彼の発想と行動力とビジネスに対する才覚、そして健康や容姿にも恵まれているのなら、神は不公平だ!
SPACE-Xに火星移住、天才起業家イーロン・マスクは何がすごいのか?
THE PAGE 2015/1/24
米グーグルは、このほど米国の民間宇宙開発会社であるスペースX社に資本参加しました。
スペースX社は、ロケットの打ち上げ費用を100分の1にし、誰でも宇宙に行けるようにしようという壮大な目標を掲げるベンチャー企業です。
この会社を率いるのはイーロン・マスク氏という人物なのですが、彼はアップル創業者のスティーブ・ジョブズ氏を超える天才起業家ともいわれています。
果たしてどのような人物なのでしょうか。
マスク氏が成功させた会社はスペースX社だけではありません。
約4秒で時速100キロに到達する高級スポーツ電気自動車で世界のセレブを虜にしたテスラ・モーターズ、決済のデファクトスタンダードとなったPayPalなど、名だたるベンチャー企業を連続して成功させた実績があります。
1971年に南アフリカで生まれ、10歳の時にプログラミングを独学でマスター。
ソフトウェアを販売して大金を稼ぐなど天才的な能力を発揮してきました。
苦労の末、米国への移住を果たし、米スタンフォード大学の大学院まで進みますが、わずか2日で退学。
起業家を志します。
最初に起業した会社の売却に成功し、まとまった資金を作ったマスク氏は次々とビジネスを成功させていきました。
マスク氏が注目されるのは、その華麗な経歴だけではありません。
規格外の発想と大胆な発言が多くの人を惹き付けています。
火星へ人を移住させる計画や、45分でアメリカ大陸を横断する超高速輸送システムなど、不可能と思えるような事業でも、真剣に実現を考えています。
最近では、発達した人工知能が数年以内に人を殺すようになると発言して物議を醸し、これを防ぐための研究に1000万ドルを寄付しました。
彼の発言は部分的に聞くと荒唐無稽に思えますが、その背後には、サイエンスや経営学の知識を前提とした緻密な論理があります。
天才的な発想と豊富な知識が強固に結びついているという点がマスク氏最大の特徴といってよいでしょう。
その生い立ちや大胆な発言などから、マスク氏はスティーブ・ジョブズ氏とよく比較されます。
ジョブズ氏は弱冠16歳で、電話をタダでかけられる違法マシンを開発して数千ドルを稼いだというお騒がせ天才少年でした。
その後、ジョブズ氏はヒッピーとなり、ドラッグ体験などを経て、アップルという巨大企業を作り上げます。
マスク氏とジョブズ氏とは、方向性こそ違いますが、凡人には到達できない発想を持っていることは間違いありません。
マスク氏は43歳と若いことを考えると、まだまだ時間があります。
10年後にマスク氏は、ジョブズ氏をはるかに超える伝説の経営者になっているかもしれません。
そして、・・以下は半年以上前の記事です。
スティーブ・ジョブズvsイーロン・マスク、どっちがスゴイのか?
2014/5/25
Business Insiderにスティーブ・ジョブズとイーロン・マスクを比較した記事がのっていました。
両者とも超人的にスゴイので比較するのは大して意味のない話ですが、読み物としては面白かったので訳してみました。
[原文]Steve Jobs Vs. Elon Musk — Which Tech Legend Actually Accomplished More
[著者:ALYSON SHONTELL]
スティーブ・ジョブズは我々にiPod、iPad、iPhone,iTunes、その他たくさんのものを与えてくれた。
2年半前、ジョブズは他界した。
それ以降、人々はこんな疑問を抱いている。
「次のジョブズは誰なのか?」と。
イーロン・マスクが一般的な答えだ。
既にマスクはジョブズを越えているという人もいる。
人々がネットで売買する際の支払いのあり方を大きく変えた大人気決済サービス、ペイパルの創業にマスクは協力した。
彼は更に電気自動車の会社テスラとロケットの会社スペースXを創業した。
Dolly Singhはマスクと10年以上一緒に仕事をしている。
彼女はスペースXに人事部長として加わったが、Quora上でマスクについて彼女はこう言っている。
優秀で活力にあふれていて、カリスマ。
そして超科学マニア。
彼女はこう述べる:
「私の愚見では、ジョブズはマスクに叶いません。
マスクは、ヴェルナー・フォン・ブラウン、ハワード・ヒューズ、ヘンリー・フォード、ビル・ゲイツ、スティーブ・ジョブズ、そして他の多くの偉人を1まとめにしたようなものだから。」
3800もの好評価を得たもう1つのQuoraでの解答では、マスクがジョブズとは異なる点を全て述べている。
(例えば、ジョブズは全て特許を取ったが、マスクは特許を嫌うなど)そしてこう結論づけた。
「イーロン・マスクは次のスティーブ・ジョブズではない。彼はスティーブを遥かに超越している。」
ジョブズとマスクを比べるのはリンゴとミカンを比べるようなものだ。
両者とも全く違う伝説的なリーダーである(だった)。
人はなぜ優劣を比較したがるのでしょうか?
