9/4 日本語の「ん」と英語の「n」の違いと、「Oriana」について追加しました。
【はじめに】
本項には「まえがき」の第三章の「 音韻、発音、および表記法(Phonology, Pronun-ciation, and orthography)」を紹介します。文体は、辞書の編集者である ミルナー博士( G. B. Milner ) が語るスタイルにしてあります。
以下の議論において、本文への補足説明として「脚注」と「注釈」の二種類が出てきます。前者は「まえがき」に著者が書き込んだもの、後者は素人カメラマンが参考のために書き加えたものです。
【 III. 音韻、発音、および表記法】
サモア語の音韻(phonology)構造は比較的単純です。しかし、後で議論するように、この言語には顕著な文体上の階層があり、二つの音韻体系を考慮に入れる必要があるのです。一つは正式な発音(formal pronunciation)、もう一つは口語的な発音(colloquial pronunciation)です。
正式な発音は、子供や学生、そして外国からの訪問者に対して模範とすべきものとして提示され、大多数のサモア人により、古くからの、そして、何と、今ある発音よりも純粋な言語の姿を表していると見なされています。正式な発音は、聖職者、公的な立場にある際の教師(私的な空間では必ずしもそうではない)に用いられ、一般ののサモア人においても、神について話す時、そして、外国人と話す時に頻繁に使われます。
サモア人の大多数は、私的な関係であれ公的な関係であれ、上記のような場合を除き、日常的に口語の発音を用いています。それは、敬意を表す言葉においても演説調のスタイルにおいても決して不自然さを感じさせることなく、実際に、準公式あるいは公式な場においても耳に入ります。にも関わらず、彼等自身の実際の話し方とは無関係に、十分には理解できない理由から、サモア人は正式な発音を良い生まれと良い教育の証と見なし、口語的な発音を粗野で下品なものと見做すのです。口語的な発音を取り入れようという外国人の善意の試みは、 それが誰にも気づかれないほど完璧に成功していない限り、常に不同意とあらゆる手段での翻意の試みに出会うことになります。
こうした点を考慮し、また口語的な発音が従来の表記法(orthography)は反映されないことから、 本書の編者は、記述の基準として正式な発音を採用することにしました。
(a) 子音 (consonants)
正式な発音においては、以下の音素(phoneme)を特定することができます:
3つの無気(unaspirated)無声(voiceless)閉鎖(stop)音:
無気無声両唇(bilabial)閉鎖音 p
無気無声歯茎(alveolar)閉鎖音 t
無気無声声門(glottal)閉鎖音 ‘ (ここでは「逆コンマ」と呼ぶ)
3つの有声音(voiced)の鼻(nasal)音:
有声両唇(bilabial)鼻音 m
有声歯茎(alveolar)鼻音 n
有声軟口蓋(velar)鼻音 g (ŋ)
注釈: ここには便宜上『g』と書かれていますが, 実際には鼻にかかって
「ング」と言う音「ŋ」です. 対して、英語の「g」は 有声軟口蓋
破裂音(voiced velar plosive)です.
2つの唇歯(labio-dental)音:
無声(voiceless)唇歯音 f
有声(voiced)唇歯音 v
1つの明瞭な調音(articulation)を伴う有声(voiced)側面(lateral)音:
有声側面(lateral)音 l (狭前舌(close front)母音「i」の前で弾き
[flapped]音になることがある)
注釈: 調音(articulation)とは, 肺からの呼気の通り道で唇や舌などの器官を
動かし、声道の形を変えて音声を作り出すことです
1つの無声(voiceless)歯茎硬口蓋(alveo-palatal)摩擦(spirant)音:
無声歯茎硬口蓋摩擦音 s (下げた舌先で調音されると見られる)
借用語(外来語, loan-word)に現れる3つの子音
無気無声軟口蓋閉鎖音 k
無声声門摩擦音 h
有声歯茎継続(continuant)音 r
口語的な発音の正式な発音との違い
(i) 無声閉鎖音は、両唇音、軟口蓋音、声門音の3つ
無気無声両唇閉鎖音 p
無気無声軟口蓋閉鎖音 k
無気無声声門閉鎖音 ‘
注釈: 無気無声歯茎閉鎖音「t」が無い.
