当然の流れとはいえ、これは大歓迎ですよね。
「2年縛り」更新月を2カ月に延長
携帯大手3社、改善策示す
SankeiBiz 2015/4/21
携帯電話のいわゆる「2年縛り」契約をめぐり、NTTドコモなど大手3社は20日、無料で契約解除に応じる「更新月」を現在の1カ月間から2カ月間に延長すると発表した。
現行の契約ルールでは、25カ月目以外に解除する際は1万円前後の高額な解約金が発生するため、利用者の不満が根強い。
取り組みを求めていた総務省に対し、各社が一定の改善策を示した形だ。
大手の契約は、端末代金や通信料を割り引く一方、2年間の継続利用と自動更新を前提にしたプランが主流になっている。
3社の新ルールは今年10~12月(ソフトバンクモバイルの「ワイモバイル」は来年1~3月)に導入し、従来の25カ月目に加え26カ月目も無料解約に応じる。
また「『気付かないうちに更新月が過ぎていた』という苦情が多い」(同省)ため、更新月の前月には、各利用者に対するメールでの告知も新たに始める。
利用者にとっては、加入先を無料で変更できる期間が長くなり、料金が割安なMVNO(仮想移動体通信事業者)などのサービスに乗り換えやすくなる。
総務省は携帯各社の競争を活発化させ、高止まりしている料金の低下につなげたい考えだ。
総務省、費用も大事ですが、セキュリティもヨロシク!
では、次の話題です。
ここからの記事は健康関連の内容です。
まずは、超人だと思われているプロレスラーのお話。
彼は巨体にもかかわらず、リング上で飛び回っていました!
殴られ弱いときから知っていたので、強くなってから応援していた選手の一人でもありました。
ノア森嶋が引退発表
糖尿病で試合出場不可能に
血液検査でドクターストップ
デイリースポーツ 4月21日(火)
ノアの元GHCヘビー級王者・森嶋猛(36)が引退することが分かった。
ノアが21日、マスコミ各社へのファクスで発表した。
森嶋は開催中の「グローバル・タッグリーグ戦2015」に北宮光洋(26)とエントリーしていたものの、直前で古傷である右肩腱板損傷、左ひざ内側側副じん帯損傷、左ひじ内側側副じん帯損傷、肘部管症候群を理由に欠場が発表されていた。
この日のノアの発表文では「先に欠場を発表させていただきました通り、多くの負傷箇所を抱えて長年、試合に臨んでいた森嶋選手ですが、血液検査の結果、血液中のヘモグロビンHbA1cの数値が異常に高く、ドクターストップがかかってしまいました」と、森嶋が糖尿病を患っていることを明らかにした。
HbA1cは糖尿病と密接な関係を有するとされる。
その上で、「今後、治療を続けてもノアの最前線で試合をしていくことは不可能との判断から森嶋選手自身が引退という決断に至りました」と、森嶋自身が引退を決断したことを明かした。
ファンに対しては本人から報告、挨拶の場を設ける予定で、その詳しい日時、会場、または引退セレモニーについては今後決めることになる。
森嶋は98年に全日本でデビュー。
00年にノアの旗揚げに参加、力皇(引退)とのコンビで頭角を現し、02年にGHCタッグ王座を奪取。
08年3月には故三沢光晴さんを下し、GHCヘビー級王座を獲得した。
現在はユニット・超危暴軍を率いていた。
森嶋選手、お疲れ様でした!
