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がっちゃんのブログ

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4月18日の話。

昼休みに、一本の電話を貰う。

「Aさんが入院した。腹水かなり抜いているみたい。緩和ケアに替えたらしい。」

本人に連絡。「行って良いか?」の問いに「いいよ」という答え。

定時に速攻で仕事を終え、バスセンターで夜行バスを予約。一旦帰宅して、バタバタと上京の準備…。

3年前に見つかったガン。
既に転移していて、ステージ4。

しかし彼は、そこから、とことん人生を楽しんだ。
軽快していて、わたしも安堵もしていたのだけども…。

その時聞いたのは、残された時間はあと2週間…。

今回を逃せば、もう生きて会えない…と言う現実が、強く切ない思いとなり自分を突き動かす。

翌朝、彼のいる病院へ直行。

どんなことになっているかと思えば、普段通りの彼…。呆気に取られた。

「(∀`*)ゞイヤァ。昨日腹水5リットル抜いちゃったよぉ」とか言いつつも、飄々としている。

彼と知り合ったのは2006年の秋の事。たった4ヶ月だけ丸の内サラリーマンをしていた時の事。パーティーダンサーだった自分が、競技ダンスに目覚めたキッカケをくれた人。

その後も財団C級昇級記念でラテンパンツくれたり、来阪した時には、ガッツリ飲んで騒いでいたり…。

今までは、彼が来る事ばかりだった。
今回は、初めて、私が行った…。

病室で2時間ほど、ダンスの話ばかり。

「もう立てないんだよ…」という彼に変わり、「こういう動きの事だよね~」と自分が動きながら真面目な技術論やら、未来に向けてのバカ話やら…。

「絶対にファイナル入りしいや!」という彼の言葉。「また焼き肉屋行きましょう!」という私の言葉。

これが二人の最後の言葉。

自分の言葉は、現世では達成出来ないのが分かっていながらも、「また会いたい」と言う強い願望から出た言葉。

彼の言葉も、「達成してほしい」という強い願望から出た言葉だったんだと思う。半ば、遺言か…。

彼は、令和を迎えて、ゴールデンウイークが明けた直後、容態が急変。5月12日に静かに旅立って行った。享年63才。

生き抜いて、とことん生き抜いて旅立って行った。

そんな友人を思い、初七日に当たる19日の試合に「オナーダンスを踊ろう!」と、心に誓う自分でした。

(長いので続く…)