「サモア語の「sa」と「na」について : 言語学の方の助言」
「アカペラで歌う ロウ セイ オリアナ (Lo'u Sei Oriana) アップテンポ編」
「アカペラで歌いました : ロウ セイ オリアナ (Lo'u Sei Oriana) バラード編」
「『ロウ セイ オリアナ (Lo'u sei Oriana)』の歌詞の解析」
「『ロウ セイ オリアナ (Lo'u sei Oriana)』の歌詞について」
「ポリネシアの歌」
【はじめに】
これまでの幾つかの項で「ロウ セイ オリアナ」の サモア語歌詞について議論してきました。この歌詞は サモア語の文としては複雑なものではなく、「『ロウ セイ オリアナ (Lo'u sei Oriana)』の歌詞の解析」において大部分については正しく解釈できたと思います。しかし、フィナーレとなる最期の数行の中に、まだ確信の持てないところがあります。その部分は最期から二行目で、「アカペラで歌いました : ロウ セイ オリアナ (Lo'u Sei Oriana) バラード編」から抜き出せば、以下の色の付いた部分です。
Tupua ‘oe mai anamua あれから貴方は育まれ来た
Fua mātala o le vao matua 時満ちた実りちちははの(父母の)
Sa teu ai o Sāmoana まもられきた(守られ来た) 宝 サモアの皆の
Lo‘u sei Oriana 私の花オリアナ
最初に サモア語の解析を行ったときには、別の訳文だったのですが、Google 翻訳をきっかけとして再考した結果、この訳文に落ち着いたという経緯があります。どちらが正しいのか、依然としてわかりません。この部分について、お一人の言語学の先生にご意見をお伺いしました。始めにお伺いしたのは「サモア語の『sa』と『na』について」だったのですが、この文 (行) の考え方にもご意見が及びましたので、記録として残させていただきたいと思います。なお、先生の名前を伏せる必要はありませんが、議論においては、お名前を出さないほうが良いと思います。項末に謝辞を書きました。
【これまでの経緯】
この歌の歌詞の解析を最初に行ったのは今年 (2025年) の 2月です。その時の解析結果と 11月の修正を以下に抜粋します。サモア語の場合、例によって、何も書かない場合には辞書 [1] から、「 GBM 」と記述がある場合には辞書 [2] からです。色の着いた部分は 11月の追加分とそれに対する補足です。
Sa teu ai o Sāmoana
sa vp. marking the imperfect and aorist tenses. (11/18 単純な
過去)
sā(GBM) vp. verbal particle which sets a process or action in an
imperfect tense: Pē sā inu Pai ? : Was Pai drinking? (11/26
未完了過去)
na(GBM) vp. sign of the past tense, used frequently when the process
or action is completed. ~ sau 'o ia anamafi: He came
yesterday;
'o lē ~ tūsia lenei tusi: He who wrote this book;
'o le tagata lea na na fasi a'u: It was that man who
(lit. 'who he') beat me. (N.B. In the last sentence "na" is
followed by pronoun "na.") (11/26 単純過去)
teu v. to adorn (飾る), To put in order (整える)
ai a relative particle; as「 'O le togafiti e ola ai (a plan by which
to live)」(関係詞)
Sāmoana Sāmoan -a
-a an affix to some nouns to form adjectives, signifying full of,
abounding in; as, niu, a cocoanut : niua, full of cocoanuts.
(沢山)
Sa teu ai o Sāmoana
サモアの人々の特別な装飾 (貴方はサモアの人々を飾る) (11/19 以下で修正)
その後 ( 11月) の考察を以下に抜粋します。
「歌詞修正のための議論 (11/19) 」
Google サモア語翻訳を試みたところ、次の様になりました。
Fua mātala o le vao matua
Sa teu ai o Sāmoana
⇒
古い森の熟した果実
サモア人はそれを保存した
重要なのは、二行目で「teu」を「保存する」つまり「守る」としていることです。
この面からの考察はしていませんでした。しかし、Google 翻訳が
「teu ai o Sāmoana」を行為「teu ai (それを守る) 」と主格を表す「 'o Sāmoana
(サモアの皆が) 」に分解している所には問題を感じます。確かに、「 'o 」が「 o
と書かれている例は沢山ありますが、上の行の「 o 」を属格を表す助詞としておい
て、下の行ではそれを主格を表す助詞に読み替えるのは不統一です。試みに、代表
的な歌詞をまとめた項「「ロウ セイ オリアナ (Lo'u sei Oriana) 」の歌詞について」
であげられている三つの音源の内で、作者が歌っている 音源 [5] では、今問題にし
ている第二節の箇所は同じ表記をしながら、第三節の二行目では
「 ‘O le fua mātala 」と、主格であることが明示されています。ですから、作者
(の周辺の者) は二行目の「 o Sāmoana 」は属格であると認識していると考えて良い
と思います。そうすると、二行目は「 (サモア人が) サモアの人々のそれを守ってき
た」と解釈されることになります。この様に考えてくると、今問題としている行は
次のように翻訳するのが良いと考えました。
Sa teu ai o Sāmoana
⇒
守られてきた サモアの皆の花は
「歌詞修正のための議論ここまで 」
以上より、「ai o Sāmoana」の解釈が大事であることが分かります。
【言語学の方との意見交換で分かってきたこと】
「『sa』と『na』について」
前項「サモア語の「sa」と「na」について」において、「sa」と「na」の動詞助詞としての役割について議論し、以下のような結論を出しました
「Na」は単純過去時制を表す時に用いられる.
