ライザップ、いろいろ問題がありそうですね。

RIZAP側が週刊新潮に厳重抗議 
「客とスタッフが危ない」記事撤回求める

 トレーニングジム運営会社、RIZAP(ライザップ)の親会社である健康コーポレーション(東京都新宿区)は11日、この日発売された「週刊新潮6月18日号」に書かれているRIZAPに関する記事の内容が事実と異なるとして、発行元の新潮社に対して厳重に抗議し、記事の撤回と謝罪を求めると発表した。新潮社に対して法的措置を講ずることも検討しているという。

 週刊新潮に『2カ月で37万円「ライザップ」の客とスタッフが危ない!』と題して書かれた記事は、ライザップのトレーニング、減量指導に関して不満を持つ会員が返金交渉で苦慮した話、スタッフが会員にタメ口で適当な助言をして「指導」している話などを織り交ぜ、健康コーポの瀬戸健社長に対するインタビュー記事も添えている。

 この記事に対し、健康コーポ側は

 ▽中吊り広告や記事に「売上げの20%が広告宣伝費で人件費はたった7%」と書かれたが、実際には人件費は22%で、事実と異なる。

 ▽記事に「朝6時に出勤し、閉店まで17時間ぶっ通しで働くこともザラにある」などと書かれているが、直近3カ月の勤務を確認し、こうした事例はなかった。

 ▽記事中に「RIZAPは短い研修で大勢の未経験者をトレーナーにしてしまっており、危険です。以前は研修期間は2週間」と書かれたが、厳しい基準に基づき採用し、1カ月間120時間以上に及ぶ研修もしている。

-などと、逐次反論型で記事について事実と異なるとする点を指摘。
「週刊新潮の記事は、事実と異なる内容を多く含むものとなっております」としたうえで「新潮社が、悪意ある憶測に基づいて事実を歪曲しながら記事を構成し、もって、RIZAPの印象を不当に貶め、RIZAPの信用を著しく傷つけていると言わざるを得ない」としている。

 健康コーポの香西哲雄取締役は「発売日のきょう、すぐに反論を発表した。新潮社との折衝はこれから」と話している。

 RIZAPは2012年2月に1号店を東京都内にオープン。
昨年から今年にかけて、元プロボクサーでタレントの赤井英和さんらを起用した派手なテレビCMを大量に放映している。

1.費用対効果を考慮せず突出した広告宣伝費20%は否定していません、もちろん戦略としてはアリですが費用回収を急激な店舗増で賄おうとすると今回のような問題がでてきます

2.勤務時間をどう解釈するかで見解は違いますが、会員がトレーナーに食事内容や相談を営業時間外に応対した場合は勤務時間には含まれるのか、また直近3ヶ月以上に延長した場合17時間労働のケースはあったのか?

3.2週間の研修期間を力強く否定していますが、1カ月間120時間とは、1日8時間労働とすれば、16日間で2週間とそれほど変わらないのですが・・・

と、まあこの程度の説明では、新潮社に対して裁判ではなく、厳重な抗議に留めたというのも仕方なさそうです。

とはいえ、とりあえず一番やばそうな問題には手をつけたようです。

ライザップ、会則を変更 神戸の適格消費者団体の申し入れ受け
産経新聞 6月18日(木)

 トレーニングジムを運営する「RIZAP」(ライザップ)が「30日間全額返金保証制度」と広告でうたうのは、消費者に誤解を招く恐れがあるとして、神戸市のNPO法人が制度記載の削除を求めた問題で、運営会社の「健康コーポレーション」(東京都)は18日、会則を変更し、いかなる理由でも30日以内なら全額返金に応じると発表した。
新会則の適用は同日付。

 新たな会則では、引っ越しなど会員の自己都合や、プログラムを正しく実施しなかった場合などでも、30日以内であれば全て全額返金の対象とする。
これまでの会則では、全額返金は、会員とトレーナー、ライザップ社の3者で協議し、同社の承認が必要と規定していた。
同社は「実態と形式を合わせるため規定を撤廃した」と説明している。

 NPO法人は5月、広告が景品表示法違反(有利誤認表示)にあたる可能性があるとして、保証制度の記載削除などを求める申し入れ書を同社に送付し、回答を求めていた。

運用実情に合わせて会則を変更するのか、本来の会則の厳格さに合わせた内容にしていくのか、という2者択一の判断を迫られていたわけですが、世間の風当たりが強くなってきたため、後者を選ばざるを得なかったという苦渋の決断が今後の経営にどう影響していくのか興味深いですね。

過去には、駅前留学NOVAという英会話教室が、CMで急成長したものの資金繰りが悪化して(低料金をうたいながらと駅前という一等地への出店にこだわって採算が悪化)倒産した事例があります。

ライザップは、CMで約束している「結果にコミット」⇒今回の規約改正で自己都合でも全額返金になった⇒契約の気軽さから途中解約が相次ぐのでは、と危惧されます。

とりあえず、数回通ってみてライザップ方式を自分のものとし、そのまま退会すれば自分でも十分やれます(やりきれるかどうかはライザップに通う云々よりも最後は自分の意志の問題ですので)。

個人的には、この規約は、「30日以内であれば全て全額返金の対象とするものの、2回以上レッスンを受けた時点での解約は保証金半額を納付すること」という付帯条項をいれないと、今後ひやかし会員を防げないでしょう。

これからの動きにも注目しましょう!

次は、この話題です。

<改正公選法>18歳選挙権が成立 16年参院選から
毎日新聞 6月17日(水)

 選挙権年齢を「20歳以上」から「18歳以上」に引き下げる改正公職選挙法が17日午前、参院本会議で全会一致で可決、成立した。
国政選挙では来年夏の参院選(2016年7月25日任期満了)から、18、19歳も投票できるようになる見通しだ。
1945年に「25歳以上」から「20歳以上」に引き下げられて以来、70年ぶりの改定となる。
若者の政治参加の拡大につなげるためには、学校現場などを通じた「主権者教育」の充実が鍵を握りそうだ。【前田洋平、樋口淳也】

【18歳で実名?】少年法の対象年齢引き下げ議論

 改正法により、約240万人の18、19歳が新たに有権者となり、全有権者の2%強を占める見通しだ。
施行後初の国政選挙が最初の適用対象となり、その後に地方の首長・議員選挙にも順次適用される。
最高裁裁判官の国民審査投票資格も付与される。

 また、改正法で18歳以上の選挙運動も解禁される。
選挙違反については、買収など連座制の対象になるような重大な違反の場合、家庭裁判所が原則として検察官送致(逆送)し、成人と同じ刑事手続きで処罰されることになる。

 国会審議では被選挙権の引き下げを求める声もあったが、今回は現行の「25歳以上」(参院議員と知事は「30歳以上」)が維持される。
20歳が区切りとなる民法の成人年齢や少年法の適用年齢の引き下げについても、付則で「検討を加え、必要な法制上の措置を講ずる」と記された。

