前の記事の続きです。
頑張っていた私の中の糸が切れ、どんどんと私の気力を奪っていきました。
そしてその出来事は、私がどこかで願っていた、ギリギリの状態から逃れられるためのきっかけとなりました。
無理して頑張っていた糸は切れ、動けない私になりました。
心がもやもやして苦しくて、頭にもやがかかったようにいっぱいで苦しくて、ケアに行こうと思うと頭を抱えて丸くなり、動けなくなるような状態になりました。
心の中ではずっと、助けて!もう嫌だよ…。もう行きたくないよ…。限界だよ…。もう無理だよ…。行きたくない!と叫び続けていました。
今でもその時感じていた、胸の苦しくなる思い、頭がいっぱいで苦しい気持ちが思い出されます。
苦しくてたまらなかったです。
無理して抑え込んでいた私の苦手とするものが、とうとう我慢の限界に達した感じでした。
そうして私は訪問介護の仕事を辞めることになりました。
もう二度と訪問介護の仕事に戻ることはないでしょう。
あの時のあのセクハラ介護をさせられていたことがトラウマになり、もう二度とやりたくないと思わされました。
他にたくさんのいい利用者さんとの出会いがあったのにも関わらず、その出来事をきっかけに、私の訪問介護人生は良くないものとして記憶されてしまいました。
もうやりたくない…。
あんな悲しい思いはもうしたくない。
そんなことをやっていたのは自分でしょ?
自業自得でしょ?と思われるかもしれません。
しかし、自分を大事にできなかった私は、自分の意見を発することが許されませんでした。
私の価値は周り次第。
周りに合わせることが当然。
周りの言うようにやれなければダメな人間だと思い込んでいました。
だから流されてしまっていました。
今の私だったら、そのような介護をすることに対し、ちゃんと疑問に思うことを主任に伝えていたと思います。
そこに必要性があるのか?と、ちゃんと議論を持ちかけていたと思います。
結局は自分のことを大事にできていなかったから。
自分のことが大事な存在だと思えていなかったことが、そんな出来事を招いてしまったんだと思います。
また、発達障害による特性も、少なからず影響していた気はします。
言われたことをこなすことが得意な特性があります。
人の気持ちがわからないので、誤解を与えるようなそぶりをしてしまうこともあったのかもしれません。
顔を近づけられたことに対して拒否反応を示さなかったことは、誤解を与えていたのかもしれません。
相手の悪意にも気づかずに、なんでも受け取ってしまっていたのかもしれません。
この人は何やっても許されると思わせていたのかもしれません。
そんな私だったからこそ、そんな経験をしてしまったことが事実だったとしても、私にとってそれは望んでしたことではなかった。
だから私は何一つ悪くない。
そうなってしまったことは仕方のなかったこと。
私は何も悪くない。
守ってあげていい。
私自身はそうして私を守りたいと思っています。
今回の内容を読んで、不快な思いを抱いてしまう人が居るかもしれません。
本当に申し訳ありません。
読んでいただき、ありがとうございます。
ありのままの私を書かせていただきました。
そうしてもがき苦しんできた私の人生を読んで、それでも立ち直れた今の私が居るんだよということを伝えたかったです。
何か少しでも希望を与えられたら嬉しいです。
次回、今後のブログについてご報告したいことがあります。
読んでいただき、本当にありがとうございました。
感謝です。