「Sa」は未完了過去時制を表す時に用いられるが、広い意味での未完了過去時制
として、状態を明らかにする動詞の過去時制でも使われる.
先生からは別途以下のようなご教授を頂きました。分かりやすくするために少し手を入れてあります。
Mosel and Hovdhaugen 1992の文法書に「na」と「sa」の違いについて詳しい記述
があります。今回の事例に関係しそうな箇所をご参考までに引用いたします。
The two particles 「sa」 and 「na」 indicate that the reported event took place
at a lime before the moment of the utterance (2つの助詞「sa」と「na」は、
報告された出来事が発話の瞬間より前に起こったことを示します。) :
While 「na」 signifies the temporal limitation of an event and often focuses on
the beginning or the end of a situation, 「sa」 is aspect neutral and only
indicates that the event existed in the past without making reference to its
limitations. (「na」は出来事の時間的制限を意味し、多くの場合、状況の始まり
または終わりに焦点を当てますが、「sa」は中立的な側面を持ち、その制限を参照
せずに出来事が過去に存在したことのみを示します。)
このように、「sa」は単にあるイベントが発話より前に起こったということを表す
と述べています。また時間的な限定を示さないとも述べています。
「Sa」is used in sentences about habitual actions and other customary,
reoccurring events where na usually does not occur. (「Sa」は、習慣的な行動
や、通常「na」が起こらないような慣習的な繰り返しの出来事について述べる文で
使われます。)
習慣的な反復的なイベントで使われるとも述べられています。
これらを見ますと、ご指摘のように、その例文におきましては、「sa」について
「~していた」「~してきた」のような意味で解釈することができるのはと思いま
す。
以上より、今までの解釈は概ね正しいこと、その上で「sa」の特徴的な使い方についてもよく分かりました。
「『Ai o Sāmoana』の解釈」
ここで、先生より補足がありました。
一つ補足でございます。文中の「ai」ですが、ここでは、「それは」というよりも 「それによって」のように解釈する方が良さそうな気がいたします。
このご指摘に対して、「ai」を「それによって」と解釈するなら、次の「o」は主格を表す「'o」を表していることになりますが、その上の行 (【はじめに】参照) の「o」は明らかに「〜の (属格)」を表しているのですから、不統一ではありませんか、と反論いたしましたら、以下の回答を頂きました。
歌の解釈は非常に難しく、究極的には作詞者しか真意を知らないという場合が多く
難題でございます。
Fua mātala o le vao matua
Sa teu ai o Sāmoana
ご指摘のように1行目の「o」は「の」と分析するのが自然と思います。
2行目の「o」は私としては(歌の深い意味や背景等理解しているわけではございま
せんが)「'o」と考えるのが無理がない解釈と思います。「teu」は動詞と考えるの
が自然なので、そうすると、「'o」ということになるかと思います。「ai」は基本的
に「前置詞 ( i ) +代名詞」の役割を果たすと思いますので、「それは」よりは
「それで」「それによって」のようになるのではと考えました。以上は、文法的に
一番シンプルな解釈を考えただけですので、もっと深い意味がある場合には成立し
ないこともあります。
このご指摘は、動詞の後の「o」は主格を表す「'o」と解釈されるのが自然であるということです。このことは Google 翻訳における「o」の扱いと共通します。実は、もう一つ思い当たることがありました。前項「アカペラで歌いました : ロウ セイ オリアナ (Lo'u Sei Oriana) バラード編」で歌詞上の拍の配置を調べた際、
と、「o」の上に拍が来ていたのです。これは「o Sāmoana」で一つのまとまりであることを示すように思いますから、それならばこの「o」は「'o」と解釈するのが良いのかも知れません。
「『 Sāmoana』について」
ここで、更に言及がありました。
もう一点、確証がないので先のメールではお書きしませんでしたが、「Sāmoana」
の意味についても別の解釈があるかもしれません。そもそもこの単語はサモア語辞
書には載っていません。英語の可能性もあると思います。これがもし英語だと
「サモア風のもの、サモアの文化」のような意味の可能性があります。そうすると
ますます2行目の「o」は「'o」のような気がいたします。ただ、これも英語辞書
には載っていないので断言できない所でございます。
それでは「Sa teu ai 'o Sāmoana」はどの様な意味になるとお思いですかと、お尋ねした所、以下の回答を頂きました。
