まずは、30日の深夜テレビ東京放送の「IQヴィーナス、天才JK日本一決定戦」!

女流棋士の竹俣紅さんが出場するのでみましたが、出題問題が偏りすぎ、というか酷すぎます。

本当の頭の良さは、記憶力も大切ですが、知識や類推力を駆使して解答にたどり着くという「考える問題」の方が重要です。

JKへの問題であれば、一般常識や中学くらいまでに習った知識だけで解ける着眼点の面白さを重視したような問題を出題して欲しかったと思います。(決勝戦で使われた古文の問題のように)

結局、出場者6名の中で数学オリンピック金メダルの少女が優勝しましたが、番組では極端に難しい数学問題が多く、しかも制限時間が短いため、とき方を最初から知っている人が有利に働くのは明白で、文系の人にとっては類推を重ねながら解答を導くだけの時間的余裕がなさすぎです。

例えば多湖輝氏の「頭の体操」のように少しトンチをきかせた問題とか、暗号解読問題や犯人探しの推理問題など、もっと瞬発力よりもじっくりと考える問題を選んで欲しかった気がしました。

さらにいえば、早押しのある問題では「帰納」と反対の言葉を書きなさい、という出題をあるJKは漢字で書こうとして遅くなり、結局はひらがなでもOKだった、というように、設問自体の曖昧さが目立ちました。

最初から「帰納と反対の言葉を書きなさい、漢字でなくてもOKです」とすべきですよね。

1次予選でのこのような早押しクイズは東大のクイズ研究会の出題だったらしいのですが、設問の半分以上JKが答えられないという状況でしたので、やはり難易度優先の不適格な問題ばかりだったといわれても仕方ないでしょうね。

こんな娯楽番組にも、知識偏重主義が表れているのは憂慮すべき事態です。

私が番組構成者なら、1次予選は早押しクイズ30問、じっくりクイズで30問とし、その結果の上位3名が2次予選にすすむ、という形をとったでしょう。

時間をかけても解答にたどり着く、彼女たちの長い人生にとってもそのプロセスのほうが大切で美しいからです!


続いては、やはりこの番組。

だって、2015年感が全然でてない紅白歌合戦って・・

「紅白」視聴率 後半39・2%…4回目大台割れ 
2部制以降歴代最低
スポニチアネックス 1月2日(土)

 昨年大みそかに放送された「第66回NHK紅白歌合戦」(後7・15~11・45)の平均視聴率(関東地区)が2日、ビデオリサーチから発表され、前半(第1部)は34・8%、後半(第2部)は39・2%を記録。
後半は2部制になった1989年以降、歴代最低となった。

 従来の後半最低だった2004年(第55回)の39・3%を下回った。
前年14年(第65回)の後半42・2%から3・0ポイント減少した。

 後半は8年連続の“大台”40%突破ならず。
07年(第58回)の39・5%以来、4回目の大台割れとなった。

 今回の紅白歌合戦後半は、連続テレビ小説「あさが来た」特別編からスタート。
3月末にグループを卒業するAKB48高橋みなみ(24)の花道を盛り上げるため、卒業生の前田敦子(24)と大島優子(27)がサプライズ登場。
パフォーマンスがおなじみのゴールデンボンバーは樽美酒研二(35)が「大相撲紅白場所」で豪快に審査員のピース・又吉直樹(35)を投げ飛ばした。

 特別企画枠で4年ぶりに復帰した小林幸子(62)はリハーサルで故障した巨大衣装「メガ幸子」が高さ9メートルまで予定通り上がった。
48回連続出場の記録を残し、今回で紅白を卒業する森進一(68)は「おふくろさん」を熱唱。
白組のトリは19年ぶり出場の近藤真彦(51)、大トリは松田聖子(53)が2年連続で務めた。

 テーマは「ザッツ、日本!ザッツ、紅白!」。
総合司会は史上最年長の黒柳徹子(82)有働由美子アナウンサー(46)。
紅組司会は綾瀬はるか(30)白組司会はV6の井ノ原快彦(39)が務めた。
紅組が4年ぶりに勝利し、対戦成績を30勝36敗とした。

さらに、裏番組の格闘技で視聴率もっていかれましたかねえ。(それでも39%と他局にとってはうらやましい数字です!)

NHKには、その年に活躍した歌手の楽曲を中心に編成しなおすという当たり前の作業をお願いしたいものです。

それでも私はみませんが・・


そして、「相棒 2時間スペシャル」。

み終わって、「エッ、それが彼らのテロの動機!?」と腰を抜かしました。

かつての爆弾犯の本多の娘が父親にもう一度犯罪に手を染めさせようとする動機も弱すぎ。

最後で語られる少年たちの動機も「選挙に勝つために、大好きだった大黒議員に汚名を着せた音越議員(官房長官)に傷の一つでもつけられればよかった」なのですから、船上パーティーであんな人質騒ぎを起こさなくてもやりようはいくらでもありました。

さらに、蛇の猛毒で死に掛けている被害者である議員と加害者一味の女性を前にして、1本しかない血清を加害者を助けるために使ったのも合点がいきません。

最後に唐突に語られる片山議員の辞職ですが、これだけの策士が突然政界から身を引くのは不自然すぎます。

こんなご都合主義な脚本を書いて、真野勝成氏はプロの脚本家として恥ずかしくないのでしょうか?

