今日は、
○浅草仲見世記念日
1885(明治18)年のこの日、東京・浅草の仲見世が新装開業した。
煉瓦作りの新店舗139店が開店した。1923年の関東大震災で倒壊したが、鉄筋の建物として再建された。
○ピーターパンの日
1904(明治37)年のこの日、イギリスの劇作家ジェームス・バリーの童話劇『ピーターパン』がロンドンで初演された。
では最初の話題です。
寒い日が続きますが、極力外出しましょう!
<医療>太陽の光がインフルエンザを遠ざける
毎日新聞 12/25(日)
◇日光浴をするとインフルエンザになりにくい
インフルエンザが流行しています。
国立感染症研究所による最新のインフルエンザ流行レベルマップ(12月5日~11日分)によると、栃木、沖縄、岩手、富山、福井の順で、定点医療機関あたりの患者報告数が多く、全国でこの調査対象の1週間にインフルエンザのため医療機関を受診した人は、約18万人に上ると推計されています。
最近は春夏のインフルエンザが話題になることもありますが、大規模な流行は基本的に冬に起きます。
さまざまな理由が考えられますが、最近指摘される理由の一つが「冬は体を日光に当てる時間が減るから」です。
よこすか女性泌尿器科・泌尿器科クリニック(神奈川県横須賀市)の奥井識仁院長に詳しく解説してもらいました。【医療プレミア編集部】
日光浴をすることで、インフルエンザを含む風邪をひきにくくなることは、さまざまなデータが裏付けています。
例えば、3500人の子供を対象に、秋と冬に12回、紫外線を浴びさせる実験をしたデータでは、紫外線を浴びなかった実験の前シーズンに比較して、風邪の発症が66%も減少したと報告されています。
これは一言で言うと、紫外線により皮膚の免疫細胞が刺激されて活性化し、感染を防いだからと考えられます。
◇太陽から手に入る“ホルモン”ビタミンD
その背景には日光を浴びると、私たちの体内で活性化する多数のホルモンの存在があります。
その一つが、骨の健康を維持するのに必要なビタミンD。
ビタミンDは糖尿病やアルツハイマー病の予防効果に関しても研究が進められており、その多彩な作用から単なる栄養素というより、ホルモンに近い物質とも考えられています。
魚介類や卵などの食品にも含まれていますが、皮膚の細胞が紫外線を吸収することで、コレステロールから作り出すこともできます。
日光を浴びて体内で合成されるビタミンDは、私たちの体の必要量のおよそ半分に達します。
2014年、オーストラリアのクイーンズランド工科大学の研究者たちは、「高齢者に1年間、高用量のビタミンDを毎月1回注射(60000IU/月)すると、感染症治療のための抗生物質が不要になるか否か」という調査を行いました。
調査対象全体では、ビタミンD投与グループは抗生物質が不要の人が多かったが、有意差はなし、という結果でした。
しかし対象者を70歳以上に限ると、ビタミンD投与グループは、抗生物質が必要だった人が47%も減少し、有意差のある結果が出たそうです。
インフルエンザには抗生物質(抗菌薬)は効果がありませんが、ビタミンDの免疫活性化機能の一端が分かります。
メラトニンというホルモンも日光に関係しています。
朝、太陽の光が目に入ると、体内時計をつかさどる網膜と直結している脳の視交叉上核というところが光に反応してメラトニンを製造します。
作られたメラトニンはその日の夜に分泌されて、快適な睡眠を作ります。
睡眠を十分取ることは、もちろんインフルエンザの予防になります。
脳をはじめ、体内のあちらこちらに存在するセロトニン神経は、日光の刺激でセロトニンを分泌します。
セロトニンは、体温調節・摂食行動・情緒など主に昼間の生活を支え、これもインフルエンザから体を守ります。
◇男性ホルモンの分泌も増加
さらに日光浴で性ホルモンの分泌も変化します。
米国ハーバード大学のチームが2300人ほどの男性を調査したところ、ビタミンD血中濃度の高い男性は、ビタミンD不足の男性よりもテストステロン(いわゆる男性ホルモン)が高かったと報告しています。
テストステロンには抗炎症作用があることが確認されていますので、風邪を引きそうな体を支えるホルモンの一つといえるでしょう。
ビタミンDやホルモンの分泌を増やすには、1日15分程度の「日光浴速歩き」でよいでしょう。
冬は紫外線の量も少なくなるため、昼間に少し寒さを我慢して顔と腕を服から出して、ちょっと速く歩くようにすることをお勧めします。
寒いのが苦手な人には、「日サロ」をおすすめします。
では、本題です。
やはり、意図的なだまし討ちだったのか!?
