放送から時間が経って、
ちゃんと覚えているつもりでも段々
内容を忘れてきてる
①で、(…②かな?)書いたけど
(…じゃなくて③だったかな!?
確認を億劫がってスミマセン
)
今回は番組見ながらちゃんとメモを取れていなくて
そのためにここまで、
行き当たりばったりな書き方のブログになってしまったけど
最後はこれで締めくくろう、というのだけは
頭の中で大まかにですが予定組んでいたのです
なのに…
その最後に書こうと思っていた事を
…忘れたw
ぇ!?
番組の動画を見直せばいいのだけど
その時間がなかなかとれず
再チェック出来ないでいます
でも段々
放映から時間が経ってしまって
このままうやむやになるのも気持ち悪いので
今思い出せる範囲で
それと新しく知った事も含め
感じた事を少し書いておこうと思います
幸いなのは、
うのさんの発言の記憶も一緒に薄れているので
「ちょっとぉww」と頭に血が上った状態で書かずに済み、
むしろ本質に近付けるかも?
とも思えることです
わからないけど
動物園、
“あったほうがいい!派”の方々は、
映像とは全然違う!
生で見て、時には触れることが、
貴重な体験になる
そんな体験を通して、子供の心に、
動物への興味や愛情や
大事にしようという気持ちが育まれる…
といった主張をしますよね
でも、
そういう言い方には違和感を感じるのです
敢えて動物園で生で間近に見て触れたりしなくても
興味や愛情や大事にする気持ちを育む機会は他にもあります
例えばそういう意味でなら、
絵本や童話の方がずっと効果大に思えます
見たい触れたい、
もし出来れば猛獣の赤ちゃんを抱っこなんかもしてみたい…
それは、学習の機会を想定しているのじゃなく
欲求や好奇心でしかないと思う
可愛い動物を撫でて、
癒されて、楽しい時間を過ごす…
きっと、動物も楽しい筈!
それか、
動物も楽しいかどうかは、正直どっちでもいい
そんなの考えたこともない
そんな、人間側の都合だけの、
ふれあい体験になっていないでしょうか?
それが、本当に、よい情操教育に繋がると
本気で言っていると思えない…
ただ優等生的な付加価値をくっつけて
聞こえを良くしているだけに思えてならない
たとえ、本気で、
「ふれあい体験とは単に楽しむだけでなく、
本当に教育を目的としています!」
と言う人がいたとしても、
ならば尚更、
そんなことのために利用される動物達の境遇を
もっと真剣に考えてほしいのです
動物は人間の為にあるのではない
ということを…
だから、
前にも書いたけれど、例えば
イルカと触れ合いたい!
という興味があるならば、
その興味を打ち消さなくてもいいから
水族館ではなくて、
イルカの本来居る場所へ行って欲しいです
野生のイルカと会える場所がありますよね
水族館ほど手軽には行けないけど
その方がずっと、『本物』です
勿論その場合は、
イルカに迷惑をかけない範囲でなくてはいけないし
本当に会ってくれるかも運次第、
こっちの思うようにはいかないかもしれないけど
本来、「思うようにいく」方がおかしいのです
でもなかなか、
そんな面倒な事をしてまで、
という熱意は起こらない
今現在
普通に動物園や水族館が存在して
それは子供連れで行ける娯楽施設の代表格であり
人間主体で考えれば、癒しと和みの時を過ごせると期待できる、
そんな場所であり…
でもそれがある時たまたま、
劣悪な環境を見てしまってそれで
「可哀想だね…」という実感を得ることがあったとしても、
そうなるその時までは
誰かにどうこう言われても
「でも行きたい」
という人がどうしても大多数なのかもしれない
そこにあるのだから見に行きたい、
子供にもせがまれる、…
でも
もし今から50年とか月日が流れて
その頃に
今ある形での動物園が無くなっていたとして
今のこの議論を昔の事として話すとしたら、
「あの頃は行くのは普通と思っていたけど、今は無くてもいい」
となるのではないでしょうか
そこにあるままで、
「行くな」と言われても難しい面はあるのだと思う
今回、アニマルライツ側で参加してらした先生も、
子供にせがまれると妻の手前連れて行く、ようなこと
おっしゃっていましたよね…
だから仕方ない、と言うのではなくて
この先生のようではなく
疑い無く動物園賛成派の人 であっても、
動物園が今のまま、変わりないとしても
本当にそれでいいのかどうか、
動物が好きだから見たいのですよね
好き、だと、思っているのですよね
でもその「好き」は、本物ですか
自分の都合だけで言っていませんか
というのを、
もっと本気で考えてみて欲しいのです
50年後の動物園がどうなるかを変えて行く責任は
今の時代にあるのではないですか
ちょっと
だらだら長くなりましたが
まだ続きます
この先までどなたも脚を伸ばさないとしても
自分的に止まらない~~
でも、すぐ下のリンク記事は、
是非見て頂きたい記事です
つい先日、
円山動物園で、マレーグマが暴行死させられた事件 です
番組中で、小菅元園長は話されていましたね
「野生の場合近親交配なども起こり得るが
そういった無秩序な繁殖よりも、動物園では、
より良いと思える交配を計画的に行うから優れている」
といったことを
このマレーグマの事例は
どのようにお考えになるのだろう
人間の思惑で
逃げ場もない中で『計画』の為に使われる命
どんなに無念で苦しく辛かったか…
しかも
延々と残酷な情景を来園者に見せるという無神経
もちろん、見せなければいいと言うのではないです!