そして是非、糖質制限ダイエットにチャレンジしてみてください。
さて毎週見ている「木曜ダンディ」で1週間で激ヤセの今井氏をみて、これは再発したな、と思わせました。
今井雅之 大腸がんで主演舞台降板
昨年11月手術「発声に限界」
スポニチアネックス 4月22日(水)
俳優の今井雅之(54)が21日、自身の公式ブログで大腸がんを患い、開腹手術を受けていたことを公表した。
現在も抗がん剤投与を続けている。
5月1日からの主演舞台「THE WINDS OF GOD」(新国立劇場ほか)は降板する。
所属事務所を通じてマスコミ各社にコメントも出し「舞台上での発声に限界があり、お客様に完璧な状態で舞台をお観(み)せすることが出来ないと判断し、舞台出演を断念致しました」と説明した。
事務所側によると、手術を行ったのは昨年11月。
以降は通院治療しながら自宅で療養していた。
今年2月には同舞台の製作発表会見に出席。
「余命3日」と告げられて腸の手術を行ったことを明かし、体重が20キロ減ったと告白。
「大腸が腐って、腸閉塞を起こして」などと話していた。
代役は重松隆志(41)が務める。
今月30日の通し稽古には今井も出席し、経過などについて直接説明する。
11カ所で15公演を予定したが、このうち7日の仙台、20日の名古屋、30日の那覇の計3公演は中止になる。
彼の愚連隊言葉と下品な下ネタは好きではありませんでしたが、病気となるとやはり心配です。
状況からして、大腸がんが既に転移しているようですが、この場合に抗がん剤は効きません(近藤誠説)。
これ以上手術で体を痛めつけるよりも健やかな最期を迎えるのかは、もちろん本人次第ですが、意識のはっきりしている今だから出来ることをする選択肢もあります。
どちらにせよ、頑張ってほしいものです。
こちらは、闘病を苦にした自殺の様です。
ザ・ワイルドワンズの加瀬邦彦さん自殺、自宅洗面所前で見つかる
サンケイスポーツ 4月22日(水)
GSブームの担い手が自殺-。
名曲「想い出の渚」で知られるグループサウンズ、ザ・ワイルドワンズのリーダー兼ギターで音楽プロデューサー、加瀬邦彦(かせ・くにひこ)さんが21日に死去したことが分かった。
74歳だった。
同日早朝に東京・港区内の自宅で亡くなっているのを家族が発見。
警視庁は自殺とみている。くしくも、敬愛する元ビートルズのポール・マッカートニー(72)が2年ぶりの日本公演をスタートさせた日の悲報となった。
関係者によると21日朝、家族が自宅の洗面所の前で亡くなっている加瀬さんを発見。
捜査関係者は事故と自殺の両面から調べていたが、司法解剖の結果、遺族に自殺と伝えられたという。
加瀬さんは53歳だった1994年、食道がんを患い、食道と胃の3分の2を摘出する大手術を受けた。
それでも不屈の闘志で復活し、2006年に加瀬邦彦&ザ・ワイルドワンズとしてビートルズが1966年に来日公演を行った東京・日本武道館で結成40周年公演を開催。
健在ぶりをアピールした。
しかし昨年、歌手生命に関わる咽頭がんを発症した。
音楽プロデューサーのつんく♂(46)は喉頭がんを患い現在は食道発声法を習得中だが、関係者によると当時、加瀬さんが高校時代にギターを習い、ザ・ワイルドワンズの名付け親となった恩師、加山雄三(78)に相談。
加山は命を優先し、声帯の切除を勧めた。
加瀬さんもつんく♂と同様、手術後は食道発声法を練習していたが、昨年7月に音楽活動の休止を発表した。
捜査関係者によると、喉につけていた呼吸器がふさがった状態だったとの情報がある。
また手術した喉の患部に水が入ると命にかかわるため、加瀬さんが洗面所で患部に水を入れて命を絶った可能性も指摘されている。
甘く切ないメロディーで“和製ビートルズ”と呼ばれるサウンドの原点は、1961年に結成した自身初のバンド、ザ・トップビーツで、後に寺内タケシとブルージーンズに加入。
66年のビートルズ初来日公演でブルージーンズが前座を務めたが、加瀬さんは武道館の観客席から憧れのビートルズに声援を送るため、あらかじめブルージーンズを脱退した。
