【はじめに】
本項には「まえがき」の第四章「 文法用語 (Grammatical Terms)」の第一節「A. 語の種類 (Word classes)」の中の前半を紹介します。文体は、辞書の編集者である ミルナー博士( G. B. Milner ) が語るスタイルにしてあります。
以下の議論において、本文への補足説明としての「脚注」は著者によるもの、「注釈」は素人カメラマンが参考のために書き加えたものです。
【 IV. 文法用語(grammatical terms)】
A. 語の種類(word classes) : 前半
辞書は、文法の断片が内部に列挙され散らべられているに過ぎず、文法書の役割を兼ねるものではありませんし、編者はサモア語文法書を別途出版したいと考えていることもあり、文法に関する情報は必要最小限にとどめられました。それでも、見出し語が形態素(morpheme)である場合には、その下に、具体的な形あるいは文法的な略語の形で情報が示されますので、ここでサモア語の文法について簡単に紹介する必要がありました。
脚注: 形態素(morpheme)とは意味上の最小単位.
今やほとんど当たり前のこととなっていますが、古代ギリシアやローマから実質的に変わることなく受け継がれ、ヨーロッパ諸語の記述において何世紀にもわたって用いられてきた文法的な区分(distinction)は、サモア語が属するオーストロネシア(Austro-nesian)語族のような非ヨーロッパ系言語には適用できない文法的な範疇 (category) に基づいています。
脚注: 範疇(category)とは分類(categorization)によって出来上がった分類表,
あるいは枠組みのことです. 文法書の目次を詳しくしたものと考えても
良いかも知れません. 区分(distinction)とは分類することに重点があり,
範疇に基づいて区分を行うという考え方です.
語の形が、その機能に関わらずに不変のままであり得るような言語においては、従来の基本的で実に不可欠なものとされてきた、例えば名詞や動詞のような概念が、 その説得力や妥当性の多くを失います。その故に、 この筆者は、サモア語において識別される文法的範疇を記述するための、幾つかの用語を導入しました
文法分析のためにサモア語の発話(utterance)は長さや複雑さが異なるいくつかの区分(segment)に分けられ、それらの境界は、休止(pause)、発話強度(stress)、抑揚(into-nation)といった幾つかの様相によって決められます。
脚注: 発話(utterance)は文として意味をなす一つの単位を意味します. 例え
ば, 声明(statement)「雨が降っている」や命令(command)「行け」,
具体的質問(specific question)「それは何ですか」などは比較的短い
発話で, 「最近の天候変化は大きくて大変である」は叙述的(descrip-
tive)な発話です.
脚注: 強度(stress)と抑揚(intonation)は独立した概念ではなく, 強度と声の高
さ(pitch)で抑揚が作られます.
発話は沈黙、つまり、発声(voice activity)が無かったところから始まるか、もしくは、発話と次の発話を区切る休止の後に続く形になります。休止は非常に短いこともあるし、現実の休止ではなく潜在的なものであることもあります。この様に、一時的、あるいは瞬間的、もしくは潜在的な停止に続いて発話が始まります。
脚注: 潜在的な休止とは, 物理的な音声の停止はなくとも, いろんな要因から,
一つの発話が終了して新しい発話が始まったと認められる時の, その区
切りを指すものと思われます.
発話の強度(stress)を分析した結果によれば、サモア語の音節は、第一強勢(primary stress)と呼ぶ一番の強度、そして、第二強勢(secondary stress)と呼ぶ二番目の強度、それから、それらに比べて際立った強度の無い弱い強勢のいずれかで発音されると考えられます。この中で、弱い強勢の音節は、強調されていない、あるいは、無強勢(unstressed)と分類します。全ての発話において、最後から2番目(penultimate)の音節には第一強勢が置かれています。
脚注: 音素(phoneme)と音節(syllable)に付いては前の項をご覧ください.
脚注: ここには書かれていませんが, 発話を区分に分割する際には, 一つの区分
に第一強勢の音節は二つ以上含まれないし, 第一強勢の音節は後述のピー
クという形で区分に含まれるという前提があるものとします.