どちらにしても、
こんなやり方は動物園として、
誇れるような事ではない筈です
この他にも
現に劣悪な環境や待遇の動物園は
実際にあるわけで
にもかかわらず番組では
そうしたことには一言も触れない
(一言ぐらいは触れましたっけ?)
身内側の不備には触れずに
少しでも相手が何か曖昧な事でも言うと
バカにし切った突っ込みを入れることは忘れない
何か
絶滅の危機にあった動物(何か忘れました…蒙古馬?違うかな
?)
を他の地域でどうかして救ったような話がありませんでしたか?
その時誰かが
緯度が同じだからできたのではないか?
とちょろっと言ったら
「緯度!?全然違いますよ!アンタ何言ってんの!?」
みたいなやり取りがあった気がするのですが
…こんな細かい事を、
しかも詳細に自信が無いようなうろ覚えで書いても仕方ないのだけど
とにかく全体通して、
自分は全部正しい!
動物園に何一つ、マイナス要素など無い!
という居丈高な態度が本当に不快で
番組の趣旨としてそうならないのかもしれないけど
動物園側にも改めるべきところは確かにあります、
と何故ならないのか、
自分の園は、
国内の他の園より数段素晴らしいかも知れないけど
そうでない残念な所があると言う事は
どうでもいい事なのか…
それともそういう議論は
実はあったけどカットされてる、のだろうか
また夜中が近付くので
急いで、まとめにならないまとめに向かいますが
ちょっと唐突ですが
小田急ロマンスカーのCMご存知ですか?
地域的に放映されないところがあると思いますが
検索すると出てきます
その、2015夏バージョンとでもいうのか、
家族で温泉旅行中の父親母親と、ふたりの息子がいて、
父と息子は自然の中で遊び、
息子が蝉の抜け殻?を持ってきて見せるのです
すると父親が
「蝉はな、何年も土の中で過ごすんだよ
でもな、
たった1週間しか生きてないんだ」
と教えます
翌朝
朝風呂を浴びる父と息子たち
その時年上の子が言います
「ぼく、もうセミを捕らないよ」
少年の日に、
セミを捕った記憶のある人は少なくないと思う
大方は、高学年~中学にもなれば何時しか、
そうした遊びへの興味も薄れて
自然とセミ捕りから遠ざかると思う
でもこの少年は
まだそんな遊びをしたい盛り
それでも
僅かな時しか生きられないセミの宿命を知って、
自分の興味よりも
セミの一生を尊重する事を決めたのですよね
そして多分、
このCMを見た人は、
静かな共感を覚えると思うのです
でも
つながりませんか?この話
動物園、水族館にも…
見たい、手に入れたい、調べたい、
という欲求よりも、
あるがままに置いて尊重して
共に生きて行くことに
本当は価値を見出していませんか?
















やっと続きを書いたと思えば
またしても
ちゃんとまとまらない(しかも無駄に長い)ままですが
この暑さと
某ストレスとでボロボロなので
これ以上は睡眠を削れません…
すでに赤信号
とりあえず保存して
明日ちゃんと見直して
という手もありますが
もう…
これでUPします。。。
真面目な(真面目なつもり
)記事の後でナンですが
今日私は
実生活で
小さな反乱を起こしました~~
これが凶と出るか
何事も起こらないか
(どう考えても吉とは出ない)
明日の朝わかるでしょう・・・
では
おやすみなさい
お付き合いありがとうございました
ちゃんと覚えているつもりでも段々
内容を忘れてきてる

①で、(…②かな?)書いたけど
(…じゃなくて③だったかな!?

