まずは、30日の深夜テレビ東京放送の「IQヴィーナス、天才JK日本一決定戦」!
女流棋士の竹俣紅さんが出場するのでみましたが、出題問題が偏りすぎ、というか酷すぎます。
本当の頭の良さは、記憶力も大切ですが、知識や類推力を駆使して解答にたどり着くという「考える問題」の方が重要です。
JKへの問題であれば、一般常識や中学くらいまでに習った知識だけで解ける着眼点の面白さを重視したような問題を出題して欲しかったと思います。(決勝戦で使われた古文の問題のように)
結局、出場者6名の中で数学オリンピック金メダルの少女が優勝しましたが、番組では極端に難しい数学問題が多く、しかも制限時間が短いため、とき方を最初から知っている人が有利に働くのは明白で、文系の人にとっては類推を重ねながら解答を導くだけの時間的余裕がなさすぎです。
例えば多湖輝氏の「頭の体操」のように少しトンチをきかせた問題とか、暗号解読問題や犯人探しの推理問題など、もっと瞬発力よりもじっくりと考える問題を選んで欲しかった気がしました。
さらにいえば、早押しのある問題では「帰納」と反対の言葉を書きなさい、という出題をあるJKは漢字で書こうとして遅くなり、結局はひらがなでもOKだった、というように、設問自体の曖昧さが目立ちました。
最初から「帰納と反対の言葉を書きなさい、漢字でなくてもOKです」とすべきですよね。
1次予選でのこのような早押しクイズは東大のクイズ研究会の出題だったらしいのですが、設問の半分以上JKが答えられないという状況でしたので、やはり難易度優先の不適格な問題ばかりだったといわれても仕方ないでしょうね。
こんな娯楽番組にも、知識偏重主義が表れているのは憂慮すべき事態です。
私が番組構成者なら、1次予選は早押しクイズ30問、じっくりクイズで30問とし、その結果の上位3名が2次予選にすすむ、という形をとったでしょう。
時間をかけても解答にたどり着く、彼女たちの長い人生にとってもそのプロセスのほうが大切で美しいからです!
続いては、やはりこの番組。
だって、2015年感が全然でてない紅白歌合戦って・・
「紅白」視聴率 後半39・2%…4回目大台割れ
2部制以降歴代最低
スポニチアネックス 1月2日(土)
昨年大みそかに放送された「第66回NHK紅白歌合戦」(後7・15~11・45)の平均視聴率(関東地区)が2日、ビデオリサーチから発表され、前半(第1部)は34・8%、後半(第2部)は39・2%を記録。
後半は2部制になった1989年以降、歴代最低となった。
従来の後半最低だった2004年(第55回)の39・3%を下回った。
前年14年(第65回)の後半42・2%から3・0ポイント減少した。
後半は8年連続の“大台”40%突破ならず。
07年(第58回)の39・5%以来、4回目の大台割れとなった。
今回の紅白歌合戦後半は、連続テレビ小説「あさが来た」特別編からスタート。
3月末にグループを卒業するAKB48高橋みなみ(24)の花道を盛り上げるため、卒業生の前田敦子(24)と大島優子(27)がサプライズ登場。
パフォーマンスがおなじみのゴールデンボンバーは樽美酒研二(35)が「大相撲紅白場所」で豪快に審査員のピース・又吉直樹(35)を投げ飛ばした。
特別企画枠で4年ぶりに復帰した小林幸子(62)はリハーサルで故障した巨大衣装「メガ幸子」が高さ9メートルまで予定通り上がった。
48回連続出場の記録を残し、今回で紅白を卒業する森進一(68)は「おふくろさん」を熱唱。
白組のトリは19年ぶり出場の近藤真彦(51)、大トリは松田聖子(53)が2年連続で務めた。
テーマは「ザッツ、日本!ザッツ、紅白!」。
総合司会は史上最年長の黒柳徹子(82)有働由美子アナウンサー(46)。
紅組司会は綾瀬はるか(30)白組司会はV6の井ノ原快彦(39)が務めた。
紅組が4年ぶりに勝利し、対戦成績を30勝36敗とした。
さらに、裏番組の格闘技で視聴率もっていかれましたかねえ。(それでも39%と他局にとってはうらやましい数字です!)