 改正法は若年層の政治参加を目指し、今年3月に与野党6党などが共同提出した。
ただ、これまでの国政選での20代の投票率は全体を大きく下回っており、投票率の向上につながるかは不透明だ。
国会審議では、学校教育を通じて若者の意識を高める主権者教育の重要性を指摘する意見が続出。
副教材の作成・配布や、校内での「模擬投票」実施も検討されている。

 国立国会図書館の08年の調査によると、世界189カ国・地域のうち170カ国・地域で18歳までに選挙権が付与されており、提出者の自民党の船田元(はじめ)憲法改正推進本部長は「世界的すう勢だ」としていた。

 改正法は速やかに公布される見通しで、その後1年間の周知期間を経て施行される。
制度の大きな変更である上、選挙人名簿登録などの準備作業に時間を要するためだ。
19日の閣議で公布された場合、来年6月20日以降に公示される参院選で18歳選挙権が初適用される。
投開票が日曜日だとすると「6月23日公示・7月10日投開票」が最も早い権利行使のスケジュールとなりそうだ。
投票日までに18歳を迎える人に選挙権が与えられる。

 ただ、公選法は参院選の投票日を「任期満了の前30日以内」と定めており、投票日が「6月26日」や「7月3日」となると、公示日が改正法施行前の6月9日や16日となる可能性があり、新たな権利の行使は先延ばしとなる。

 ◇改正公職選挙法<骨子>

・衆院選、参院選、地方選の選挙権年齢などを「20歳以上」から「18歳以上」に引き下げ

・公布から1年後に施行

・18歳以上の未成年者が連座制の対象になる重大な選挙違反を犯し、選挙の公正確保に重大な支障を及ぼす場合は原則として検察官送致(逆送)

・民法、少年法などの成年年齢引き下げも検討し、法制上の措置を講じる

権利があるところには、当然責任も伴わなければなりません。

ということで少年法の年齢見直しは同時進行にすべきです。

また、日教組の影響下にある教育現場への対策もきちんとして欲しいものです。

さらに言えば、今の18歳に政治を判断するための知識や学べる時間が確保されるのかどうかが未定のまま見切発車されたことを危惧します。

少なくとも、副読本の準備、課外授業や親子での話し合いなどの期間を確保してしっかりとシミュレーションした後くらいの3年後から始めてもいいんじゃない?

特に急ぐ理由もないし、そんな法案より国民との公約である議員数削減を早くして欲しいものです。

では、気になるこの話題です。

なでしこ 決勝T1回戦相手はオランダ!
独、米、仏とは決勝まで対戦なし
スポニチアネックス 6月18日(木)

 サッカーの女子W杯カナダ大会第10日は17日、1次リーグ最終戦が行われ、決勝トーナメントに進出する16チームが決定。
1次リーグC組を首位で通過したなでしこジャパンは決勝トーナメント1回戦で、A組3位のオランダと対戦することが決まった。
試合は23日午後7時(日本時間24日午前11時キックオフ)にバンクーバーで行われる。

 なでしこは勝ち上がれば準々決勝でFIFAランク7位のブラジルと対戦することが濃厚で、準決勝は開催国で勢いに乗るカナダの可能性が高い。
FIFAランクでなでしこより上位のドイツ、米国、フランスとは決勝まで対戦しない。

 F組ではフランスがメキシコに5―0で大勝。
2勝1敗の勝ち点6で同組首位となり、決勝トーナメント進出を決めた。
イングランドはコロンビアを2―1で下し、得失点差の2位で16強入りを果たした。

 E組は韓国がスペインに2―1で逆転勝ちし、勝ち点4の2位で初の16強進出。
既に1位通過を決めているブラジルはコスタリカを1―0で下して3連勝。
コスタリカは勝ち点2で3位に終わり、1次リーグ敗退となった。

 決勝トーナメント1回戦のそのほかの組み合わせは、中国―カメルーン、米国―コロンビア、ドイツ―スウェーデン、フランス―韓国、ブラジル―オーストラリア、ノルウェー―イングランド、カナダ―スイスとなった。

ここまでくれば、どのチームが来ようが万全の対策をすべきです。

相手チームのクセや弱点、登録選手の把握、1次リーグでの戦いぶりなどもれなく分析した上で、先発布陣によって3パターンくらいの戦略を構築しておくべきです。

がんばれ、なでしこ!

最後に、久しぶりの国会中継で出てきた甘利経産相の白髪頭は一体どうしたことでしょう!?

体の具合が悪いのか、それともTPP交渉が難航しているのかな?

お大事に!

では、6-19生まれの有名人です。

1623年ブレーズ・パスカル (仏:数学者,物理学者,哲学者,圧力・応力の単位Pa(パスカル)の名の由来)、1909年太宰治(小説家『斜陽』『人間失格』)、1945年アウンサンスーチー (ミャンマー:政治家,民主化運動指導者)、1954年キャスリーン・ターナー (米:女優『白いドレスの女』)、1966年伊藤穰一(ベンチャーキャピタリスト,日本のインターネット普及の第一人者)、1985年宮里藍(ゴルフ)。

おめでとう!

こちらも名曲です。
The Rubettes - Sugar Baby Love
まずは、昨日の男子サッカー辛口コメントから。

セルジオ越後がシンガポール戦を斬る!
「選手たちはまるで高校生。猫がネズミに怖気づいた試合だったね」
SOCCER DIGEST Web 6月17日(水)

アジアカップのUAE戦のデジャブかと思ったよ。
動きは重いし、ゆとりはないし、形もひどい。
守りを固めてきたシンガポールを相手にスコアレスドロー。
まあ、なるようになった結果だね。

 シンガポールは明らかに格下の相手。
だからこそ、彼らは日本の実力を認めて、割り切った戦いをしてきた。
守備にあれだけ人数を割かれて、球際にも激しく来られれば、日本も苦戦して当然だよね。

 5日前のイラク戦とは大違いだ。
あまりにもやる気が感じられないイラクが相手なら、日本の選手も上手く見えるけど、“本気”のシンガポールは厳しい相手だった。

 それでも日本は攻め込んで、多くのチャンスを作ったけど、ゴールを割れなかった。
アジアカップのUAE戦のデジャブかと思ったよ。

 今の日本は、思うようにならないと、自分たちで崩れていってしまう傾向にある。難しい状況を打開する力がないんだ。

 監督に言われたこと以上のことができない。
ハリルホジッチ監督の存在感が大きすぎて、みんな怯えながらやっている感じだよね。
言うなれば、部活の怖い顧問に怒鳴られて、萎縮してしまっているのと一緒。

 ハリルジャパンは、まるで高校生のようだ。
怒りにまかせて、監督がベンチの近くでペットボトルでも蹴ろうもんなら、怯えて試合どころではなくなるかもね。

 そんなハリルホジッチ監督が「日本のサッカーを変えた」という声も僕の耳には届いているけど、本当にそうなのか大いに疑問だよ。

「縦に速いサッカー」が取り沙汰されているけど、よく考えてもみてよ。
2次予選の段階では、相手はよほどの強豪でないかぎり、日本をリスペクトして引いて守ってくる。
つまり、ゴール前にスペースなんてないんだ。

