午前3時。
客が退いた。薬なのか酒なのか酔って立ち上がれなくなった2~3名を除いて。彼らがそれぞれ、思い思いのソファにゴロンと仰け反り、各自、白目を向いたり、時々、何かを呟いてはクスクスと笑ったりしている。そんな中で私は黙々とテーブルを拭き、床を軽く掃いた。金を数える梨華の仕事は、しばらく終わりそうもない。絞っていた光源が通常に戻り、白々しくもこうこうと照らされた店内に、煙草のケムリが白い幕を創っていた。
私を待つ間、彼女は片肘をついて、ずっと同じ場所に座っていた。随分長くそうしている様子だったので、とても忍耐強い人だなあと私は思ったものだ。
しぶしぶ側へ行くと、彼女はニコリともせず、視線だけを軽く合わせた。
「思ったより早かったじゃない。」
そうですか?とかなんとか私も適当に答えてとりあえず横にすわると、彼女は改めて私を見て、そこで始めて笑った。
「じゃ、さっそく。説明に入らせてもらいますね。私は保田圭。よろしく。」
そしてブリーフケースを開けた。ガタッと得意げに音を立てたジュラルミンだったが、照明を反射してギラリと鈍い煌めきを放った。
未だ明けきらず薄暗い部屋で、私は遠いスコールのような、シャワーの音だけを聞いていた。どんなに疲れていても寝る前に梨華は必ずシャワーを浴びる。曰く、
「染み付いた匂いがイヤ。」
なのだそうだ。
大きく息を吐いた私は高い天井を見つめて、保田圭さんの事を考えた。
クルマ‥、あったらそれは楽しいんだろうけれど。
「私達、免許持ってないんです。」
アニメ声。私に遅れること20分。仕事を終えた梨華がカウンターにやってきて、私の横の席に座った。保田さんに押される私に、とうとう味方がついた。
「そうそう。それに実は、クルマ乗れる年じゃないし‥。内緒にして下さいよ?」
助力を得た私も意気揚々と言ったものの、保田さんは更に聞く耳を持たない。
「だーかーらー、とりあえず話だけっつってるでしょ!だいたいねー、買うだけだったら誰でも買えんの!‥‥こちらのステーションワゴンなんていかがですカ?」
だめだこりゃ。梨華の方を見たが彼女も半ば諦め気味。とりあえず、気が済むまで話をさせましょう。そんな空気だった。
かつぜつ良く話し続けた保田さんだったが、依然煮え切らない私達の態度に、次第に業を煮やし始め、だんだん話が逸れて行くのだった。もともと私達に買う気はないのだし、話だってかなり強引に聞かされているのだけれども、彼女はキレ気味のようだ。
「だいたいアンタ達!付き合ってんの?カップルなんでしょ?
いーわよ別にそんなのどうだって!女同士だからってねー、私が気にするワケないジャン!
‥たーだー、カップルなんだったらー。例えば、2シーターぐらい?乗ってなくってどーすんのYo!ってハナシ!!!」
やってらんない!!保田さんは最後にそう付け足して、プイっと横を向いてしまった。
そんなふうに言われても私達は困った。
‥とは言え、新車ばかりのカタログがまた魅力的なのも確かだ。保田さんの理論はともかく。さいわい、カネならある。‥けれども、免許がない。
私達は首を振った。
「ごめんなさい。やっぱりムリです。」
Part3へ