NHKには、その年に活躍した歌手の楽曲を中心に編成しなおすという当たり前の作業をお願いしたいものです。
それでも私はみませんが・・
そして、「相棒 2時間スペシャル」。
み終わって、「エッ、それが彼らのテロの動機!?」と腰を抜かしました。
かつての爆弾犯の本多の娘が父親にもう一度犯罪に手を染めさせようとする動機も弱すぎ。
最後で語られる少年たちの動機も「選挙に勝つために、大好きだった大黒議員に汚名を着せた音越議員(官房長官)に傷の一つでもつけられればよかった」なのですから、船上パーティーであんな人質騒ぎを起こさなくてもやりようはいくらでもありました。
さらに、蛇の猛毒で死に掛けている被害者である議員と加害者一味の女性を前にして、1本しかない血清を加害者を助けるために使ったのも合点がいきません。
最後に唐突に語られる片山議員の辞職ですが、これだけの策士が突然政界から身を引くのは不自然すぎます。
こんなご都合主義な脚本を書いて、真野勝成氏はプロの脚本家として恥ずかしくないのでしょうか?
動機と舞台設定の現実離れしすぎた脚本もここまでくると、脚本家の精神分裂症を危惧させます。
そしてこの2時間スペシャルのタイトルが「英雄」なのですから、呆れてものも言えません。(言いましたが・・)
相棒スタッフに再度の忠告ですが、視聴率の低迷は(反町の)ミスキャスティングのせいというよりも(少しはあるか?)、完璧にはちゃめちゃな脚本が原因ですよ~!
こんな内容で元旦のゴールデンの2時間枠で放映するクソ度胸は大したものですが。
ただ唯一印象に残ったシーンは、エンディングで杉下警部が「あっ、カブラギ君」と何か言いかけてやめたその内容が気になりましたねえ・・
細かいことが気になるのが悪い癖、なんちゃって。
箱根駅伝の話題は明日のブログでまとめて発表します!
最後は訃報です。
ナット・キング・コールの娘、ナタリー・コールが65歳で死去
bmr.jp 1月2日(土)
ナット・キング・コールの娘としても知られるグラミー授賞シンガーのナタリー・コールが、12月31日に亡くなったことが発表された。65歳だった。
ナタリー・コールの逝去は、米時間で1月1日に報じられ、現地時間で12月31日の夜、ロサンジェルスの病院にて「長年の健康問題による様々な要因が重なった結果」亡くなったと、遺族が発表した。
自叙伝の中で過去にドラッグを使用していたことを認めているナタリー・コールは、2008年7月にC型肝炎であること、また腎臓の病気も患っていることを発表し、2009年には腎移植手術を受けていた。
こうした健康事情から、2008年頃からは病気等を理由にツアーや公演をキャンセルすることが度々あり、2008年6月の来日公演では車椅子でステージに上がるなど以前から体調が心配されていたが、その後ふたたび元気な姿をステージで披露するなど快復。
2011年にはトニー・ベネットのグラミー授賞作『Duets II』に参加、2013年には5年ぶりの新作『Natalie Cole en Espanol』をリリースし、2015年もテリ・リン・キャリントンの最新作『The Mosaic Project: LOVE and SOUL』にゲスト参加するなど活動していたものの、2015年10月にはまた体調が悪化し、11月と12月に予定していた公演を全てキャンセルしていたところだった。
この訃報に、ナタリー・コールに影響を与えた存在でもあるアレサ・フランクリンは、「涙をこらえなくては。彼女がどれだけ辛い闘いを強いられてきたかを知っているから。長い、長い闘いでした。そして彼女はこの時代における最高の歌手のひとりでした」との声明を発表。
また、『Duets II』で共演した米ポピュラー音楽界に君臨する大御所ボーカリストのトニー・ベネットは、「ナタリー・コールが亡くなったと聞いて、とても哀しい。私は彼女、そして彼女の父ナットとその家族と何年もの友情を築いていたから。ナタリーは類まれなジャズ・シンガーであり、彼女とレコーディングできたこと、何度か彼女とパフォーマンスできたことは光栄だった。とても愛らしく、心優しい人であり、彼女の死は本当に哀しい」とコメントした。
“Finally Made Me Happy”で共演したメイシー・グレイなどのほか、チャカ・カーン、マックスウェル、レニー・クラヴィッツなど他にも多くのミュージシャンらが続々と追悼の言葉を綴っている。
近年はジャズ・シンガーのイメージの強いナタリー・コールだが、70~80年代はR&Bシンガーとして活躍し、当時の楽曲はカニエ・ウェストやジェイ・Z、ビヨンセが所属していたデスティニーズ・チャイルドなど、近年のヒップホップ~R&B作品でサンプリング/引用されている。