動機と舞台設定の現実離れしすぎた脚本もここまでくると、脚本家の精神分裂症を危惧させます。

そしてこの2時間スペシャルのタイトルが「英雄」なのですから、呆れてものも言えません。(言いましたが・・)

相棒スタッフに再度の忠告ですが、視聴率の低迷は(反町の)ミスキャスティングのせいというよりも(少しはあるか?)、完璧にはちゃめちゃな脚本が原因ですよ~!

こんな内容で元旦のゴールデンの2時間枠で放映するクソ度胸は大したものですが。

ただ唯一印象に残ったシーンは、エンディングで杉下警部が「あっ、カブラギ君」と何か言いかけてやめたその内容が気になりましたねえ・・

細かいことが気になるのが悪い癖、なんちゃって。


箱根駅伝の話題は明日のブログでまとめて発表します!

最後は訃報です。

ナット・キング・コールの娘、ナタリー・コールが65歳で死去
bmr.jp 1月2日(土)

ナット・キング・コールの娘としても知られるグラミー授賞シンガーのナタリー・コールが、12月31日に亡くなったことが発表された。65歳だった。

ナタリー・コールの逝去は、米時間で1月1日に報じられ、現地時間で12月31日の夜、ロサンジェルスの病院にて「長年の健康問題による様々な要因が重なった結果」亡くなったと、遺族が発表した。
自叙伝の中で過去にドラッグを使用していたことを認めているナタリー・コールは、2008年7月にC型肝炎であること、また腎臓の病気も患っていることを発表し、2009年には腎移植手術を受けていた。
こうした健康事情から、2008年頃からは病気等を理由にツアーや公演をキャンセルすることが度々あり、2008年6月の来日公演では車椅子でステージに上がるなど以前から体調が心配されていたが、その後ふたたび元気な姿をステージで披露するなど快復。
2011年にはトニー・ベネットのグラミー授賞作『Duets II』に参加、2013年には5年ぶりの新作『Natalie Cole en Espanol』をリリースし、2015年もテリ・リン・キャリントンの最新作『The Mosaic Project: LOVE and SOUL』にゲスト参加するなど活動していたものの、2015年10月にはまた体調が悪化し、11月と12月に予定していた公演を全てキャンセルしていたところだった。

この訃報に、ナタリー・コールに影響を与えた存在でもあるアレサ・フランクリンは、「涙をこらえなくては。彼女がどれだけ辛い闘いを強いられてきたかを知っているから。長い、長い闘いでした。そして彼女はこの時代における最高の歌手のひとりでした」との声明を発表。
また、『Duets II』で共演した米ポピュラー音楽界に君臨する大御所ボーカリストのトニー・ベネットは、「ナタリー・コールが亡くなったと聞いて、とても哀しい。私は彼女、そして彼女の父ナットとその家族と何年もの友情を築いていたから。ナタリーは類まれなジャズ・シンガーであり、彼女とレコーディングできたこと、何度か彼女とパフォーマンスできたことは光栄だった。とても愛らしく、心優しい人であり、彼女の死は本当に哀しい」とコメントした。
“Finally Made Me Happy”で共演したメイシー・グレイなどのほか、チャカ・カーン、マックスウェル、レニー・クラヴィッツなど他にも多くのミュージシャンらが続々と追悼の言葉を綴っている。

近年はジャズ・シンガーのイメージの強いナタリー・コールだが、70~80年代はR&Bシンガーとして活躍し、当時の楽曲はカニエ・ウェストやジェイ・Z、ビヨンセが所属していたデスティニーズ・チャイルドなど、近年のヒップホップ~R&B作品でサンプリング/引用されている。

ジャズ界の偉人ナット・キング・コールと、デューク・エリントンの楽団歌手だったマリア・コールのあいだに1950年2月6日に生まれたナタリー・コールは、幼少期から偉大な音楽家たちに囲まれて育った影響もあって、11歳から本格的に歌うようになった。
「ナット・キング・コールの娘」ということでジャズの道を進むことが期待されたが、アレサ・フランクリンやジャニス・ジョプリンの影響を受け、R&B~ソウルやロックに傾倒するようになり、Capitol Recordsと契約して1975年に『Inseparable』でR&Bシンガーとしてアルバム・デビュー。
翌年のグラミー賞では最優秀新人賞などを獲得し、「ニュー・アレサ」などと呼ばれるなどその実力が認められるようになった。
同年発表した2作目『Natalie』でもグラミー賞を手にするなど人気歌手としての地位を確立するが、80年代に入るとドラッグに手を出すようになり、かつての勢いを失っていった。