この場合は規格外に秀でた人物を、足元にも及ばない愚かな大衆が、優劣をつけて溜飲を下げる、ということですかね。
さて、イスラム国(ISIS)についてです。
ISIS戦闘員の6千人殺害、半数は指揮官 駐イラク米大使
CNN.co.jp 1月24日(土)
ワシントン(CNN) 米国主導の有志連合がイラクやシリアで続けるイスラム過激派「イラク・シリア・イスラム国(ISIS)」の掃討作戦で、駐イラク米国大使は24日までに、これまでの軍事行動でISIS戦闘員の推定6000人以上を殺害し、うち半数は指揮官となっていることを明らかにした。
掃討作戦を統括している米中央軍も言及を避けてきたこの種の数字が公表されたのは初めて。
スチュアート・ジョーンズ大使は中東のテレビ局アルアラビーヤに対し、ISISは壊滅的な被害を受けていると作戦の成果を強調した。
ヘーゲル米国防長官は同大使が触れた数字は確認せず、殺害されたISIS戦闘員は数千人規模と述べるにとどまった。
米国防総省当局者によると、6000人以上との数字は米中央軍がまとめた。
イラクやシリアで有志連合が実行するISIS拠点などへの空爆で殺害した戦闘員の数としている。
ただ、正確な数字の把握は出来ないと説明。
空爆機の操縦士の戦果報告や、標的となった現場に関する空爆実施の前後の諜報(ちょうほう)などを参考材料にしたという。
米情報機関によると、ISISの兵力は推定で9000人から1万8000人の間。
ただ、他の武装勢力から数千人規模の戦闘員を集める能力があるとされ、その場合の兵力は3万1000人にも達する可能性がある。
一方、ケリー米国務長官は滞在先の英ロンドンで記者団に、ジョーンズ大使の発言に同調し、イラクでISISの支配下にあった広さ700平方キロ以上の地域を奪還したとも主張した。
有志連合の作戦はISISの勢いを止めたとの認識も示した。
イラクでは現在、ISISが陥落させた北部のモスル市の奪還が軍事作戦の焦点となっている。
イラク軍による進攻作戦の実行も予定され、米軍などの空爆も最近拡大している。
事実なら、さすが米軍の戦闘能力は素晴らしい。
しかし、捕虜の居場所と重なっていないよね!?
平気で人質を楯にする連中なので、攻撃する側も細心の注意が必要です。
今回の一連の動きを過不足無く公平な立場でまとめている文章を発見しましたので、参考までに載せておきます。
イスラーム国による日本人人質事件に関する「自己責任論」と「首相責任論」の狭間
六辻彰二 | 国際政治学者2015年1月24日
1月20日、イスラーム国による日本人の人質事件が発覚しました。
2人の日本人の解放に2億ドルという法外な条件を課してきたイスラーム国は、これによって世界各国の関心を引きつけました。
恐らく彼らの最大の目的は、戦闘員や共感者、協力者のリクルートのための宣伝にあるとみられますが、この目的はある程度成功したといえます。
この文章を書いている時点で、既に期限の72時間は過ぎましたが、今のところ次のアクションは発生していません。
日本政府はイスラーム国と接触し、引き伸ばしを要請しているとも伝えられています。
一方、世界一の産油国で、メッカとメディナという二聖地を擁する「イスラーム圏の盟主」サウジアラビアのアブドゥラ国王の死去が23日に発表されました。
これにより、イスラーム圏、アラブ圏の関心がそちらにしばらく集中するだろうことも、想像に難くありません。
その状況はイスラーム国にとってスポットが当たりにくいことを意味するため、引き伸ばしを可能にする条件といえます。
いずれにせよ、状況はいまだ定かでなく、注視するしかないのですが、その一方で、今回の事件をめぐり、国内では「自己責任論」がネット上で広がり、その一方では、それほどの広がりでないまでも、「首相責任論」も浮上しています。
しかし、どちらも結果的にはテロリストを利する点で一致していると思います。
自己責任論の錯誤
このうち、「自己責任論」は2004年のイラクでの3人の人質事件以来、こういった事案のたびに、定期的に出てくるものです。
今回のケースでいえば、自己責任論を叫ぶ人たちの最大公約数的な論理は、「危険を承知して自分の意志で行ったのだから、それが拘束されたからといって、政府が方針を変更するのはおかしいし、身代金を払うこともない」だと思います。
個人が自らの行為に責任を負うのは当然です。
また、人質を取られるたびに方針を変更すれば、国家そのものがテロリストに乗っ取られます。
したがって、既に打ち出している政策の変更はするべきではないでしょう。
さらに、今回の場合、2億ドルという金額が、いかにも高すぎることも確かです。
ただし、本来、責任を追及すべき対象が、人質をとった側にあることはいうまでもありません。
国内で犯罪が発生した際、「被害者にも落ち度がある」というのはよく聞く言い方ですが、それは原因の一つを指摘しているだけで、それと責任を置き換えた言い分です。
その営為は「当事者みんなに責任がある」という結論に行き着きやすく、責任の所在をかえって曖昧にします。
これはトラブルや問題そのものを忌避する、ムラ的発想といえるかもしれません。
いずれにせよ、今回の場合、2人の日本人がシリアに赴いたことは、今回の出来事が発生した「原因」の一つですが、「だから何をされても文句をいえないはずだ」というのは、テロリストの責任を減じ、結果的にはこれを擁護することになります。
国家の果たすべき責任
これに加えて、国家には本来、国民を保護する責任があります。
