この仮面のおしどり夫婦の離婚原因は、夫の「ゆでがえる」シンドロームですかね。
三船美佳・高橋ジョージ離婚劇…幼妻が「三行半」の真相は?
日刊ゲンダイ 1月17日(土)
16歳の幼妻が大人になり、24歳年上の夫に三半を突きつける。
故三船敏郎の娘の三船美佳(32)と高橋ジョージ(56)の離婚劇には驚いたが、真相は何だったのか。
おしどり夫婦と呼ばれ、それを売りにもしていた2人だが、一昨年の暮れに美佳が10歳になる長女の手をひいて家を飛び出し、別居。
美佳はこのときから母親の喜多川美佳(66)と愛娘と3人、大阪で新生活をスタートさせており、現実には仮面夫婦だったことが明らかになった。
高橋は「もう一度やりなおしたい」と復縁を持ちかけたが、美佳は応じず離婚調停に。
それでも高橋は粘ったが、美佳は離婚を求め提訴しているという。
女性誌芸能デスクが言う。
「もともとは、美佳が高橋のファンで、身も心も心酔する流れで結婚にいたった夫婦だったんですけどね。
美佳は、高橋が自宅にいる際の『外出禁止令』も当たり前と受け止め、夫が飲んで朝帰りを繰り返しても、不平不満を口にすることなく、黙って従っていたとか。
この前近代的な束縛、夫婦関係をだんだん窮屈に思うようになり、30歳を境に『夫から離れ、自分の足で歩いてみたい』と決意したそうです。
相当の決意、鬱憤、欲求不満が目に見えるようです」
■仕事減、かつての勢いのない夫…
同じ事務所に所属。仲むつまじく、イベントにも引っ張りだこだったのに、ここ1、2年でそんな姿を見かけなくなった。
約16年の結婚生活の中で、夫婦の立場も変わっていった。
ロックバンド「THE虎舞竜」のボーカルのほか、バラエティーでお茶の間にも親しまれていた夫は、仕事が減り、いつの間にか日曜朝の「サンデー・ジャポン」(TBS系)からも姿を消し、「キー局のレギュラー番組ゼロ」(事情通)。
50代後半で疲れも出たか、かつての勢いもなく、落ち目との印象をぬぐえない。
対する妻は32歳になってまだ4カ月という若さ。
仕事も順調、さらに女盛りを迎え、いろんな欲求があふれんばかりに噴出しているのではないか。
「今も愛してるよ」などと言っても、もうあの頃には戻れない。
むしろ、よく16年も続いたものだ。
本当かどうか知れませんが、鍋の水にいれたカエルをゆっくりとあたためていくと、気持ちよくなって熱いと感じたときにはやけど死している現象を「ゆでがえる現象」と呼びますが、緩慢ではあるが着実に変化している状況に対応しきれず、気づいたときには既に手遅れだったという状態をいいます。
献身的な妻の愛を当然視し、外で遊ぶのも男の甲斐性として好き放題、家庭への束縛も妻への愛情と勘違いした男の顛末(てんまつ)です。
失ってから初めてわかるありがたさ、誰しもが一度は経験したことのあるデジャブですが、愚かな人間の生き様は誰も笑うことは出来ません。
おそらく、唯一の防御策は、相手の立場に立って考えてみることではないでしょうか?
「もし、自分が相手の立場だったら、今の自分の行動や考えは間違っていないのか?」と1日の終わりに毎日繰り返し自問自答するくらいしなければホンモノではありません。
そして以下の記事は、海外では奇跡だと賞賛されますが、日本ではごく当たり前の出来事で、こうした行動もやはり「無くした人は困っているだろう」という自己に置き換えた他人への思いやりの気持ちがベースになっているに違いありません。
その場で泣きたくなった・・台湾から来た観光客が日本で経験、「ほかの国で起きたらどうなるか...」―中国ネット
FOCUS-ASIA.COM 1月17日(土)
忘れ物や落し物をしてしまうと、見つかるまでの心労や労力は並大抵のものではない。
それが外国で起きたならなおさらだ。
日本は治安が良く、外国人旅行者が失くし物をしたが現地の人たちの親切もあって見つかった、という話はよく目にするが、今回はどうだろうか。
中国のあるネットユーザーが15日、台湾の友人が日本で経験したエピソードについてブログで紹介した。
以下がその内容だ。
電車から降りるときに、自分のリュックを置いてきてしまった。
中には今日のディズニーランドでの「戦利品」が入っていた。
まあ、これはいいとして、iPadとWifiルーターも入っていた。
コンピューターは重要なデータとつながっていたため、これだけで自分にとっては十分面倒だった。
幸い東京に住んでいるいとこが同行していたので、彼がすぐに遺失物の連絡をしてくれた。
しかし、いくら探してもなかなか進展がなかった。