2007年のサンケイスポーツ取材に対して、加瀬さんは「ビートルズは特別な存在。
音楽のひとつの節目が来たなという感じでした」と明かしていた。
一方、加瀬さんが経営する東京・銀座のライブハウス、ケネディハウスでは月に1度、ワイルドワンズの定期ライブを開催。
加瀬さんはこの1年、出演を自粛していたが、グループとしては今月23日と5月23日に定期ライブを開催予定。
同24日には息子で同所のマネジャーを務める息子の加瀬友貴さんがライブを開く予定だ。
高度成長期の1960年代を中心に数々の青春ソングを生み続け、沢田研二(66)ら多数のアーティストに楽曲を提供してヒット曲を生み出した加瀬さん。
得意とする12弦ギターで奏でるさわやかな音色は、もう戻らない。
声が出ない状態で舞台に立つのは耐えられなかったのかもしれません。
それは、ライブの2日前の自殺ということからも想像できます。
関係者は良かれと思って企画したものなのでしょうが、本人にとっては大きなプレッシャーとなっていたのに違いありません。
合掌。
さらに・・・。
<萩原流行さん>オートバイ事故で死亡
毎日新聞 4月22日(水)
22日午後6時ごろ、東京都杉並区高円寺南の青梅街道上り車線で、俳優の萩原流行(ながれ)さん(62)=本名・萩原光男、杉並区善福寺4=が倒れているのが見つかった。
病院に搬送されたが、約1時間半後に死亡が確認された。
近くにオートバイがあり、警視庁杉並署は萩原さんが運転中に何らかの原因で転倒したとみて、事故の詳しい状況を調べている。
現場は片側3車線で、オートバイは真ん中の車線で倒れていたという。
萩原さんは昨年10月に乗用車を運転中に歩行者と接触して走り去ったとして、自動車運転処罰法違反(過失傷害)などの疑いで先月、書類送検されていた。【神保圭作】
【経歴】
映画やテレビで個性派俳優として活躍した萩原さんは東京出身。
本名は光男(みつお)さん。1982年に劇団つかこうへい事務所に入り、同年つかの戯曲を元に製作された映画「蒲田行進曲」に出演して注目された。
その後も、映画「里見八犬伝」、NHK大河ドラマ「独眼竜政宗」、テレビの旅番組などに出演。
妻で女優のまゆ美さんと近年、夫婦でうつ病と闘った体験を語っていた。
合掌。
さらに、それから・・・。
「砂のクロニクル」で知られる作家、船戸与一氏が死去
産経新聞 4月22日(水)
「虹の谷の五月」「砂のクロニクル」などの作品で知られる作家の船戸与一(ふなど・よいち、本名・原田建司=はらだ・けんじ)氏が22日、胸腺がんのため、死去した。71歳だった。
葬儀・告別式は近親者で行う。
昭和19年、山口県下関市生まれ。
早大法学部卒業後、出版社勤務を経て54年に「非合法員」で作家デビュー。
早大探検部時代から世界各国を放浪して歩いた体験を生かし、海外を舞台にしたスケールの大きな冒険小説に定評があった。
漫画「ゴルゴ13」の原作を手がけたこともある。
平成4年に「砂のクロニクル」で山本周五郎賞、12年に「虹の谷の五月」で直木賞を受賞した。
日本冒険小説協会大賞を計6回、受賞している。
今年3月には、日本ミステリー文学大賞を受賞している。
他の作品に「山猫の夏」、「蝦夷地別件」など。今年2月に、旧満州を舞台に日本の激動の時代を描いた10年がかりの大作「満州国演義」(全9巻)が完結したばかりだった。
合掌。
船戸先生については、明日詳しく。
ただ、1日でこれだけ著名人の死去が続くのも不思議です。
では、4-23生まれの有名人です。
1564年ウィリアム・シェイクスピア (英:詩人,劇作家)、1775年ジョセフ・ターナー (英:画家)、1910年シモーヌ・シモン (仏:女優)、1924年川上宗薫(小説家)、1928年シャーリー・テンプル (米:女優,外交官)、1952年河島英五(シンガーソングライター,俳優)、1954年マイケル・ムーア (米:ジャーナリスト,ドキュメンタリー映画監督『華氏911』)、1976年森山直太朗(シンガーソングライター,森山良子の子)。
おめでとう!
もはやスタンダードですね!