雪山遭難などで捜索隊が出た場合、(少なくとも日本では)事後に個人や家族に費用弁済が請求されますが、その弁済請求の良し悪しはともかく、少なくとも一旦公共機関によって、その安全が確保される範囲内で対応されることに、異論はほとんどないとおもいます。
同様に、国民の生命が危険にさらされているとき、国家がそれを黙殺することもまた許されないでしょう。
とはいえ、国家の責任が無制限でないことも確かです。
今回の場合、どこまで国家がカバーすべきでしょうか。
「身代金を払えば次の誘拐を招く」という論理は固いものがあります。
特に近年、テロ組織にとって誘拐は一種のビジネスになっていますが、イスラーム国の場合、国連の報告書によると、2014年の一年間で53億円の身代金を得ています。
占領した土地での油田や、一部の湾岸諸国からの送金だけでなく、これらの身代金が彼らの資金源になっていることは確かです。
この観点から、特に米英が身代金の支払いに否定的なことは、不思議ではありません。
今回の事件でも、米国は身代金を支払わないよう、日本政府に求めてきています。
その一方で、あくまでテロリストとの交渉を拒絶する米英の国民が、イスラーム国によって誘拐された場合、やはり誘拐された他の国民より多く殺害されてきたこともまた否定できません。
それが報復感情を惹起し、相互の憎悪に拍車をかける一因にもなっています。
人質をとる方に問題があるにせよ、交渉さえ否定してしまえば、あとは「全て力で解決する」思考に行き着きやすくなります。
力ぬきで秩序は形成できませんが、力のみで創られる秩序はテロリストの論理と紙一重となります。
その観点からみれば、テロリストが要求する「2人で2億ドル」は現実に難しいとしても、減額を求めたうえで身代金を支払うことが、日本あるいは世界全体にとってより危険かどうかは一概にいえません。
少なくとも、23日の段階で首相が「身代金は払わない」と言明したことは、米英の希望に沿うものではありますが、これら両国と異なり、部隊を派遣して人質を奪還することができない日本にとって、選択肢を狭めたといえます。
その一方で、身代金を一旦おくとしても、相手の自尊心や名誉に訴えるといった説得や、身代金に代わる代替案の提案といった交渉を行うこと自体は、現状の日本が選べる数少ない選択肢です。
その意味で、イスラーム国とパイプがあるといわれるヨルダン政府やトルコ政府の治安機関、宗教指導者らを通じてコンタクトをとる、そしてSNSなどを通じてメッセージを発してコンタクトを呼びかけるという今回の手法そのものは、少なくともその限りにおいては、妥当といえるでしょう。
首相責任論の危険性
次に、首相責任論について考えます。
ネット上では、「拘束されている後藤氏の家族に身代金の要求があったことは政府にも伝わっていたはずなのに、エジプトでの支援表明で敢えて『ISIS対策として』と言明してイスラーム国を刺激し、今回の事態を招いた」として、2億ドルの支援を留保すべきという署名活動が行われています。
1月24日現在、1万7000人以上が署名しています。
この主張に対しては、「2億ドルを留保すれば人質が解放される保証があるか」、「そもそもイスラーム国側は2億ドルの支援の留保を要求していないのに、テロリストに大盤振る舞いすることにならないか」といった疑問が沸きます。
なかには元防衛官僚の柳澤協二氏のように「安倍首相が辞任することが人命救助につながる」と主張する向きもありますが、それでイスラーム国が納得するかが不明であるばかりか、テロリストに脅されれば最高責任者の首すら差し出すという、無責任な主張と言わざるを得ません。
首相責任論を主張する多くのひとには、「事件の本来の責任がイスラーム国にある」ことを軽視する点で、自己責任論者の多くと共通するようにみえます。
また、特に首相責任論をいう人には、「よその戦闘に関わるべきでない」、「関わらなければ安全」という前提があるように思えます。
「触らぬ神に祟りなし」というように、そこには一定程度の真理が含まれるといえるでしょう。
しかし、イスラーム国の台頭は既存の国際システムにとっての危機をもたらしているだけでなく、輸入原油の8割以上をこの地域に依存する日本にとって、中東情勢は無縁であり得ません。
また、テロリストは相手を選んでくれません。
欧米諸国ではイスラーム国から帰国した協力者、賛同者によるテロ活動が頻発しています。
それらにいつ、在外邦人が巻き込まれるかも分かりません。
もちろん、「関わり方」、つまりほぼ常に欧米諸国と足並みを揃えることの是非は、この件に限らず、考える必要があります。
また、外国からイスラーム国に参加しようとする若者を生み出す社会的不公正という土壌を改善する必要があることも、強調する必要があります。
しかし、世界全体に脅威が拡散するなかで、「イスラーム圏と欧米諸国の対立」という紋切り型の理解にしたがって、ひたすら「関わらなければ安全」と考えることは、自らの置かれている立場と眼前の脅威から目をそむけるものといわざるを得ません。
米国寄りの独裁体制を支援することの是非
個人的には、安倍政権や自民党を党派的に支持するものではありません。
また、従来の日本の外交政策や国際協力のあり方も、見直すべき点が多々あると思います。
中東に関わる際に、全く独立した中立的立場でアプローチできれば、それに越したことはありませんし、中長期的にはそれを目指すべきと個人的には思います。
さらに、イスラーム法学者の中田考氏は、今回の安倍首相の打ち出した援助方針に米国寄りのトーンが強く、援助対象国が米国やイスラエルの影響の強い国ばかりで、さらに援助提供の際に「イスラーム国対策として」と強調したことが不用意であったと指摘しましたが、これらのポイントに関して賛同することに吝(やぶさ)かでありません。