真珠湾攻撃に新説 「訂正」打電遅れ、陸軍が指示?
大使館は清書できず
2016年12月26日
=西日本新聞朝刊=
九州大学記録資料館の三輪宗弘教授が発見した2通の電報記録。
外務省が在米日本大使館に発信したもので、これらが「訂正電報」とすれば、急を要するはずの対米覚書の訂正を、外務省は半日以上遅らせていたことになる。
その理由を三輪教授は「陸軍参謀本部が米国に開戦の意図を察知されぬよう、わざと遅らせ、外務省も協力した可能性が高い」とみる。
着目したのは、いくつかの他の電報の存在だ。
米東部時間で1941年12月6日午前9時54分、米国人タイピストの使用禁止を指示。
14部の発信から約2時間後の7日午前4時18分、大使館に初めて、米政府に「(7日)午後1時に通告」するよう指示している。
外務省は事前に、対米覚書が開戦通告という極めて重大な文書であることを大使館に伝えていなかった。
同午前4時44分には、電報を解読するための暗号機3台のうち、2台の破棄を命令した。
開戦後の米政府による押収を恐れた措置とされる。
元ニュージーランド大使の井口武夫氏が、大使館の電信担当官の吉田寿一氏にこの時の状況について聞いている。
吉田氏は7日午前9時ごろから、未明に届いた電報解読に取り掛かった。
「終わりの方になって『午後1時にハル長官に…手交せよ』というのがあった。急いで14部の解読に当たった」と証言している。
三輪教授は、米軍が電報を傍受していたことを旧日本陸軍が極度に警戒し、開戦ぎりぎりか、遅れて通告しても構わないと考えていたとみている。
175字もの訂正電報を7日の午前0時20分、同1時32分に送ったのも、こうした推論を裏付ける。
「大使館の作業を遅らせる意図があったとしか考えられない。陸軍、外務省は大使館をも欺いていた」
電報消失し、「大使館の怠慢」通説に だが、戦後の極東国際軍事裁判(東京裁判)や外務省幹部らの証言で、通告遅延の原因は「大使館の怠慢」説が広がり、定着していく。
東郷茂徳外相(開戦時)は東京裁判で「通告に時間がかかったのは、大使館が案文の修正に手間取ったからである」と証言している。
三輪教授は2011年、日本の国立公文書館で「A級裁判参考資料 真珠湾攻撃と日米交渉打切り通告との関係」と題したファイルの中から、これまで明らかになっていなかった法務省作成の「弁護方針(案)」という文書を見つけた。
旧日本海軍と外務省が東京裁判の弁護方針を打ち合わせた記録には、こう書かれていた。
〈「最後通牒」手交ノ遅延ハ在華対(ママ)日本大使館ニ於ケル事務遅延ノ為ニシテ我方ノ意図ニ反セルコト 詳細ハ外務省内部ノ決定ニ一任ス〉
裁判後、怠慢説を広げる中心となったのは、開戦時の外務省アメリカ局第1課長だった加瀬俊一氏と大使館海軍武官補佐官の実松譲氏だ。
著書やインタビューで「6日夜、大使館員は送別会で出払い、誰も電報に気付かなかった」「翌日は午前9時半に近いというのに、本国からの大量の電報は郵便受けに放置されたままだった」と繰り返した。
だが、大使館の電信官は7日未明まで待機し、電報は手渡しで受け取ることになっていた。
2人の証言が事実と異なることが今では解明されている。
そもそも、2通の「訂正電報」は1942年の外務省の火事や45年の空襲で焼失したとされ、長らく存在さえ知られていなかった。
こうした事実や状況から、三輪教授は「通告の遅れは、大使館の事務作業の遅れが原因だということにしようという意図が働いていた」とみている。
その理由をこう結論付ける。
「開戦の意図を米軍に察知されたくなかった陸軍や、A級戦犯だった東郷外相に重い罪を科されないようにするため、大使館の責任にする必要があった。
そのために、発信時刻が判明する訂正電報を焼却したと考えるのが合理的だ」
三輪教授は、歴史から教訓を得るには開戦時のさらなる史実の検証が必要だと訴える。
この頃の日本大使館、陸軍、外務省が己の組織のことしか考えず、従って連携もてれていなかったことが明らかになりました。
まず、陸軍と外務省。
東郷一人の名誉を守るために、大使館、いや天皇や日本人の名誉を犠牲にしたことになったが、それでよかったのか?