抑揚の分析によれば、声明や、命令、および具体的質問の発話の大部分は、下降調(falling)という抑揚パターンになります。叙述を目的とする場合には、サモア語がとり得るあらゆる抑揚パターンの中でも、比較的緩やかで、落ち着きがあり、威厳のある、つまり、演説者(orator)が通常用いるような発話スタイルが選ばれて来ました。それらのパターンのなかでも、声の高さ(pitch)が中盤または末尾で顕著に下降するものが、出現頻度の高さで選ばれます。これを「タイプ A」とします。そうしますと、その他の抑揚のパターンは、タイプ A からの変化として分析することが出来ます。
脚注: 声明(statement)と叙述(description)については, 前の注釈参照.
このパターンの主な特徴は、休止や沈黙(発声活動停止)の直前にある2つの音節を発音(articulation)しているときに、声の高さ(pitch)が高から低へと下降することです。発話の最後の音素(phoneme)は常に母音であるため、 発話の最後における高さの降下は発声(voice)の停止に至ることもあり、最後の母音は、時折、有声音(voiced)ではなく囁き声になります。サモア語の抑揚におけるこの特徴、つまり、第一強勢の音節の後に音の高さの低い音節が続いて発話が終了する様相を最終ピーク(final peak)と呼び、最終ピークを含む区分を最終輪郭(final contour)と言うことにします。
脚注: 「Articulation」は「はっきりと(意識的に)声に出す」ということです
から, 用語としては「調音(articulation)」であり, 一般的な状況で使用
する場合には「発音(articulation)」とします.
脚注: 「発声(voice)」とは有声音(voiced)を出すことを意味します.
これまでに用いられてきた基準は、サモア語の発話の開始と終了を画定するのに十分なものです。しかし、発話には、それらの長さや複雑さにおいてはかなりの幅があります。そのため、二音節(disyllabic)からなる感嘆を表す発話に対して、幾つかの異なる区分からなる陳述を目的とする発話を区別すると言ったような、発話どうしを比較して、異なる種類のものを区別するための新たな基準を見つける必要があります。
サモア語の抑揚をさらに分析すると、多音節(polysyllabic)からなる発話は通常、低い声の高さで発音される音節で始まるという一般化ができます。発話中の音節には、第一強勢や第二強勢を持つものがある場合もあります。一見、その様な音節は隣接する音節よりも声の高さが高そうな印象がありますが、より注意深く聞いてみると、そうでは無いようです。
その、あるいは、それらの低く発声された音節の後には、多くの場合、高い、もしくは、中程度に高い声の高さと第一強勢を合わせ持つ音節とその直後のより低い高さで無強勢の音節の組を含む複数の音節が続きます。このような場合、その音節の組における声の高さの低下は発話の最後の二音節ほどには顕著ではなく、その高さは話者の通常の声の高さの範囲の限界までには行きません。最終ピークと最終輪郭に対応して、中間ピーク(medial peak)と言う用語をこの様な音節の組の出現を指すのに用い、中間輪郭(medial contour)と言う用語を中間ピークを含む区分を示すのに用います。
脚注: 後述のように, 中間輪廓には複数の区分を含めることが許されます,
一つの中間ピークには以下の何れかが続く可能性があります。
(i) 1つ以上の、声の高さの低い音節。
(ii) 1つ以上の上昇区分(raised segment)。ここで、上昇区分とは、強勢を持つ音節
とそれに続く無強勢の音節とで声の高さが前から後ろへ幾分低下していく組を
含む、二つ以上の音節からなる区分を指すものとします。その後には、上記 (i)
の様に一つまたは複数の声の高さの低い音節が続いているかも知れません。
(iii) 別の中間または最終ピーク。
<Mo‘omo‘oga o lo‘u agāga 願う思い 僕の心の>
グランド ステージ 2025.3.3, 「モ オモ オガ」より
以下のことを思い起こしましょう。最終輪郭は発話の終わりとの関連で定められ、そして低い高さの音節の連なりが発話の始まりの特徴であることです。
そうであるなら、中間ピークの後に一つ以上の低ピッチの音節が連続しているのを上記の(i)の場合であるとして、中間ピークの終わりを中間輪郭の終わりとみなします。
上記(ii)のように、中間ピークに続いて1つまたは複数の上昇区分が現れる場合、最後の上昇区分を中間輪郭の終わりとみなします。
上記(iii)のように、中間ピークに続いて別の中間ピーク、または最終ピークが現れるなら、最初のピークの終わりを(それを含む)中間輪郭の終わりとみなします。
次に見ていくように、音声的そして韻律的根拠に基づいて特定された要素と、サモア語の文法分析において認識する必要のある形式的な区別との間には、かなり密接な相関関係があります。
脚注: 言語学の側面には以下のようなものがあります.