ジャズ界の偉人ナット・キング・コールと、デューク・エリントンの楽団歌手だったマリア・コールのあいだに1950年2月6日に生まれたナタリー・コールは、幼少期から偉大な音楽家たちに囲まれて育った影響もあって、11歳から本格的に歌うようになった。
「ナット・キング・コールの娘」ということでジャズの道を進むことが期待されたが、アレサ・フランクリンやジャニス・ジョプリンの影響を受け、R&B~ソウルやロックに傾倒するようになり、Capitol Recordsと契約して1975年に『Inseparable』でR&Bシンガーとしてアルバム・デビュー。
翌年のグラミー賞では最優秀新人賞などを獲得し、「ニュー・アレサ」などと呼ばれるなどその実力が認められるようになった。
同年発表した2作目『Natalie』でもグラミー賞を手にするなど人気歌手としての地位を確立するが、80年代に入るとドラッグに手を出すようになり、かつての勢いを失っていった。
しかしリハビリを経て、1991年、これまでコンサート等でも父ナット・キング・コールの曲のカバーを要求されても断ってきたナタリーが、父との疑似デュエット作『Unforgettable… with Love』をリリースすると、これが大ヒット。
このアルバム翌年のグラミー賞ではアルバム・オブ・ザ・イヤー、レコード・オブ・ザ・イヤーなどに輝き、全米だけで700万枚以上を売り上げる自身最大のヒット作となった。
この“復活”後はジャズ・シンガーとして新たな成功を収めていった。
また、2006年にはダラス・オースティンをプロデューサーに迎え、久々にR&B~ソウル色を打ち出した『Leavin'』を発表したほか、2013年にはラテン・ポップ作品『Natalie Cole en Espanol』をリリースするといった意欲的な姿勢を見せていた。
なお、ナット・キング・コールの妻で、ナタリー・コールの母であるマリア・コールは、2012年7月にがんのため89歳で亡くなっている。
ご冥福をお祈りします。合掌。
では、1-3生まれの有名人です。
1873年小林一三(実業家,箕面有馬電軌(阪急の前身)・宝塚歌劇団・東宝映画設立,商工相(21代))、1929年セルジオ・レオーネ (伊:俳優,映画監督)、1931年道場六三郎(料理人「初代和の鉄人」)、1940年影丸穣也(漫画家『空手バカ一代』)、1943年鳥居ユキ(服飾デザイナー)、1956年メル・ギブソン (米:俳優,映画監督)。
この名曲最近まで知りませんでした。
The Hollies - He Ain't Heavy, He's My Brother
女流棋士の竹俣紅さんが出場するのでみましたが、出題問題が偏りすぎ、というか酷すぎます。
本当の頭の良さは、記憶力も大切ですが、知識や類推力を駆使して解答にたどり着くという「考える問題」の方が重要です。
JKへの問題であれば、一般常識や中学くらいまでに習った知識だけで解ける着眼点の面白さを重視したような問題を出題して欲しかったと思います。(決勝戦で使われた古文の問題のように)
結局、出場者6名の中で数学オリンピック金メダルの少女が優勝しましたが、番組では極端に難しい数学問題が多く、しかも制限時間が短いため、とき方を最初から知っている人が有利に働くのは明白で、文系の人にとっては類推を重ねながら解答を導くだけの時間的余裕がなさすぎです。
例えば多湖輝氏の「頭の体操」のように少しトンチをきかせた問題とか、暗号解読問題や犯人探しの推理問題など、もっと瞬発力よりもじっくりと考える問題を選んで欲しかった気がしました。
さらにいえば、早押しのある問題では「帰納」と反対の言葉を書きなさい、という出題をあるJKは漢字で書こうとして遅くなり、結局はひらがなでもOKだった、というように、設問自体の曖昧さが目立ちました。
最初から「帰納と反対の言葉を書きなさい、漢字でなくてもOKです」とすべきですよね。
1次予選でのこのような早押しクイズは東大のクイズ研究会の出題だったらしいのですが、設問の半分以上JKが答えられないという状況でしたので、やはり難易度優先の不適格な問題ばかりだったといわれても仕方ないでしょうね。
こんな娯楽番組にも、知識偏重主義が表れているのは憂慮すべき事態です。
私が番組構成者なら、1次予選は早押しクイズ30問、じっくりクイズで30問とし、その結果の上位3名が2次予選にすすむ、という形をとったでしょう。
時間をかけても解答にたどり着く、彼女たちの長い人生にとってもそのプロセスのほうが大切で美しいからです!