そして、大使館。
戦況の切迫した状況で、送別会とは何を考えているのか?
日本存続のために一致団結して難局にあたらなければ勝機さえもみえない状況の中で、己の立場しか考えない連中と弛緩しきった組織としての規律崩壊が当たり前になっていたのがわかります。
負けるべくして負けた日本の戦後の負債はまだ続いています。
米軍属の範囲見直し、日米が「実質合意」 外相が発表
朝日新聞デジタル 12/26(月)
岸田文雄外相は26日午前、日米地位協定で米側に優先的に裁判権を認めている軍属の範囲見直しについて、日米両政府が「法的拘束力のある政府間協定の案文について実質合意に達した」と発表した。
外務省で記者団に語った。
岸田氏の説明によると、日米両政府は地位協定を補う新たな協定を締結。
在日米軍基地などで働く軍属の範囲を明確にするほか、基地で働く従業員の軍属としての適格性についてチェックする制度も設ける。
在日米軍基地により厳しい環境基準を適用し、日本側に汚染調査などでの立ち入りを認めるとした昨年9月署名の「環境補足協定」を参考に、米オバマ政権の任期が終わる来年1月下旬までの署名を目指すとしている。
米軍属の範囲見直しをめぐっては、今年4月に沖縄県うるま市在住の女性が殺害され、米軍属の男が殺人と死体遺棄の罪で起訴された事件をきっかけに、両政府で検討作業を進めていた。
外務省もここまで発表するからには、もう少し詳細な合意内容を国民に開示すべきでしょう。
唐突なオスプレイ運用再開を含め、米国への気遣いのみが透けて見えます。
外務省は、日本人のためにあるのを忘れてるんじゃあないの?
真珠湾攻撃の打電の遅れと言い、こいつらは平気で日本や日本人を犠牲にしても恥じない組織なので、気を許せません。
高視聴率も納得の出来栄えでした。
「ドクターX」最終回22・8%で有終の美
今年の民放連ドラ圧倒1位
スポニチアネックス 12/26(月)
女優の米倉涼子(41)が主演を務めたテレビ朝日の人気ドラマ第4シリーズ「ドクターX~外科医・大門未知子~」(木曜後9・00)の最終回(第11話)が22日に15分拡大で放送され、平均視聴率は22・8%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)だったことが26日、分かった。
今年の民放連続ドラマとしては、第3話24・3%に次ぐ2番目の高視聴率。
11話中10回目、9週連続となる大台突破で有終の美を飾った。
瞬間最高視聴率は午後10時8分の26・2%。
最後の最後、エンドロールが流れる中、お笑い芸人・古坂大魔王(43)扮した配達員が倒れ、大門未知子(米倉)が対処。
注射を打つ際に「私、失敗しないので」の決め台詞を言う場面だった。
全11話の期間平均は21・5%。
4月クールのTBS日曜劇場「99・9-刑事専門弁護士-」(日曜後9・00)の期間平均17・2%を上回り、今年の民放連ドラ1位に輝いた。
単話も「ドクターX」第3話の24・3%が今年の民放連ドラ1位。
ブームを巻き起こした10月クールのTBS「逃げるは恥だが役に立つ」(火曜後10・00)が最終回に一度、大台超え(20・8%)をマークしたが、「ドクターX」の大台超えは10回。
記録ずくめの圧倒的な強さを示した。
初回20・4%は今年の民放連続ドラマ初の20%超えとなり、いきなり今年の民放連ドラ1位を記録。
第2話は19・7%と微減したものの、第3話は前枠「日本シリーズ 日本ハム×広島 第5戦」の生中継が延長して50分遅れの放送開始ながら、今シリーズ最高となる24・3%をマークした。
第4話以降も21・3%、第5話20・4%、第6話21・5%、第7話22・2%、第8話20・7%、第9話22・6%、第10話20・5%と異次元のハイレベルな独走を続けていた。