2日間捜した結果、ついにリュックが終点駅にあるかもしれないという朗報が飛び込んできた。
中身を説明していたからなのだが、名前や本人のものと証明できる書類がなかったため、まだ確定はできなかった。
電車に1時間半乗ってかなり辺鄙なところにある駅までやってきた。
中には息子が好きなものがたくさん入っている。
慌てていたし、心情も悪かったため、息子がリュックについて聞き続けるのがとても煩わしかった。
遺失物センターに行って尋ねてみると、ついに……光明が差したのである。
黒いリュックが石のごとく置いてある。
リュックが見つかった、その場でもう……泣きたくなった。
日本で起きたからこそ、リュックはその日の夜になってようやく誰かに回収されたのだ。
丸1日、通りかかった人は誰も盗まなかったのだ。
この件は私に日本人に対する信頼感をもたらした。
もしどこか別の国で起きたとしたら、どうなるかは何とも言えない。
こうした記事が海外で話題になれば日本人としても誇らしいですし、日本人に生まれてよかったです。
最後に、郷土の誇りを背負って走る都道府県対抗駅伝の男子の部の結果です。
やはりドラマがありました。
埼玉が初優勝 “山の神野”は愛知失格も12人抜き
デイリースポーツ 1月18日(日)
昨年2位だった埼玉が2時間19分14秒(速報値)で初優勝を果たした。
1区(7キロ)は6位で2区(3キロ)の橋本龍(毛呂山川角中)が、区間トップの8分39秒で1位に躍り出た。
3区(8・5キロ)で熊本に抜かれたが4区(5キロ)で小山直哉(松山高)が区間トップの14分13秒で再び1位になると、そこからトップを譲ることなくアンカーで主将の服部翔大(Honda)が、ゴールテープを切った。
(5区は8・5キロ、6区は3キロ、7区は13キロ)
以下、宮城、東京、群馬、鹿児島、福岡、兵庫、長崎の順となった。
レースは優勝候補に波乱が起きた。
箱根駅伝での快走から“三代目・山の神”の異名をとる神野大地(青学大)がアンカー(7区)を務めた愛知が1区と2区のタスキリレーの際にタスキが渡ってないと判断され失格処分を受けた。
中継地点で1区・山藤篤司(愛知高)が中継所目前で倒れ込み、道路をはって中継所にたどり着いたものの、タスキを投げるように2区の蝦夷森章太(古知野中)に渡していた。
第6区の走者から神野は27番目でタスキを受け、15番目でゴールに入った。
チームの記録は無効だが、個人の記録は残る。
なんと1区で、福井が棄権、愛知が失格という波乱含みの展開となりました。
1区を走った愛知の選手は脱水症状だったようで、中継地点の2m手前で倒れこみ四つんばいで何とか手渡そうとするものの体が動きません。
思い余って、タスキを投げて手渡してしまったわけですが、タスキ渡しのルールはきちんと徹底しないと折角の頑張りが無駄になってしまいます。
さらに気になったのは、1区で棄権となった福井は2区で繰り上げスタートとなりましたが、大会運営者がスタートと同時に選手の背中を押してスタートをきらせましたが、これは確実に違反です。
出場選手はいうまでもありませんが、大会運営者やボランティアの方々にも基本ルールの徹底をさせないと面白さが半減してしまいます。
結果は、埼玉が初優勝でしたが、新・山の神の神野選手の12人抜きは立派です。
対照的なのは、千葉で出場した旧・山の神の富士通所属の柏原竜二選手は最近調子が悪く今回も1つ順位を落としてしまいました。
勝負の世界は、厳しいですが、それだけにドラマチックです。
では1-19生まれはミュージシャンが多いようですね。
1736年ジェームズ・ワット (英:技術者,蒸気機関を改良,仕事率・電力の単位W(ワット)の名の由来)、1809年エドガー・アラン・ポー (米:詩人,小説家,批評家『黄金虫』『モルグ街の殺人』)、1839年ポール・セザンヌ (仏:画家)、1862年森鷗外(小説家,戯曲家,軍医『舞姫』『山椒大夫』)、1935年柴田翔(小説家『されどわれらが日々』,ドイツ文学者)、1943年ジャニス・ジョプリン (米:ロック歌手)、1949年ロバート・パーマー (英:歌手)、1954年松任谷由実(シンガーソングライター)、1957年柴門ふみ(漫画家,エッセイスト)、1964年殊能将之(推理作家)、1968年川井郁子(ヴァイオリン奏者,作曲家)、1983年宇多田ヒカル(シンガーソングライター)。
おめでとう!
「びっくり電話」からのシングル曲ですが、歌詞にストリーがあり絶好調です!