続いては、やはりこの番組。
だって、2015年感が全然でてない紅白歌合戦って・・
「紅白」視聴率 後半39・2%…4回目大台割れ
2部制以降歴代最低
スポニチアネックス 1月2日(土)
昨年大みそかに放送された「第66回NHK紅白歌合戦」(後7・15~11・45)の平均視聴率(関東地区)が2日、ビデオリサーチから発表され、前半(第1部)は34・8%、後半(第2部)は39・2%を記録。
後半は2部制になった1989年以降、歴代最低となった。
従来の後半最低だった2004年(第55回)の39・3%を下回った。
前年14年(第65回)の後半42・2%から3・0ポイント減少した。
後半は8年連続の“大台”40%突破ならず。
07年(第58回)の39・5%以来、4回目の大台割れとなった。
今回の紅白歌合戦後半は、連続テレビ小説「あさが来た」特別編からスタート。
3月末にグループを卒業するAKB48高橋みなみ(24)の花道を盛り上げるため、卒業生の前田敦子(24)と大島優子(27)がサプライズ登場。
パフォーマンスがおなじみのゴールデンボンバーは樽美酒研二(35)が「大相撲紅白場所」で豪快に審査員のピース・又吉直樹(35)を投げ飛ばした。
特別企画枠で4年ぶりに復帰した小林幸子(62)はリハーサルで故障した巨大衣装「メガ幸子」が高さ9メートルまで予定通り上がった。
48回連続出場の記録を残し、今回で紅白を卒業する森進一(68)は「おふくろさん」を熱唱。
白組のトリは19年ぶり出場の近藤真彦(51)、大トリは松田聖子(53)が2年連続で務めた。
テーマは「ザッツ、日本!ザッツ、紅白!」。
総合司会は史上最年長の黒柳徹子(82)有働由美子アナウンサー(46)。
紅組司会は綾瀬はるか(30)白組司会はV6の井ノ原快彦(39)が務めた。
紅組が4年ぶりに勝利し、対戦成績を30勝36敗とした。
さらに、裏番組の格闘技で視聴率もっていかれましたかねえ。(それでも39%と他局にとってはうらやましい数字です!)
NHKには、その年に活躍した歌手の楽曲を中心に編成しなおすという当たり前の作業をお願いしたいものです。
それでも私はみませんが・・

そして、「相棒 2時間スペシャル」。
み終わって、「エッ、それが彼らのテロの動機!?」と腰を抜かしました。
かつての爆弾犯の本多の娘が父親にもう一度犯罪に手を染めさせようとする動機も弱すぎ。
最後で語られる少年たちの動機も「選挙に勝つために、大好きだった大黒議員に汚名を着せた音越議員(官房長官)に傷の一つでもつけられればよかった」なのですから、船上パーティーであんな人質騒ぎを起こさなくてもやりようはいくらでもありました。
さらに、蛇の猛毒で死に掛けている被害者である議員と加害者一味の女性を前にして、1本しかない血清を加害者を助けるために使ったのも合点がいきません。
最後に唐突に語られる片山議員の辞職ですが、これだけの策士が突然政界から身を引くのは不自然すぎます。
こんなご都合主義な脚本を書いて、真野勝成氏はプロの脚本家として恥ずかしくないのでしょうか?
動機と舞台設定の現実離れしすぎた脚本もここまでくると、脚本家の精神分裂症を危惧させます。
そしてこの2時間スペシャルのタイトルが「英雄」なのですから、呆れてものも言えません。(言いましたが・・)
相棒スタッフに再度の忠告ですが、視聴率の低迷は(反町の)ミスキャスティングのせいというよりも(少しはあるか?)、完璧にはちゃめちゃな脚本が原因ですよ~!

こんな内容で元旦のゴールデンの2時間枠で放映するクソ度胸は大したものですが。
ただ唯一印象に残ったシーンは、エンディングで杉下警部が「あっ、カブラギ君」と何か言いかけてやめたその内容が気になりましたねえ・・
細かいことが気になるのが悪い癖、なんちゃって。
箱根駅伝の話題は明日のブログでまとめて発表します!