しかしリハビリを経て、1991年、これまでコンサート等でも父ナット・キング・コールの曲のカバーを要求されても断ってきたナタリーが、父との疑似デュエット作『Unforgettable… with Love』をリリースすると、これが大ヒット。
このアルバム翌年のグラミー賞ではアルバム・オブ・ザ・イヤー、レコード・オブ・ザ・イヤーなどに輝き、全米だけで700万枚以上を売り上げる自身最大のヒット作となった。
この“復活”後はジャズ・シンガーとして新たな成功を収めていった。
また、2006年にはダラス・オースティンをプロデューサーに迎え、久々にR&B~ソウル色を打ち出した『Leavin'』を発表したほか、2013年にはラテン・ポップ作品『Natalie Cole en Espanol』をリリースするといった意欲的な姿勢を見せていた。

なお、ナット・キング・コールの妻で、ナタリー・コールの母であるマリア・コールは、2012年7月にがんのため89歳で亡くなっている。

ご冥福をお祈りします。合掌。

では、1-3生まれの有名人です。

1873年小林一三(実業家,箕面有馬電軌(阪急の前身)・宝塚歌劇団・東宝映画設立,商工相(21代))、1929年セルジオ・レオーネ (伊:俳優,映画監督)、1931年道場六三郎(料理人「初代和の鉄人」)、1940年影丸穣也(漫画家『空手バカ一代』)、1943年鳥居ユキ(服飾デザイナー)、1956年メル・ギブソン (米:俳優,映画監督)。

この名曲最近まで知りませんでした。
The Hollies - He Ain't Heavy, He's My Brother
まずは、大晦日の格闘技の続きから。

バンナ、何やってんだ?

バルトとの対戦をキャンセルしたバンナがまさかの両国登場!
バトル・ニュース 2015年12月31日(木)

 12月31日、東京・両国国技館で行われたイノキ・ゲノム・フェデーション『INOKI BOM-BA-YE2015』。
いわゆる“総合格闘技ルール”のIGFルールと、いわゆる“プロレスルール”のGENOMEルールの試合が同じ大会の中で行われるIGFらしい大会。

 メインイベントは「格闘技のワールドカップ」と銘打って今年IGFが開催したIGF World GP 2015トーナメント決勝戦。
全8か国から出場した世界の強豪の中から、決勝まで勝ち上がってきたのはブラジル代表のフェルナンド・ロドリゲス Jr.とイングランド代表のオリィ・トンプソン。
 特別立会人として、当初この日は埼玉のRIZINでバルト(把瑠都)のデビュー戦の相手を務める予定だったジェロム・レ・バンナが登場。
ロドリゲス Jr.が飛びヒザ蹴りでトンプソンをコーナーまで追い詰めると左右のパンチを振り回していく。
何発か顔面にもらってしまい後退するトンプソンだが、アッパーがカウンターでクリーンヒット。
その場で崩れ落ちたロドリゲス Jr.を見てレフェリーが試合をストップ。
 大逆転勝利でIGF World GP 2015で優勝したトンプソンをバンナも笑顔で祝福し、2億円ベルトを贈呈。
最後はバンナも一緒に108個のサインボール投げをして大会を締めくくった。

 総合格闘技イベント『GRACHAN』にまで乗り込んでいって山本勇気に喧嘩を売った奥田啓介は、黒いショートタイツに素足という格好でIGFルールに臨んだ。
開始早々タックルを狙ったところをガブって止めた山本がそのまま奥田の頭部にヒザ蹴りを連打。
コーナー際まで後退した奥田は、完全に効いてしまっていたため座り込むようにダウン。
その瞬間、レフェリーが試合をストップ。
 完勝だった山本は「これが現実だよ奥田。でもお前の気持ちは本当に分かったし、お前とやれてよかった。お前を倒したから……オイ、青木真也! 俺はお前に負けたと思ってない! お前に気持ちがあるならもう1回俺とやってくれ!」と1年前に敗れた青木真也への再戦を要求した。

 熊の被り物をして愛らしく踊ってみせるクリス・バーネットへのリベンジ戦に挑んだ鈴川慎一は、積極的に打撃を出していったが、組み付いたバーネットは投げてテイクダウンを奪うと、上からパウンドを打ち下ろす。
150キロを超すバーネットに上になられては鈴川は身動きを取ることも出来ずパンチを浴び続けてしまい、レフェリーが試合をストップ。
返り討ちに成功したバーネットは勝利のダンスを披露した。

当然こうなりますよね。

バンナRIZINキャンセルでIGF来場 
実行委員長あ然「訴訟します」
デイリースポーツ 1月1日(金)