「Sa teu ai 'o Sāmoana」という文の意味でございますが、やはり、「Sāmoana」
の意味がよくわかりません、サモア語辞書には載っていない単語です、英語もしく
は英語的なものではないかと疑っております。「Sāmoana」に「サモアの皆」と
いう意味があるとは、知りませんでした。ちなみに、同じような言葉で
「Hawaiiana」という言葉がありますが、英語の造語で「ハワイ風のもの、ハワイ
文化」という意味で使われていましたので、この「Sāmoana」もそのような単語で
はと思っておりました。
「先生のまとめ」
議論は出尽くしたというご判断で、以下のようにまとめられました。
文法的に一番シンプルな分析を改めてお示しします。
「Teu」は他動詞と考えられます。ご指摘のように、サモア語では他動詞の主語は頻
繁に省略されるので、ここでは主語が省かれていて、「'o Sāmoana」は目的語と解
釈するのが自然と思います。「Ai」は「それで/それによって/等」と解釈するのが自
然と思いますので、「Sāmoana というものが teu された」のような解釈になると思
います。御存じかもしれませんが、この「'o 」は固有名詞に付加するという用法が
あるので、ここはそれだと考えられます。「Teu」には保存する、着飾るなどいろい
ろな意味があります。
【結論】
以上、先生のご指摘は有効であると考えられます。残るのは、「'o Sāmoana」が何を表しているかです。手元にある辞書では接尾辞「-a」についての説明があります。
-a an affix to some nouns to form adjectives, signifying full of, abounding
in; as , niu, a cocoanut: niua, full of cocoanuts. (いくつかの名詞に付い
て形容詞を作る接辞で,「〜でいっぱいの、たくさんある」という意味.
例: niu はココナッツ: niua はココナッツでいっぱい. )
-a(GBM) sfx. Particle occurring with certain bases (e.g. 'afa: afā; tagata: tagatā)
denoting an abundance or plentiful supply of person, animal or thing
denoted by the base. E tagatā le nu'u: There are many people in the
village. (接尾辞. 特定の語基 [例:'afa: afā; tagata: tagatā] に付随する
助詞で, その語基が示す人, 動物, または物の豊富さを表す.
E tagatā le nu'u: 村にはたくさんの人がいます.)
これから考えると、「Sāmoana」として辞書に無いのであれば、「Sāmoan-a, 沢山のサモア人」と考える他なく、「Sāmoana」は「サモアの人々」もしくは「サモア国民」を表すと考えるのが自然のように思います。このことに先生が言及されなかった理由がよくわかりません。ハワイ語にはこの様な「-a」がないので、見落とされた可能性もあります。そうすると、「'o Sāmoana」を「サモアの皆」と考えるのを変更する理由は無い様に思います。
そうすると、「Sa teu ai o Sāmoana」は「Sa teu ai 'o Sāmoana」と考えることにして、「それによって、サモアの皆を飾ってきた」あるいは「それによって、サモアの皆を守ってきた」という解釈になると思います。
( 12/12 先生のご真意は、そもそも「Sāmoan」がサモア語ではないし、「-a」も動詞を作るものですから、当てはまらないという事でした。そうすると、「Sāmoana」とは何かは謎のままになります。)
【おわりに】
「ロウ セイ オリアナ」の バラード編をアカペラで歌う 事に チャレンジした結果、この歌の後半部には アップテンポ編からは予想していなかった盛り上がりがあることを実感しました。この一番盛り上がる歌詞の部分が、実は、文法的に満足の行く解釈が出来ていなかったところでした。その文法上の問題の中で「sa」の意味について塩谷先生にお尋ね申し上げた所、ご親切なアドバイスを頂き、そこから更に不明であった点についてのアドバイスを頂くことが出来ました。ここで問題とされたことは、サモア語の歌を解釈するに当たって遭遇する中の代表的なものに思えましたので、ここに備忘録として掲載します。
【謝辞】
ポリネシアの言語について広く研究を行っておられる 塩谷亨先生、室蘭工業大学理工学基礎教育センター ひと文化系領域 言語科学・国際交流ユニット教授、には「ロウ セイ オリアナ」の サモア語歌詞の解析のための文法上の有益なアドバイスを頂きました。ここに感謝いたします。
[1] George Pratt, A Grammar and Dictionary of the Samoan Language, With English
and Samoan Vocabulary. The London Missionary Society, 1893.
[2] G. B. Milner, Samoan Dictionary, Government of Samoa, 1966.