phonetic(音声的) 音声の発声機構の面から
prosodic(韻律的) 声の高さ, 強さ, 長さ, 抑揚などから
phonemic(音韻的) 音素の観点から
したがって、中間および最終輪郭のある研究によれば、ピークに先行し得て、かつ、幾つかは強勢を伴う声の高さの低い区分は、網羅的に列挙可能で、少数の形態素に分類できることが分かります。これらはアルファ類(alpha category)形態素という名称の下にまとめられ、例えば以下のようなものです:
le, se, si, nai, e, te, ‘ou, ‘ua
脚注: ピークは必ずいずれかの区分に含まれ, ピークに前後するとは, ピーク
を含む区分に前後することを指すものと思われます.
中間ピークの後、 次の輪郭(最後のものが最終輪廓)の始まる前の上昇区分もまた、網羅的に列挙することができ、少数の形態素グループに分類出来ます。これらは「デルタ類形態素」という名称の下にまとめられ、例えば以下のようなものです:
lea, loa, pea, lava
しかしながら、ピークの存在する区分はより複雑で、それらを網羅的に列挙することは、さながら小規模な辞書を書くようなもので、不可能です。それらは次のようなもので構成されます:
(i) 単一の語彙素 (畳語でもよい)で、最後から二番目の音節が高い声の高さで第一強勢を持つ
(ii) 複数の語彙素(畳語でもよい)で、(i) の特徴が最後の語彙素に限られている。
脚注: 語彙素(lexeme)とは, 一般に, 異なる形を持つ語が同じ仲間としてまと
められるときの基本形で, 辞書の見出し語に相当するようなもの.
脚注: 畳語(じょうご, reduplicationl)とは, 単語やその一部(形態素)を繰り返
して作られた語.
さらに、これらの区分は、ベータ類およびガンマ類の二種類の形態素と共に現れ得るという特徴を持っています。
脚注: 後半で述べるように, ベータ類形態素は接頭辞で, 次の様な形態(モーフ,
morph)を含みます.
「 fe-, fa‘a-」
ガンマ類形態素は接尾辞で, 次のような形態を含みます.