ただし、少なくとも現状において、日本が中立的な立場で中東にアプローチすることは、実際には困難です。
日本のアプローチは非軍事的手法とならざるを得ませんが、現代の国際協力や援助では、紛争地帯でいかにプロジェクトを実施するかが微妙な問題になってきます。
「援助関係者は丸腰で中立的な立場でいた方が安全」と考える立場もありますが、現代のテロ組織はそういったことへの配慮はほとんどありません。
実際、援助関係者への襲撃は、シリアだけでなく世界全体で増加傾向にあります。
そのため、安倍首相の外交方針や理念に賛同するか否かにかかわらず、軍事活動に制約のある日本にとって、全く独自の行動をとることが実際に難しいことを踏まえれば、少なくとも当面は、基本的な立ち位置に沿って欧米諸国やそれと近い立場の政府との関係に基づいて、必要に応じてそれらの部隊の警護のもとで援助を提供しなければ、プロジェクトそのものの実現性が乏しくなります。
逆に、志や理念は重要ですが、それらがいくら公正なものであったとしても、実効性をともなわなければ、国際協力や援助は成立しません。
この観点からすると、今回の主な支援対象であるエジプトやヨルダンが米国寄りの「独裁体制」のもとにあったとしても、そして日本が米国のジュニア・パートナーであることを改めて満天下に示すことになったとしても、少なくともイスラーム国の台頭への対策として、これら各国の政府と一定の協力をすることは、難民を実効性あるかたちで保護することに当面の優先順位を置くのであれば、やむを得ないといわざるを得ません。
日本の危機管理にとっての課題
文章の末尾を書いている時点で、未だに動きは伝えられておらず、二人の無事を願うばかりです。
その一方で、今回の事件は、既に大きな課題を日本に示しています。
全責任を安倍首相にかぶせる主張や援助留保という選択には賛同できませんが、先述の署名運動や中田氏の主張が、今後の日本における危機管理体制の構築という観点から、重要なポイントを指摘していることは確かでしょう。
今回の事件が安倍首相の安全保障政策をより強固にする公算は大きいといえますが、それに先立って国民保護にとって必要なことは、以下のポイントの検証といえます。
•後藤氏の家族や中田氏、ジャーナリストの常岡浩介氏から、後藤氏や湯川氏が人質になっていること、さらに身代金の要求があったことが、外務省や公安関係者に伝わっていたといわれます。
これに関して政権中枢は把握していたのか、否か。
•把握していなかったとすれば、それはなぜか(その場合、恐らく情報伝達の経路のどこかの担当者によって、情報の取捨選択の過程でふりおとされた公算が大きいですが、そうだとすると情報管理の在り方自体を見直す必要があります)。
•把握していたとすれば、二人の解放に向けた動きを進めていたのか、否か。
していたとすれば、どのように。
また、していなかったのであれば、なぜ(その場合、恐らく外務省関係者は首相の中東歴訪に向けた準備にいそがしかったのでしょうが、そうだとすると外務省がいうところの「邦人保護」とは何なのかが問われることになります)。
•首相は「あらゆる手段を講じて」と強調していたが、1月22日の時点で常岡氏は、自身と中田氏にイスラーム国へのパイプがあるのに当局から協力要請がないと述べた。
なぜ、協力要請をしなかったか(両氏には失礼ながら、恐らく公安当局が両氏を「好ましからざる人物たち」とみなしていること、さらに欧米諸国と異なり、そもそも民間人に協力を求めること自体、「官」意識の強い日本政府の体面にかかわるもので、拒絶反応があることが大きいのでしょうが、そうだとすると日本の国際協力などにおける長年の懸案であり、安倍政権が強調する「官民連携」について問われることになります)。
機微に触れる問題だけに、詳細な情報の公開は期待しにくいのですが、これらに関する検証がなければ、今後とも同様の事態が発生し得る危険性を排除できません。
それは国民の安全確保を脅かしかねない一方、イスラーム国などのテロ組織を利することにも繋がります。
いずれにせよ、今回の事件は日本のあり方そのものを問い直すきっかけになったことは確かといえるでしょう。
六辻彰二 :国際政治学者、博士(国際関係)。
アフリカをメインフィールドに、米中関係から食糧問題、宗教対立に至るまで、分野にとらわれず、国際情勢を幅広く、深く、分かりやすく解説します。
六辻さんの文章にも、問題解決に向けての外務省の主導的な役割について触れられていませんが、こうした外交問題で話題にもならない外務省の存在意義とは一体何なのでしょうか、ねえ!?
批判の矛先は安倍総理よりも、安寧をむさぼる事なかれ主義の外務省幹部職員に向けられるべきです。
では1-25生まれの有名人です。
1627年ロバート・ボイル (英:自然哲学者,化学者,物理学者)、1874年サマセット・モーム (英:小説家,劇作家『月と六ペンス』)、1917年土屋隆夫(推理小説家『影の告発』)、1923年池波正太郎(小説家,劇作家『錯乱』『鬼平犯科帳』)、1927年アントニオ・カルロス・ジョビン (ブラジル:作曲家,ボサノバを考案)、1938年松本零士(漫画家『宇宙戦艦ヤマト』『銀河鉄道999』)、1938年石ノ森章太郎(漫画家『サイボーグ009』『仮面ライダー』)、1950年森田芳光(映画監督)、1982年桜井翔(タレント,歌手(嵐))。
おめでとう!