 バルトと試合を行う予定を急きょキャンセルしたジェロム・レ・バンナ(43)について、榊原信行実行委員長は「訴訟をすることになります」と明言した。

 バンナはRIZINでのバルト戦をキャンセルしながら、同時間帯に開催されたIGFの両国国技館大会に姿を見せた。想定外の事態に「びっくりしました」と、あ然とした榊原実行委員長は「ルールというか契約の守れない人なので。我々は訴訟をすることになります」と険しい表情で話した。

 「(バンナは)正式な契約書にサインをしています」「リアルファイトの総合格闘技の契約書にサインをしています」と、自分たちに落ち度がないことも強調。
「プロとしていかがなものかと思うので、約束を守れなかったことに関して法的な手段をとります」と語った。

バンナは信用と男を下げ、急遽交代出場し負けはしましたがアーツはおとこ気を上げました。

それにしても、RIZIN欠場の理由を公表して欲しいものです。


そして、こちらの男も・・

曙陣営は不満「明らかにミスジャッジ」 
本人は「複雑な気持ちある」
デイリースポーツ 2015年12月31日(木)
 「格闘技・RIZIN」(31日、さいたまスーパーアリーナ)

 12年前の大みそかからの因縁マッチとなった曙太郎-ボブ・サップは、曙が試合中に後頭部を出血したことで2ラウンド後に判定となり3-0でサップが勝利した。
曙陣営はサップが反則である後頭部への打撃を繰り返したと主張。
「もう一度VTRを見ていただいて、ジャッジ、レフェリーに忠告をしようと思っています」と明らかにした。

 12年ぶりのリベンジは果たせないまま終わった。
相手が反則をしていると思ったかと問われた曙は「僕はね。まったく…。(試合を)やっているからそんなこと気にしなかった」と認識していなかったと振り返った。
ただ、「これで判定されるのかなっていう。複雑な気持ちはありますね」と渋い表情で語った。

 試合序盤は曙が巨体を生かした突進で攻めた。
「自分は練習した通り攻めていたと思う」というプラン通りの展開だったが、サップが放ったフックのうち、一発が曙の後頭部を切り裂くと流れが変わった。
出血は止まらず、合計4度のドクターチェックを経て、2ラウンドまででの判定で勝敗を決めることになった。
また、2ラウンド開始前には、後頭部へ打撃を加えたとしてレフェリーのシーザー武志氏からサップにイエローカードが出ていた。

 曙陣営は試合後の会見で「(サップが)明らかに後頭部を殴っていて、後頭部から血が出て、イエローカードも出ているのに(2ラウンドでも)後頭部を殴っていた」と主張した。
今後、「こちら側からはもう一度VTRを見ていただいて、ジャッジ、レフェリーに忠告をしようと思っています。明らかにミスジャッジだと思います」と判定への不満を口にした。

 試合中に背中が真っ赤に染まってしまうほど出血量は多かった。
「ここまでひどいの(出血)は初めて」と振り返った曙は、再戦について「できれば(やりたい)」と求めた。

戦前に語っていた曙の秘密兵器とは、相手の頭を抱え込んでの膝蹴りだったことが判明しましたが、サップの背筋が強すぎて頭部を下げられない状態では、両手が頭の後ろに行く間に曙がノーガードになるため、サップの繰り出すパンチの雨あられ状態となり、結局は無意味以上に曙にとって危険な技となりましたが、終始その技にこだわり続けたのは、他のきめ手がなかったためでしょう。

曙の闘争心は前回とは比べものにならないくらいに強く、勝ちたいという気持ちでも頑張っていたとは思いますよ。

でも、突進だけでは相手をKOできませんし、パンチ力も相手のほうが上でしかも決まらない膝蹴りにこだわり続ける格闘家としてのセンスのなさはいかんともしがたいものがあります。

あのまま試合続行をしても曙の勝機はほとんどなかったでしょうね。

つまり、曙にとってもレフェリーストップで正解だった試合内容です。

そしてまたしても、世紀の凡戦の再現となってしまいました。

曙の治療休憩中に、サップのみせた「おい、もう試合を止めてくれよ」というような眼差しがヒールに徹しきれないサップの優しさを象徴していたように思います。


続いての女性同士の戦いは、見ごたえありました。

まずは、軽量級。

【RIZIN】RENAがMMAデビュー戦で一本勝ち
イーファイト 2015年12月31日(木)

▼第1試合 女子51kg契約 女子MMA ルール 5分3R
○RENA(シーザージム/SB世界女子フライ級(51kg)王者)
一本 2R3分31秒 ※アームバー(腕ひしぎ十字固め)
●イリアーナ・ヴァレンティーノ(イタリア/チーム・レオネ・ペトロシアン)

 第1試合にシュートボクシングの女王RENAが登場。
RENAはこれがMMA(総合格闘技)デビュー戦となる。
対戦相手は、K-1 WORLD MAX世界王者ジョルジオ・ペトロシアン率いるチームに所属するヴァレンティーノ。

 1R、ヴァレンティーノはサウスポー。
RENAが右ローで先制し、前へ出て行く。
ヴァレンティーノは左右へ大きく回り込む。
RENAの蹴りに左ストレートを合わせてくるヴァレンティーノ。

