M4 無限定Punking 青木奏莉 | Dance Unit W+I&S ~慶應義塾大学SFC 公認ダンスサークル~

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慶應義塾大学公認サークル Dance Unit W+I&S のブログです!

お疲れ様です!24春公演にて無限定Punkingを創作させていただいております,青木奏莉です☺️

このようなブログを書く機会をくださり、ありがとうございます。大変光栄です✨

 

ではでは,初ブログということで,,!まずは自己紹介から!!

2005年7月16日,ポカポカあたたかいお昼14時に北海道札幌市で生まれました,青木奏莉(かなり)です!

かなりって”かなり”珍しいですよね〜w w w同じ名前の人にまだ出会ったことないのでもし他のかなりって人を知ってたら教えてくださいw

名前って一番のアイデンティティだと思ってて,私の場合は本当に自分しか持っていない(であろう)名前なのでとってもとーっても気に入ってます!

どぅぶで名前呼んでくれるときもわかりやすくて幸せです(ひまりと似てるが笑)

総じて、この名前にすごく誇りを持っています。まずは両親に感謝ですね。(それにしてもどぅぶって珍しい名前の人多いですよね、てりはとかさねみとか)

 

話は脱線しましたが,生まれてから3年ほどは北海道で生活をし,父の転勤&私の幼稚園入園のタイミングで横浜に引っ越してきました。そこから何回か引っ越しをしましたがずっと横浜市内での引っ越しで今は綱島(日吉の隣)の方に住んでます!なので北海道生まれ,横浜育ちって感じですね!

身長はなんと大学3年生になって初めて150を超えましたわーいw w w

(ちなみに、証明面談で私ソロだしのところを話しているときに井口さんに,『当てるのむずそう,ちっちゃいからね』と言われましたw)

家族構成としては高校一年生の弟と今年7歳になるわんこがいます🐶名前はアー写のコレオ説明にもあったんですけど、はるちゃんです!正式には春斗です!笑

ちなみにはるちゃんの写真はMのグルのホーム画面にしているのでコマ生のみんなはぜひみてみてね〜

ダンスはクラシックバレエを3歳,それこそ北海道にいた時期からやっていて,高校生まで続けていました!ストジャンは大学始まりです😤

他にも中高ではミュージカル部に所属していて,そこでも人前で何かしらをやっていましたね〜🎤演技とか、歌いながら踊ったりとか,,,,

こう考えるとどうやら私の人生にステージとダンスはなくてはならないみたいです😉

 

自己紹介はこれくらいにしまして、

それでは,今回のMの紹介をします!!無ぱんは三曲構成になっていて、私は二曲目と三曲目一部を創作させていただきました!!

ここでは二曲目について説明していこうと思います。

使用曲はKyoto Jazz MassiveさんのKudu(Re-Work)です🎶

この曲には大体一年前,?くらいに出会って,最初の音を聞いた瞬間に『なんだこれかっけえええ!!ぜぇぇっっったいにこれでやりたい!!!』って僅か3秒聞いただけで心に決めちゃいましたw ただ,そうは言ったもののフリ作るのむずそうだなと思って似たような曲を探していたのですが,結局私の心をかき乱すくらいの曲に出会うことはなく,むしろ探せば探すほどKuduでやりたいという気持ちが強くなり,Kuduでやることに決定しました。

FBでもおしゃれ,かっこいい,好みの曲,とたくさん好評をいただけて本当に嬉しいですありがとうございます!!

そしてなんとこの曲,ストーリー的にもマッチしてたんですねーというのもこのMはモデルとしての女性と高校生としてのリアルな女の子はどっちもありのままの自分なんだ,と気づくMで,二曲目では高校生の時のリアルな自分を表現できる曲が望ましく,それがソウルチックな曲調で音に乗って思うがままに踊って個性を出せそうなKuduの曲調と最高にマッチしてたんです!