 引いた相手に縦に速いサッカーが通用すると思う? 
するわけがないよね。
スペースがなければ、柴崎もマジックなパスを出せない。
シンガポール戦では、ご自慢の縦に速いサッカーが通じないと見るや、急にサイドに展開し出したけど、サイド攻撃なんてこれまでほとんどやってなかったはずだ。

 バイタルエリア付近でのワンツーやミドルといったアイデアもない。
サイドからクロスを入れようとするけど、酒井宏樹のクロスなんて目も当てられない代物だったよ。

もしフットサル日本代表の選手がいれば、3点は取っていたね。

 相手のGKのパフォーマンスは確かに素晴らしかった。
今日は“当たり”の日だったね。
それは認めるけど、シンガポールは勝って当たり前の相手。
それでも、あれだけ網を張られると、日本は余裕がなくなって、時間が断つにつれて、選手の表情も硬くなり、慌て出して……。

 猫がネズミに怖気づく――そんな試合だったね。

 ワールドカップ予選の初戦は難しいと言われるけど、そんなの全然関係ない。
そういう一般論で片づけてはダメ。
公式戦ともなれば、実力が高かろうが低かろうが、みんな真剣になるし、激しく戦ってくる。

 引いた相手を崩せなかったというのは、日本にそれだけのスキルが足りなかっただけの話。
もしフットサル日本代表の選手がピッチに立っていたら、3点は取っていただろうね。

 たくさんシュートを打っていたね。
でも、みんな力み過ぎ。
GKの真正面に飛んだシュートも少なくなかった。
ある意味、日本の攻撃力の乏しさが、相手GKの活躍を後押ししたとも言えるよ。

 本田にしても、長谷部にしても、身体にキレがなくて、フルタイム出場は辛そうだったね。
長谷部なんて、後半は足が止まってミスが目立ちすぎていた。
イラク戦はいわば興行で、そんな試合にベストメンバーで挑んだツケが回ってきたようだね。

 日本のメディアは欧州組とか国内組とか分けたがるけど、両者の間にそれほどの実力差がないことも分かった。
本田だけでなく、岡崎にせよ、香川にせよ、欧州組のほうがむしろ外しまくっていたからね。

 だからといって、国内組が良かったわけではない。
宇佐美は左サイドで孤立していたし、僕の眼にはどこかビクビクしながらプレーしていたように映ったよ。
香川との連係で中に入ってきたりとか、ガンバで見せているような連動性はほとんど見られなかった。

ハリルホジッチ監督の「私のサッカー人生で、こんなことは初めてだ」というコメントは、責任逃れのようにも受け止められるよ。

悲壮感漂う香川の表情を見ていると、気の毒になってくるよ。

 香川にしても、彼にはもう、ゴールを期待するべきではない。
彼にはもう、楽しんでやれと言いたい。
ストライカーではないし、技術はあるんだから、もっとエンジョイすればいいんだ。
シュートチャンスでも、あえて打たないで相手をかわしてもいい。

 どこか悲壮感が漂うあの表情を見ていると、気の毒になってくるよ。

 日本の交代はその香川に代わって、まず大迫が投入された。
その後、原口、武藤がピッチに立ったけど、歴代の日本代表監督が慌てている時のカードの切り方と一緒で、選手をただ入れているだけ。
彼らはなにをすべきか、それが整理されていたとはとても思えないプレーぶりだった。
その意図はまったく伝わってこなかった。

 途中出場の3選手は、見せ場がないに等しかった。
彼らも余裕がなかった。
試合前にはあれだけリズミカルにボールを回しているのに、試合になると出せないのは不思議でしょうがないよ。

 マインツへの移籍が決まった武藤も、なにもなかった。
まだ移籍が決まる前で、エージェントが今日の試合を見たら、ドイツに連れていくのを止めたかもしれないね。

 今回の結果はもちろん、選手交代の采配も含めて、ハリルホジッチ監督の指揮官としての手腕が分からなくなった。

 しかも試合後には「私のサッカー人生で、こんなことは初めてだ」といった趣旨のコメントをしていたけど、自分の実力以外の部分に敗因を求めているのか、この言葉だけを聞くと、責任逃れのようにも受け止められるよ。

 いずれにしても、これが2次予選で良かった。
シンガポールに引き分けたとはいえ、さすがに2次予選は問題なく突破できるだろうけど、これが最終予選だったらと思うと、不安を覚えずにはいられないよ。

香川選手への厳しいコメントは、セルジオ氏だからこそ言える言葉。

また、交替選手が目的意識を持ってピッチに送り出されていたかのかは、セルジオ氏の指摘どおりでしょう。

試合の流れの中での交代枠を含めて、緻密にゲームプランしておくべきですね。

この流れでは武藤選手の裏取り、こうなった場合には原口選手の突破力、など選手の長所と連動させて意思統一をしておくべきです。

高校生レベルの試合といわれてしまったハリルジャパンの巻き返しを期待します。

では、なでしこの試合はどうだったのか?

なでしこOGが見たエクアドル戦 
物足りない1得点も「W杯は甘くない」
スポニチアネックス 6月17日(水)

 ◇女子W杯カナダ大会1次リーグC組 日本1―0エクアドル(2015年6月16日 ウィニペグ)

 W杯連覇のかかるなでしこジャパンが、3連勝で1次リーグ首位通過を決めた。
3試合連続1点差勝利で得点力不足という課題も出る中、かつて代表MFとして2度のW杯に出場し、昨季限りで現役を引退した小林弥生さん(33=日テレ・ベレーザ育成組織アシスタントコーチ)はどう見たのか。
エクアドル戦について聞いた。

 まずは、「全員が試合に出て、勝って、1位で決勝トーナメント進出を決めることが出来たというのが良かった」と左足骨折のため無念の帰国となった安藤も含めたメンバー全員がW杯のピッチを踏んだことを、なでしこOGとして率直に喜んだ小林さん。
エクアドルはカメルーンに6失点、スイスに10失点していたこともあって、大量得点が期待された日本が1点に終わったことについては「決定力という面もあるが、まずはボールを奪われないように大事に回していた印象がある」と前向きに受け止めた。

 1点に終わったことは「物足りない。もっと欲しいとは思う」。
だが、小林さんは「W杯はそんなに甘くない」と続け、エクアドルのチャレンジ精神を称える。
「集中していた。エクアドルにとっては最後の試合になるかもしれない試合。
前回優勝国の日本に対してチャレンジしようという姿勢が見えた。
出場国が前回より増えた今大会は初出場のチームも頑張っている。
世界的な女子サッカー界の底上げということでは意味があること」と大局的に状況を見つめた。

