厄落としの失せ物 | DANCING-IZAのブログ
チャリーン

昨日お財布のファスナーを閉め忘れてて、小銭を数枚道路に落としてしまいました

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ワッと思って下を見たけど、転がって行ったのか 道路の柄に擬態したのか、小銭さんが捜さないでって感じだったので、これはきっと厄落としの失せ物だ~と思い直ぐに諦めて立ち去りました

その辺りはホームレスさんもいらっしゃる場所なので、見付けて使ってくれますようにって願いながら

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さてさて、今日は落とし物と厄のお話をしたいと思います

皆さま、日本には古来より物や小銭を故意に落とす事によって一緒に厄を落とすと言う風習があるのをご存知でしょうか

この風習はお正月から節分までの厄払いの時期に厄除神社等で良く見られます

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IZAは厄年とかは全然気にしない方で 占いもおみくじも良い事だけを信じるタイプなので

33歳の大厄の時も全く気にしていなかったんだけど

同い年の義理の姉がIZAの事をとっても心配してくれて一緒に厄払いに行こうって誘ってくれたので行くことにしました

で、その時の参拝の仕方がとっても素敵だったのでご紹介したいと思います

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西宮にある厄払いで有名な門戸厄神に行ったのですが

鳥居をくぐる前の階段の隅に小さな籠(正確にはプラスチックの入れ物)が置いてありました

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何だか分かりますか

参拝者はここに小銭を入れ(落とし)ながら階段を一段ずつ上って行くんです

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現在は籠が置いてありますが、その昔は階段に直に小銭を落としていたそうです

また、小銭ではなく物を落とすと言う風習の地域もあります

どちらにしても素晴らしい風習ですね

この小銭や物を困っている人が拾ってくれて命を繋いでくれて、そしてその命が巡り廻って自分を助けてくれる

困っている人を通して神様に捧げ物をする

お賽銭箱や泉にコインを投げ込むよりもずっと素敵なやり方ですね(お賽銭箱や泉にコインを入れる事が悪いと言う意味では無いです、良いやり方があり、そしてそれを上回るさらに良いやり方があると言う意味です、又両方必要でもあります、決して汚してはいけない神殿等の聖域では純粋に神様への捧げ物をし、それ以外の場所で困っている人を通して神様に捧げ物をすると行った感じです)

現代は洗脳が進み日本人らしさを失いつつありますが

本来の日本人は優しく慈悲深くとっても思いやりがあるんです

受け継がれている風習をみれば、昔の日本人が街中や山道にある小さな祠にお供え物をしながら 旅人や困っている人がコレを見付けてくれるようにと願った事が見てとれます

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神様にただ犠牲の捧げ物をするだけでは無く その行為が他の人や他の命を救う事に繋がって行く

他の人を救いたいと願う心が生み出した方法

そしてその本質は神様への感謝の捧げ物、そして又罪を購う為の捧げ物です

だからそのまま朽ちたとしても無駄にはならない

厄払いで小銭を落として拾ってくれる人がいなくても神社の方が神様の為に使って下さいます

神様に捧げた物がどのように使われるのかは最終的には神様に委ねるのです

捧げ物だけではなく、全ての行いは神様への行いなのです

ですから部分的なものを見て損得に縛られてはいけない

損をしている様で得をしている事を知って下さい

そして無駄になる事を怖れないで下さい

合理的に考えてるつもりの人間が無駄と思える事も神様の目から見れば無駄では無いのです

昔の日本人は自然に神様の御心に沿う生き方をしていました

日本の風習や伝統の多くは聖書の教えと合致しています

日本人は聖書を知ればその素晴らしい教えが深く理解出来るはずです

皆さま 聖書を読んで下さい

そしてイエスさまの説いたキリスト教の神様との新しい契約を知って下さい