孤高の天才外科医・大門未知子(米倉)が金と欲にまみれた病院組織にメスを入れる人気医療サスペンス。
2年ぶりのシリーズ第4弾は天敵・蛭間重勝(西田敏行)率いる国内最高峰「東帝大学病院」が舞台。
医療の本質を見失い、病院の格付けに躍起になる“白い巨塔”に立ち向かった。
最終回は、局所進行膵がんであることを打ち明けず、気丈に振る舞っていたフリーランスの麻酔科医・城之内博美(内田有紀)が、ついに倒れてしまい、大門未知子(米倉)は執刀医になることを申し出る。
しかし、博美のがんは完全切除が不可能な状態だった。
一方、上海で新病院設立計画を進めている中国の財閥王・王超(矢野浩二)は「東帝大学病院」から優秀な医師を引き抜こうと画策。
その王の紹介で、ある病気を患った次期大統領候補と、妊娠中の妻が「東帝大」に極秘入院する…という展開だった。
今回のシーズン4では西田敏行氏のキャラ立ちが素晴らしい。
今までの単純に嫌味な院長から、少しおちゃめなキャラづくりを取り入れたことで、病院内でのギスギスした人間関係に笑いを誘うことに成功しています。
あれだけ難手術をことごとく成功させている天才外科医なのに、組織から孤立している様は「相棒」での特命係・杉下右京のようです。
ただ、「相棒」がイケメン俳優の反町に無理やりお笑いを担当(?)させているにに対して、「ドクターX」は舞台俳優やコメディアンを投入するという徹底振りが、演出力の差としてでているような気がします。
同じテレ朝ドラマですが、両ドラマの演出家と脚本家の優劣は一目瞭然です!
最後に、大物の訃報です。
昨日が本当に最後のクリスマスになってしまいました。
元「ワム!」の英歌手ジョージ・マイケルさん死去、53歳
ロイター 12/26(月)
[ロンドン 25日 ロイター] - 英人気歌手で、ポップデュオ「ワム!」やソロシンガーとして活躍したジョージ・マイケルさんが25日、英国の自宅で死去した。
53歳だった。
マイケルさんの広報担当者が「私たちの愛すべき息子、兄弟、そして友人であるジョージが、このクリスマスの期間に自宅で亡くなったことは大きな悲しみだ。家族はこの困難な時にあってプライバシーを尊重してほしいと望んでいる。現時点でこれ以上のコメントはない」と発表した。
英警察は、マイケルさんの死について「原因の説明は不可能だが、不審な点はない」としている。
1963年にロンドンでギリシャ系移民の両親の下に生まれたマイケルさんは、1981年に「ワム!」を結成し「ウキウキ・ウェイク・ミー・アップ」、「ケアレス・ウィスパー」、「ラスト・クリスマス」などの大ヒットを飛ばした。
ソロアーティストに転向した後も「アイ・ウォント・ユア・セックス」「 フェイス」などのヒット曲を放ち活躍した。
英歌手エルトン・ジョンさんは「強いショックを受けている。愛する友人を失った。優しくて寛容で、素晴らしいアーティストだった」と哀悼のメッセージを寄せた。
歌の上手さと美声ではダントツでしたね。
ご冥福をお祈りします。合掌。
では、12-27生まれの有名人です。
1571年ヨハネス・ケプラー (独:天文学者)、1822年ルイ・パストゥール (仏:化学者,細菌学者「近代微生物学の祖」)。
Chicago - Where Do We Go from Here
○浅草仲見世記念日
1885(明治18)年のこの日、東京・浅草の仲見世が新装開業した。
煉瓦作りの新店舗139店が開店した。1923年の関東大震災で倒壊したが、鉄筋の建物として再建された。
○ピーターパンの日
1904(明治37)年のこの日、イギリスの劇作家ジェームス・バリーの童話劇『ピーターパン』がロンドンで初演された。
では最初の話題です。
寒い日が続きますが、極力外出しましょう!