(個性を出せる振り付けだったかはおいといて,,,w)

Mの中では前半の2分くらいをちょっとカットして使ったのですが,後半でがっつりメロディーが変わって全体的に面白い曲の流れとなっているので興味のある方はぜひフルで聞いてみてくださいね〜

 

思いの丈を共有できるとはいえ,いざ書くとなると何を話せばいいかわからんですね,,w

ちなみに創作もそうでした.初めてKuduを聞いた時はこの音で踊ったらかっこいいだろうんな〜,なんかこんな感じの踊りやってみたいよね〜って頭ではやりたいことが浮かんでも,いざやるとなると苦戦してしまう部分ばかりでした。その影響で振り入れ遅くなったりしっくりこなくて何回も変えちゃってコマ生にはたくさん迷惑をかけました,,💦そして私の振りはとてつもなく踊りにくかったと思います。その節は大変申し訳ございませんでした🙇‍♀️

だからこそ、どんなことがあっても柔軟に対応してくれたコマ生のみんなには感謝しかありません🥺

 

ということで、素晴らしき自慢のコマ生たちに愛を伝えさせてください!笑

 

26ちゃん

2人ともありないくらい上手い!!1年生の時の私より何百倍も上手すぎる、、!あまりにもうますぎてラスユニだけにする予定が気づけば二曲目のパートにも入れてましたほんまにありがとう笑これからの活躍がほんとうに楽しみです☺️改めてPunking を選んでくれてありがとう🫶🏻

 

25ちゃん

前回の22引退からのリピーターが多く、パンキン楽しいと思ってくれているのかなってのをひしひしと感じています。もちろん、今回初めてパンキンを取り始めた人もたくさんいて、いずれにせよ、今回の作品でパンキンの魅力を感じてくれていたから嬉しいです😌

それぞれがんばりたいジャンルがあると思うのにパンキンの基礎練頑張ってくれたり、コマが連続していて疲れている中でも集中してくれて、純粋にがんばってくれるまっすぐなみんなにたくさん助けられました。ありがとう。

 

24

我らが同期。そしてパンキンずっと取り続けてるメンバーが多いということもあり、自分の拙い指示でも率先して理解し、動いてくれたのでほんとうに頼りになりました。逆にグタグタな部分をたくさんみせてしまい、なんでこんなやつが創作してるんだ、と思わせてしまった部分もたくさんあったと思います。あと24だからできるっしょっておもってめちゃめちゃむちゃな構成移動とかもこっそりお願いしてて、、💦だめだめ人間丸出しだった自信しかないです。それでも「いけます!」って快く動いてくれて、みんながいなかったら私の心はさぞポキポキポッキーだったでしょう笑 ほんとうにありがとう。

 

そして今回なんとPunking にメンズが4人も参戦するという快挙を遂げてしまったんですね〜ほんとに4人とも必死に頑張ってくれて,真剣に取り組んでくれたからなんとかメンズを目立たせたい,と思って3曲目冒頭にメンズパートを作らせていただきました.ほんとうにありがとうです。

 

そして、このお二方にはたくさん救われました。

 

先輩方

りささんに「使えるものは使いなさい」と言われた時にハッと気づきました。自分には頼りになるワッカー先輩がいらっしゃるということを。たくさん振りを相談したり基礎練を率先してやってくださったりと本当にお二人がいらっしゃらなかったら私はパンクしていたと思います。実は、私は人に頼るのがあまり得意ではなく、自分で振りも構成も考えられると思っていましたがもうそれはそれはとんだ大間違いでした。ここをこうしたらうまくいくんじゃね?とかこんな構成どう?とか色々相談させていただきました。なんなら振り思いつかないーって相談すらしました笑本当にありがとうございました。

 

 

 

私には私にしかない,この春公演に対する特別な思いがあります。それは自分たちがメインとなる春公演に出演するためにsfcに戻ってきたということです。

私は一年前から山形県のキャンパスで研究を行っています。そのためにSFC入ったと言っても過言ではないくらいなのですが、本当に山形に行くかすんごく悩みました。というのも、ドゥブルベという自分の好きなことに夢中になれる環境,一緒に笑いあい,ダンスを通して切磋琢磨できる最高の仲間に出会ってしまい,こんな素敵な場所から簡単に離れられるわけがなかったからです。

ドゥブルベが大好きで,山形に行ってもドゥブルベのことをずっと考えていて,暇があれば春公演で使いたい曲を聴いたり,フリースペースで踊ったりと,ドゥブルベと遠距離恋愛してる気分でしたw

もういっかい文セに立ちたいし、自分たちが執行代のときの春公演には絶対出たいという思いから半学期はSFCに戻ってこうして自分の代の春公演に携わることを決意しました。