 蹴りをキャッチしたRENAが寝技に持ち込むが蹴り離され、RENAは立ち際に右ストレートを入れる。
左ストレートで前に出てくるヴァレンティーノをRENAが首投げでテイクダウン。
しかし、ヴァレンティーノに蹴り離されてしまう。

 2R、ヴァレンティーノの左ストレートで追い込まれるRENAだが、見事な首投げでテイクダウン。
またも蹴り離されるRENAだが、立つとすぐに組み付く。
両者首相撲となり、ヒザの蹴り合いに。
ここでRENAが飛び付き腕十字。
これが見事に極まり、RENAが一本勝ちを収めた。

「SBのRENAです。私はMMA初挑戦で飛び付き腕十字で勝つと言ったんですが、本当に極めちゃいました(笑)。雑誌のインタビューで佐藤ルミナさんに教えていただき、ハマりました。私は引きこもりだったんですがシュートボクシングと出会い、MMAに挑戦することになっちゃって夢のような時間でした」と笑顔でマイクアピール。
最後は「いち、に、さん、シュート!」と観客とシュートポーズを決めた。

相手のパンチ力はスピードもあり、的確にヒットすれば確実にKOされていましたが、RENAの相手との距離のとり方が上手く、追い詰められたときには首投げという逆転技も用意されていて、現実の試合展開を事前準備でコントロールできるだけの器用さもプラスに働きました。

しかし、対戦相手の短髪と眼光の鋭さは格闘技に全てを捧げてきた女を捨てた女のすごみを見せられました。

そして、容姿のすごさと言えば・・

RIZIN・霊長類ヒト科最強女子が南海の女野獣を“撲殺”
デイリースポーツ 2015年12月31日(木)

 日本でも活躍した格闘家ヴァンダレイ・シウバを絞め落としたという逸話を持つ、身長186センチ、体重98キロの柔術家ギャビ・ガルシア(ブラジル)が、プロレスラーのコンガ・ザ・バーバリアンを叔父に持つ“南海の女野獣”レイディー・タパ(トンガ)に1回2分36秒TKO勝ち。

 ガルシアは開始から激しいパンチの打ち合いを展開したが、間もなくタパの重い左フックを受けて尻もちをつく。
客席がどよめく中で殴り合いは続き、今度はガルシアの右のバックブローでタパがダウン。
ガルシアはそのまま得意のマウントポジションからパンチを連打すると、レフェリーが試合を止めた。

試合内容よりも二人の存在自体が脅威です。

特にガルシアは筋肉増強剤を使っているような体型で、見た目はほとんど男です。

両者ともに180cmを超える体格は、まさに「ジェンダーフリー」を体現した感があります。

そして、

私が一番面白かった試合は・・

K-1武尊 連打でKO勝利 「格闘技が一番でしょ」
デイリースポーツ 2015年12月31日(木)

 K-1から参戦した武尊(24)=K-1ジム・チームドラゴン=が、ヤン・ミン(20)=中国=に2ラウンド3分でKO勝ちした。

 持ち前のスピードと強打で序盤から攻め込んだ武尊は、試合中にもかかわらず笑顔を見せる余裕も。
2ラウンドの終盤、左フック、右ストレートと立て続けに顔面にヒットさせると、ヤンはリングロープにもたれかかるような形でダウン。
そのまま試合が止められた。

 武尊は15年、K-1-55キロ級初代王者となると、11月には初防衛に成功。
軽量級をけん引するとともに、新星K-1のカリスマとして注目度を高めている。

 試合後はリング上で「K-1から来た武尊です。1つだけ言わせてください。サッカーとかラグビーとか野球とかずっとにぎわってるけど、格闘技が一番でしょ。格闘技最高!」とマイクアピールし、観衆を沸かせた。

タケルのKO率は高いので、毎回面白い試合が期待できるのですが、今回の相手は中国で負け無しの未知の強豪。

お互いの強気の姿勢が試合を大いに盛り上げました。

特に、相手からいいパンチやキックを受けたときにドーパミンがでてくるという体質は、試合中でも自然に笑みがこぼれるようで、接戦の試合を心から楽しんでいることが伝わり、こちらも思わずドーパミンがでてきます!