<医療>太陽の光がインフルエンザを遠ざける
毎日新聞 12/25(日)
◇日光浴をするとインフルエンザになりにくい
インフルエンザが流行しています。
国立感染症研究所による最新のインフルエンザ流行レベルマップ(12月5日~11日分)によると、栃木、沖縄、岩手、富山、福井の順で、定点医療機関あたりの患者報告数が多く、全国でこの調査対象の1週間にインフルエンザのため医療機関を受診した人は、約18万人に上ると推計されています。
最近は春夏のインフルエンザが話題になることもありますが、大規模な流行は基本的に冬に起きます。
さまざまな理由が考えられますが、最近指摘される理由の一つが「冬は体を日光に当てる時間が減るから」です。
よこすか女性泌尿器科・泌尿器科クリニック(神奈川県横須賀市)の奥井識仁院長に詳しく解説してもらいました。【医療プレミア編集部】
日光浴をすることで、インフルエンザを含む風邪をひきにくくなることは、さまざまなデータが裏付けています。
例えば、3500人の子供を対象に、秋と冬に12回、紫外線を浴びさせる実験をしたデータでは、紫外線を浴びなかった実験の前シーズンに比較して、風邪の発症が66%も減少したと報告されています。
これは一言で言うと、紫外線により皮膚の免疫細胞が刺激されて活性化し、感染を防いだからと考えられます。
◇太陽から手に入る“ホルモン”ビタミンD
その背景には日光を浴びると、私たちの体内で活性化する多数のホルモンの存在があります。
その一つが、骨の健康を維持するのに必要なビタミンD。
ビタミンDは糖尿病やアルツハイマー病の予防効果に関しても研究が進められており、その多彩な作用から単なる栄養素というより、ホルモンに近い物質とも考えられています。
魚介類や卵などの食品にも含まれていますが、皮膚の細胞が紫外線を吸収することで、コレステロールから作り出すこともできます。
日光を浴びて体内で合成されるビタミンDは、私たちの体の必要量のおよそ半分に達します。
2014年、オーストラリアのクイーンズランド工科大学の研究者たちは、「高齢者に1年間、高用量のビタミンDを毎月1回注射(60000IU/月)すると、感染症治療のための抗生物質が不要になるか否か」という調査を行いました。
調査対象全体では、ビタミンD投与グループは抗生物質が不要の人が多かったが、有意差はなし、という結果でした。
しかし対象者を70歳以上に限ると、ビタミンD投与グループは、抗生物質が必要だった人が47%も減少し、有意差のある結果が出たそうです。
インフルエンザには抗生物質(抗菌薬)は効果がありませんが、ビタミンDの免疫活性化機能の一端が分かります。
メラトニンというホルモンも日光に関係しています。
朝、太陽の光が目に入ると、体内時計をつかさどる網膜と直結している脳の視交叉上核というところが光に反応してメラトニンを製造します。
作られたメラトニンはその日の夜に分泌されて、快適な睡眠を作ります。
睡眠を十分取ることは、もちろんインフルエンザの予防になります。
脳をはじめ、体内のあちらこちらに存在するセロトニン神経は、日光の刺激でセロトニンを分泌します。
セロトニンは、体温調節・摂食行動・情緒など主に昼間の生活を支え、これもインフルエンザから体を守ります。
◇男性ホルモンの分泌も増加
さらに日光浴で性ホルモンの分泌も変化します。
米国ハーバード大学のチームが2300人ほどの男性を調査したところ、ビタミンD血中濃度の高い男性は、ビタミンD不足の男性よりもテストステロン(いわゆる男性ホルモン)が高かったと報告しています。
テストステロンには抗炎症作用があることが確認されていますので、風邪を引きそうな体を支えるホルモンの一つといえるでしょう。
ビタミンDやホルモンの分泌を増やすには、1日15分程度の「日光浴速歩き」でよいでしょう。
冬は紫外線の量も少なくなるため、昼間に少し寒さを我慢して顔と腕を服から出して、ちょっと速く歩くようにすることをお勧めします。
寒いのが苦手な人には、「日サロ」をおすすめします。

では、本題です。
やはり、意図的なだまし討ちだったのか!?
