晴れ、時々くもり。 または…大雨。


入学してはや一ヶ月強。
長女は昼間定時制高校の学生となった。
家から車で10分ちょっとの駅から
一時間弱バスに揺られて登校している。

昼間とはいえ、やはり定時制。
生徒は実に様々のようである。

至ってフツーの地元の子。
ちょっとワケありな雰囲気を醸し出してる子。
うちのような発達障害系の子。

今年の入学生は合計13名。
その中に療育教室時代同じクラスだった男の子がひとり入学していた。
彼は支援学校に行きたくないと言って
この学校を選んだそうだ。
療育手帳が取れているので少し知的にもハンディがあるようだし
話し方も発達障害由来の独特さもある。

少しワタクシも彼と話をしたのだが
長女のことは覚えていないものの
療育教室時代同じクラスに通っていた子がいるというので
そのことで少し安心感を持っていてくれるらしい。

今、定時制は通信制や単位制とともに
発達障害系や不登校気味の子達の受け皿となることが多く
ある夜間定時制の高校も昼間定時制のクラスを作る予定と新聞でいつしか読んだ。

さて、そんな学校のカリキュラムというと
1,2年は中学校の頃と同じような教科が全体の半分。
あとは専門の教科がかなり入る。
3,4年(定時制なので4年制)にもなれば専門教科の比率はぐっと上がる。
国語や数学などの勉強が苦手な子達は
2年までを乗り切れば後はやっていけると言われている。

週4日登校し、うち2日は6時間授業、
残り2日は4時間授業+ホームルーム程度。
要は4年間で80単位の取得となる。
しかし、バスの本数が少ないので
帰ってくるのが4時半頃か5時半頃となるのだが
長いバス待ちの時間、それなりに楽しんでいるようではある。

全日制に行ってたら週5日、6,7時間の授業。
そんな生活が嫌と言って今の高校を選んだ。

毎朝バスに乗り遅れないよう叱咤しているが
それはそれでちょっとした緊張感となっている。
急かす言葉に反発しようものなら
『アンタが選んだ高校やろぉ?』と思い切り突っ込んでやることにしている。

入学式当日、校長も同じことを言っていた。
きっといろんな生徒がいての言葉だろう。
当たり前のことだったが学校が学校だけに重さを感じた。

そう、発達障害があってももう高校生。
単位の取得が関わる高校を選んだ以上、
中学までのように一日のうちで行ける時間があれば
いつでも行っていいなんてアマ~イことは通じない。

しかし、それを除けば…本人曰く、ユルいらしいし
先生もユニークらしい。
周りをガチガチに固められることを嫌う彼女には
どうやら居心地はいいらしい。
特に学校に対する不満は中学までのように聞かされることはなくなった。
今のところは。

とにかく、まず1年。
通いきれば卒業する確率がぐっとあがる。

一応定時制なので、週3日の休みのうち
2日はアルバイトをすることを学校は奨励している。
定時制だけの特例だがアルバイトなど就労を卒業まで続けると
教科書代が免除になったり
奨学金が出たりという制度があるらしい。
進路指導部でもアルバイトに関する支援はすると言う。
斡旋は地元のアルバイトしか無理なので
結局自力で探さないといけないが…。

というわけで現在求職中の身分。
高校に入ったら自分のお小遣いは自分で稼ぐということにしたので
早く見つけたいところだが
今は大学生と取り合いになる時期だからなかなか見つからない。

只今週3日の休み。
おかげでマタ~リ高校生の生活である。






晴れ、時々くもり。 または…大雨。

早い…気がつけばもう5月も下旬。
前回の更新からかなりの放置。

息子はおかげさまで4ヶ月半を過ぎた。
首はすわって穏やかめではあったが自己主張も激しくなった。
おんぶキライ、寝かされてるのがキライの抱っこ星人。
特に春休みなどは長女がよく抱っこを担当していたので
ご機嫌でいたものだが
学校が始まった今は寝転されて放置されることも増え
よく泣いてる。
目線を高くすると機嫌が割といいので
腰がすわったら大分ましにはなるのだろうけど。

