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Akiのブログ

気楽にやってますので、よろしくです。

私の夢に出てきたのは・・・


鳥の王と言われている「ガルーダ(ガルダ)」神と


「ヴィシュヌ」神だったのか?



wikiよりガルーダ画像



偶然、別の動画をみていて、


気になる言葉に自分が執着する現象を認識した。



それは、夢の現象を分析しようとしている私の無意識ちゃんが


見つけちゃったものだった。



鳥と人間のパーツをもっている神で、


しかも、他の神を迎えにくるところなんぞ、ピッタリなので


ドッキリしたのか?



どこかに、あれはなんだったんだろうという意識があったのだろう。


調べると、符号するところがあるので、2度ビックリ。



しかし、やっぱり、違うと思う自分もいる。


こういうことの繰り返しだったのだ。



つまり、何かに当てはめた自分の経験があったりする。


そして、それは偶然だといつも、疑う自分。



あーだ、こーだと考えなくなる時はくるのだろうか?



ありのままをそのまま受け取る、子どもの気持ちに戻れるのだろうか?

あまりに、忙しいと考える時間がなくなるので、


忙しいという字は、心辺のりっしんべんと、亡くなるという字を書くという。


こんな言葉合わせのようなことは、よく方便として、使われる。珍しくもない。



そんなことも思い出した矢先、


前の夢日記や、ブログを読み返してみたら、


結構、私は、目の夢を見ているのがわかった。



忘れてたな。


いろいろな名称があるが、

「すべてを見通す目」とあえて言おう。


だが、「すべてを見通す目」が

「真実を見通す目」とは、限らない。


真実は人によって、異なるからだ。



なぜ、目の夢をみるのか?


記憶の再合成か?


それでも説明できるが、

もっと別の説明がほしい。



例えば、家に昔からあるエジプトの絵画との関連は?


なぜ、私は、エジプト関連の象形に惹かれるのか?



このミステリーを解くのは面白そうだ。



きっと、誰にでも、こんなミステリーはあるのだろうと思う。

昨日の夢で学んだことは、


「見たことの無い物は、理解しがたいので、覚えられないし、認識出来ない」


ということだった。


我々の感性を認識範囲を考えると、


見えて無い物、聞こえて無い物、触れれない物。


沢山あるのだろう。



友人Fから、


「UFOに会いたいのも、NGなんだよ}というアドバイスを頂いた。


そうだろうと思う。



だが、無意識は止められないところもあるのじゃないか?


もし、101匹目の猿が、覚醒しようとしている時、


それは、止められないのではないか?


もう、そういう時代なのかもしれない。



とにかく、自然体でありたい。


そして、Y先生のように、悠然と構えていたい。