最後に、この曲はメルヘン調エルトンの傑作です。
Goodbye Yellow Brick Road
SPACE-Xに火星移住、天才起業家イーロン・マスクは何がすごいのか?
THE PAGE 2015/1/24
米グーグルは、このほど米国の民間宇宙開発会社であるスペースX社に資本参加しました。
スペースX社は、ロケットの打ち上げ費用を100分の1にし、誰でも宇宙に行けるようにしようという壮大な目標を掲げるベンチャー企業です。
この会社を率いるのはイーロン・マスク氏という人物なのですが、彼はアップル創業者のスティーブ・ジョブズ氏を超える天才起業家ともいわれています。
果たしてどのような人物なのでしょうか。
マスク氏が成功させた会社はスペースX社だけではありません。
約4秒で時速100キロに到達する高級スポーツ電気自動車で世界のセレブを虜にしたテスラ・モーターズ、決済のデファクトスタンダードとなったPayPalなど、名だたるベンチャー企業を連続して成功させた実績があります。
1971年に南アフリカで生まれ、10歳の時にプログラミングを独学でマスター。
ソフトウェアを販売して大金を稼ぐなど天才的な能力を発揮してきました。
苦労の末、米国への移住を果たし、米スタンフォード大学の大学院まで進みますが、わずか2日で退学。
起業家を志します。
最初に起業した会社の売却に成功し、まとまった資金を作ったマスク氏は次々とビジネスを成功させていきました。
マスク氏が注目されるのは、その華麗な経歴だけではありません。
規格外の発想と大胆な発言が多くの人を惹き付けています。
火星へ人を移住させる計画や、45分でアメリカ大陸を横断する超高速輸送システムなど、不可能と思えるような事業でも、真剣に実現を考えています。
最近では、発達した人工知能が数年以内に人を殺すようになると発言して物議を醸し、これを防ぐための研究に1000万ドルを寄付しました。
彼の発言は部分的に聞くと荒唐無稽に思えますが、その背後には、サイエンスや経営学の知識を前提とした緻密な論理があります。
天才的な発想と豊富な知識が強固に結びついているという点がマスク氏最大の特徴といってよいでしょう。
その生い立ちや大胆な発言などから、マスク氏はスティーブ・ジョブズ氏とよく比較されます。
ジョブズ氏は弱冠16歳で、電話をタダでかけられる違法マシンを開発して数千ドルを稼いだというお騒がせ天才少年でした。
その後、ジョブズ氏はヒッピーとなり、ドラッグ体験などを経て、アップルという巨大企業を作り上げます。
マスク氏とジョブズ氏とは、方向性こそ違いますが、凡人には到達できない発想を持っていることは間違いありません。
マスク氏は43歳と若いことを考えると、まだまだ時間があります。
10年後にマスク氏は、ジョブズ氏をはるかに超える伝説の経営者になっているかもしれません。
そして、・・以下は半年以上前の記事です。
スティーブ・ジョブズvsイーロン・マスク、どっちがスゴイのか?
2014/5/25
Business Insiderにスティーブ・ジョブズとイーロン・マスクを比較した記事がのっていました。
両者とも超人的にスゴイので比較するのは大して意味のない話ですが、読み物としては面白かったので訳してみました。
[原文]Steve Jobs Vs. Elon Musk — Which Tech Legend Actually Accomplished More
[著者:ALYSON SHONTELL]
スティーブ・ジョブズは我々にiPod、iPad、iPhone,iTunes、その他たくさんのものを与えてくれた。
2年半前、ジョブズは他界した。
それ以降、人々はこんな疑問を抱いている。
「次のジョブズは誰なのか?」と。
イーロン・マスクが一般的な答えだ。
既にマスクはジョブズを越えているという人もいる。
人々がネットで売買する際の支払いのあり方を大きく変えた大人気決済サービス、ペイパルの創業にマスクは協力した。
彼は更に電気自動車の会社テスラとロケットの会社スペースXを創業した。
Dolly Singhはマスクと10年以上一緒に仕事をしている。
彼女はスペースXに人事部長として加わったが、Quora上でマスクについて彼女はこう言っている。
優秀で活力にあふれていて、カリスマ。
そして超科学マニア。
彼女はこう述べる:
「私の愚見では、ジョブズはマスクに叶いません。
マスクは、ヴェルナー・フォン・ブラウン、ハワード・ヒューズ、ヘンリー・フォード、ビル・ゲイツ、スティーブ・ジョブズ、そして他の多くの偉人を1まとめにしたようなものだから。」
3800もの好評価を得たもう1つのQuoraでの解答では、マスクがジョブズとは異なる点を全て述べている。
(例えば、ジョブズは全て特許を取ったが、マスクは特許を嫌うなど)そしてこう結論づけた。
「イーロン・マスクは次のスティーブ・ジョブズではない。彼はスティーブを遥かに超越している。」
ジョブズとマスクを比べるのはリンゴとミカンを比べるようなものだ。
両者とも全く違う伝説的なリーダーである(だった)。
人はなぜ優劣を比較したがるのでしょうか?