 ◆小林 弥生(こばやし・やよい)1981年(昭56)9月18日生まれ、東京都多摩市出身の33歳。
ボランチからFWまでこなす万能型選手として日テレ・ベレーザひと筋にプレー。
3度の大怪我を乗り越え、2000年に最多得点に輝くなどなでしこリーグ通算223試合に出場し、51得点をマーク。
8度のリーグ優勝、7度の全日本女子選手権大会優勝など数多くのタイトル獲得に貢献した。
女子日本代表としても1999年、2003年と2度のW杯と04年のアテネ五輪に出場し、国際Aマッチ通算54試合12得点。
惜しまれつつ昨季限りで18年間の現役生活に終止符を打った。
現在は日テレ・ベレーザの育成組織アシスタントコーチと、日本サッカー協会が主催する「こころのプロジェクト 夢の教室(ユメセン)」でスペシャルスタッフを務める。

今日の試合も、男子サッカーと同じく膠着した試合内容となりましたが、相手ゴール近くではドリブルでこじ開けようとすべきです。

後半にポジションを代えた鮫島選手などクロスボールを上げることに専念しすぎで、男子の長友選手のような器用さがあるのにもったいない。

また、なでしこの出来は、宮間選手の出来次第ということがよ~くわかりました。

特に後半、宮間選手のパスが雑になった途端、悪い流れに。

一方、今回1次リーグでの収穫は、有吉選手、途中出場の岩淵選手の動きの良さでした。

大野選手の運動量も魅力的ですが、であるなら前半に岩淵選手スタートで、後半の相手がばて気味な時間帯に大野選手というのもアリですね。

男女共に、やはりW杯でのガチンコ勝負は甘くはない、ということですね。

頑張れ、日本サッカー!

では、最後はこんな話題です。

社会科の授業で習う大森貝塚の発見者がなぜ外人だったのか、疑問に思いませんでしたか?

今日はその発見者の誕生日でもありました。

エドワード・シルヴェスター・モース(Edward Sylvester Morse、1838年6月18日 - 1925年12月20日)は、アメリカの動物学者。
標本採集に来日し、請われて東京大学のお雇い教授を2年務め、大学の社会的・国際的姿勢の確立に尽力した。
大森貝塚を発掘した。
日本に初めて、ダーウィンの進化論を体系的に紹介した。
名字の「モース」は「モールス」とも書かれる。

生涯;
メイン州ポートランドに生まれた。高校は入退学を繰り返し、製図工の勤めも長続きしなかったが、13歳ごろから採集し始めた貝類の標本は、学者が見学にくるほど充実していた。
1854年、18歳で博物学協会に入会し、1857年に新種のカタツムリを協会誌上に報告した。

ダーウィンの『種の起源』が出版された1859年から2年余、貝類研究の縁で、ハーバード大学のルイ・アガシー教授の学生助手を務める。
アガシーの教授を受ける中で、アガシーが腕足類を凝軟体動物に分類していたのを疑問に思ったのが、腕足類研究を思い立ったきっかけであった。
アガシーやジェフェリーズ・ワイマン(Jefferies Wyman)の講義を聴き、ワイマンの貝塚発掘にも関係した。
生物学界に人脈も作った。
1863年にエレン・エリザベス・オーウェン(Elen Elizabeth Owen)と結婚。

講演にたけ、その謝礼金が生活を助けた。
1867年、ジョージ・ピーボディ(George Foster Peabody)の寄付を得て、3人の研究仲間とセイラムに『ピーボディー科学アカデミー』(1992年以降のピーボディ・エセックス博物館)を開き、1870年まで軟体動物担当の学芸員を務めた。
1868年、セイラムに終生の家を構えた。

1871年、大学卒の学歴が無いにもかかわらず、31歳でボードイン大学(Bowdoin College)教授に就任し、ハーバード大学の講師も兼ねながら、1874年までボードイン大学で過ごした。
1872年からアメリカ科学振興協会の幹事になった。

日本へ;
進化論の観点から腕足動物を研究対象に選び、1877年(明治10年)6月、腕足動物の種類が多く生息する日本に渡った。
文部省に採集の了解を求めるため横浜駅から新橋駅へ向かう汽車の窓から、貝塚を発見。
これが、後に彼によって日本初の発掘調査が行なわれる大森貝塚である。
訪れた文部省では、外山正一から東京大学の動物学・生理学教授への就任を請われた。
江ノ島に臨海実験所を作ろうとも言われた。

翌月にあたる7月、東大法理文学部の教授に就任。当時、設立されたばかりの東大の外国人教授の大半が研究実績も無い宣教師ばかりだったため、これに呆れたモースは彼らを放逐すると同時に、日本人講師と協力して専門知識を持つ外国人教授の来日に尽力。
物理学の教授には、トマス・メンデンホールを、哲学の教授にはアーネスト・フェノロサを斡旋した。
さらに、計2,500冊の図書を購入し、寄贈を受け、東大図書館の基礎を作った。

そして江ノ島の漁師小屋を『臨海実験所』に改造し、7月17日から8月29日まで採集した。
9月12日、講義を始めた。
9月16日、動物学科助手の松村任三や、生徒であった佐々木忠次郎、松浦佐用彦と大森貝塚を掘り始め、出土品の優品を教育博物館に展示した。
9月24日、東大で進化論を講義し、10月、その公開講演もした。

大学での講義や研究の合間を縫って、東京各地を見物し、日光へ採集旅行もした。
これらの間に、多くの民芸品や陶磁器を収集したほか、多数のスケッチを書き残した。

11月初め、一時帰国した。
東大と外務省の了解を得て、大森貝塚の出土品の重複分を持ち帰ったが、この出土品をアメリカの博物館・大学へ寄贈し、その見返りにアメリカの資料を東大に寄贈して貰うという、国際交流を実行した。

二度目の来日;
1878年(明治11年)(40歳)、4月下旬、家族をつれて東京大学に戻った。

6月末浅草で、『大森村にて発見せし前世界古器物』を500人余に講演し、考古学の概要、『旧石器時代』『新石器時代』『青銅器時代』『鉄器時代』の区分、大森貝塚が『新石器時代』に属することを述べ、出土した人骨に傷があり現在のアイヌには食人風習がないから「昔の日本には、アイヌとは別の、食人する人種が住んでいた」と推論した。
演説会の主催および通訳は、江木高遠であった。
(講演の中の『プレ・アイヌ説』は、考古学の主流にならなかった。)

7月中旬から8月末まで、採集に北海道を往復した。
この間函館にも『臨海実験所』を開いている(矢田部良吉「北海道旅行日誌」鵜沼わか『モースの見た北海道』1991年)。
10月の『東京大学生物学会』(現在の『日本動物学会』)の発足に関わった。
日本初の学会である。

この滞日期には、『進化論』(4回)、『動物変進論』(3回)、『動物変遷論』(9回)の連続講義を始め、陸貝、ホヤ、ドロバチ、腕足類、ナメクジ、昆虫、氷河期、動物の生長、蜘蛛、猿、などに関する多くの学術講義や一般向け講演をした。
江木高遠が主宰した『江木学校講談会』の常任講師であった。
(『動物変遷論』は、1883年、モースの了解のもとに石川千代松が、『動物進化論』の名で訳書を出版した。)

