もっと目覚めていかなきゃ
もっと波動を上げなきゃ
もっとエゴを手放さなきゃ
もっと意識的に選択しなきゃ
もっと精神的に成長しなきゃって
長いことスピリチュアルやってきたので、
そういうことをずっと努力してきたの。
これらをクリアしたら完璧に自分も愛せて豊かになって、
地球ももっと平和になるってすごく信じてて。
でも、自分的にやりきった末に思うのは、
終わりはないということ。
最近、いよいよ二極化して、それぞれ向かう方向が分かれるとか
急がないと列車に乗り遅れるとか言われてるね。
ちょうど秋分だけど、季節の節目の度に
「この変化のためにこれをやっておかなきゃ」
って言葉とかよく聞かれるようになったりして、
焦らされる人もいるのでは?
でも、もっと良くなろう、もっと手放していかないとって焦れば焦るほど、
「今ここ」から外れていくんだよ。
むしろ、それって分離じゃない?
例えば、この先ある日突然、
「地球の皆さん、もう完全に目覚め終えたのでゴールですよ」
なんて言ってくれる人とかっているのかな?
いや、たぶんいないと思うんだよ。
たとえ、今よりも格段に未来が良くなったとしても、
自ら何かしら足りない理由を見つけては、
理想を追い求め続けていくような状況をつくると思うんだ。
それは一見、より理想の自分になろうとする美しい生き方だと思わせる。
でも、実は、そこに潜んでるのは欠乏感だったりする。
今は違うけど、未来はきっと…って。
別にスピリチュアル批判をするつもりは全くないのよ。
決して、今すぐにすべての努力を捨てて下さいって言ってる訳ではないし。
どちらの考えが正しいか間違ってるかって話ではないからね。
その判断をし始めると、また正しさを追い求めることの繰り返しになってしまう。
ただ、今まで経験したことないような楽園のような未来が待ってる、的な、
理想を持って努力していくのも別にいいんだけどね、
今この瞬間は疎かになってないかな?
根底にいつもどこか何か欠けてるという感覚があるっていうのは、
人間全般のクセみたいなもので。
当たり前すぎて、どこか欠けてて居心地悪いって分かっていない人の方が多いよ。
それはスピリチュアルな考えの人であろうと、現実的な考えの人であろうと、全く同じ。
何を得ても居心地悪いから、常に何か別の者になろうとして、今ないものを掴もうと苦しむ。
でも、ずっと望んでいた世界、努力しないとたどり着けないと思っていた世界は、
ホントは常に今ここにあるんだよ。
くつろいで、ゆるんでる気分の中に。
それは、現実の成果の中だけにあると思っていたら
見えては来ない世界かもしれない。