(ii) 鼻音は両唇鼻音と軟口蓋鼻音の2つ
有声両唇(bilabial)鼻音 m
有声軟口蓋(velar)鼻音 g (ŋ)
注釈: 有声歯茎鼻音「n」が無い.
口語的発音では「t」と「k」の対立、「n」「g」の対立は存在しません。従って、
文脈に応じて「kī」 は「tī」か「kī」、「aga」は「ana」か「aga」を意味します。
(b) 母音(vowel)
五つの母音音素を特定できます。
狭前舌(close front)母音 i
半狭前舌(mid-front)母音 e
広(open)母音 a
半狭後舌(mid-back)母音 o
狭後舌(close back)母音 u
非強勢的な(unstressed)状況では異音的変異(allophonic variation)を生じます。
注釈: 異音的変異とは, ある音素が前後音の影響で異なる発声をされる現象.
例 : 日本語の「ん」
「あんぱん」の最初の「ん」は「m」
「あんた」の「ん」では舌先を歯茎につける「n」
「あんか」の「ん」は喉の奥を閉じた「ŋ」
これは子音の例でしたが, 母音の場合でも, 単語全体の中での位置,
前後の子音, 単語全体での母音の種類などによって, その母音本来
の音から, あるいは発声の仕方からずれることがあり, それらをおし
なべて異音的変異と呼びます.
注釈: 上の注釈にもあるように、日本語の「ん」は英語の「n」とは全く違い
ます。「ん」は前後の音に応じて発声を変化させる特別な音であると
言われているようです。9/4
長母音
母音「a, e, i, o, u」に対して、音声的に長い母音、長母音、は長音記号(macron)
「¯」を付けて、「ā, ē, ī, ō, ū」と表します。これらの長母音は、再調音(reartic-
ulation)による中間拍動(medial pulse)を伴う場合と伴わない場合があります。
注釈: 長母音における再調音による中間拍動(切れ目)とは, 単一の長母音の
発声中に音の強さが変化すること.
母音「ō」が拍動を伴なわない例:
tō 「手を伸ばす、手に入れる」
tōfa 「さようなら」
母音「ō」が拍動を伴う例:
tōga 「上質なマット」〜「toóŋa」の様に発声される
tāne 「夫」
脚注: 「tōga」(‘ie tōga) は「tō」に名詞接尾辞「-ga」が付加されたと考えら
れます.「tāne」(夫)の拍動は, かつて存在していた母音間の子音の名残
であると考えられます. フィジー語では「男」は「tagane」です.
長母音については、音節(syllabic)構造、接合(juncture,切れ目)、高さ(pitch)、強さ
(stress)など、いくつかの点を考慮して、 次のように扱うのが最善であると思われま
す。
注釈: 音節(syllable)は音声のまとまりの単位.
(i) 中間拍動による再調音を伴わない音声的に長い母音は、二つの連続する同一の
母音音素からなる音素群とみなす。それら2つの母音音素は別々の音節に属し、
前の音素が強調される。
(ii) 中間拍動による再調音を伴う音声的に長い母音は、二つの連続する同一の母音
音素からなる音素群とみなされるが、それら2つの母音音素は別々の音節に属
し、後の音素が強調される。再調音拍動は音節の接続、または語の接続による
ものとみなすことが可能。
音声的(phonetic)な観点や表記法の観点を考えないで(脚注参照)、音素(phonemic)構造の観点から見れば、音節は V(owel) または C(onsonant)V として現れます。
借用語にのみ現れる「h」と「r」は別とすれば、サモア語において、全ての子音と母音には発話中の出現に関して何ら制限はないようです。
脚注: 音素的には, 音声的そして表記的に単音節である「tō」は, 2つの音節か
らなる「to-o」として扱われます. 表記的に 2音節の「tōga」は 3音節
「to-o-ga」から成り, 2番目の音節が強調されているとみなされます.