貝塚の土器から興味が広がり、1879年初から、蜷川式胤に日本の陶器について学んだ。
5月初めから40日余、九州、近畿地方に採集旅行をし、陶器作りの見学もした。
1879年7月、大森貝塚発掘の詳報、"Shell Mounds of Omori"を、Memoirs of the Science Department, University of Tokio(東京大学理学部英文紀要)の第1巻第1部として出版した。
ときの東大綜理加藤弘之に、「学術報告書を刊行し、海外と文献類を交換するよう」勧めたのである。
(この中で使われた"cord marked pottery"が、日本語の『縄文式土器』となった。)
1879年8月10日、冑山(現在の熊谷市内)の横穴墓群を調査し、その31日、東京大学を満期退職し、9月3日、離日した。
後任には、チャールズ・オーティス・ホイットマンを斡旋した。

再帰国(1879年9月 - );
この時期、大森貝塚発見報告について、『ネイチャー』誌上でフレデリック・ヴィクター・ディキンズに批判されており、モースはダーウィンに書簡を送り、その結果、ダーウィンの推薦文とモースの記事が『ネイチャー』誌に掲載されている。
1880年7月、古巣の『ピーボディー科学アカデミー』の館長となり、講義講演の活動を続けたが、日本の民具・陶器への執着はやまなかった。

三度日本へ;
1882年(明治15年)(44歳)6月初、家族を残し、日本美術研究家のビゲロー(William Sturgis Bigelow)と横浜に着いた。
東大側は歓迎し宿舎を提供した。
あちこちで講演し、冑山の再訪もしたが、今回は民具と陶器の収集が目的で、民具は、『ピーボディー科学アカデミー』用であった。
大隈重信が、所蔵の全陶器を贈った。

7月下旬から9月上旬まで、フェノロサ、ビゲローらと、関西・中国へ収集・見学の旅をした。
そして武具や和書も集めたのち、1883年2月、単身離日した。

帰国;
離日後、東南アジア・フランス・イギリスを回って収集し、6月ニューヨークに着いた。
集めた民具は800点余、陶器は2900点に上った。

1884年(46歳)、アメリカ科学振興協会の人類學部門選出副会長、1886年、同協会会長となった。
1887年、1888年、1889年にもヨーロッパへ、学会や日本の陶器探しの旅をした。

1890年(52歳)、日本の陶器のコレクションをボストン美術館へ譲渡して管理に当たり、1901年、その目録(Catalogue of the Morse Collection of Japanese Pottery)を纏めあげた。

晩年;
1898年(明治31年)、東京帝国大学(後の東京大学)における生物学の教育・研究の基盤整備、日本初の学会設立などの功績により、日本政府から勲三等旭日章を受けた。
1902年、60歳を越えたモースは、20数年ぶりに動物学の論文の執筆を再開し、1908年に渡米した石川に対しても「私は陶器も研究しているが、動物学の研究も止めない。」と述べるなど、高齢になっても研究に対する執念は尽きなかった。
1913年、75歳となったモースは、30年以上前の日記とスケッチをもとに、『Japan Day by Day(日本語訳題:日本その日その日)』の執筆を開始。
1914年、ボストン博物学会会長となった。
1915年、『ピーボディー科学アカデミー』から改名した『ピーボディー博物館』の名誉会長になった。
1917年、『Japan Day by Day』を書き終えて出版した。
1922年(大正11年)、日本政府から勲二等瑞宝章を受けた。
1923年(85歳)、関東大震災による東京帝国大学図書館の壊滅を知り、全蔵書を東京帝国大学に寄付する旨、遺言を書き直した。
1925年(大正14年)、87歳になってもなお手術後の静養中に葉巻をふかすなど健康だったが、脳溢血に倒れ、12月20日に貝塚に関する論文を絶筆に、セイラムの自宅で没した。
遺言により、脳は翌12月21日にフィラデルフィアのウィスター解剖学生物学研究所に献体され、1万2,000冊の蔵書が東京帝国大学に遺贈された。
遺体はハーモニー・グローヴ墓地(Harmony Grove Cemetery)に葬られている。

死後;
翌1926年(大正15年)、東京人類学会は『人類学雑誌』第41巻第2号でモースの追悼特集を組み、彼の教育を受けた研究者たちの回顧録が掲載された。
大森貝塚が取り持つ縁で、大田区とセイラム市とは、姉妹都市になっている。

人物;
左右の手で別々の文章や絵を描くことができる両手両利きであった。
『Japan Day by Day』に掲載されたスケッチも両手を使って描かれたもので、両手を使うので普通の人より早くスケッチを終えることが出来た。
講演会でも、両手にチョークを持って黒板にスケッチを描き、それだけで聴衆の拍手喝采を浴びるほどであった。
脳を献体するという遺言も、両手両利きに脳が与える影響を研究してほしいというモースの希望によるものである。

家族;
妻エレンとは一男一女をもうけた。
長男ジョン・モースは保険検査などの火災統計の調査官になり、長女イーディスはストーン・アンド・エイディス社の重役で、富豪として著名だったラッセル・ローブに嫁いだ。(ウイッキペディア)

彼の功績は、貝塚発見にとどまらず、旧態依然とした東大のアカデミックな改革(専門知識の少ない宣教師が外人講師枠で幅を利かせていた)の礎を作ったという点でも評価されるべきでしょうね。

彼が何度も来日したのは、日本と日本人が好きだったからに違いありません。

(遺言で蔵書を東大に寄付したり、家族と共に再訪したりはしないでしょう)

それにしても、1度目の来日は約半年、2度目は1年半、3度目は8ヶ月という短期間で日本に残した業績や名声はとてつもなく大きく、勲二等瑞宝章まで授与されていますね。

また車窓から大森貝塚を発見したというのも、すごいですよね!

いや、今まで発見されなかったということのほうがミラクルなのか!?

どちらにせよ、ありがとう、モース!