特にベビーベッドやラックがイヤみたいなので
リビングルームの窓辺に姉たちの使っていたお昼寝用布団を敷き
外気を取り込みながら寝かせていると気分がいいのか
ご機嫌になる時がある。

ここ数日は何やら発達の予兆なのか
睡眠のリズムが変わる予兆なのか
よく眠れずにぐずることが増えた。

家事のキリがつくまでと少し放置していたら
力のついた足で蹴り上がりながら
思わぬ方向に移動していたりする。

先日はバルコニーで洗濯物を干していて
ふと息子の寝ている窓を見ると
網戸を突き破らんばかりの彼の頭が…
なかなか要注意である。

平日は毎日長女の送り迎えに、
ある時は姉たちの学校の行事とに、
いろいろ振り回されている。

そういえば三女の時は
不登校気味な長女を
適応指導教室と学校と家の間を移動するのに
大いに付き合わされていたものである。
あの時、長女は小学校3年生。

その彼女もこの春無事に希望する昼間定時制高校に入学し
週4日、長い道のりをバスに揺られて登校している。

次女は中学に上がり
長女の時とは比べ物にならないくらい
手がかからず淡々と学校生活を送っている。
定型発達の子というのは
中学校はこんなに手がかからないのかと驚く。

三女は小学校2年生。
ご縁あって長女が4年間お世話になった先生が担任となった。

GWも過ぎ、只今1学期本番。
今は毎日を慌ただしく過ごしている。





晴れ、時々くもり。 または…大雨。

時の流れも早い…。
もう1ヶ月を過ぎた。
PCは開いていたのだが
ここのところ産後の買い物で
楽天とアマゾンとヤフオクの間を行ったり来たり。
内祝い品だってベビーカーだって全部ネットショッピング。
底値をあたるために新生児育児の合間をぬってサーフィンしまくっていた。

先月末まではダンナが休暇を取ってくれ
主夫として動き長女や次女と一緒に家事をこなしてくれた。
まぁ男だから家事でいろいろと物申したいところもあったが
そこは目をつぶって…。

しかし、整理整頓に疎いワタクシができなかった
部屋の模様替えなどをやってくれ
一部屋を息子と過ごす部屋に仕立ててくれた。
新生児期を快適に過ごすため
エアコンを新調してもらい電気代が怖いくらいつけっぱなしだ。

息子は2800g弱、小さめで生まれた。
長女と次女も小さめに生まれ
おっぱいの吸いつきが悪くて悩まされた。
彼もうまく吸いつけないかと心配したのだが
男の子というせいか、よく吸い付いてくれた。

それでも生後半月くらいはすぐに疲れて寝てしまい
あまり量が飲めなかったようだ。
2週検診で体重の増えの悪さを指摘されたが
その前後から体重の増加が軌道に乗ったようで
1ヶ月検診では全く問題なしだった。

一時は夜に母乳不足(?)を補うためにミルクを使ったが
病院からもらった小缶のミルクがこのひと月で使いきれずに処分して
今では完母で過ごしている。

体重の増えがまだ少なかった頃は授乳回数がハンパなかったが
それでも夜は3,4時間あく事も多く
割と寝てくれるタイプの子だと思う。

この息子クン、生後直後からギャン泣きだった長女や三女と比べて
随分優しい泣き方をする。
時折遠くで鳴いている猫の声に聴こえるらしく
ダンナは『おにゃーくん』と呼ぶ始末。
そして生まれる前に亡くなった猫の生まれ変わりだと言う。

さてさて…ワタクシの方は1ヶ月はみっちりと身体を休めることに徹した。
母体が無理をすると血圧が安定しなくなり
本物の高血圧症に移行するらしい。

家の血圧計で計測していたが割と血圧も安定してきたと思ってたのだが
一ヶ月健診で病院の血圧測定値を見たらビックリ。
上150台に下100近く…。

しかし、昨年妊娠前に人間ドックで計った数値も高めだった。
妊娠してきっぱりと断酒し血圧も安定してたから
油断していた。

うちは父方母方ともに高血圧の傾向のある家系。
それにここ数年のワタクシ自身の不摂生…。
充分にヤバいかもしれない…orz

今は妊娠前の体重まであと一歩なのだが
その前に結構増やしてしまってるから
それからさらに5キロくらい落とした方が良さそうなんである…orz

さてさてどうやってダイエットするか?
授乳中だけにサプリも飲めず
(母乳にいいというビーンスタークのDHAだけは飲んでるが)
派手に食事も減らせず
大っぴらな運動もできずに悩んでいる。