そして最後は、実業団駅伝の結果です。

トヨタ自動車が連覇 全日本実業団対抗駅伝
2016年1月1日

 第60回全日本実業団対抗駅伝は1日、群馬県庁を発着点とする7区間100キロのコースに43チームが参加して争われ、トヨタ自動車が4時間52分15秒(速報値)で2連覇を達成した。
2区終了時点では9位だったが、5区の宮脇がトップに立ち、6区の田中が区間賞の走りで後続を突き放した。
2年ぶりの優勝をめざしたコニカミノルタは、7区で野口が差を詰めたものの及ばず、2位だった。

 【成績】(10位まで)
①トヨタ自動車 4時間52分15秒(早川、カマシ、大石、窪田、宮脇、田中、山本)
②コニカミノルタ 4時間52分36秒
③トヨタ自動車九州 4時間53分32秒
④ホンダ 4時間53分40秒
⑤DeNA 4時間54分10秒
⑥日清食品グループ 4時間56分12秒
⑦旭化成 4時間56分14秒
⑧安川電機 4時間56分33秒
⑨日立物流 4時間58分7秒
⑩九電工 4時間58分8秒

 【区間最高】
1区(12・3キロ)若松儀裕(日清食品グループ)35分24秒
▽2区(8・3キロ)ポール・タヌイ(九電工)22分28秒
▽3区(13・6キロ)上野裕一郎(DeNA)37分58秒
▽4区(22・0キロ)設楽悠太(ホンダ)1時間2分45秒=区間新
▽5区(15・8キロ)山本浩之(コニカミノルタ)46分58秒
▽6区(12・5キロ)田中秀幸(トヨタ自動車)37分54秒
▽7区(15・5キロ)野口拓也(コニカミノルタ)46分40秒

こんなこともあったようです、ワン!

沿道から小型犬、選手転倒 
実業団駅伝でアクシデント
朝日新聞デジタル 1月1日(金)

 21秒差の2位。
コニカミノルタにとって、序盤のアクシデントが痛かった。

 2区のクイラが2位集団で走っていた3キロ過ぎ、沿道から小型犬が飛び出してきた。
ジャンプして避けようとしたところ、転倒して左ひざを強打。
10位まで順位を下げた。
クイラは「あんなことは初めて。転倒で体のバランスがおかしくなったけど、何とか粘って走った」と振り返った。

飼い主さん、犬の放し飼いはいけませんよ~。

あなたの出番は2年後ですよ!


では、1-2生まれの有名人です。

1200年道元禅師(禅僧,曹洞宗開祖)、1436年足利義政(室町幕府将軍(8代))、1904年稲山嘉寛(経営者,新日鐵社長,経団連会長(5代))、1920年アイザック・アシモフ (米:SF作家,生化学者,科学評論家)、1928年池田大作(宗教家,創価学会会長(3代)・名誉会長)、1930年皆川博子(小説家『恋紅』『死の泉』)、1930年梶山季之(推理小説家『赤いダイヤ』)、1933年森村誠一(小説家『高層の死角』『人間の証明』)、1936年7代目立川談志(落語家,参議院議員[元],沖縄開発庁長官[元])、1949年高野悦子(学生運動家『二十歳の原点』)、1957年小坂明子(シンガーソングライター)、1960年浦沢直樹(漫画家『YAWARA!』『20世紀少年』)。

お正月にふさわしい(?)感動的な名曲です。
A Whiter Shade Of Pale - Procol Harum
正月三が日くらいはゆっくりしたいのは、従業員も同じですよね。

三越伊勢丹、元日・2日、初売らず 一部店舗で3日から
産経新聞 12月30日(水)

 ■「負担軽減」注目集める試み

 新春の初売りは多くの客が集まる書き入れ時。近年は元旦から営業するショッピングセンターやアウトレットモールが増加しているが、百貨店最大手の三越伊勢丹ホールディングス(HD)は、伊勢丹新宿本店や銀座三越など首都圏8店舗で新年の元日と2日を休業し、3日に初売りを行う。
ワークライフバランス(仕事と生活の調和)を重視する流れのなか、この試みに注目が集まっている。(石井那納子)
                  ◇
 「(繁忙期に)売上増よりも我々テナント社員の労働環境改善を重視して頂いたものと感謝致します」

 12月上旬、単文投稿サイト「ツイッター」にこんなつぶやきがアップされた。
書き込んだのは三越や伊勢丹に出店する洋菓子店だ。

 三越伊勢丹HDの初売り日変更は9月に発表されていたが、ツイートをきっかけに情報は一気に拡散。
ネット上では「何でも24時間365日が求められる世の中がおかしい」といった賛同や、「毎年2日は家族で伊勢丹の初売りに行くのが恒例行事だったのに…」と残念がる声などが次々と書き込まれ、その是非をめぐり“論戦”が展開された。

 平成元年以降、小売業界で休業日数や営業時間の規制緩和が進み、元日から初売りを始める店舗が増加した。苦境に立たされた百貨店も、売り上げを伸ばそうと初売り日を前倒しして応戦してきた。
そごう・西武は全店で年中無休、高島屋と大丸松坂屋、京王、小田急百貨店なども原則として休みは元日だけとしている。

 初売りを3日に遅らせることについて、三越伊勢丹HDの担当者は「従業員の負担を軽減し、接客の質の向上を図ることが目的」と説明。
無理な労働は従業員の体力的、精神的余裕をなくし、サービス低下を招くとした上で「初売りを通じて、正月の伝統習慣を見直すきっかけづくりや、家族とのだんらんを提案するのも百貨店の役割だ」と意図を説明している。