そして、今日は2代目タイガーマスクだった故三沢選手の誕生日でもあったのですが、奇しくもこんな記事が。

天龍 6年の沈黙破り初激白「三沢光晴の真実」
東スポWeb 6月16日(火)

 11月に引退するミスタープロレス・天龍源一郎(65)が14日、盟友への熱き思いを激白した。
天龍は故三沢光晴さん(享年46)の七回忌メモリアル大会(13日、広島グリーンアリーナ)に出場。
リング上での急逝から6年間、三沢さんの死について無言を貫いてきたが、七回忌を終えた今、故人への思いを初めて明かした――。

 天龍は七回忌メモリアルマッチで高山善廣、小川良成と組み丸藤正道、永田裕志、井上雅央組と対戦。
丸藤と壮絶なチョップ合戦を展開し、故人のクセだった指で汗をぬぐうポーズも披露した。
あれから6年。
天龍は三沢さんの死についてコメントすることは一度もなかった。

 天龍:そうだね。東スポには何も話してないね。
どんなにお悔やみの言葉を申し上げたとしても、言葉の羅列でしかない。
今は思い出として語れるようになった。
それだけのことですよ。

 実は三沢さんに酒を教えたのは天龍だった。
2代目タイガーマスクだった1985年ごろから酒席に誘うようになり、銀座を中心に朝まで連日連夜飲み明かすようになった。
当時天龍35歳、三沢23歳。
年の離れた兄弟のような関係だった。

 天龍:気心が知れたというか、なぜかウマが合った。
いつも(三遊亭)円楽師匠と一緒でね。最初は本当に無口でおとなしいヤツだと思った。
銀座に飲みに行くと、まだ体の線が細かったから、お姉ちゃんたちは「こちらの方もプロレスラー?」と聞くわけだ。
三沢は自分がタイガーマスクだと言いたくて仕方がなくてウズウズしてる。
で、宴もたけなわになったころを見計らって「実はこちらはタイガーマスク」と正体をバラす。
するとお姉ちゃんたちは「キャーッ」と大騒ぎになって、三沢は胸張ってうれしそうにガンガン飲み始める。
それがもうおかしくておかしくて(笑い)。

 三沢さんは88年、真由美夫人と結婚したが、その付き合いは終わることはなく、むしろ勢いを増したという。

 天龍:今こそ奥さんに謝りたい。
結婚したてなのに朝まで引っ張って飲んで申し訳なかった。
というか三沢は一度途中で寝てからまた飲み始めるから、必然的に朝までになったんだけどな…。
どうしても許せないのはその後「当時、飲みに行くと必ず天龍さんがいた」って何かで話していたこと。
後からついてきたのはお前で、呼んだのは俺だ、コノヤロー!

 その後、90年に天龍は全日本プロレスを離れ、三沢も2000年にノアを設立。
05年1月の天龍ノア参戦まで2人の関係はいったん空白の期間を迎える。

 天龍:郷愁の念というか、30代の自分が存在した全日本プロレスの風景を求めて、さまようようにノアに参戦した。
しかしそこにあったのは「ジャイアント馬場の全日本」ではなく「三沢光晴のノア」だった。
そこで俺の中では、ある程度気持ちの区切りがついたんだね。
最後に飲んだのは札幌のすし屋か…(05年6月)。
昔みたいに頭をつかんでシェークして酔っ払わせたら、お付きの若い連中にひんしゅく買いました。

 同年11月の日本武道館大会では約18年半ぶりの一騎打ちが実現。
敗れはしたが、天龍にとってどうしても忘れられない一戦となった。

 天龍:俺はパワーボムを仕掛けたんだが、持ち上がらない。
俺の力が衰えたのか、三沢が踏ん張ってたのか。
「コノヤロー貫禄つけやがって」と腹を立てていたんだが、後で写真を見たら、俺が三沢の足を踏んだまま持ち上げていたんだ。
そりゃ持ち上がるわけないよなあ(笑い)。

 この試合後には首の痛みの悪化を訴えていた三沢さんのために、当時経営していた「鮨處しま田」(東京・世田谷)にカイロプラクティックの先生を呼んで施術を頼んだこともあったという。

 天龍:今でも俺が世話になっている先生を呼んで首を治療してもらったんだ。
「少しは良くなった?」と聞いたら「うーん、まあまあですね」と捨てゼリフ吐きやがってあのヤロー。
つい数日前にその先生に会ったら「あの後、三沢さん何度かいらっしゃいましたよ」と言っていた。
何だよ、効いてたんじゃねえかって。

 11月での引退を決意した今年、くしくも七回忌を迎えた。
今、三沢さんに改めてささげる言葉はあるのだろうか。

 天龍:ない。生きていようが生きていまいが、いまさら何の言葉も必要ない。
俺の一番楽しい青春時代、三沢が一番元気だった時代をともに過ごした盟友だから。
アイツはさっそうと風のように過ぎ去っていった。
今でも心に深く残る。また飲みたいよ。

あたたかくも素敵な関係性ですね。

では、6-18生まれの有名人です。

1838年エドワード・モース (米:動物学者,大森貝塚発見)、1903年レイモン・ラディゲ (仏:小説家,詩人『肉体の悪魔』)、1934年横山光輝(漫画家『鉄人28号』『魔法使いサリー』)、1942年ポール・マッカートニー (英:ミュージシャン(ビートルズ[解散]/ベース))、1948年三田誠広(小説家『僕って何』)、1962年三沢光晴(プロレス)、1971年あいだもも (タレント)。

おめでとう!

とってもクールな名曲です。
George McCrae - Rock Your Baby
まずは、この話題から。

著作権ですので、費用が発生するのは仕方がないのでしょうが、企業参入を促しもう少し価格競争をして欲しいものです。

店でBGMを流したいがJASRACに金を払いたくない場合にはどうしたらよいか
栗原潔 | 弁理士 ITコンサルタント 金沢工業大学客員教授
2015年6月15日

著作権使用料を支払わずにCDや携帯音楽プレーヤー、パソコンなどでBGMを流していた美容室や衣料品店、飲食店に対して、JASRACが使用料支払いなどを求める調停を各地の簡易裁判所に申し立てたというニュースがありました。

1999年の著作権法改正(附則14条の廃止)により、飲食店等でCDをプレイすることも著作権法上の「演奏」として扱われるようになったことから、たとえ自分で買ったCDであっても、店舗でBGMとしてかける場合(=営利目的)には著作権者(=JASRAC)の許諾が必要になっていますので、これはしょうがないと言えます。

営利目的でBGMを流す場合のJASRACの使用料はJASRACのサイトに載ってます。
店舗面積500平米以下の場合は年額6,000円(月額500円)です。
正直、法外に高いということはないと思います。 (出典:JASRAC出典:JASRAC)
それでもJASRACに金は払いたくないという人はいるかもしれません。
お店でBGMを流したい。
しかし、JASRACに金を払いたくないという場合にはどうしたらよいのでしょうか?