真珠湾攻撃に新説 「訂正」打電遅れ、陸軍が指示?
大使館は清書できず
2016年12月26日
=西日本新聞朝刊=
九州大学記録資料館の三輪宗弘教授が発見した2通の電報記録。
外務省が在米日本大使館に発信したもので、これらが「訂正電報」とすれば、急を要するはずの対米覚書の訂正を、外務省は半日以上遅らせていたことになる。
その理由を三輪教授は「陸軍参謀本部が米国に開戦の意図を察知されぬよう、わざと遅らせ、外務省も協力した可能性が高い」とみる。
着目したのは、いくつかの他の電報の存在だ。
米東部時間で1941年12月6日午前9時54分、米国人タイピストの使用禁止を指示。
14部の発信から約2時間後の7日午前4時18分、大使館に初めて、米政府に「(7日)午後1時に通告」するよう指示している。
外務省は事前に、対米覚書が開戦通告という極めて重大な文書であることを大使館に伝えていなかった。
同午前4時44分には、電報を解読するための暗号機3台のうち、2台の破棄を命令した。
開戦後の米政府による押収を恐れた措置とされる。
元ニュージーランド大使の井口武夫氏が、大使館の電信担当官の吉田寿一氏にこの時の状況について聞いている。
吉田氏は7日午前9時ごろから、未明に届いた電報解読に取り掛かった。
「終わりの方になって『午後1時にハル長官に…手交せよ』というのがあった。急いで14部の解読に当たった」と証言している。
三輪教授は、米軍が電報を傍受していたことを旧日本陸軍が極度に警戒し、開戦ぎりぎりか、遅れて通告しても構わないと考えていたとみている。
175字もの訂正電報を7日の午前0時20分、同1時32分に送ったのも、こうした推論を裏付ける。
「大使館の作業を遅らせる意図があったとしか考えられない。陸軍、外務省は大使館をも欺いていた」
電報消失し、「大使館の怠慢」通説に だが、戦後の極東国際軍事裁判(東京裁判)や外務省幹部らの証言で、通告遅延の原因は「大使館の怠慢」説が広がり、定着していく。
東郷茂徳外相(開戦時)は東京裁判で「通告に時間がかかったのは、大使館が案文の修正に手間取ったからである」と証言している。
三輪教授は2011年、日本の国立公文書館で「A級裁判参考資料 真珠湾攻撃と日米交渉打切り通告との関係」と題したファイルの中から、これまで明らかになっていなかった法務省作成の「弁護方針(案)」という文書を見つけた。
旧日本海軍と外務省が東京裁判の弁護方針を打ち合わせた記録には、こう書かれていた。
〈「最後通牒」手交ノ遅延ハ在華対(ママ)日本大使館ニ於ケル事務遅延ノ為ニシテ我方ノ意図ニ反セルコト 詳細ハ外務省内部ノ決定ニ一任ス〉
裁判後、怠慢説を広げる中心となったのは、開戦時の外務省アメリカ局第1課長だった加瀬俊一氏と大使館海軍武官補佐官の実松譲氏だ。
著書やインタビューで「6日夜、大使館員は送別会で出払い、誰も電報に気付かなかった」「翌日は午前9時半に近いというのに、本国からの大量の電報は郵便受けに放置されたままだった」と繰り返した。
だが、大使館の電信官は7日未明まで待機し、電報は手渡しで受け取ることになっていた。
2人の証言が事実と異なることが今では解明されている。
そもそも、2通の「訂正電報」は1942年の外務省の火事や45年の空襲で焼失したとされ、長らく存在さえ知られていなかった。
こうした事実や状況から、三輪教授は「通告の遅れは、大使館の事務作業の遅れが原因だということにしようという意図が働いていた」とみている。
その理由をこう結論付ける。
「開戦の意図を米軍に察知されたくなかった陸軍や、A級戦犯だった東郷外相に重い罪を科されないようにするため、大使館の責任にする必要があった。
そのために、発信時刻が判明する訂正電報を焼却したと考えるのが合理的だ」
三輪教授は、歴史から教訓を得るには開戦時のさらなる史実の検証が必要だと訴える。
この頃の日本大使館、陸軍、外務省が己の組織のことしか考えず、従って連携もてれていなかったことが明らかになりました。
まず、陸軍と外務省。
東郷一人の名誉を守るために、大使館、いや天皇や日本人の名誉を犠牲にしたことになったが、それでよかったのか?