この場合は規格外に秀でた人物を、足元にも及ばない愚かな大衆が、優劣をつけて溜飲を下げる、ということですかね。
さて、イスラム国(ISIS)についてです。
ISIS戦闘員の6千人殺害、半数は指揮官 駐イラク米大使
CNN.co.jp 1月24日(土)
ワシントン(CNN) 米国主導の有志連合がイラクやシリアで続けるイスラム過激派「イラク・シリア・イスラム国(ISIS)」の掃討作戦で、駐イラク米国大使は24日までに、これまでの軍事行動でISIS戦闘員の推定6000人以上を殺害し、うち半数は指揮官となっていることを明らかにした。
掃討作戦を統括している米中央軍も言及を避けてきたこの種の数字が公表されたのは初めて。
スチュアート・ジョーンズ大使は中東のテレビ局アルアラビーヤに対し、ISISは壊滅的な被害を受けていると作戦の成果を強調した。
ヘーゲル米国防長官は同大使が触れた数字は確認せず、殺害されたISIS戦闘員は数千人規模と述べるにとどまった。
米国防総省当局者によると、6000人以上との数字は米中央軍がまとめた。
イラクやシリアで有志連合が実行するISIS拠点などへの空爆で殺害した戦闘員の数としている。
ただ、正確な数字の把握は出来ないと説明。
空爆機の操縦士の戦果報告や、標的となった現場に関する空爆実施の前後の諜報(ちょうほう)などを参考材料にしたという。
米情報機関によると、ISISの兵力は推定で9000人から1万8000人の間。
ただ、他の武装勢力から数千人規模の戦闘員を集める能力があるとされ、その場合の兵力は3万1000人にも達する可能性がある。
一方、ケリー米国務長官は滞在先の英ロンドンで記者団に、ジョーンズ大使の発言に同調し、イラクでISISの支配下にあった広さ700平方キロ以上の地域を奪還したとも主張した。
有志連合の作戦はISISの勢いを止めたとの認識も示した。
イラクでは現在、ISISが陥落させた北部のモスル市の奪還が軍事作戦の焦点となっている。
イラク軍による進攻作戦の実行も予定され、米軍などの空爆も最近拡大している。
事実なら、さすが米軍の戦闘能力は素晴らしい。
しかし、捕虜の居場所と重なっていないよね!?
平気で人質を楯にする連中なので、攻撃する側も細心の注意が必要です。
今回の一連の動きを過不足無く公平な立場でまとめている文章を発見しましたので、参考までに載せておきます。
イスラーム国による日本人人質事件に関する「自己責任論」と「首相責任論」の狭間
六辻彰二 | 国際政治学者2015年1月24日
1月20日、イスラーム国による日本人の人質事件が発覚しました。
2人の日本人の解放に2億ドルという法外な条件を課してきたイスラーム国は、これによって世界各国の関心を引きつけました。
恐らく彼らの最大の目的は、戦闘員や共感者、協力者のリクルートのための宣伝にあるとみられますが、この目的はある程度成功したといえます。
この文章を書いている時点で、既に期限の72時間は過ぎましたが、今のところ次のアクションは発生していません。
日本政府はイスラーム国と接触し、引き伸ばしを要請しているとも伝えられています。
一方、世界一の産油国で、メッカとメディナという二聖地を擁する「イスラーム圏の盟主」サウジアラビアのアブドゥラ国王の死去が23日に発表されました。
これにより、イスラーム圏、アラブ圏の関心がそちらにしばらく集中するだろうことも、想像に難くありません。
その状況はイスラーム国にとってスポットが当たりにくいことを意味するため、引き伸ばしを可能にする条件といえます。
いずれにせよ、状況はいまだ定かでなく、注視するしかないのですが、その一方で、今回の事件をめぐり、国内では「自己責任論」がネット上で広がり、その一方では、それほどの広がりでないまでも、「首相責任論」も浮上しています。
しかし、どちらも結果的にはテロリストを利する点で一致していると思います。
自己責任論の錯誤
このうち、「自己責任論」は2004年のイラクでの3人の人質事件以来、こういった事案のたびに、定期的に出てくるものです。
今回のケースでいえば、自己責任論を叫ぶ人たちの最大公約数的な論理は、「危険を承知して自分の意志で行ったのだから、それが拘束されたからといって、政府が方針を変更するのはおかしいし、身代金を払うこともない」だと思います。
個人が自らの行為に責任を負うのは当然です。
また、人質を取られるたびに方針を変更すれば、国家そのものがテロリストに乗っ取られます。
したがって、既に打ち出している政策の変更はするべきではないでしょう。
さらに、今回の場合、2億ドルという金額が、いかにも高すぎることも確かです。
ただし、本来、責任を追及すべき対象が、人質をとった側にあることはいうまでもありません。
国内で犯罪が発生した際、「被害者にも落ち度がある」というのはよく聞く言い方ですが、それは原因の一つを指摘しているだけで、それと責任を置き換えた言い分です。
その営為は「当事者みんなに責任がある」という結論に行き着きやすく、責任の所在をかえって曖昧にします。
これはトラブルや問題そのものを忌避する、ムラ的発想といえるかもしれません。
いずれにせよ、今回の場合、2人の日本人がシリアに赴いたことは、今回の出来事が発生した「原因」の一つですが、「だから何をされても文句をいえないはずだ」というのは、テロリストの責任を減じ、結果的にはこれを擁護することになります。
国家の果たすべき責任
これに加えて、国家には本来、国民を保護する責任があります。