GLADYS KNIGHT Midnight Train to Georgia
「2年縛り」更新月を2カ月に延長
携帯大手3社、改善策示す
SankeiBiz 2015/4/21
携帯電話のいわゆる「2年縛り」契約をめぐり、NTTドコモなど大手3社は20日、無料で契約解除に応じる「更新月」を現在の1カ月間から2カ月間に延長すると発表した。
現行の契約ルールでは、25カ月目以外に解除する際は1万円前後の高額な解約金が発生するため、利用者の不満が根強い。
取り組みを求めていた総務省に対し、各社が一定の改善策を示した形だ。
大手の契約は、端末代金や通信料を割り引く一方、2年間の継続利用と自動更新を前提にしたプランが主流になっている。
3社の新ルールは今年10~12月(ソフトバンクモバイルの「ワイモバイル」は来年1~3月)に導入し、従来の25カ月目に加え26カ月目も無料解約に応じる。
また「『気付かないうちに更新月が過ぎていた』という苦情が多い」(同省)ため、更新月の前月には、各利用者に対するメールでの告知も新たに始める。
利用者にとっては、加入先を無料で変更できる期間が長くなり、料金が割安なMVNO(仮想移動体通信事業者)などのサービスに乗り換えやすくなる。
総務省は携帯各社の競争を活発化させ、高止まりしている料金の低下につなげたい考えだ。
総務省、費用も大事ですが、セキュリティもヨロシク!
では、次の話題です。
ここからの記事は健康関連の内容です。
まずは、超人だと思われているプロレスラーのお話。
彼は巨体にもかかわらず、リング上で飛び回っていました!
殴られ弱いときから知っていたので、強くなってから応援していた選手の一人でもありました。
ノア森嶋が引退発表
糖尿病で試合出場不可能に
血液検査でドクターストップ
デイリースポーツ 4月21日(火)
ノアの元GHCヘビー級王者・森嶋猛(36)が引退することが分かった。
ノアが21日、マスコミ各社へのファクスで発表した。
森嶋は開催中の「グローバル・タッグリーグ戦2015」に北宮光洋(26)とエントリーしていたものの、直前で古傷である右肩腱板損傷、左ひざ内側側副じん帯損傷、左ひじ内側側副じん帯損傷、肘部管症候群を理由に欠場が発表されていた。
この日のノアの発表文では「先に欠場を発表させていただきました通り、多くの負傷箇所を抱えて長年、試合に臨んでいた森嶋選手ですが、血液検査の結果、血液中のヘモグロビンHbA1cの数値が異常に高く、ドクターストップがかかってしまいました」と、森嶋が糖尿病を患っていることを明らかにした。
HbA1cは糖尿病と密接な関係を有するとされる。
その上で、「今後、治療を続けてもノアの最前線で試合をしていくことは不可能との判断から森嶋選手自身が引退という決断に至りました」と、森嶋自身が引退を決断したことを明かした。
ファンに対しては本人から報告、挨拶の場を設ける予定で、その詳しい日時、会場、または引退セレモニーについては今後決めることになる。
森嶋は98年に全日本でデビュー。
00年にノアの旗揚げに参加、力皇(引退)とのコンビで頭角を現し、02年にGHCタッグ王座を奪取。
08年3月には故三沢光晴さんを下し、GHCヘビー級王座を獲得した。
現在はユニット・超危暴軍を率いていた。
森嶋選手、お疲れ様でした!