そして、大使館。
戦況の切迫した状況で、送別会とは何を考えているのか?

日本存続のために一致団結して難局にあたらなければ勝機さえもみえない状況の中で、己の立場しか考えない連中と弛緩しきった組織としての規律崩壊が当たり前になっていたのがわかります。

負けるべくして負けた日本の戦後の負債はまだ続いています。
米軍属の範囲見直し、日米が「実質合意」 外相が発表
朝日新聞デジタル 12/26(月)
岸田文雄外相は26日午前、日米地位協定で米側に優先的に裁判権を認めている軍属の範囲見直しについて、日米両政府が「法的拘束力のある政府間協定の案文について実質合意に達した」と発表した。
外務省で記者団に語った。
岸田氏の説明によると、日米両政府は地位協定を補う新たな協定を締結。
在日米軍基地などで働く軍属の範囲を明確にするほか、基地で働く従業員の軍属としての適格性についてチェックする制度も設ける。
在日米軍基地により厳しい環境基準を適用し、日本側に汚染調査などでの立ち入りを認めるとした昨年9月署名の「環境補足協定」を参考に、米オバマ政権の任期が終わる来年1月下旬までの署名を目指すとしている。
米軍属の範囲見直しをめぐっては、今年4月に沖縄県うるま市在住の女性が殺害され、米軍属の男が殺人と死体遺棄の罪で起訴された事件をきっかけに、両政府で検討作業を進めていた。
外務省もここまで発表するからには、もう少し詳細な合意内容を国民に開示すべきでしょう。
唐突なオスプレイ運用再開を含め、米国への気遣いのみが透けて見えます。
外務省は、日本人のためにあるのを忘れてるんじゃあないの?
真珠湾攻撃の打電の遅れと言い、こいつらは平気で日本や日本人を犠牲にしても恥じない組織なので、気を許せません。

高視聴率も納得の出来栄えでした。
「ドクターX」最終回22・8%で有終の美
今年の民放連ドラ圧倒1位
スポニチアネックス 12/26(月)
女優の米倉涼子(41)が主演を務めたテレビ朝日の人気ドラマ第4シリーズ「ドクターX~外科医・大門未知子~」(木曜後9・00)の最終回(第11話)が22日に15分拡大で放送され、平均視聴率は22・8%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)だったことが26日、分かった。
今年の民放連続ドラマとしては、第3話24・3%に次ぐ2番目の高視聴率。
11話中10回目、9週連続となる大台突破で有終の美を飾った。
瞬間最高視聴率は午後10時8分の26・2%。
最後の最後、エンドロールが流れる中、お笑い芸人・古坂大魔王(43)扮した配達員が倒れ、大門未知子(米倉)が対処。
注射を打つ際に「私、失敗しないので」の決め台詞を言う場面だった。
全11話の期間平均は21・5%。
4月クールのTBS日曜劇場「99・9-刑事専門弁護士-」(日曜後9・00)の期間平均17・2%を上回り、今年の民放連ドラ1位に輝いた。
単話も「ドクターX」第3話の24・3%が今年の民放連ドラ1位。
ブームを巻き起こした10月クールのTBS「逃げるは恥だが役に立つ」(火曜後10・00)が最終回に一度、大台超え(20・8%)をマークしたが、「ドクターX」の大台超えは10回。
記録ずくめの圧倒的な強さを示した。
初回20・4%は今年の民放連続ドラマ初の20%超えとなり、いきなり今年の民放連ドラ1位を記録。
第2話は19・7%と微減したものの、第3話は前枠「日本シリーズ 日本ハム×広島 第5戦」の生中継が延長して50分遅れの放送開始ながら、今シリーズ最高となる24・3%をマークした。