一番簡単なのはラジオをそのまま流すことです。
この場合は著作権法38条3項により著作権者の許諾は不要です。

38条3項 放送され、又は有線放送される著作物(放送される著作物が自動公衆送信される場合の当該著作物を含む。)は、営利を目的とせず、かつ、聴衆又は観衆から料金を受けない場合には、受信装置を用いて公に伝達することができる。
通常の家庭用受信装置を用いてする場合を用いてする場合も、同様とする。


この条文の読み方はちょっとわかりにくいですが、

パターン1:放送されている番組を非営利・無料で流している時は許諾不要

パターン2:放送されている番組を通常の家庭用受信装置で流している時は(たとえ営利目的であっても)許諾不要

ということです。

ここで、「通常の家庭用受信装置」がどこからどこまでなのかには議論の余地がありますが、明確な見解はないようです。

なお、細かい話しですが「放送された」著作物ではなく、「放送される」著作物なので、上記はあくまでも放送をそのままリアルタイムで流す場合で、放送をいったん録音した場合は適用されません(そもそもこの場合には複製権の処理が必要になってしまいます)。

ここで、やっかいなのが、インターネットラジオです。
インターネットラジオは「ラジオ」というくらいなので「放送」と思われがちですが、著作権法上は(少なくとも文化庁による解釈上は)「自動公衆送信」です。
なので、38条3項は適用されません。

一部のインターネット・ラジオ業者は業務BGM用の契約形態を提供しており、この場合には、利用者側はJASRACに直接使用料を払う必要はありません(とは言え、インターネット・ラジオ業者に払う料金の中にJASRAC使用料が含まれていることになるので間接的には支払っていることになりますが)。
USEN等の業務向け有線放送の場合も同じです。

JASRACのサイトに利用者側でJASRACへの料金支払が不要な(事業者側が支払ってくれている)インターネット・ラジオ、衛星ラジオ、有線放送事業者のリストが載ってます。
大手のインターネット・ラジオ業者ですと、たとえば、モンスター・チャンネルはこの形態です。

これ以外に、JASRACとのBGM契約が不要な形態として、JASRACのサイトでは「福祉・医療施設や教育機関での利用、事務所・工場等での主として従業員のみを対象とした利用、または露店等の短時間で軽微な利用」が挙げられています(当面免除という位置づけ)。
また、当然ではありますが、既に生演奏やカラオケで演奏権の処理を行なっている店舗ではBGM用に二重払いする必要はありません。

ややこしいですが、いずれにせよ、好みのCDをかけて通常のお店のBGMに使いたいという場合には、残念ながら、JASRACと契約を結んで所定の使用料を払う以外の方法はありません。

ここで、買ったCDをそのままプレイする場合は良いのですが、CD-Rに焼いたり、パソコンにリップしたCD音源をプレイしようと思うと、演奏権だけではなく、複製権の処理が必要になります。
そして、複製権の処理になると著作権者(JASRAC)だけではなく原盤権者(レコード会社等)の許諾が必要になってきますので、現実的には許諾を取るのは困難になります。

私見ですが、営利目的で音楽の著作物を使うのであれば月500円くらいの料金を支払うのはしょうがないと思うのですが、もう少しわかりやすい仕組みにしてくれないものかと思います。

栗原潔:
弁理士 ITコンサルタント 金沢工業大学客員教授
日本IBM、ガートナージャパンを経て2005年より現職、弁理士業務と知財/先進ITのコンサルティング業務に従事、『ライフサイクル・イノベーション』、『オープン・ビジネスモデル』等ビジネス系書籍の翻訳経験多数 IT系のリサーチ、コンサルティングに加えてスタートアップ企業や個人の方を中心にIT関連特許・商標登録出願のご相談に対応しています。

細かい話ですが、運動会で使われるBGMや学校の放送部でかける音楽使用などは教育機関ということで免除されるわけですね。

また、「露天などでの軽微な使用」とは、体育館や公民館で使われる盆踊りや同好会などのダンス集会にも多分適用されるのでしょうね。

続いて、健康関連の話題です。

米研究者が選ぶ「栄養価の高い野菜ベスト10」!
第一位は意外にも・・・2015/6/11 TABI LABO

美容やダイエットに効果アリと、注目が集まる「スーパーフード」ですが、そもそも何を指してスーパーなのかと言えば…、自然界がつくり出す栄養価に優れた植物性の食べもののこと。
おなじみのアサイーやキヌアなどが、その代表のように思われがちですが、じつは普段から私たちが口にしている野菜のなかにも、負けず劣らずの栄養価が高いスーパーフードが存在しているんですよ。

米・ニュージャージー州ウィリアム・パターソン大学の研究者Jennifer Di Noia博士が、もっとも栄養素の含有量が高い野菜・果物41品目を徹底調査しました。
彼女の研究チームが比較対象とした栄養素は、じつに17種類(カリウム・繊維・タンパク質・カルシウム・鉄・チアミン・リボフラビン・ナイアシン・葉酸・亜鉛・およびビタミンA、B6、B12、C、D、E、K)。
これを1日の平均摂取カロリー2,000kcalに置き換えたとき、調査対象の野菜・果物100g内にどのくらいの栄養素が含まれているかを科学的に算出。
その結果がこちら。

41品目中、最下位に甘んじたのはグレープフルーツで10.47ポイント。
これは、100gを摂取した際に得られるビタミンやミネラルを100%としたときに、得られる栄養成分の量がおよそ10.47という計算だそう。
では、10位から順に見ていきましょう。

第10位
カラードグリーン(62.49ポイント)
日本ではあまり馴染みのない野菜ですが、青汁の原料ともなる栄養価の高い野菜。
葉っぱが丸く結球しませんが、キャベツの仲間です。
本場アメリカではベーコンや塩豚と炒めるのが一般的。

第9位
ロメインレタス(63.48ポイント)
シーザーサラダに欠かせないのがこのレタス。
肉厚で食べごたえのある歯ざわりが特徴的です。
玉レタスに比べて栄養価も高いので、サラダにおすすめです。

第8位
パセリ(65.59ポイント)
料理のつけ合わせとしての印象が強いかもしれませんが、底は侮るなかれ。
免疫力を高めたり、豊富な鉄分含有量で貧血を予防するのにもパセリが◎。

第7位
リーフレタス(70.73ポイント)
栄養価が低いと思われがちなレタス類も、れっきとした緑黄色野菜です。
ビタミンCや鉄分、カルシウムを多く含んだ野菜です。

第6位
エンダイブ(73.36ポイント)
ヨーロッパ原産のキク科の野菜。最近は生鮮コーナーにも並ぶこともあり、日本でも徐々に認知度が上がってきました。
高血圧に効果があるとか。

第5位
ほうれん草(86.43ポイント)
いわずと知れた栄養満点野菜も5位止まり。
それでもビタミン、ミネラル、そして鉄分豊富な万能野菜ですよね。
生のままサラダで食すのがおすすめです。

第4位
ビーツ(87.08ポイント)
世界が注目する健康食材ビーツ。
血液の流れを改善するとされる一酸化窒素「NO(エヌオー)」だけでなく、天然のオリゴ糖が腸内環境を改善するのにも役立つそうです。
真っ赤な根の部分ばかりに注目が集まりますが、じつは葉も栄養たっぷり。
さっと炒めてきんぴらにしたり、ナムルがおすすめ。

第3位
スイスチャード(89.27ポイント)
ピンクや黄色の茎が印象的なこの野菜。
スイスチャードには豊富なカリウムが含まれています。
そのため筋肉の緩和や夏バテ予防にも効果的。

第2位
チンゲンサイ(91.99ポイント)
豊富なβカロテンが特徴的なチンゲンサイ。
その量はピーマンの約6倍とも言われています。

第1位
クレソン(100ポイント!)
栄えある第一位はクレソン!
それも満点を獲得するほど、栄養素が豊富な野菜なんです。
βカロテン、カルシウム、カリウム、鉄、ビタミンCと総合バランスの良さもこの野菜の特徴。
肉料理との相性もバッチリですね。

もちろん、クレソンばかりを食べればいいという訳ではありません。
これら上位の野菜をサラダに取り入れるなど、バランス良く摂取することが大切、とDi Noia博士もすすめています。

新しい健康食材が注目されると、すぐに飛びついてしまう人も少なくないはず。
だけど、こうしたいつもの食卓に登場する野菜からも、目に見えないパワーがもらえるんですね。
Licensed material used with permission by mindbodygreen


クレソン、ちんげんさい、ホウレンソウのグリーンサラダが食べたくなりました!

