もとの自分に復帰することしか頭にない | ママのうつ病、家族の奮闘記~かーちゃん、うつ病と闘う

ママのうつ病、家族の奮闘記~かーちゃん、うつ病と闘う

第2子出産半年後にうつ病の診断を受けてからはや15年。病と共存しながら健康体を取り戻すべく、試行錯誤で暮らしてきました。
今では通院も服薬もありません。
そんな私の経験が少しでも参考になれば……。

「rayちゃん。あなたはね、ずーっと高速道路を走り続けて来たの。疲れ切って動けなくなったのなら、一度高速道路を降りなきゃ」



ダンスの先生が、かーちゃんがダンスに復帰した頃、かーちゃんにそう言ったことがある。




高速道路を下りる、とはどーゆーことなのか???




この時かーちゃんは、先生の言っていることが、わかったような、わからないような気持ちだった。

この時のかーちゃんは、人生をどの段階で見直すか、ということがわからなかった。



一度「休職」という形で「会社」という名の高速道路を下りた。




「アタシ、高速道路下りたよ?」




そう思っていた。




そうなのだ。

かーちゃんはこのとき、



「いずれ元気になって、また元の会社に戻って働く」という人生を想像していたのだ。


だからこう答えた。



「ハイ、しっかり休んで体を治してから、会社に戻ります」と。





先生はこう言った。

「・・・・・そう。あなたの結論は、『また元の会社に戻って働く』ということなのね。」




「???」

かーちゃんには、先生のこの言葉が、またまたよくわからなかった。







これは今ならよくわかる言葉なのだが、先生は、




「この先、どういう『生き方』をするの?そこから考えなおして、家族と心穏やかに、ムリなく暮らせるように、模索しなさい。」



ということが言いたかったのだと思う。


先生の言った「高速道路」は「長い一生」であって、「会社」ではない

「人生をどう過ごすか考えるために」高速道路を一旦外れて休んでいるのであって、単に「休職」するためではない。


ところがかーちゃんは、目先の

「今の会社に戻るか。戻らないか」

だけに目を奪われている状態で、広く長い目で現状を見られなかった。


これに気づくまでには、まだまだ時間を要するかーちゃんであった。





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