最後は訃報です。
ナット・キング・コールの娘、ナタリー・コールが65歳で死去
bmr.jp 1月2日(土)
ナット・キング・コールの娘としても知られるグラミー授賞シンガーのナタリー・コールが、12月31日に亡くなったことが発表された。65歳だった。
ナタリー・コールの逝去は、米時間で1月1日に報じられ、現地時間で12月31日の夜、ロサンジェルスの病院にて「長年の健康問題による様々な要因が重なった結果」亡くなったと、遺族が発表した。
自叙伝の中で過去にドラッグを使用していたことを認めているナタリー・コールは、2008年7月にC型肝炎であること、また腎臓の病気も患っていることを発表し、2009年には腎移植手術を受けていた。
こうした健康事情から、2008年頃からは病気等を理由にツアーや公演をキャンセルすることが度々あり、2008年6月の来日公演では車椅子でステージに上がるなど以前から体調が心配されていたが、その後ふたたび元気な姿をステージで披露するなど快復。
2011年にはトニー・ベネットのグラミー授賞作『Duets II』に参加、2013年には5年ぶりの新作『Natalie Cole en Espanol』をリリースし、2015年もテリ・リン・キャリントンの最新作『The Mosaic Project: LOVE and SOUL』にゲスト参加するなど活動していたものの、2015年10月にはまた体調が悪化し、11月と12月に予定していた公演を全てキャンセルしていたところだった。
この訃報に、ナタリー・コールに影響を与えた存在でもあるアレサ・フランクリンは、「涙をこらえなくては。彼女がどれだけ辛い闘いを強いられてきたかを知っているから。長い、長い闘いでした。そして彼女はこの時代における最高の歌手のひとりでした」との声明を発表。
また、『Duets II』で共演した米ポピュラー音楽界に君臨する大御所ボーカリストのトニー・ベネットは、「ナタリー・コールが亡くなったと聞いて、とても哀しい。私は彼女、そして彼女の父ナットとその家族と何年もの友情を築いていたから。ナタリーは類まれなジャズ・シンガーであり、彼女とレコーディングできたこと、何度か彼女とパフォーマンスできたことは光栄だった。とても愛らしく、心優しい人であり、彼女の死は本当に哀しい」とコメントした。
“Finally Made Me Happy”で共演したメイシー・グレイなどのほか、チャカ・カーン、マックスウェル、レニー・クラヴィッツなど他にも多くのミュージシャンらが続々と追悼の言葉を綴っている。
近年はジャズ・シンガーのイメージの強いナタリー・コールだが、70~80年代はR&Bシンガーとして活躍し、当時の楽曲はカニエ・ウェストやジェイ・Z、ビヨンセが所属していたデスティニーズ・チャイルドなど、近年のヒップホップ~R&B作品でサンプリング/引用されている。
ジャズ界の偉人ナット・キング・コールと、デューク・エリントンの楽団歌手だったマリア・コールのあいだに1950年2月6日に生まれたナタリー・コールは、幼少期から偉大な音楽家たちに囲まれて育った影響もあって、11歳から本格的に歌うようになった。
「ナット・キング・コールの娘」ということでジャズの道を進むことが期待されたが、アレサ・フランクリンやジャニス・ジョプリンの影響を受け、R&B~ソウルやロックに傾倒するようになり、Capitol Recordsと契約して1975年に『Inseparable』でR&Bシンガーとしてアルバム・デビュー。
翌年のグラミー賞では最優秀新人賞などを獲得し、「ニュー・アレサ」などと呼ばれるなどその実力が認められるようになった。
同年発表した2作目『Natalie』でもグラミー賞を手にするなど人気歌手としての地位を確立するが、80年代に入るとドラッグに手を出すようになり、かつての勢いを失っていった。
しかしリハビリを経て、1991年、これまでコンサート等でも父ナット・キング・コールの曲のカバーを要求されても断ってきたナタリーが、父との疑似デュエット作『Unforgettable… with Love』をリリースすると、これが大ヒット。
このアルバム翌年のグラミー賞ではアルバム・オブ・ザ・イヤー、レコード・オブ・ザ・イヤーなどに輝き、全米だけで700万枚以上を売り上げる自身最大のヒット作となった。
この“復活”後はジャズ・シンガーとして新たな成功を収めていった。
また、2006年にはダラス・オースティンをプロデューサーに迎え、久々にR&B~ソウル色を打ち出した『Leavin'』を発表したほか、2013年にはラテン・ポップ作品『Natalie Cole en Espanol』をリリースするといった意欲的な姿勢を見せていた。
なお、ナット・キング・コールの妻で、ナタリー・コールの母であるマリア・コールは、2012年7月にがんのため89歳で亡くなっている。
ご冥福をお祈りします。合掌。
では、1-3生まれの有名人です。
1873年小林一三(実業家,箕面有馬電軌(阪急の前身)・宝塚歌劇団・東宝映画設立,商工相(21代))、1929年セルジオ・レオーネ (伊:俳優,映画監督)、1931年道場六三郎(料理人「初代和の鉄人」)、1940年影丸穣也(漫画家『空手バカ一代』)、1943年鳥居ユキ(服飾デザイナー)、1956年メル・ギブソン (米:俳優,映画監督)。
この名曲最近まで知りませんでした。
The Hollies - He Ain't Heavy, He's My Brother