ある音節の語頭にある母音とその前の音節の語尾にある母音が同一で
ある場合, それらは融合され, 音声的には長母音として実現される傾向
があります. 例えば「la‘itiiti, lauulu, feoloolo, agaaga」のような場合,
再調音の拍動はごくわずかであることが多く, 「la‘itīti, laūlu, feolōlo,
agāga」といった表記が一般的に用いられます. しかし, (本書の)著者は
こうした語において前者の表記を用いることを推奨しています.
当初は、本辞典の編纂の機会を捉えて、現行のサモア語表記法に何らかの変更を提案することが望ましいと思われました。慎重な調査の結果、しかし、表記法の改革案は多くの反対を受けることが判明したので、編者はそれらの提案を見送ることにしました。その代わりとして、編者は現行の表記を、更に一貫性を持って用いるよう努めました。
サモアで1世紀以上にわたって用いられ、本書でも概ね踏襲される表記法は、サモア語の音素構造と密接な関係にあります。ただし、二つほど留意すべき点があります。
声門閉鎖音を表す逆コンマ「‘」の使用は散発的であり、かつ往々にして、同じ書き手の同一の手紙や印刷物の中でも、その扱いは一貫していません。あえて何らかの原則を見出すとすれば、次の様です。
(i) 大文字の前では一般に省略される。
(ii) 文脈から判断しても誤解の恐れがある場合には使用される。
例えば 「ulu (頭)」と 「 ‘ulu (パンノキ)」の区別。
<Fua mātala o le vao matua Sa teu ai o Sāmoana
時満ちた実り父母の 守られ来た宝サモアの皆の>
サンライト カーニバル 2025.6.23, 「Lo‘u sei Oriana」より
マクロン(macron) についても同様のことが言えます。マクロンは長母音を表すために用いられます。先に議論したように、一つの長母音は同一の短い母音が2つ連続する構成とみなすことができ、前述の通り、それらは音韻的には別々の音節に属すると考えられます。このマクロンの使用には以下の傾向があります。
(i) 一般に大文字の上では省略される。
(ii) 文脈から判断できたとしても誤解を招く恐れがあるような場合に用いられる。
例えば「tama (少年, 子供)」と 「tamā (父)」の区別。
本書では、逆コンマと同様に、マクロンを一貫して使用するよう努めました。すなわち、音韻的な長さ(音韻論的には母音の重複)の有無が重要な場合には、必ずこれらを用いました。しかし、母音の長音化や声門化は重要ではない形で起きることもあり得るため、この指針で問題が完全に解決できたとはまだ言えません。
ある音韻的に条件の付いた使用状況や、文体レベルでの強調のために用いられる場合、音の長さは意味の区別に関与していないように見えます。例えば:
lenā, lēnā 前者は指示代名詞「that」, 後者も同じ
しかし、一つのの母音の長さの違い(すなわち、母音の重複の有無) によって意味の変わる単語の組、最小対立(minimal pair)はあります。例えば:
matua, mātua 「親」と「親 (複数形)」
i luga, i lugā 「上に」と「更に上に」
malū, mālū 「柔らかい(くなる)」と「冷たい(くなる)」
tuli-ga, tūli-ga 「狩りをする行為」と「狩りに参加する人々」
また、発話の最初の音節が CV型ではなく V型である場合にも、有意ではないものの声門化(「 ‘ 」の付加)が生じます。
【あとがき】
次項では第四章の「 文法用語 (Grammatical Terms)」に入ります。正直に申し上げて、良く理解できていない章です。
【追加 : 付加したスナップ ショットについて】
このシーンは「私の花オリアナ (Lo‘u sei Oriana)」で
Fua mātala o le vao matua Sa teu ai o Sāmoana
時満ちた実り父母の 守られ来た宝サモアの皆の