雪山遭難などで捜索隊が出た場合、(少なくとも日本では)事後に個人や家族に費用弁済が請求されますが、その弁済請求の良し悪しはともかく、少なくとも一旦公共機関によって、その安全が確保される範囲内で対応されることに、異論はほとんどないとおもいます。
同様に、国民の生命が危険にさらされているとき、国家がそれを黙殺することもまた許されないでしょう。
とはいえ、国家の責任が無制限でないことも確かです。
今回の場合、どこまで国家がカバーすべきでしょうか。
「身代金を払えば次の誘拐を招く」という論理は固いものがあります。
特に近年、テロ組織にとって誘拐は一種のビジネスになっていますが、イスラーム国の場合、国連の報告書によると、2014年の一年間で53億円の身代金を得ています。
占領した土地での油田や、一部の湾岸諸国からの送金だけでなく、これらの身代金が彼らの資金源になっていることは確かです。
この観点から、特に米英が身代金の支払いに否定的なことは、不思議ではありません。
今回の事件でも、米国は身代金を支払わないよう、日本政府に求めてきています。
その一方で、あくまでテロリストとの交渉を拒絶する米英の国民が、イスラーム国によって誘拐された場合、やはり誘拐された他の国民より多く殺害されてきたこともまた否定できません。
それが報復感情を惹起し、相互の憎悪に拍車をかける一因にもなっています。
人質をとる方に問題があるにせよ、交渉さえ否定してしまえば、あとは「全て力で解決する」思考に行き着きやすくなります。
力ぬきで秩序は形成できませんが、力のみで創られる秩序はテロリストの論理と紙一重となります。
その観点からみれば、テロリストが要求する「2人で2億ドル」は現実に難しいとしても、減額を求めたうえで身代金を支払うことが、日本あるいは世界全体にとってより危険かどうかは一概にいえません。
少なくとも、23日の段階で首相が「身代金は払わない」と言明したことは、米英の希望に沿うものではありますが、これら両国と異なり、部隊を派遣して人質を奪還することができない日本にとって、選択肢を狭めたといえます。
その一方で、身代金を一旦おくとしても、相手の自尊心や名誉に訴えるといった説得や、身代金に代わる代替案の提案といった交渉を行うこと自体は、現状の日本が選べる数少ない選択肢です。
その意味で、イスラーム国とパイプがあるといわれるヨルダン政府やトルコ政府の治安機関、宗教指導者らを通じてコンタクトをとる、そしてSNSなどを通じてメッセージを発してコンタクトを呼びかけるという今回の手法そのものは、少なくともその限りにおいては、妥当といえるでしょう。
首相責任論の危険性
次に、首相責任論について考えます。
ネット上では、「拘束されている後藤氏の家族に身代金の要求があったことは政府にも伝わっていたはずなのに、エジプトでの支援表明で敢えて『ISIS対策として』と言明してイスラーム国を刺激し、今回の事態を招いた」として、2億ドルの支援を留保すべきという署名活動が行われています。
1月24日現在、1万7000人以上が署名しています。
この主張に対しては、「2億ドルを留保すれば人質が解放される保証があるか」、「そもそもイスラーム国側は2億ドルの支援の留保を要求していないのに、テロリストに大盤振る舞いすることにならないか」といった疑問が沸きます。
なかには元防衛官僚の柳澤協二氏のように「安倍首相が辞任することが人命救助につながる」と主張する向きもありますが、それでイスラーム国が納得するかが不明であるばかりか、テロリストに脅されれば最高責任者の首すら差し出すという、無責任な主張と言わざるを得ません。
首相責任論を主張する多くのひとには、「事件の本来の責任がイスラーム国にある」ことを軽視する点で、自己責任論者の多くと共通するようにみえます。
また、特に首相責任論をいう人には、「よその戦闘に関わるべきでない」、「関わらなければ安全」という前提があるように思えます。
「触らぬ神に祟りなし」というように、そこには一定程度の真理が含まれるといえるでしょう。
しかし、イスラーム国の台頭は既存の国際システムにとっての危機をもたらしているだけでなく、輸入原油の8割以上をこの地域に依存する日本にとって、中東情勢は無縁であり得ません。
また、テロリストは相手を選んでくれません。
欧米諸国ではイスラーム国から帰国した協力者、賛同者によるテロ活動が頻発しています。
それらにいつ、在外邦人が巻き込まれるかも分かりません。
もちろん、「関わり方」、つまりほぼ常に欧米諸国と足並みを揃えることの是非は、この件に限らず、考える必要があります。
また、外国からイスラーム国に参加しようとする若者を生み出す社会的不公正という土壌を改善する必要があることも、強調する必要があります。
しかし、世界全体に脅威が拡散するなかで、「イスラーム圏と欧米諸国の対立」という紋切り型の理解にしたがって、ひたすら「関わらなければ安全」と考えることは、自らの置かれている立場と眼前の脅威から目をそむけるものといわざるを得ません。
米国寄りの独裁体制を支援することの是非
個人的には、安倍政権や自民党を党派的に支持するものではありません。
また、従来の日本の外交政策や国際協力のあり方も、見直すべき点が多々あると思います。
中東に関わる際に、全く独立した中立的立場でアプローチできれば、それに越したことはありませんし、中長期的にはそれを目指すべきと個人的には思います。
さらに、イスラーム法学者の中田考氏は、今回の安倍首相の打ち出した援助方針に米国寄りのトーンが強く、援助対象国が米国やイスラエルの影響の強い国ばかりで、さらに援助提供の際に「イスラーム国対策として」と強調したことが不用意であったと指摘しましたが、これらのポイントに関して賛同することに吝(やぶさ)かでありません。