そして是非、糖質制限ダイエットにチャレンジしてみてください。
さて毎週見ている「木曜ダンディ」で1週間で激ヤセの今井氏をみて、これは再発したな、と思わせました。
今井雅之 大腸がんで主演舞台降板
昨年11月手術「発声に限界」
スポニチアネックス 4月22日(水)
俳優の今井雅之(54)が21日、自身の公式ブログで大腸がんを患い、開腹手術を受けていたことを公表した。
現在も抗がん剤投与を続けている。
5月1日からの主演舞台「THE WINDS OF GOD」(新国立劇場ほか)は降板する。
所属事務所を通じてマスコミ各社にコメントも出し「舞台上での発声に限界があり、お客様に完璧な状態で舞台をお観(み)せすることが出来ないと判断し、舞台出演を断念致しました」と説明した。
事務所側によると、手術を行ったのは昨年11月。
以降は通院治療しながら自宅で療養していた。
今年2月には同舞台の製作発表会見に出席。
「余命3日」と告げられて腸の手術を行ったことを明かし、体重が20キロ減ったと告白。
「大腸が腐って、腸閉塞を起こして」などと話していた。
代役は重松隆志(41)が務める。
今月30日の通し稽古には今井も出席し、経過などについて直接説明する。
11カ所で15公演を予定したが、このうち7日の仙台、20日の名古屋、30日の那覇の計3公演は中止になる。
彼の愚連隊言葉と下品な下ネタは好きではありませんでしたが、病気となるとやはり心配です。
状況からして、大腸がんが既に転移しているようですが、この場合に抗がん剤は効きません(近藤誠説)。
これ以上手術で体を痛めつけるよりも健やかな最期を迎えるのかは、もちろん本人次第ですが、意識のはっきりしている今だから出来ることをする選択肢もあります。
どちらにせよ、頑張ってほしいものです。
こちらは、闘病を苦にした自殺の様です。
ザ・ワイルドワンズの加瀬邦彦さん自殺、自宅洗面所前で見つかる
サンケイスポーツ 4月22日(水)
GSブームの担い手が自殺-。
名曲「想い出の渚」で知られるグループサウンズ、ザ・ワイルドワンズのリーダー兼ギターで音楽プロデューサー、加瀬邦彦(かせ・くにひこ)さんが21日に死去したことが分かった。
74歳だった。
同日早朝に東京・港区内の自宅で亡くなっているのを家族が発見。
警視庁は自殺とみている。くしくも、敬愛する元ビートルズのポール・マッカートニー(72)が2年ぶりの日本公演をスタートさせた日の悲報となった。
関係者によると21日朝、家族が自宅の洗面所の前で亡くなっている加瀬さんを発見。
捜査関係者は事故と自殺の両面から調べていたが、司法解剖の結果、遺族に自殺と伝えられたという。
加瀬さんは53歳だった1994年、食道がんを患い、食道と胃の3分の2を摘出する大手術を受けた。
それでも不屈の闘志で復活し、2006年に加瀬邦彦&ザ・ワイルドワンズとしてビートルズが1966年に来日公演を行った東京・日本武道館で結成40周年公演を開催。
健在ぶりをアピールした。
しかし昨年、歌手生命に関わる咽頭がんを発症した。
音楽プロデューサーのつんく♂(46)は喉頭がんを患い現在は食道発声法を習得中だが、関係者によると当時、加瀬さんが高校時代にギターを習い、ザ・ワイルドワンズの名付け親となった恩師、加山雄三(78)に相談。
加山は命を優先し、声帯の切除を勧めた。
加瀬さんもつんく♂と同様、手術後は食道発声法を練習していたが、昨年7月に音楽活動の休止を発表した。
捜査関係者によると、喉につけていた呼吸器がふさがった状態だったとの情報がある。
また手術した喉の患部に水が入ると命にかかわるため、加瀬さんが洗面所で患部に水を入れて命を絶った可能性も指摘されている。
甘く切ないメロディーで“和製ビートルズ”と呼ばれるサウンドの原点は、1961年に結成した自身初のバンド、ザ・トップビーツで、後に寺内タケシとブルージーンズに加入。
66年のビートルズ初来日公演でブルージーンズが前座を務めたが、加瀬さんは武道館の観客席から憧れのビートルズに声援を送るため、あらかじめブルージーンズを脱退した。