リンゴ酢ドリンクを飲み
トコちゃんベルトで骨盤を締めるくらいしかできないワタクシだった。

ダイエット…どうしよう。





晴れ、時々くもり。 または…大雨。

先週水曜日に退院してはや一週間が過ぎた。
今息子はワタクシの横で不規則な寝息をたてている。
新生児特有の。

今回のお産は病院に着いて30分というスピード出産となった。
でも、急にお産が進んで正直きつかったところはある。

この日の朝6時前くらいだろうか…
前日までの前駆陣痛とは違う痛みを感じる。
多分陣痛だと思ったがしばらく様子を見ることにした。
最初15分だか20分だか少々不規則気味。
しかし気が付いたらほぼ10分おきに来る。
が、途中で動いたりすると弱い陣痛が間に入ったりする。
これって10分おきに規則正しく来てるか?と
様子を見ているうちに1時間もたっていた。

とりあえず病院に電話してみる。
『経産婦さんだからそろそろ入院時だと思います。
すぐに進むわけではないと思いますので
朝ご飯でも食べていらして下さい。』
と言われたのでそう急ぐこともないとも思った。

ワタクシがいやにのんびりしているように見えたのだろう。
ダンナもなかなか準備の進まない姉たちの準備を待ち
家族全員揃ってから家を出発した。
病院までは車で30分強。
途中でマクドに立ち寄りドライブスルーで朝ご飯を買い
車の中で食べながら病院へ向かう。
この時、陣痛は5分おき。
陣痛の波の後はしばらく痛みがないから
このタイミングでご飯を食べ
また波がやってきたら中断して痛みの引くのを待ってまた食べる。
こうして無事に完食。

それが病院に着く直前、
気が付けば時々3分おきに波がやってきている。

病院に到着して受付を済ませ
血圧と体重の測定をする。
9カ月後半くらいから血圧が上がり気味で気にはなっていたが
この時の最高血圧が170台。
こりゃまずいともう一回。
それでも160台。
仕方なくその結果を受付に提出。

すぐに看護婦さん達がやってきてお迎えに。
診察室に通され早速内診台で内診。

『子宮口6~7センチくらいかな。』

もうそんなに開いてたんだと思っていたら
先生は子宮口を圧迫し始める。

…い…痛い…。

『う~ん、いい張りや~。
血圧も心配やから今から産も!』

何やら先生、カチャカチャと器具を出してくる模様。
え…先生何するの…?

『では破水させますね~』

次の瞬間、羊水が勢いよく飛び出した感覚。
かなりの量が出た感じ。

…と思ったらそれまで3分~5分おきだったはずの陣痛が
1分半くらいの感覚になり痛みも格段にきつくなった。
ずばり極期がやってきたのである。

看護婦さんがすぐに手当てしてくれたが
内診台から降りるのも
下着を付けるのも立ち上がるのもかなりキツイ。
陣痛の波の時間も長くなったので
合い間がほんの十数秒に感じる。
何をするにも次々と押し寄せる陣痛の波で
ワタクシ固まって動けない。

看護婦さんが車いすを持って現れる。
車いすに乗るのでさえ一苦労。
すぐにエレベーターで上階の分娩室へ直行となった。

分娩台に上るのもそこで分娩着に着替えるのも
助産師さん達に介助されてなんとか。
慌てて降圧剤を出され飲み込む。
気が付いたら局部に熱い感覚。
これってもしかしたら?と思った通り
もうアタマが出かかっていて
助産師さんのひとりが一生懸命押さえてくれている。
その後では防水シートを慌てて用意する助産師さん。
その様子を何やら冷静に見る家族4人。

分娩台で仰向けになった時にはアタマがするりと出て
身体が少し引っかかった状態で初めていきむ。
といってもさほど強くないいきみでするりと産まれた。
降圧剤なんてまだ効いてない…。

