我々は、無意識下で、感じていることを上手く取り出せないように、思い込まされている。
しかし、RVをやると、そうではないことがわかる。
ほんの一瞬だけ、最期のサマリーとして、出す解答が、80%程度はいつもあたっている。
これは、何を示すのか。
実は、あれ?っと思った瞬間が幾つもある。
そのあとから、事情なり、事実を聞くと、納得することがある。
あの状況を覚えていた、印象深く思ったのは、この事だったのかと。
もしくは、結果を知ってから、このことが思い出されるのかもしれないが・・・
とにかく、どちらでもいい。
我々は、意識下のことは、取り出せる。
それには、インスピレーションのような、とっさのことで、
あっという間に過ぎてしまう瞬間なので、
捉えるのを、習慣づけてないし、見過ごすし、それほど注意深くなかったりする。
物事を思いこみなく見ることは、
洗脳された社会的、常識的な人には、ちょっと厄介に思えるだろうが、
それも、思いこみだろう。
すると、忙しい仕事をしていて、それでも、やってくるそれらのサイン?インスピレーション?は
心の状態とも関係ないように感じる。
ありのまま、気楽に、真面目すぎないこと
頑張らなくても、私たちはすでに持っている。
これが 今の私のキーワードだ。
富士山を世界遺産に登録できるようになったのは、この時期だからこその意図を感じる。
富士山は、ある人によれば、世界のへそであると。
確かによく見てみると、4つ以上のプレートが富士山で重なっている。
だから、下記のように名古屋側、伊豆・大島側、東京・東北側、太平洋側よプレートが異なることがわかると、確かに富士山がへそであることは、まんざら、嘘でもないと思える。
だから、富士山を沈める富士山信仰とその芸術文化に目がむいたとも入れるだろう。
「NHK」では、「認められた日本の心」とあるが、なんそのだと思われる。
さて、奴等は、どのようなつもりで、富士山に焦点?を合わせたのか。
また、ある人曰く、富士山の上の高天原に云々という話もある。
3次元以上のことは、これからであろうが、怖いような、でも楽しみのような、である。