確認を億劫がってスミマセン
)今回は番組見ながらちゃんとメモを取れていなくて
そのためにここまで、
行き当たりばったりな書き方のブログになってしまったけど
最後はこれで締めくくろう、というのだけは
頭の中で大まかにですが予定組んでいたのです
なのに…
その最後に書こうと思っていた事を
…忘れたw
ぇ!?番組の動画を見直せばいいのだけど
その時間がなかなかとれず
再チェック出来ないでいます
でも段々
放映から時間が経ってしまって
このままうやむやになるのも気持ち悪いので
今思い出せる範囲で
それと新しく知った事も含め
感じた事を少し書いておこうと思います
幸いなのは、
うのさんの発言の記憶も一緒に薄れているので
「ちょっとぉww」と頭に血が上った状態で書かずに済み、
むしろ本質に近付けるかも?
とも思えることです
わからないけど
動物園、
“あったほうがいい!派”の方々は、
映像とは全然違う!
生で見て、時には触れることが、
貴重な体験になる
そんな体験を通して、子供の心に、
動物への興味や愛情や
大事にしようという気持ちが育まれる…
といった主張をしますよね
でも、
そういう言い方には違和感を感じるのです
敢えて動物園で生で間近に見て触れたりしなくても
興味や愛情や大事にする気持ちを育む機会は他にもあります
例えばそういう意味でなら、
絵本や童話の方がずっと効果大に思えます
見たい触れたい、
もし出来れば猛獣の赤ちゃんを抱っこなんかもしてみたい…
それは、学習の機会を想定しているのじゃなく
欲求や好奇心でしかないと思う
可愛い動物を撫でて、
癒されて、楽しい時間を過ごす…
きっと、動物も楽しい筈!
それか、
動物も楽しいかどうかは、正直どっちでもいい
そんなの考えたこともない
そんな、人間側の都合だけの、
ふれあい体験になっていないでしょうか?
それが、本当に、よい情操教育に繋がると
本気で言っていると思えない…
ただ優等生的な付加価値をくっつけて
聞こえを良くしているだけに思えてならない
たとえ、本気で、
「ふれあい体験とは単に楽しむだけでなく、
本当に教育を目的としています!」
と言う人がいたとしても、
ならば尚更、
そんなことのために利用される動物達の境遇を
もっと真剣に考えてほしいのです
動物は人間の為にあるのではない
ということを…
だから、
前にも書いたけれど、例えば
イルカと触れ合いたい!
という興味があるならば、
その興味を打ち消さなくてもいいから
水族館ではなくて、
イルカの本来居る場所へ行って欲しいです
野生のイルカと会える場所がありますよね
水族館ほど手軽には行けないけど
その方がずっと、『本物』です
勿論その場合は、
イルカに迷惑をかけない範囲でなくてはいけないし
本当に会ってくれるかも運次第、
こっちの思うようにはいかないかもしれないけど
本来、「思うようにいく」方がおかしいのです
でもなかなか、
そんな面倒な事をしてまで、
という熱意は起こらない
今現在
普通に動物園や水族館が存在して
それは子供連れで行ける娯楽施設の代表格であり
人間主体で考えれば、癒しと和みの時を過ごせると期待できる、
そんな場所であり…
でもそれがある時たまたま、
劣悪な環境を見てしまってそれで
「可哀想だね…」という実感を得ることがあったとしても、
そうなるその時までは
誰かにどうこう言われても
「でも行きたい」
という人がどうしても大多数なのかもしれない
そこにあるのだから見に行きたい、
子供にもせがまれる、…
でも
もし今から50年とか月日が流れて
その頃に
今ある形での動物園が無くなっていたとして
今のこの議論を昔の事として話すとしたら、
「あの頃は行くのは普通と思っていたけど、今は無くてもいい」
となるのではないでしょうか
そこにあるままで、
「行くな」と言われても難しい面はあるのだと思う
今回、アニマルライツ側で参加してらした先生も、
子供にせがまれると妻の手前連れて行く、ようなこと
おっしゃっていましたよね…
だから仕方ない、と言うのではなくて
この先生のようではなく
疑い無く動物園賛成派の人 であっても、
動物園が今のまま、変わりないとしても
本当にそれでいいのかどうか、
動物が好きだから見たいのですよね
好き、だと、思っているのですよね
でもその「好き」は、本物ですか
自分の都合だけで言っていませんか
というのを、
もっと本気で考えてみて欲しいのです
50年後の動物園がどうなるかを変えて行く責任は
今の時代にあるのではないですか
ちょっと
だらだら長くなりましたが
まだ続きます
この先までどなたも脚を伸ばさないとしても
自分的に止まらない~~
でも、すぐ下のリンク記事は、
是非見て頂きたい記事です
つい先日、
動物の解放
さんのブログで知りました円山動物園で、マレーグマが暴行死させられた事件 です
番組中で、小菅元園長は話されていましたね
「野生の場合近親交配なども起こり得るが
そういった無秩序な繁殖よりも、動物園では、
より良いと思える交配を計画的に行うから優れている」
といったことを
このマレーグマの事例は
どのようにお考えになるのだろう
人間の思惑で
逃げ場もない中で『計画』の為に使われる命
どんなに無念で苦しく辛かったか…
しかも
延々と残酷な情景を来園者に見せるという無神経
もちろん、見せなければいいと言うのではないです!