第4話以降も21・3%、第5話20・4%、第6話21・5%、第7話22・2%、第8話20・7%、第9話22・6%、第10話20・5%と異次元のハイレベルな独走を続けていた。
孤高の天才外科医・大門未知子(米倉)が金と欲にまみれた病院組織にメスを入れる人気医療サスペンス。
2年ぶりのシリーズ第4弾は天敵・蛭間重勝(西田敏行)率いる国内最高峰「東帝大学病院」が舞台。
医療の本質を見失い、病院の格付けに躍起になる“白い巨塔”に立ち向かった。
最終回は、局所進行膵がんであることを打ち明けず、気丈に振る舞っていたフリーランスの麻酔科医・城之内博美(内田有紀)が、ついに倒れてしまい、大門未知子(米倉)は執刀医になることを申し出る。
しかし、博美のがんは完全切除が不可能な状態だった。
一方、上海で新病院設立計画を進めている中国の財閥王・王超(矢野浩二)は「東帝大学病院」から優秀な医師を引き抜こうと画策。
その王の紹介で、ある病気を患った次期大統領候補と、妊娠中の妻が「東帝大」に極秘入院する…という展開だった。
今回のシーズン4では西田敏行氏のキャラ立ちが素晴らしい。
今までの単純に嫌味な院長から、少しおちゃめなキャラづくりを取り入れたことで、病院内でのギスギスした人間関係に笑いを誘うことに成功しています。
あれだけ難手術をことごとく成功させている天才外科医なのに、組織から孤立している様は「相棒」での特命係・杉下右京のようです。
ただ、「相棒」がイケメン俳優の反町に無理やりお笑いを担当(?)させているにに対して、「ドクターX」は舞台俳優やコメディアンを投入するという徹底振りが、演出力の差としてでているような気がします。
同じテレ朝ドラマですが、両ドラマの演出家と脚本家の優劣は一目瞭然です!

最後に、大物の訃報です。
昨日が本当に最後のクリスマスになってしまいました。
元「ワム!」の英歌手ジョージ・マイケルさん死去、53歳
ロイター 12/26(月)
[ロンドン 25日 ロイター] - 英人気歌手で、ポップデュオ「ワム!」やソロシンガーとして活躍したジョージ・マイケルさんが25日、英国の自宅で死去した。
53歳だった。
マイケルさんの広報担当者が「私たちの愛すべき息子、兄弟、そして友人であるジョージが、このクリスマスの期間に自宅で亡くなったことは大きな悲しみだ。家族はこの困難な時にあってプライバシーを尊重してほしいと望んでいる。現時点でこれ以上のコメントはない」と発表した。
英警察は、マイケルさんの死について「原因の説明は不可能だが、不審な点はない」としている。
1963年にロンドンでギリシャ系移民の両親の下に生まれたマイケルさんは、1981年に「ワム!」を結成し「ウキウキ・ウェイク・ミー・アップ」、「ケアレス・ウィスパー」、「ラスト・クリスマス」などの大ヒットを飛ばした。
ソロアーティストに転向した後も「アイ・ウォント・ユア・セックス」「 フェイス」などのヒット曲を放ち活躍した。
英歌手エルトン・ジョンさんは「強いショックを受けている。愛する友人を失った。優しくて寛容で、素晴らしいアーティストだった」と哀悼のメッセージを寄せた。
歌の上手さと美声ではダントツでしたね。
ご冥福をお祈りします。合掌。

では、12-27生まれの有名人です。
1571年ヨハネス・ケプラー (独:天文学者)、1822年ルイ・パストゥール (仏:化学者,細菌学者「近代微生物学の祖」)。
Chicago - Where Do We Go from Here