と踊っておられるところです。ここで「Sa teu ai o Sāmoana」の訳出に随分と時間がかかることになりました。この スナップ ショットが挟み込まれているところで議論されている、「 ‘ 」があるのか無いのか、つまり、「 ‘o 」なのか、あるいは「 o 」なのかです。
この文「Sa teu ai o Sāmoana」の動詞「teu」には「飾る」という意味と「守る、保存する」という意味があります。本来の意味は「大事にしておく」ですが、これから二つの意味が出てきたのです。もう一つ「ai」は前方参照の関係詞です。さて、「 ‘ 」ですが、前者の「 ‘o 」なら、それは主題を表わし、「 ‘o Sāmoana 」で「サモアの人々」あるいは「サモアのもの」を意味し、「teu ai」は「それで飾る」という意味になり、以下のように解釈できます。
Sa teu ai ‘o Sāmoana ⇒ 「sa(過去)」「teu ai (それで飾る)」「サモアの人々」
⇒ 「それがサモアの人々を飾ってきた」
後者の「 o 」なら、それは所有を表し「ai o Sāmoana」で「サモアの人々のそれ」を意味になり、以下のように解釈できます。
Sa teu ai o Sāmoana ⇒ 「sa(過去)」「teu (守る)」「サモアの人々のそれ」
⇒ 「サモアの人々のそれが守られてきた」
このシーンは歌の中で一番に盛り上がるところですので、こちら側の解釈を採ることにしました。補足的な理由付けとしては、第一に「 ‘o 」ではなく「 o 」と書かれていることですが、これはさほど当てにはなりません。第二に「teu」が持つ「飾る」という意味は「大事にしておく」から来ているので、飾る対象は厳密に言えば人ではありません。女性を飾る場合には別の言い方があるようです。英語でも、部屋を飾る場合には「decorate」を使うのに対し、女性を飾る場合には「adorn」を使います。それに、「オリアナが人々を飾ってきた」よりは「サモアの皆のオリアナが守られてきた」の方が言葉としては強いですね。ちなみに、サモア語では「守る」と「守られる」は文法上の違いが(あまり)ありません。これについては次章の終わりの頃に少し触れられます。
( 9/4 「Oriana」は英語からの借用語です。本来は Oriana は花の一品種を指すのですが、サモアでは髪飾りに使う花、もしくは花を模した作り物を「Sei Oriana」と一般に呼んでいるようです。「Sei Oriana」で調べると、たくさん出てきます。)
ウアケアさんは舞台の真ん中でお踊りになるのをあまり好まれないようなのですが、何故かこの「私の花オリアナ (Lo‘u sei Oriana)」に限っては、最初から最後まで舞台の真ん中で踊っておられることが多く、素人カメラマンにとってはとても嬉しいことです。この方の粋な所作が舞台をよく引き締め、サモアの踊りとしてのまとまりを作っています。そして、決めのポーズ。
サンライト カーニバル 2025.6.23, 「Lo‘u sei Oriana」より
まさに、この方あっての「私の花オリアナ」です。この ショットからお分かりのように、決めポーズでは、ウアケアさんは舞台中央の前端ギリギリのところに腰を落ち着けておられます。前の席の中央付近でカメラを構えていますと、目の前数メートルにこの方のお顔が来られます。このシリーズ「KĀMAU!~笑顔のirodori~」の始まったばかりの頃は、この場面ではどぎまぎして正面から ウアケアさんを拝見することが出来ませんでした。それでも、この方の踊りに身が入っていくようになりますと、カメラマンとしての覚悟のようなものも出来、なんとか正面から拝見できるようになりましたが、決めのポーズの後はすぐに「火の踊り(siva afi)」に移ることもあり、シリーズの終わりの頃には、逆にカメラマンの方からこの方をじっと見つめてみたことがあります。最初はこの方の視線は宙を漂うようなことがありましたが、最後の頃には、この スナップ ショットのように、どっしりと落ち着いた決めポーズをされるようになりました。素人カメラマンも気兼ねなく ウアケアさんを真正面から拝見できてとても幸せでした。懐かしくも愛おしい思い出です。

