前回の章で、
「自分にも『限界』というものがあることを知って、その範囲内で頑張るというコントロール法を習得していなければならない」
ということを書いたが。
これを少し深く見てみよう。
「だってアタシ頑張ったも~ん」
「ウソおっしゃい!その程度じゃ”頑張った”なんて、ママ認めませんよ!!」
子供時代は、どこの家庭でもこんなセリフがきっと出ていたに違いない。
かーちゃんちだってそうだった。
子供というのは、人間形成をして、社会人になるべく自己を磨いて行かなければならないのだ。
しかし、大人になると事情が違ってくる。
子供時代のように、誰かが理不尽なことをしても、それを叱ったりいさめたりしてくれる人はいない。
たとえば、どんなに理不尽なことを言う上司がいても、社長がその人を叱ってくれるわけがない。
どんなに非常識なママ友がいても、その人を注意したり指導したりしてくれる人もいない(いたらスゴイ@@)。
そんな人は「いて当たり前」なのだ。
子供時代は、何か道理に沿わないことがあると、必ずそれを叱ったり指導してくれる親や先生がいて、公平な社会が保たれていた。
だが大人になると、上の例のように、理不尽だったり非常識だったりすることが山ほどある中で、生きて行かなければならない。
ましてや、子供と違って、やるべきことも背負っている責任も大きい。
そう考えると、「頑張れる」範囲だって限られてくるのだ。
「ここまではできるけど、ここからはさすがにできないわ」
ということなんていっぱいあるはずだ。
子供は、自分を磨いて成長するとき
大人は、己の限界の中で頑張って、バランスを取りながら生きて行くとき
困ったことに、かーちゃんはこの考え方を知らずに、根性論を持ったまま、大人になって社会に出てしまった。
その結果どうなったか。
「”仕事”なんだから、きちんとやらないと!」と自分を追いつめて。
”うつ病”などという厄介な病気になり。
職場に迷惑をかけ。
復職もうまく行かず。
家族にも負担を強いて。
そして9年間も患っている。
↑こんなことになってるじゃないのぉ~~~( ̄□ ̄;)!!
「私としてはここまでしかできないから」と割り切ってる人の方が、
一見「甘えている」ように見えて、でもひたすら頑張って自滅する人(かーちゃんだ♪)なんかより、
よっぽど周りに迷惑をかけずに暮らしている。
自分を過大評価することなかれ。
自分は限界のないスーパーマンではない。
自分にも限界はあって、大人になったら、”頑張る”のはその範囲内で。
そしてここでもう一つ。
実はかーちゃんが、↑の意識に気づくまでやっていたことなのだが。
自分には限界はない(あってはいけない)。人はとにかく「努力して頑張るもの」と思っている人は。
他人もそうあるべきだと思っていないだろうか?
そして他人の限界値まで、自分目線で見ていないだろうか。
「何でそこで諦めるの?」
「何でもっと頑張らないの?」
「私だったらもっと努力するのに」
とこんな感じに。
これも、ぜ~ったいやってはいけない!!
自分の限界値を人に決められたら、苦しいではないか。
もし、自分がヒィヒィ言って頑張っているのに、
「あなたらもっとできるよね」
「もっと頑張りなさいよ。努力が足りないのよ」
「自分で限界決めてんじゃないわよ。私から見たら甘いわね」
と、大人になってからこんなこと言われたら、しんどくてたまらないだろう。
誰しも、自分の限界値は自分にしかわからない。
はた目から見たら甘っちょろい人もいるかもしれないが、それは「人のこと」。
「自分にも限界というものがあるということを認識して、その範囲内で努力して、バランスを取りながら生きて行く」
これを”自分が”できていればいいのだ。
とかくストイックなうつ病患者には、
自分にストイックなあまり、他人にもストイックさを求めてしまいがちだ。
まずは、自分を過大評価せずに、「頑張れるにもほどがある」ことを認識しよう。
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