


幼児まで脱走するようになり
大人がしっかり関わる時間が必要であることを再認識
先々月から
苦肉の策で教育カリキュラムを作り
寺小屋な日々を過ごしている
虐待センターならではの
昔 日本で 流行った 準ずる教育
子どもが時間をつぶせて
セラピウティックかつ
学力がつけばもうけもん
そんなスタンスでみんなで時間割をつくった
スワヒリ語
英語
バイブルスタディ
ロールプレイ
ソーシャルスタディ
音楽
子どもの権利
算数
ダンス
日本語
農業
料理
なんでもありの時間割
俺は
時間のあるときに
算数
ダンス
日本語
農業
を教える羽目になった
ケニアでは
算数は
公用語 英語で教わる
子どもの中には
14歳で
マザータングしかろくにしゃべれず
そのため
算数どころでない子もいる
その子や実年齢11歳の子でさえ
指で数えたり おはじき代わりの空き瓶の蓋を使ったり ノートに棒を書いたりして
計算している
まだまだ数の抽象的概念が発達していないようである
体験不足なのか発達障害なのか
判断しがたい部分であるが
とにかく いろいろ試して
包括的アプローチををしていくしかない
職場にいい具合にトランプがあった
ときどきカードゲームをまじえて
数の概念の定着かつ向上をはかる
案の定 彼らは トランプをしたことがなかった
こちらの語学力の限界もあり まだ神経衰弱しか
教えていないが
夢中になって没頭している
しめしめ
楽しみながらの学び
賢くなれー