そして、私が創作をした理由。

それはPunkingというジャンルに出会った場所で恩返しがしたかったからです。私は2年前の春公演で初めてPunking というジャンルに挑戦したのですが.当時1年生が唯一私一人だけ,という状態でした。その時に一緒に基礎練してくれた先輩,たくさん振り確してくれた先輩がいて,24が自分一人だったからこそ,手厚く,何回も教えていただきました。かっこいい,上手い先輩に面倒を見ていただけて本当に嬉しかったし,たくさん踊っているうちにPunkingってすんごく楽しいって感じるようになり,気付けば主ジャンになっていました。だからこそ、これまでの先輩わっかーには感謝の気持ちでいっぱいだし,この気持ちを2年前と同じ場所で恩返しがしたい,そういうわけで創作という願いがありました。

ただ,念願の創作が叶ったとはいえ,現実は思い通りにいかず,なんで創作者が基礎すら不完全なんだ,なんでこんなにもコマ生を困らせちゃってるんだ,もっと楽しいM,Punkingに対する愛を自分なりに存分発揮でるMにしたかったんじゃないのか,そのために山形から戻ってきたんだろ,って自分を問いかけるたびに悔しくて,家ではせっかく親がいるのに全く話さないで,親にも楽しくなさそうと言われるくらいには暗い顔をしてて,自信をなくす日々でした。コマやるごとにしんどくて同期の前で赤ちゃんみたいに泣いた日もありました笑笑ただ,いくらクヨクヨしててもすぐにコマの時間はやってくるし,公演までの時間は止まることなく近づいてくる。そんな時に一緒に苦しさを分かち合える仲間がいて,どんな指示にも話を聞いてくれるコマ生がいるから,もう一回『もっと楽しいM,Punkingに対する愛を自分なりに発揮できるMにしたかったんじゃないのか,そのために山形から戻ってきたんだろ,』って自分を問いかけ,自分を奮い立たせることができました。

まだまだワッカーとして未熟な私には恩返しをするには何十年も,何百年も早かったと創作をして感じます。でも,それでも,ドゥブルベという大好きな場所で大好きなPunkingというジャンルに出会えた幸せをMの中で表現したくて創作をしているんだという気持ちだけは創作開始当初から一切ゆらいでません。この気持ちを引き続きもちながら残りの期間を過ごしていきたいと思います。

 

最後に,私の自慢の相方に感謝を伝えさせてください。

共作してくれたあかり。まずは一緒に一つの作品を作ることを選択してくれてありがとう.そもそも共作するか否かってところからたくさん話し合ったね。でも今となっては共作という選択肢が大正解だったと思う。私が最初の方は山形に行っててコマ行けてなかったし,終日練も2,3回休んじゃててあかりに全部コマを任せてたことが多く,たくさん迷惑をかけました。それでいていざ私がコマやるとなったら何をやればいいか戸惑ってる,みたいな感じで結局あかりに色々任せちゃったりみたいな有様だったし,割と自分が意見を言っちゃうタイプだから「こうしたかったのに,,,」みたいなのをどこかしらで感じた瞬間があったかもしれない。特に、コマ進行がド下手+時間にルーズな私からしたらスケジュール通りにコマをやると言うのが最大の苦手分野でして、、笑コマの時間あかりと半分このはずが気づけばあかりの時間まで余裕で持ち越してるなんてことが多々ありまして、、、、(私問題児創作者すぎんか?w)共作でよかったところか私が足手纏いになってた可能性すらある。それでも喧嘩揉め事等一切なかったのはあかりが柔軟性と容量の良さを兼ね揃えた天才だったからに違いないです。あかりが共作者で本当に良かった。不満あったら事後報告でも良いのでいつでもいくらでも言ってねwほんまにたくさん迷惑かけてごめんそしてありがとう。ドトールでで4,5時間二人で音編に格闘して,ドトールで照明案擦り合わせして,ドトールしか行ってないけどwそれも全部良い思い出です。

 

そしてそして,こんなぐだぐだぼろぼろだめだめ創作者だったにも関わらず,最後までついてきてくれた19人のコマ生のみんな,本当に本当にありがとう。誰一人かけることなく全員が自慢のコマ生です。みんな大好きだよ。改めて M4 無限定Punking に出てくれてありがとう。

 

以上で創作者ブログを締めたいと思います。最後まで読んでくださり,ありがとうございました。

 

24 青木奏莉