では、日本代表サッカーの結果です。

楽勝かと思いきや・・

ゴール遠く…ハリルジャパン 
W杯予選初戦はまさかの0―0ドロー 
スポニチアネックス 6月16日(火)

 ◇W杯アジア2次予選E組 日本0―0シンガポール(2015年6月16日 埼玉)

 サッカーのワールドカップ(W杯)ロシア大会アジア2次予選E組は16日、埼玉スタジアムなどで行われ、初戦となった日本代表はホームでシンガポール代表と対戦。
日本は序盤から圧倒的に攻めたが、相手の堅い守りを最後までこじ開けられず、0―0のドロー。
アジア地区予選から勝ち上がった過去4度のW杯出場ではいずれも初戦に勝利しており、不安の残るスタートとなった。

 3月に就任したハリルホジッチ監督の下、6大会連続の本大会出場を狙う日本はこれが予選最初の試合。
FIFAランキングは日本が52位で、シンガポールは154位。
過去の対戦成績は日本が20勝1分け3敗と大きく勝ち越している。
日本のスタメンには11日のイラク戦(○4―0)から左サイドバックに長友に代わって太田が入った以外は同じメンバーが名を連ねた。

 前半、日本は圧倒的に攻めながらも、相手の堅い守りを崩し切れず0―0で折り返す。
後半10分、左サイドの太田からのクロスにFW岡崎がヘッドで合わせたが、相手GKの好セーブに阻まれ、こぼれたボールもゴールライン上でクリアされた。

 なかなかゴールをこじ開けられない日本は同16分、MF香川に代わってFW大迫が投入される。
同23分には太田の右コーナーキックに合わせた本田がフリーでヘディングシュートを放ったが、またも相手GKの好セーブに阻まれた。

 日本は同28分にも、本田のFKが左ポストを叩く。
20本を超えるシュートを放ちながらも最後までゴールマウスを割れず。
6大会連続のW杯出場が懸かる日本は無念のドロー発進となった。

 2次予選は8組に分かれて2回戦総当たりで争われ、各組1位と、2位の成績上位4チームの計12チームが最終予選に進む。
日本のW杯予選の次戦は9月3日に埼玉スタジアムでカンボジア代表と対戦する。

ううん、特に香川選手と宇佐美選手のパフォがあまり良くなかった様な気がしました。

途中替えるなら、柴崎選手じゃなくまず宇佐美選手だったのでは?

では、目の肥えたスポーツライターの採点をみてみましょう。

日本対シンガポール。
低調な内容で格下にドロー、ロシアに向け不安な船出【どこよりも早い採点】
フットボールチャンネル 6月16日(火)
一辺倒な攻撃でシンガポールに苦戦

 6月16日、日本対シンガポールの一戦が行われ、0対0で引き分けた。
ハリルジャパンのパフォーマンスはどうだったのだろうか。

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川島永嗣  6  ほとんど守備機会なし。
酒井宏樹  5.5 本田が良く絞るので、そのスペースをもっと使っても良かった。
吉田麻也  5.5 大きなミスはないが、後半簡単に相手にかわされる場面も。
槙野智章  6  攻守に奮闘。ピンチを未然に防ぐ。
太田宏介  6 長友の負傷により急遽先発。宇佐美とのコンビは悪くない。
長谷部誠  5.5 タイミングの良い攻め上がりは攻撃にアクセントを加えていた。
しかし後半は精度の低いパスが多々。
柴崎岳   5.5 イラク戦のような輝きは見られず。オフザボールの動きが悪い味方にも責任はあるが。
香川真司  4.5 三度の決定機を逸する。前に行き過ぎて前線が交通渋滞に。10番の仕事できず。
本田圭佑  5.5 常に中に絞るので前線の交通渋滞を生む。決定機も逃す。
岡崎慎司  5  スペースがない中であまり仕事ができなかった。サイドに流れるなど動きに変化が必要。
宇佐美貴史 5  二度、大事な場面で滑る。消えている時間も多い。

大迫勇也  5.5 入った直後は良かったが、次第に消えた。
原口元気  5.5 動きは良かったが、流れを変えられず。
武藤嘉紀  -  出場時間短く採点不可。

ハリルホジッチ  4.5 ホームで勝ち点3を逃す。

攻撃は前線に人が集中しているため相手も守りやすい。
香川は前へ前へ行き、本田と宇佐美は絞る、岡崎も流れない。
チャンスは作れているようにも見えたがそれはシンガポールが相手だからで、W杯本番でこのような攻撃ではまったく歯がたたないだろう。
セットプレーの精度もことごとく低かった。

相手のシンガポールのパス回しは素晴らしかった!

キーパーの長いパスを自分たちのボールにするのが上手いし、パスコントロールも巧みで容易には奪わせない。

たまに精度を欠いたパスで敵ボールを奪うのがやっとの日本チームでしたが、本来は逆のパターンを期待していました。

そして香川選手は、シュートすべきところでパスしたりと相変わらずチグハグな状況判断でしたね。

次の試合ではスタメン落ちも仕方ないでしょう。

宇佐美選手もなんだかよさがでてませんでした。

あと、DFでは酒井選手のバテ気味な体力が心配です。

まあ、長友選手が腰に違和感があって欠場という状況ではありましたが、だからこそ余計燃えなきゃウソでしょ。

替わりに出たDF太田選手はそつなくこなしていましたね。

もちろんFWは決定力にかけると言う従来からいわれ続けた悪い癖がまたでてきましたので、一番の戦犯であることは間違いありません。

セルジオ氏が今日の試合をなんとコメントするのか、楽しみです。

では、6-17生まれの有名人です。

1917年ディーン・マーティン (米:歌手,俳優)、1920年原節子(女優[元])、1942年ニコラ・トラサルディ (伊:服飾デザイナー)、1943年バリー・マニロウ (米:歌手)、1968年鈴木みのる(プロレス)、1980年ヴィーナス・ウィリアムズ (米:テニス)、1983年二宮和也(タレント,歌手(嵐))。

おめでとう!

ニューヨークハッスルというダンスはこの当時からあったのですね!
VAN McCOY - the hustle (1975)