そんなこと?って離婚を考えたことのない人は思うかもしれない
そのくらい我慢すればいい 私はそうしてるって
でも実際は違う
最初はもっとこうしてくれないかな?そうだと助かるけど みたいにやんわりと伝える
けれども相手は変わらない
困っているし辛いからと相手に直して欲しいことを要求する
でもやっぱり変化はない
自分にも反省するところはないだろうか?
相手だけが悪いわけではない
自分が変われば相手も変わってくれるかもしれない
それでも結果は同じ
少しずつ相手に期待することをやめる
色々なことに折り合いをつける
最低限自分と子ども達の平和を守ることだけを考えるようになる
期待しなければ相手への苛立ちや苦悩は和らぐはず
自分のストレスが少なくなれば子ども達もきっと大丈夫
でも現実はそう簡単じゃない
自分達の時間や労力、ココロは心ない相手のために消耗していく
子ども達が巣立ったら別れよう
ぼんやりと考え始める
子ども達が結婚するまでは我慢しよう
就職するまでは
成人するまでは
せめて大学受験が終わるまでは
でもそう考えているうちに、
自分の30代、40代をこんな人のために犠牲にしていいのだろうか?と疑問が湧いてくる
抑圧され、本来なら一番身近な人間を、
憎んだり軽蔑するという大きな負の要素を抱えた母親の元で、
果たして子ども達はココロとカラダの健康を保って成長していけるのだろうか?
離婚にはエネルギーがいる
覚悟がいる
子ども達を守る努力がいる
たくさんの許せない、やりきれない思いを相手にぶつけたところで、理解してはもらえない
こちらがいくら証拠を出して、離婚してほしい理由を詳細に並べても、相手には響かないし、反論してくるだけ
堂々巡り
理解してもらう努力は散々してきた
けれどもどうにも分かり合えないということを悟ったから
離婚理由は
性格の不一致、価値観の違い
としか言えないのだ
なぜって思う人を非難するつもりは全くない
自分との幸せを積み上げていける相手をちゃんと見極める事ができた人なのだろうから
きっと1番自分がダメだったのは自分と合う人を選べなかったということ
素敵な人に選んでもらえなかったということでもあるかもしれない
けれど誰だって失敗する
失敗から這い上がることで、人は大きく成長する
その相手を選んだからこそ、かけがえのない我が子がこの世に誕生した
だから後悔はない
これも私のあっぱれな人生
多分これは私が人間として大きく成長するための
神様からの課題
気負うことなく我が子と自分のしあわせのために淡々と進んでいけばいい
大丈夫
