ずっと忘れていた加害者の顔。
いや敢えて犯人と呼ぼう。
犯人は2人。それに介助者が1人。
最近になって突如としてその1人の顔が浮かぶ。
洗濯物を干している時
運転している時
事務仕事をしている時
浮かんでくるのは1人でいる時ばかりではない。
道場で格闘技の練習をしている時にも
その悪夢のような顔が離れず、
集中できなくなることがある。
何の前触れもなく突然、
犯人が嘲笑う顔が浮かんでしまう。
振り払おうとしても執拗にまとわりつく。
悪いことをしたなんて微塵も思ってないことを
その軽々しい笑い声が裏付けているかのようだ。
自分のした事がどれほど被害者を苦しめ続けているか
理解できる人間ではない。
かと言ってどれほどの人が
この苦しみを理解できるだろうか。
初めから誰かに理解を求めようとは思わなかった。
理解されないことで、
自分自身がさらに傷つくことは容易に想像できた。
ただその時親にも誰にも言えなかったのは
そんな理由ではなかったかもしれない。
ただそんな力が出なかった。
あまりにも自分自身が空っぽ過ぎて。
言おうとしてもきっと言えなかった。
被害から24年が経って
性犯罪被害者が書いた本を2冊読んだ。
1冊目を購入してから読み始めるまでに1年以上かかった。
勇気が出なかった。
向き合う力を蓄えるのに
これほどの時間がかかるとは思ってもみなかった。
他の被害者はどうだったんだろう。
その後どうしているのだろう。
自分自身が作者に共感することを
予想していたし、期待もしていた。
でも実際は
私の気持ちとはどこか違う。
なぜか反感すら覚えてしまう。
被害に遭った自分を責め続けていることに関係しているのかもしれない。
被害者側にも落ち度があったのではないかという気持ちからどうしても自由になれない。
社会的にいえば、もちろん同意のない性的な行為は許されるものではない。
加害者は法で罰せられ、社会的に葬られるべき。
いかに人権を無視した行為であるかということ。
被害者の人生を狂わせてしまうほど大きな傷を負わせる重大な犯罪行為であるということ。
それを社会全体がきちんと認め、
個々がしっかりと認識することは本当に大事。
そこを強調するために被害者はもちろん社会的に責められるべきではない。
けれど他の誰でもない自分が狙われ、被害に遭ったという事実は、
自分自身が誘発してしまったことなのだという気持ちから
どうしても逃れられない。
被害に遭った直後、
ロンドンの街中からどうやってブライトンの自分のフラットまで帰ったのか記憶がない。パッと思い浮かぶ光景は肌寒い明け方のロンドンの住宅街でみた地下鉄の看板とVictoria Stationの構内。
Victoria st.からは自宅の最寄り駅まで電車1本で帰る事ができる。
その2つの光景はいずれも「帰れる」というホッとした僅かな一片の記憶と一対になっている
自宅フラットの窓際に腰掛け、海を眺める。
昨日と変わらない光景。
不確かな記憶と空っぽになった心を黄色いテーブルに乗せ、
警察に届けるか、親に話すかぼんやりと考えた。
警察で根掘り葉掘り聞かれることに耐えられるはずがない。
それに記憶が飛んでいてよく覚えていない。
同意の上だったのではと尋ねられたら、
差し出せる確固とした証拠は何もない。
傷ついたカラダとココロで、
公衆の面前に晒されて、
思い出したくない、話したくない汚いことを説明させられ、
挙句に
不注意な日本人留学生と嘲笑われるイメージが頭に浮かんだ。
被害届など出せる筈がない。
結論を出すのにさほど時間はかからなかった。
#性犯罪被害#誰にも言えない

いや敢えて犯人と呼ぼう。
犯人は2人。それに介助者が1人。
最近になって突如としてその1人の顔が浮かぶ。
洗濯物を干している時
運転している時
事務仕事をしている時
浮かんでくるのは1人でいる時ばかりではない。
道場で格闘技の練習をしている時にも
その悪夢のような顔が離れず、
集中できなくなることがある。
何の前触れもなく突然、
犯人が嘲笑う顔が浮かんでしまう。
振り払おうとしても執拗にまとわりつく。
悪いことをしたなんて微塵も思ってないことを
その軽々しい笑い声が裏付けているかのようだ。
自分のした事がどれほど被害者を苦しめ続けているか
理解できる人間ではない。
かと言ってどれほどの人が
この苦しみを理解できるだろうか。
初めから誰かに理解を求めようとは思わなかった。
理解されないことで、
自分自身がさらに傷つくことは容易に想像できた。
ただその時親にも誰にも言えなかったのは
そんな理由ではなかったかもしれない。
ただそんな力が出なかった。
あまりにも自分自身が空っぽ過ぎて。
言おうとしてもきっと言えなかった。
被害から24年が経って
性犯罪被害者が書いた本を2冊読んだ。
1冊目を購入してから読み始めるまでに1年以上かかった。
勇気が出なかった。
向き合う力を蓄えるのに
これほどの時間がかかるとは思ってもみなかった。
他の被害者はどうだったんだろう。
その後どうしているのだろう。
自分自身が作者に共感することを
予想していたし、期待もしていた。
でも実際は
私の気持ちとはどこか違う。
なぜか反感すら覚えてしまう。
被害に遭った自分を責め続けていることに関係しているのかもしれない。
被害者側にも落ち度があったのではないかという気持ちからどうしても自由になれない。
社会的にいえば、もちろん同意のない性的な行為は許されるものではない。
加害者は法で罰せられ、社会的に葬られるべき。
いかに人権を無視した行為であるかということ。
被害者の人生を狂わせてしまうほど大きな傷を負わせる重大な犯罪行為であるということ。
それを社会全体がきちんと認め、
個々がしっかりと認識することは本当に大事。
そこを強調するために被害者はもちろん社会的に責められるべきではない。
けれど他の誰でもない自分が狙われ、被害に遭ったという事実は、
自分自身が誘発してしまったことなのだという気持ちから
どうしても逃れられない。
被害に遭った直後、
ロンドンの街中からどうやってブライトンの自分のフラットまで帰ったのか記憶がない。パッと思い浮かぶ光景は肌寒い明け方のロンドンの住宅街でみた地下鉄の看板とVictoria Stationの構内。
Victoria st.からは自宅の最寄り駅まで電車1本で帰る事ができる。
その2つの光景はいずれも「帰れる」というホッとした僅かな一片の記憶と一対になっている
自宅フラットの窓際に腰掛け、海を眺める。
昨日と変わらない光景。
不確かな記憶と空っぽになった心を黄色いテーブルに乗せ、
警察に届けるか、親に話すかぼんやりと考えた。
警察で根掘り葉掘り聞かれることに耐えられるはずがない。
それに記憶が飛んでいてよく覚えていない。
同意の上だったのではと尋ねられたら、
差し出せる確固とした証拠は何もない。
傷ついたカラダとココロで、
公衆の面前に晒されて、
思い出したくない、話したくない汚いことを説明させられ、
挙句に
不注意な日本人留学生と嘲笑われるイメージが頭に浮かんだ。
被害届など出せる筈がない。
結論を出すのにさほど時間はかからなかった。
#性犯罪被害#誰にも言えない
