって!狂ってんの、カオリは!」
「別におかしくないよ。普通普通。」
「そーかなあ。」
矢口さんが言い募ると、飯田さんはうかない顔をして不満げに、そしてしきりに首を捻っていた。一見、大人っぽくて、モデルみたいにスレンダーな飯田さんは、案外フランクな人のようだ。多少笑顔をつくって、矢口さんごしに私へ、きれいな首をコキンと折った。入院うんぬんは、現にここへ来ているのだし、飯田さん特有の(それは時に凡人に理解されにくい)いわゆるひとつのジョークだと思った。
そこへ梨華もやってきて、4人しばらく談笑していたのだが、突然飯田さんが、私達を指差した。ハッブル展望台について、彼女が熱い思いをひとしきりぶちまけた直後のことだ。
「ところで2人はつき合ってんだべ?」
ドリンクを口に含み、今まさに飲み込まんとしていた私は、その唐突さにむせかけたが、それよりも、飯田さんのダイレクトな物言いに、妙に感動した。梨華は目を丸くしている。
「は、はい。まあ‥。」
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