いつもIZAのブログに遊びに来て下さり有難うございます
このブログを通して少しでも聖書に興味を持って下さり そしてご自身で聖書を学び真理を知って人生をより素晴らしいものにして それを周りに広げて行って貰えたら嬉しいなと思います
聖書の真理が広がって行く事が必ず平和に繋がって行くと信じています
しかし『聖書を知らなくても聖書の内容がその心に刻まれている人達がいる』と聖書には記されています
IZAも数人ですがそんな人達を知っています![]()
そういう素晴らしい人
は自分自身が律法ですから 心に従っていれば大丈夫だと思います
でも人生には山あり谷ありですから もし迷った時は聖書に助けて貰って下さいね
IZAのように迷える子羊を救って下さるのが聖書です
今日は基本中の基本キリストとはどう言う意味なのかについて詳しく書きたいと思います![]()
聖書とキリスト教についての説明も交えながら進めさせて頂きますね
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旧約聖書はイエス・キリストの誕生前にヘブライ語で書かれたもので
新約聖書はイエス・キリストの誕生後にギリシャ語で書かれたものです
旧約聖書の中で いつかこの世界を救って下さるメシア(ヘブライ語で救世主と言う意味)が現れると言う予言がされていて
そのメシアがイエス様であると信じた人達の宗教がキリスト教になりました
ですから最初のキリスト教徒は旧約聖書を信仰していたユダヤ教徒で
ユダヤ教の聖典の旧約聖書を信じるからこそキリストを深く信じた訳です
キリスト教徒がユダヤ教徒を信仰の兄と呼ぶのはこう言った経緯があるからです
現在キリスト教の聖典は旧約聖書と新約聖書の内容が一冊にまとめられた聖書で
ユダヤ教は唯一旧約聖書のみを聖典としています(タルムードには主に処世術が書かれています)
『キリスト』とは名前では無くギリシャ語で救世主と言う意味でヘブライ語の『メシア』と同義です
そして『キリスト』も『メシア』もその語源を辿ると油注がれた者と言う意味になります![]()
古代イスラエルでは預言者 祭司 王などの就任式に当事者に油を注ぐ(油を塗るとも言われています)と言う習慣があり
現在でもさまざまな国で重要な式典の際に香油や聖油を塗ったり振りかけたり頭から注いだりすると言う事が行われています
では油注がれた者とはどう言う者なのでしょう
ここに一つの灯火があるとします
ランプの火が消えないように注ぎ入れるのが油です
油はランプの火を燃やし続ける為のエネルギー源です
油が無くなればランプの火は消えてしまいます
火は油が無ければ燃えないのです
燃え盛る火とは命の象徴です
そして命とは生命とは神様から来ています
命の炎を燃やすためには神様のエネルギーが必要です
では神とは何か
聖書に答えがはっきりと書かれています
神とは愛です
ですから私達が生命を維持する為に必要な根本のエネルギー源とは愛なのです![]()
キリストとは
神から油を注がれた者とは
神から愛を注がれた者と言う意味です
イエス様は度々オリーブの木(素晴らしい効能の油が取れる実のなる木)の沢山茂る
ゲッセマネの丘へ神へのお祈りに行っていたと言う事です
そして辛いお話になりますが十字架に磔になる前夜(木曜日)に弟子達と最後の晩餐を終え
最後に神への祈りを捧げに行ったのもオリーブの丘でした
下はゲッセマネの丘で自分の運命に嘆き悲しむイエス様を天使が慰め勇気付けている場面の絵です
オリーブの丘
そこは神の愛の実る丘