ただし、少なくとも現状において、日本が中立的な立場で中東にアプローチすることは、実際には困難です。
日本のアプローチは非軍事的手法とならざるを得ませんが、現代の国際協力や援助では、紛争地帯でいかにプロジェクトを実施するかが微妙な問題になってきます。
「援助関係者は丸腰で中立的な立場でいた方が安全」と考える立場もありますが、現代のテロ組織はそういったことへの配慮はほとんどありません。
実際、援助関係者への襲撃は、シリアだけでなく世界全体で増加傾向にあります。
そのため、安倍首相の外交方針や理念に賛同するか否かにかかわらず、軍事活動に制約のある日本にとって、全く独自の行動をとることが実際に難しいことを踏まえれば、少なくとも当面は、基本的な立ち位置に沿って欧米諸国やそれと近い立場の政府との関係に基づいて、必要に応じてそれらの部隊の警護のもとで援助を提供しなければ、プロジェクトそのものの実現性が乏しくなります。
逆に、志や理念は重要ですが、それらがいくら公正なものであったとしても、実効性をともなわなければ、国際協力や援助は成立しません。
この観点からすると、今回の主な支援対象であるエジプトやヨルダンが米国寄りの「独裁体制」のもとにあったとしても、そして日本が米国のジュニア・パートナーであることを改めて満天下に示すことになったとしても、少なくともイスラーム国の台頭への対策として、これら各国の政府と一定の協力をすることは、難民を実効性あるかたちで保護することに当面の優先順位を置くのであれば、やむを得ないといわざるを得ません。
日本の危機管理にとっての課題
文章の末尾を書いている時点で、未だに動きは伝えられておらず、二人の無事を願うばかりです。
その一方で、今回の事件は、既に大きな課題を日本に示しています。
全責任を安倍首相にかぶせる主張や援助留保という選択には賛同できませんが、先述の署名運動や中田氏の主張が、今後の日本における危機管理体制の構築という観点から、重要なポイントを指摘していることは確かでしょう。
今回の事件が安倍首相の安全保障政策をより強固にする公算は大きいといえますが、それに先立って国民保護にとって必要なことは、以下のポイントの検証といえます。
•後藤氏の家族や中田氏、ジャーナリストの常岡浩介氏から、後藤氏や湯川氏が人質になっていること、さらに身代金の要求があったことが、外務省や公安関係者に伝わっていたといわれます。
これに関して政権中枢は把握していたのか、否か。
•把握していなかったとすれば、それはなぜか(その場合、恐らく情報伝達の経路のどこかの担当者によって、情報の取捨選択の過程でふりおとされた公算が大きいですが、そうだとすると情報管理の在り方自体を見直す必要があります)。
•把握していたとすれば、二人の解放に向けた動きを進めていたのか、否か。
していたとすれば、どのように。
また、していなかったのであれば、なぜ(その場合、恐らく外務省関係者は首相の中東歴訪に向けた準備にいそがしかったのでしょうが、そうだとすると外務省がいうところの「邦人保護」とは何なのかが問われることになります)。
•首相は「あらゆる手段を講じて」と強調していたが、1月22日の時点で常岡氏は、自身と中田氏にイスラーム国へのパイプがあるのに当局から協力要請がないと述べた。
なぜ、協力要請をしなかったか(両氏には失礼ながら、恐らく公安当局が両氏を「好ましからざる人物たち」とみなしていること、さらに欧米諸国と異なり、そもそも民間人に協力を求めること自体、「官」意識の強い日本政府の体面にかかわるもので、拒絶反応があることが大きいのでしょうが、そうだとすると日本の国際協力などにおける長年の懸案であり、安倍政権が強調する「官民連携」について問われることになります)。
機微に触れる問題だけに、詳細な情報の公開は期待しにくいのですが、これらに関する検証がなければ、今後とも同様の事態が発生し得る危険性を排除できません。
それは国民の安全確保を脅かしかねない一方、イスラーム国などのテロ組織を利することにも繋がります。
いずれにせよ、今回の事件は日本のあり方そのものを問い直すきっかけになったことは確かといえるでしょう。
六辻彰二 :国際政治学者、博士(国際関係)。
アフリカをメインフィールドに、米中関係から食糧問題、宗教対立に至るまで、分野にとらわれず、国際情勢を幅広く、深く、分かりやすく解説します。
六辻さんの文章にも、問題解決に向けての外務省の主導的な役割について触れられていませんが、こうした外交問題で話題にもならない外務省の存在意義とは一体何なのでしょうか、ねえ!?
批判の矛先は安倍総理よりも、安寧をむさぼる事なかれ主義の外務省幹部職員に向けられるべきです。
では1-25生まれの有名人です。
1627年ロバート・ボイル (英:自然哲学者,化学者,物理学者)、1874年サマセット・モーム (英:小説家,劇作家『月と六ペンス』)、1917年土屋隆夫(推理小説家『影の告発』)、1923年池波正太郎(小説家,劇作家『錯乱』『鬼平犯科帳』)、1927年アントニオ・カルロス・ジョビン (ブラジル:作曲家,ボサノバを考案)、1938年松本零士(漫画家『宇宙戦艦ヤマト』『銀河鉄道999』)、1938年石ノ森章太郎(漫画家『サイボーグ009』『仮面ライダー』)、1950年森田芳光(映画監督)、1982年桜井翔(タレント,歌手(嵐))。
おめでとう!

最後に、この曲はメルヘン調エルトンの傑作です。
Goodbye Yellow Brick Road