10cc - Don't Hang Up
三船美佳・高橋ジョージ離婚劇…幼妻が「三行半」の真相は?
日刊ゲンダイ 1月17日(土)
16歳の幼妻が大人になり、24歳年上の夫に三半を突きつける。
故三船敏郎の娘の三船美佳(32)と高橋ジョージ(56)の離婚劇には驚いたが、真相は何だったのか。
おしどり夫婦と呼ばれ、それを売りにもしていた2人だが、一昨年の暮れに美佳が10歳になる長女の手をひいて家を飛び出し、別居。
美佳はこのときから母親の喜多川美佳(66)と愛娘と3人、大阪で新生活をスタートさせており、現実には仮面夫婦だったことが明らかになった。
高橋は「もう一度やりなおしたい」と復縁を持ちかけたが、美佳は応じず離婚調停に。
それでも高橋は粘ったが、美佳は離婚を求め提訴しているという。
女性誌芸能デスクが言う。
「もともとは、美佳が高橋のファンで、身も心も心酔する流れで結婚にいたった夫婦だったんですけどね。
美佳は、高橋が自宅にいる際の『外出禁止令』も当たり前と受け止め、夫が飲んで朝帰りを繰り返しても、不平不満を口にすることなく、黙って従っていたとか。
この前近代的な束縛、夫婦関係をだんだん窮屈に思うようになり、30歳を境に『夫から離れ、自分の足で歩いてみたい』と決意したそうです。
相当の決意、鬱憤、欲求不満が目に見えるようです」
■仕事減、かつての勢いのない夫…
同じ事務所に所属。仲むつまじく、イベントにも引っ張りだこだったのに、ここ1、2年でそんな姿を見かけなくなった。
約16年の結婚生活の中で、夫婦の立場も変わっていった。
ロックバンド「THE虎舞竜」のボーカルのほか、バラエティーでお茶の間にも親しまれていた夫は、仕事が減り、いつの間にか日曜朝の「サンデー・ジャポン」(TBS系)からも姿を消し、「キー局のレギュラー番組ゼロ」(事情通)。
50代後半で疲れも出たか、かつての勢いもなく、落ち目との印象をぬぐえない。
対する妻は32歳になってまだ4カ月という若さ。
仕事も順調、さらに女盛りを迎え、いろんな欲求があふれんばかりに噴出しているのではないか。
「今も愛してるよ」などと言っても、もうあの頃には戻れない。
むしろ、よく16年も続いたものだ。
本当かどうか知れませんが、鍋の水にいれたカエルをゆっくりとあたためていくと、気持ちよくなって熱いと感じたときにはやけど死している現象を「ゆでがえる現象」と呼びますが、緩慢ではあるが着実に変化している状況に対応しきれず、気づいたときには既に手遅れだったという状態をいいます。
献身的な妻の愛を当然視し、外で遊ぶのも男の甲斐性として好き放題、家庭への束縛も妻への愛情と勘違いした男の顛末(てんまつ)です。
失ってから初めてわかるありがたさ、誰しもが一度は経験したことのあるデジャブですが、愚かな人間の生き様は誰も笑うことは出来ません。
おそらく、唯一の防御策は、相手の立場に立って考えてみることではないでしょうか?
「もし、自分が相手の立場だったら、今の自分の行動や考えは間違っていないのか?」と1日の終わりに毎日繰り返し自問自答するくらいしなければホンモノではありません。
そして以下の記事は、海外では奇跡だと賞賛されますが、日本ではごく当たり前の出来事で、こうした行動もやはり「無くした人は困っているだろう」という自己に置き換えた他人への思いやりの気持ちがベースになっているに違いありません。
その場で泣きたくなった・・台湾から来た観光客が日本で経験、「ほかの国で起きたらどうなるか...」―中国ネット
FOCUS-ASIA.COM 1月17日(土)
忘れ物や落し物をしてしまうと、見つかるまでの心労や労力は並大抵のものではない。
それが外国で起きたならなおさらだ。
日本は治安が良く、外国人旅行者が失くし物をしたが現地の人たちの親切もあって見つかった、という話はよく目にするが、今回はどうだろうか。
中国のあるネットユーザーが15日、台湾の友人が日本で経験したエピソードについてブログで紹介した。
以下がその内容だ。
電車から降りるときに、自分のリュックを置いてきてしまった。
中には今日のディズニーランドでの「戦利品」が入っていた。
まあ、これはいいとして、iPadとWifiルーターも入っていた。
コンピューターは重要なデータとつながっていたため、これだけで自分にとっては十分面倒だった。
幸い東京に住んでいるいとこが同行していたので、彼がすぐに遺失物の連絡をしてくれた。
しかし、いくら探してもなかなか進展がなかった。