どちらにしても、
こんなやり方は動物園として、
誇れるような事ではない筈です
この他にも
現に劣悪な環境や待遇の動物園は
実際にあるわけで
にもかかわらず番組では
そうしたことには一言も触れない
(一言ぐらいは触れましたっけ?)
身内側の不備には触れずに
少しでも相手が何か曖昧な事でも言うと
バカにし切った突っ込みを入れることは忘れない
何か
絶滅の危機にあった動物(何か忘れました…蒙古馬?違うかな
?)を他の地域でどうかして救ったような話がありませんでしたか?
その時誰かが
緯度が同じだからできたのではないか?
とちょろっと言ったら
「緯度!?全然違いますよ!アンタ何言ってんの!?」
みたいなやり取りがあった気がするのですが
…こんな細かい事を、
しかも詳細に自信が無いようなうろ覚えで書いても仕方ないのだけど
とにかく全体通して、
自分は全部正しい!
動物園に何一つ、マイナス要素など無い!
という居丈高な態度が本当に不快で
番組の趣旨としてそうならないのかもしれないけど
動物園側にも改めるべきところは確かにあります、
と何故ならないのか、
自分の園は、
国内の他の園より数段素晴らしいかも知れないけど
そうでない残念な所があると言う事は
どうでもいい事なのか…
それともそういう議論は
実はあったけどカットされてる、のだろうか
また夜中が近付くので
急いで、まとめにならないまとめに向かいますが
ちょっと唐突ですが
小田急ロマンスカーのCMご存知ですか?
地域的に放映されないところがあると思いますが
検索すると出てきます
その、2015夏バージョンとでもいうのか、
家族で温泉旅行中の父親母親と、ふたりの息子がいて、
父と息子は自然の中で遊び、
息子が蝉の抜け殻?を持ってきて見せるのです
すると父親が
「蝉はな、何年も土の中で過ごすんだよ
でもな、
たった1週間しか生きてないんだ」
と教えます
翌朝
朝風呂を浴びる父と息子たち
その時年上の子が言います
「ぼく、もうセミを捕らないよ」
少年の日に、
セミを捕った記憶のある人は少なくないと思う
大方は、高学年~中学にもなれば何時しか、
そうした遊びへの興味も薄れて
自然とセミ捕りから遠ざかると思う
でもこの少年は
まだそんな遊びをしたい盛り
それでも
僅かな時しか生きられないセミの宿命を知って、
自分の興味よりも
セミの一生を尊重する事を決めたのですよね
そして多分、
このCMを見た人は、
静かな共感を覚えると思うのです
でも
つながりませんか?この話
動物園、水族館にも…
見たい、手に入れたい、調べたい、
という欲求よりも、
あるがままに置いて尊重して
共に生きて行くことに
本当は価値を見出していませんか?
















やっと続きを書いたと思えば
またしても
ちゃんとまとまらない(しかも無駄に長い)ままですが
この暑さと
某ストレスとでボロボロなので
これ以上は睡眠を削れません…
すでに赤信号

とりあえず保存して
明日ちゃんと見直して
という手もありますが
もう…
これでUPします。。。
真面目な(真面目なつもり
)記事の後でナンですが今日私は
実生活で
小さな反乱を起こしました~~
これが凶と出るか
何事も起こらないか
(どう考えても吉とは出ない)
明日の朝わかるでしょう・・・
では
おやすみなさい
お付き合いありがとうございました