「-ina, -ia, -fia, -gia, -lia」
ここで重要なのは、語彙素の後にガンマ類の形態が続く場合、第一強勢と声の高さの上昇は、語彙素ではなく、その形態の所から数えて最後から二番目の音節に現れるという点です。
【おわりに】
「A. 語の種類(word classes)」の前半をお送りしました。後半は次項に続きます。
【付録:「モ オモ オガ」の歌の解析の試み】
スナップ ショットは「モ オモ オガ」の始まりのところです。ちょうど導入の踊りが終わり、これから歌詞の一行目を歌い始めるところです。踊りの伴奏は録音ですので、サモアの方、もしくはサモア語の歌に慣れた方が歌われていると思います。全歌詞はアカペラの項「アカペラで歌う モ オモ オガ (Mo‘omo‘oga o lo‘u agaga)」にあります。この歌の一行目を素材として、前節で議論されていたことを振り返ってみたいと思います。
まず、最初の一繋がりの歌詞の音素を並べてみます。全体の歌の流れから、これが歌の中の一つの区切り、つまり、発話になると思われます。
omo-‘omo‘oŋa_olo‘u_aŋaaŋa
ここで、「-」は少し伸ばしているように思える所、「_」は休止です。声門閉鎖音「‘」は実際には良く分からないのですが、あることは知っていますので、聞き分けられたとして記入してあります。強く聞こえた音素は赤で、特に強く思えたものは太字にしてあります。声の低い音素を青字にしました。休止による明らかな区切りにしたがって、この発話を次の三つの区分に分けたものとします。( [olo‘u] は [o] [lo‘u] とすべきかも知れませんが、今は、区切る根拠が分かりません。)
[omo-‘omo‘oŋa] [olo‘u] [aŋaaŋa]
この中で、赤太字の音素に第一強勢があると考えられます。その他の強勢は第二強勢でしょう。そうすると、一つ目の区分が中間輪廓を形成し、三つ目の区分が最終輪廓を形成します。二番目の区分は、代名詞の所有格はピークを形成しないことがあと出てくることから、中間輪廓ではありません。この区分は声の高さが低い音素で始まっています。この低い音素は中間輪廓がそこまで来ないことを示唆しています。そこで、二番目の区分は最終輪廓に含まれると考えました。輪廓を「<」と「>」で表すことにすれば、結果として、次の構造が得られたことになります。
< [omo-‘omo‘oŋa] > < [olo‘u] [aŋaaŋa] >
中間輪廓 最終輪廓
ここに対応する語(word)を代入すると次のようになりましょうか。
< [o mo‘omo‘oga] > < [ o lo‘u ] [ agāga ] >
願う思い 僕の心の
最初の区分の先頭の「o」は、発話の最初を声の高さの低い音節から始めるために自然に付いたもののようです。最終輪郭も低い音節で終っていますので、叙述的な発話のスタイルになっていると考えて良いと思います。ちなみに、ここには二つの畳語があります。
mo‘omo‘oga = mo‘o + mo‘o + -ga (畳語に接尾辞)
agāga = agaága = aga + ága (「ā」は調音されている)
最後にご注意申し上げたいのは、この様な区分への分割は素人カメラマンが行ったことですので、必ずしも正しくはないかも知れないことです。特に、区分への分割の基準や、輪廓(contour)の構造については「まえがき」では十分な説明がありませんでしたので、かなり粗雑な議論になってしまったかも知れません。
【付録: スナップ ショットについて】
この 2025年 3月 3日の「モ オモ オガ」では、いつもとは異なり、最初に ウアケアさんの方向にカメラを向けさせていただきました。というのも、この方は舞台の端で踊られることが多くて残念に思っていたからです。前の項に書きましたように、「ロウ セイ オリアナ」の様に最初から最後まで真ん中におられるのは、その他では ソロ以外には記憶にありません。「モ オモ オガ」に戻れば、それで、カメラに気付いて、おやッどうしたのという顔をなされたのが丁度 スナップ ショットのところです。このお顔を拝見した時、特に考える必要もないのだと思うのですが、どうしても、他の皆もきちんと撮ってくださいねと言われたように思われてしまいました。もっとも、これは素人カメラマンの舞台撮影に関する考えがこの方のご表情に重ね合わされただけなのかも知れません。
この次にカメラを向けさせていただくのは
Apa‘au e ō le tai taeao 鳥達が羽ばたく 朝の海
Se‘i o‘u lele atu ai i luga o ao 僕も 飛んでいきたい 雲の上を
のところです。この部分の音韻解析もやってみたいと思います。それは後のこととして、まずは、ウアケアさんの踊りのもう一つのシーンもご覧ください。
<鳥達が羽ばたく 朝の海>
グランド ステージ 2025.3.3, 「モ オモ オガ」より
この姿勢の良さ、バランスの良さ、手仕草の粋なこと、ずっと拝見させていただければ他に何もいらないほどに素晴らしいです。この素晴らしさが踊りの愛として多くの方に共有されるような心の通うステージを作ることができれば良いですね。もちろん、ウアケアさんお一人ではなく。