 “横並び主義”とされる百貨店業界では異例の取り組みで、2日を休業日にすることで、売り上げは数億~数十億円落ちるとする試算もある。
博報堂生活総合研究所の上席研究員、夏山明美さん(51)は「従業員を大切にする企業の姿勢が伝わり、優秀な人材確保にもつながる」と評価。
「従業員自身のプライベートが充実すれば、生活者の目線に立った提案ができるようになり、仕事への意欲や原動力も高まるなど、好循環が起きることが期待できる」と話している。

いいと思います、賛成です。

続いての話題ですが、できれば年明けに暗い話は避けたかったのですが・・

逃げ出した元入居者「弱み付け込む」 
生活困窮者の住む施設…実態は
埼玉新聞 12月30日(水)

 さいたま市は今月16日、宗教法人善弘寺分院宗永寺(本部・東京都足立区)が運営する同市岩槻区鹿室の無届け施設について、新たな利用者を制限する行政処分を行った。
同市の「貧困ビジネス」を規制する条例に基づく行政処分は初めて。
一方、宗永寺が運営する別の施設では、支援者に助けを求める入居者もいる。
届け出されている市内の別の施設から逃げ出した男性(56)は埼玉新聞の取材に「入居者は弱みに付け込まれ、囲い込まれている」と実態を語った。

 宗永寺は今回行政処分を受けた施設のほかに、市内4カ所で生活保護受給者が入居する施設を運営。
いずれも条例に基づく届け出がされている。
男性は2011年から宗永寺が運営する2施設で生活してきた。
都内のJR新宿駅近くの公園で職員から、「暖かい部屋、毎日の食事がありますよ」と声を掛けられ入居した。

 男性によると、入居者に与えられる部屋はベニヤ板で仕切られた3畳ほどの空間。
月々の生活保護費約12万9千円は、支給日に施設に「没収」される。
そこから平均して6千円~9千円が手渡されるほかに、一日に千円が支給される。
男性は「昼飯を買い、一日中部屋でテレビを見る生活で気が変になってしまう。
だんだん、考える力がなくなり、現状から抜け出すことを諦めてしまう人も多かった」と振り返った。

 男性は別の入居者とともに昨年10月ごろから約半年間、市が行政処分を出した無届け施設の開設準備に携わった。
トラックで大量の家電や家具などを運んだという。
働いた報酬として一日に千円が渡されることもあった。

 男性は今月上旬、「普通の生活がしたい」と、施設を逃げ出した。
生活困窮者を支援する「反貧困ネットワーク埼玉」に相談し、新年からアパートでの生活が始まる予定だ。
男性は「劣悪な環境に耐えられず逃げ出す人を何十人も見てきた」と指摘するが、行き場を失い再び施設に舞い戻る人も多いという。

 市によると、施設は元工場の倉庫4棟を改修し、居住施設や事務所などとして使用。
99人の収容が可能で、男性62人(28日現在)が入居し、全員が生活保護受給者または受給申請中だという。
市は今後、入居者の転居支援を進め、施設を閉鎖する方針。
また、市内の四つの届け出施設についても「条例に基づいて、従前通り指導をしていく」としている。

 行政処分を受けた無届け施設の関係者は埼玉新聞の取材に対し「代表者は不在なので分からない」とコメントした。

 生活困窮者の支援を行うNPO法人「ほっとポット」の宮沢進代表理事(社会福祉士)は「無届けの施設では、入居者が不利益な扱いを受けていても行政が把握できない。
悪質な事業者に付け入る隙を与えないよう、行政が引き続き適正な運営を促していくべきだ」と話している。

宗教法人を隠れ蓑した暴力団がらみの施設なのでしょうね。

そもそもこうした「アガリ」が無税で見逃されるのであれば、やはり仕組みとして間違っています。


さて、大晦日の番組編成も罪作りです。

ボクシングのタイトルマッチ3本、総合格闘技ライジング、さらに11年振りの魔裟斗vsKidのゴールデンカードとどれをみたらいいのかわかりません。

特に「K-1チャンピオンのまま引退した6年ぶりの格闘技復帰」魔裟斗vs「現役・神の子」Kidは11年前の有名な対戦キャッチフレーズ「カリスマは2人はいらない」という第2章。

しかし、前回もそうでしたがKid選手はK-1ルールでしかもウエイト差も受け入れた点はさすがです。

試合の序盤ではKidの力の抜き方のうまさ、魔裟斗のカムバックのための6ヶ月間の練習量のすごさを感じさせる展開となりました。

倒す気満々の魔裟斗と、魔裟斗の闘争心をいなすKidの戦い方は、Kidがベストコンディションではなかったような気さえしましたが、実際はどうだったのでしょうか?