2日間捜した結果、ついにリュックが終点駅にあるかもしれないという朗報が飛び込んできた。
中身を説明していたからなのだが、名前や本人のものと証明できる書類がなかったため、まだ確定はできなかった。
電車に1時間半乗ってかなり辺鄙なところにある駅までやってきた。
中には息子が好きなものがたくさん入っている。
慌てていたし、心情も悪かったため、息子がリュックについて聞き続けるのがとても煩わしかった。
遺失物センターに行って尋ねてみると、ついに……光明が差したのである。
黒いリュックが石のごとく置いてある。
リュックが見つかった、その場でもう……泣きたくなった。
日本で起きたからこそ、リュックはその日の夜になってようやく誰かに回収されたのだ。
丸1日、通りかかった人は誰も盗まなかったのだ。
この件は私に日本人に対する信頼感をもたらした。
もしどこか別の国で起きたとしたら、どうなるかは何とも言えない。
こうした記事が海外で話題になれば日本人としても誇らしいですし、日本人に生まれてよかったです。

最後に、郷土の誇りを背負って走る都道府県対抗駅伝の男子の部の結果です。
やはりドラマがありました。
埼玉が初優勝 “山の神野”は愛知失格も12人抜き
デイリースポーツ 1月18日(日)
昨年2位だった埼玉が2時間19分14秒(速報値)で初優勝を果たした。
1区(7キロ)は6位で2区(3キロ)の橋本龍(毛呂山川角中)が、区間トップの8分39秒で1位に躍り出た。
3区(8・5キロ)で熊本に抜かれたが4区(5キロ)で小山直哉(松山高)が区間トップの14分13秒で再び1位になると、そこからトップを譲ることなくアンカーで主将の服部翔大(Honda)が、ゴールテープを切った。
(5区は8・5キロ、6区は3キロ、7区は13キロ)
以下、宮城、東京、群馬、鹿児島、福岡、兵庫、長崎の順となった。
レースは優勝候補に波乱が起きた。
箱根駅伝での快走から“三代目・山の神”の異名をとる神野大地(青学大)がアンカー(7区)を務めた愛知が1区と2区のタスキリレーの際にタスキが渡ってないと判断され失格処分を受けた。
中継地点で1区・山藤篤司(愛知高)が中継所目前で倒れ込み、道路をはって中継所にたどり着いたものの、タスキを投げるように2区の蝦夷森章太(古知野中)に渡していた。
第6区の走者から神野は27番目でタスキを受け、15番目でゴールに入った。
チームの記録は無効だが、個人の記録は残る。
なんと1区で、福井が棄権、愛知が失格という波乱含みの展開となりました。
1区を走った愛知の選手は脱水症状だったようで、中継地点の2m手前で倒れこみ四つんばいで何とか手渡そうとするものの体が動きません。
思い余って、タスキを投げて手渡してしまったわけですが、タスキ渡しのルールはきちんと徹底しないと折角の頑張りが無駄になってしまいます。
さらに気になったのは、1区で棄権となった福井は2区で繰り上げスタートとなりましたが、大会運営者がスタートと同時に選手の背中を押してスタートをきらせましたが、これは確実に違反です。
出場選手はいうまでもありませんが、大会運営者やボランティアの方々にも基本ルールの徹底をさせないと面白さが半減してしまいます。
結果は、埼玉が初優勝でしたが、新・山の神の神野選手の12人抜きは立派です。
対照的なのは、千葉で出場した旧・山の神の富士通所属の柏原竜二選手は最近調子が悪く今回も1つ順位を落としてしまいました。
勝負の世界は、厳しいですが、それだけにドラマチックです。
では1-19生まれはミュージシャンが多いようですね。
1736年ジェームズ・ワット (英:技術者,蒸気機関を改良,仕事率・電力の単位W(ワット)の名の由来)、1809年エドガー・アラン・ポー (米:詩人,小説家,批評家『黄金虫』『モルグ街の殺人』)、1839年ポール・セザンヌ (仏:画家)、1862年森鷗外(小説家,戯曲家,軍医『舞姫』『山椒大夫』)、1935年柴田翔(小説家『されどわれらが日々』,ドイツ文学者)、1943年ジャニス・ジョプリン (米:ロック歌手)、1949年ロバート・パーマー (英:歌手)、1954年松任谷由実(シンガーソングライター)、1957年柴門ふみ(漫画家,エッセイスト)、1964年殊能将之(推理作家)、1968年川井郁子(ヴァイオリン奏者,作曲家)、1983年宇多田ヒカル(シンガーソングライター)。
おめでとう!

「びっくり電話」からのシングル曲ですが、歌詞にストリーがあり絶好調です!
10cc - Don't Hang Up