2007年のサンケイスポーツ取材に対して、加瀬さんは「ビートルズは特別な存在。
音楽のひとつの節目が来たなという感じでした」と明かしていた。
一方、加瀬さんが経営する東京・銀座のライブハウス、ケネディハウスでは月に1度、ワイルドワンズの定期ライブを開催。
加瀬さんはこの1年、出演を自粛していたが、グループとしては今月23日と5月23日に定期ライブを開催予定。
同24日には息子で同所のマネジャーを務める息子の加瀬友貴さんがライブを開く予定だ。
高度成長期の1960年代を中心に数々の青春ソングを生み続け、沢田研二(66)ら多数のアーティストに楽曲を提供してヒット曲を生み出した加瀬さん。
得意とする12弦ギターで奏でるさわやかな音色は、もう戻らない。
声が出ない状態で舞台に立つのは耐えられなかったのかもしれません。
それは、ライブの2日前の自殺ということからも想像できます。
関係者は良かれと思って企画したものなのでしょうが、本人にとっては大きなプレッシャーとなっていたのに違いありません。
合掌。
さらに・・・。
<萩原流行さん>オートバイ事故で死亡
毎日新聞 4月22日(水)
22日午後6時ごろ、東京都杉並区高円寺南の青梅街道上り車線で、俳優の萩原流行(ながれ)さん(62)=本名・萩原光男、杉並区善福寺4=が倒れているのが見つかった。
病院に搬送されたが、約1時間半後に死亡が確認された。
近くにオートバイがあり、警視庁杉並署は萩原さんが運転中に何らかの原因で転倒したとみて、事故の詳しい状況を調べている。
現場は片側3車線で、オートバイは真ん中の車線で倒れていたという。
萩原さんは昨年10月に乗用車を運転中に歩行者と接触して走り去ったとして、自動車運転処罰法違反(過失傷害)などの疑いで先月、書類送検されていた。【神保圭作】
【経歴】
映画やテレビで個性派俳優として活躍した萩原さんは東京出身。
本名は光男(みつお)さん。1982年に劇団つかこうへい事務所に入り、同年つかの戯曲を元に製作された映画「蒲田行進曲」に出演して注目された。
その後も、映画「里見八犬伝」、NHK大河ドラマ「独眼竜政宗」、テレビの旅番組などに出演。
妻で女優のまゆ美さんと近年、夫婦でうつ病と闘った体験を語っていた。
合掌。
さらに、それから・・・。
「砂のクロニクル」で知られる作家、船戸与一氏が死去
産経新聞 4月22日(水)
「虹の谷の五月」「砂のクロニクル」などの作品で知られる作家の船戸与一(ふなど・よいち、本名・原田建司=はらだ・けんじ)氏が22日、胸腺がんのため、死去した。71歳だった。
葬儀・告別式は近親者で行う。
昭和19年、山口県下関市生まれ。
早大法学部卒業後、出版社勤務を経て54年に「非合法員」で作家デビュー。
早大探検部時代から世界各国を放浪して歩いた体験を生かし、海外を舞台にしたスケールの大きな冒険小説に定評があった。
漫画「ゴルゴ13」の原作を手がけたこともある。
平成4年に「砂のクロニクル」で山本周五郎賞、12年に「虹の谷の五月」で直木賞を受賞した。
日本冒険小説協会大賞を計6回、受賞している。
今年3月には、日本ミステリー文学大賞を受賞している。
他の作品に「山猫の夏」、「蝦夷地別件」など。今年2月に、旧満州を舞台に日本の激動の時代を描いた10年がかりの大作「満州国演義」(全9巻)が完結したばかりだった。
合掌。
船戸先生については、明日詳しく。
ただ、1日でこれだけ著名人の死去が続くのも不思議です。
では、4-23生まれの有名人です。
1564年ウィリアム・シェイクスピア (英:詩人,劇作家)、1775年ジョセフ・ターナー (英:画家)、1910年シモーヌ・シモン (仏:女優)、1924年川上宗薫(小説家)、1928年シャーリー・テンプル (米:女優,外交官)、1952年河島英五(シンガーソングライター,俳優)、1954年マイケル・ムーア (米:ジャーナリスト,ドキュメンタリー映画監督『華氏911』)、1976年森山直太朗(シンガーソングライター,森山良子の子)。
おめでとう!

もはやスタンダードですね!
GLADYS KNIGHT Midnight Train to Georgia