それにしても、全身刺青のKid選手はさすがにTV放映ではウェア着用の試合を余儀なくされたようですが、終了後は存分に露出していたのは試合の鬱憤晴らしでしょうか、ねえ。

残念ながら試合自体は、11年前の激闘に比べると凡戦でした。


では、その他のボクシング試合結果です。

強烈なボディへのパンチ一閃で、ノックアウト!

内山 日本歴代単独2位のV11、フローレスに3回TKO勝ち
WBA世界ライトフライ級タイトルマッチ12回戦
○内山高志 3回TKO オリバー・フローレス● (12月31日 大田区総合体育館)

 ボクシングのWBA世界スーパーフェザー級スーパー王者の内山高志(ワタナベ)が同級6位オリバー・フローレス(ニカラグア)に3回TKO勝ちを収め、日本歴代単独2位の11度目の防衛に成功した。

絶対チャンピオンの貫禄十分な試合運びでした。

続いて僅差の前回の判定試合に見事決着をつけました。

井岡 返り討ち11回TKO勝ちでV2「ゴキゲンだぜ~!」
スポニチアネックス 12月31日(木)

 ◇プロボクシングWBA世界フライ級タイトルマッチ12回戦 王者・井岡一翔―フアンカルロス・レベコ(2015年12月31日 エディオンアリーナ大阪)

 プロボクシングのダブル世界戦が31日、エディオンアリーナ大阪で行われ、世界ボクシング協会(WBA)世界フライ級タイトルマッチは王者・井岡一翔(26=井岡)が挑戦者で同級2位のフアンカルロス・レベコ(32=アルゼンチン)に11回1分57秒、TKO勝ちし、2度目の防衛に成功した。

 4月の対戦では、井岡が僅差の2―0判定勝ちで王座を奪取し、3階級制覇を達成。
そして今回、判定を不服とし再戦要求していたレベコと遺恨のリマッチとなった。

 序盤、井岡はボディーと顔面に正確なパンチをヒットさせポイントを稼いだ。
3回に偶然のバッティングでレベコが左まぶたをカット。
4回には左ボディーにたまらずレベコの腰が折れた。
そして11回、右ボディーアッパーでダウンを奪うと、レフェリーが試合を止めた。

 前王者との遺恨をKO決着で清算した井岡は「何と言いますか。ゴキゲンだぜ~!」と第一声。
続けて「必ずKOで決着をつけたかった。ファンのためにも自分のためにも狙っていった」と満足げに声を弾ませた。夢が広がる新年。
「僕は僕にしかできないボクシングをやっていきたい」と抱負を口にすると、「皆さん、少し早いですけどやりますか?」と観衆に呼びかけ「ハッピー・ニュー・イヤー~!」と勝利の雄叫びを上げた。

ライトフライ級の田口選手の対戦相手はいいファイターでした。

田口が2度目の防衛、中盤まで苦戦も9回終了TKO勝利
WBA世界ライトフライ級タイトルマッチ12回戦
○田口良一 9回終了TKO ルイス・デラローサ● (12月31日 大田区総合体育館)

 ボクシングのWBA世界ライトフライ級王者・田口良一(ワタナベ)が2度目の防衛に成功した。
同級7位デラローサに序盤は攻め込まれたが、中盤に盛り返して9回終了TKO勝ちした。

 田口は中盤まで手数の多い挑戦者に手を焼いていたが、中盤になって相手の動きが鈍りパンチが当たり始める。7回から左ボディーでペースをつかむと9回には勝負に出て何度も右ストレートを打ち込み相手は防戦一方。
顔面から血を流すデラローサをロープに追い込み連打。
10回開始前に相手がギブアップして勝利が決まった。

大晦日タイトルマッチ戦の興行は当分続きそうですね!

総合格闘技Rizinの詳細は明日のブログで!

最後は恒例のパケット使用量です。

12月のポケットWifiは6.3/7GBで、スマホは4.7/5GBでした!


では、1-1生まれの有名人です。

BC711年神武天皇(神日本磐余彦尊)[(かむやまといわれひこのみこと)] (天皇(初代))、574年聖徳太子(厩戸豐耳皇子) (皇族,推古天皇の摂政,用明天皇の子)、1820年清水次郎長(侠客,実業家「海道一の大親分」)、1900年杉原千畝(外交官,在リトアニア日本領事代理「日本のシンドラー」)、1919年J.D.サリンジャー (米:小説家『ライ麦畑でつかまえて』)、1926年早乙女貢(小説家『僑人の檻』『會津士魂』)、1930年佃公彦(漫画家『ほのぼの君』)、1935年倉本聰(脚本家,放送作家『北の国から』)、1936年アブドーラ・ザ・ブッチャー (カナダ:プロレス)、1940年加藤一二三(将棋棋士)、1943年尾崎紀世彦(歌手)、1951年夢枕獏(SF作家『魔獣狩り』『陰陽師』)、1975年尾田栄一郎(漫画家『ONE PIECE』)。

彼女の声はフィービー・スノウに似た雰囲気でいやされますよ。
Maria Muldaur - Midnight At The Oasis (1974)