そこで先生が登場。

ダンナはへその緒を切らせてもらい
長女は何やらDSのレンズをこちらに向ける。

ホッとしたのもつかの間
今度は胎盤がなかなか出てこないということで
先生と助産師さんふたりがかりでワタクシのお腹をめいいっぱい押しまくる。

…悶絶。
うなり声しか出ない。

時折エコーで子宮の内容物を確認しながら
押される押される…。
後産でこんなに痛いのは初めてだ。

バースプランでは確か…
小野リサのボサノバを聴きながら
極期の痛みをダンナの手を握りながらやり過ごし
『アタマが見え始めた』
『アタマが出た』
などと励まされつつ確認しながら誕生を迎える、
そんなお産のはずだった。

…が、そんなバースプランは見事に飛んだ。

多分、先生が破水させてから十数分の間の出来事だったと思う。
安産と言えば安産なんだろうが
正直診察室で破水させた時の先生はワタクシにとってはオニに見えた。
あの後診察室も掃除が大変だったろうに。
分娩室でやってくれれば何もかもスムーズに事が運んだハズなのに。

後で立ち会ってくれた助産師さんが言う。
『お産の時は大変でしたよね~ぇ。
あの後先生に言いましたよぉ。
4人目の経産婦さんやのに診察室で破水させてって。
でも、お家で自然に破水しなくて良かったですよね。
経産婦さんで自宅で破水して間に合わない人もいるから…。』

…確かに…。
それを考えると怖い。

ワタクシ、お産のパターンはたいていおしるしがなく
陣痛から始まって極期になってから自然破水して
間もなく出産という流れ。
大抵朝から陣痛が始まって
日中に4人を全て産んでいる。
夜中や明け方にお産ということがない。

何でもワタクシ、その病院で今年初めてのお産になるらしい。
ちょうどお正月に予定日の人たちが一斉に年末にお産になり
その病院の病室が満床になるくらい凄かったらしい。
そう言えばあの29日が満月で大潮だったはず。

その人たちが退院するのと入れ替わりに
ワタクシがひとりお産を迎えたらしい。

7年振りのお産も見事に安産だった訳だが
出産の後も痛みがいろいろあったことを思い出した。

特に4人目の後陣痛には悩まされた。
最初は何もしなくても後陣痛が激しく
鎮痛剤を使っても痛みが酷い。
その後陣痛が少しして収まったと安心したら
今度はおっぱいをあげる時に乳首が刺激された途端
また激しい痛みが襲ってくる。
授乳の度にお腹を丸めつつその場は耐える…。
薬飲んでおかなきゃと慌てて薬を飲む。
それが退院まで続いた。

退院前の診察で後陣痛の酷さを訴えたら
『じゃあたくさんめに鎮痛剤追加であげとくわ』と
ロキソニンをたくさんいただいたのだが
退院したらあっさりと痛みが無くなった。

ま、いいか…ロキソニン、薬局で買ったらお高いもんね。

ワタクシのお産の事実はこんなところ。
経産婦さんたちは、人工破水するなら分娩台の上でと
バースプランに書くのをおススメする(爆)

ワタクシは…もう次はナイ。
入院計画書にハッキリ書かれていた。
『妊娠高血圧腎症』と。
少し前なら『妊娠中毒症』ってやつだ。
次はこれで命が危ないかも。





晴れ、時々くもり。 または…大雨。

そして入院から間もなく
病院に到着してわずか30分ほどのスピード出産で
男の子が誕生。

家族全員でお産を見届け
ダンナが臍の緒を切らせてもらい
家族で写真を撮り…
家族の希望がかなったお産となった。
ただ、今回のお産、ちょっとしたハプニングがあったのだが
それについては後で触れよう。

そして今日で息子が誕生して3日目。
今病院のワタクシのベッドですやすやと眠っている。
あともう少ししたら起きるかも。

ワタクシの胸もパンパン。
今日助産師さんに乳管を開くマッサージをしてもらって
幾分おっぱいの出もよくなり
気が付いたら胸がかなり張るようになってきた。
ぼちぼちホルスタインが完成か(爆)?

さて、ぼちぼち身体を休めよう。