BUZZSTYLEvol.10を終えて | ココロオドルブログ。自分の力ってどんなもんなのよ。

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そんな想いと共に生きてます。

BUZZSTYLEvol.10を終えて。



このブログで書くことは、「BUZZSTYLEvol.10代表代理」としてではなく「私個人」として、FINALの舞台では言えなかったこのvol.10であった出来事と想いです。
かなり長文のうえ、私個人の目線での話になります。




この1年に感じたことを2つの単語で表現するなら
【責任】と【愛情】です。この2つが、自分の気持ちを邪魔したこともあれば、ある時は支えてくれたこともありました。



BUZZSTYLEは学生の手で繋ぐ唯一の全国大会です。10年前たった1人の大学生が掲げた夢が後輩学生ダンサーの手によって引き継がれてきました。10年の節目になるこの年に、そのBUZZSTYLEが存続・開催の危機にあったことは、間違いなく事実です。


私はBUZZvol.9の副代表として、昨年BUZZを通して様々な経験をしました。初めて会うメンバーと一からイベント作り。性格の違いも大きく、喧嘩もすればイライラすることもあり、悩むことはしょっちゅうでした。


けれど、BUZZSTYLEという存在を大切に想う気持ちはメンバー全員同じで、こうしたほうがお客さんにとっては絶対面白い、BUZZSTYLEとしてこれは絶対に外せない!と幾度となく話し合いをし、長電話をし、時には過去の映像を見たりしているうちに、気がつけば何故かとても居心地の良い場所になっていました。FINALの舞台上でボロボロ泣く代表を見て、1年間やってきてよかったなぁと思いました。


そんなvol.9を経験した私は、vol.9FINALを終えた時点でかなりの満足感と達成感を得ていました。
そして同時にこんな想いをもっていました。


「この経験を次に出会う環境に活かしたい。
BUZZでしかできないこの貴重な経験を今後BUZZスタッフになるであろう後輩に繋いでいきたい」


そんな想いから、vol.10ではBUZZを離れることを決意し、新しい環境で新しいことを始める準備をしていました。

とはいえ、vol.10が軌道にのるまでは、やはり心配でミーティングに顔を出したり代表の話を聞いたりしていました。
代表と副代表の私の2人でスタートさせたvol.9とは違い、スタート時点で25人程のスタッフがいたvol.10は、順調にいくようにみえました。これだけ人がいるんだったら、きっと新しいことも生まれる、10年目にふさわしいBUZZになりそうだと心からわくわくしたのを覚えています。


そんな安心感から、新しい環境での仕事をスタートし、やりたいことを形にするため、BUZZからは離れていました。



しかし、1つめの神戸予選に手伝いとして参加し、終えた段階でその読みは間違っていたことに気づきました。予選終了後の代表の口からは、

「BUZZがしんどい。」

きっと、代表であるプレッシャー、後輩を動かす難しさ、色んな原因がそこにはあったのだと思います。
私自身も前副代表なりに悩んできたものやBUZZの大きさに潰されそうになったことは何度もあったのでわかりました。

話を聞きつつも、なんとかvol.10を成功させて欲しかった私は、
「誘ってきた後輩もいっぱいいてくれるんやし、代表なんやし辞める訳にはいかんやろ、仕事の振り方とか、それぞれのやってもらう内容とか、やり方変えてやってみよう」と伝えました。

「そうやな、がんばってみる。」という代表の言葉を聞き、また1カ月が経ちました。




そして2つめの東京予選。またお手伝いとして参加したものの、正直な話ここまでは私自身が
「BUZZはスタッフ達がひとつひとつ創っていくもの。問題は乗り越えていくもの。それがBUZZスタッフで得られる価値であり、経験。自分はサポートするだけ、見守るだけ」と思っていました。
良く言えば、「OB目線」、
悪く言えば、「他人事」です。

それが、他人事でなくなる出来事はそれから一週間もしない間に起こりました。


東京予選を終え、代表から電話で

「初期鬱の症状が出てるから、BUZZを休む。地元に帰ろうと思う。しばらくの間BUZZ頼む。みんなには俺から話す。まだ言わないで欲しい。」

その言葉に対して、どんな言葉を選んだら正解なのか、正直わかりませんでした。
神戸予選終わりとは明らかに違う、本人がもう既に決定したことを告げるような話し方で、話し合う余地はなさそうでした。
今でもこの時のことを思い出すと、本当にあの時それを許してしまったことが良かったことなのかと悩むことがあります。でもその時の私には引き止めることは出来ませんでした。


私がその時感じたことは
「もう自分が動かないとほんまにBUZZSTYLEが終わってしまう。」
それだけでした。





それから1ヶ月近く、代表の欠席理由が知らされないまま、今まであまり参加していなかった私がいきなり指揮を取り始める訳のわからないミーティングが続きました。参加していたスタッフの中にはきっと沢山の疑問が湧き上がっていただろうと思います。





他人事でなくなってしまったvol.10。引き継ぎもままならないまま走り出さないといけなくなってしまった代表代理という肩書き。
やりたいことが沢山あって、ミーティングに行くのが楽しみだったvol.9とは違い、今日は誰が来てくれるだろう、今日は誰が来ないんだろうと考えながら向かうミーティングはとても気が重いものでした。加えて予選の準備もかなり遅れている状態で、まず予選にむけて何を準備しなければいけないかもスタッフ自身が分からない状態。

まず予選はこういう仕組みでこんな仕事があってね、というところからのスタートでした。この時点で9月末。

代表が来ないミーティング。
スタッフの参加率もどんどん下がっていきました。当時は、何故ミーティングに来てくれないんだろうと、日々考えていましたが、今になると理由がはっきり分かります。
 


①自分を誘ってくれた代表、先輩がいない
②思っていたより楽しくないし、地味
③ミーティングにいくと仕事を振られまくる
④私が前代表の空気感に合わせた仕事の割り振り方ができなかった



④にとても苦しみました。
10代表は「ミーティングは来たい時に来たらいいよ。仕事もやりたい人がやりたいものをやればいいよ。BUZZ第一優先でなくてもいいよ。みんなでワイワイ楽しくやろうよ」という考えの持ち主で、
引き継いだ段階で危機感しかなかった私は、代表が掲げていたその空気感に馴染めず、1人で焦っていました。「そんな悠長なことを言っていたらFINALまで辿り着けない。今の時点でこれでは予選すら開催が危うい。当日スタッフじゃないんやからスタッフならミーティングは全参加が当たり前。来れなくても自分自身で動いて誰かと共有して次のミーティングに備えるのが当たり前。とにかく簡単な仕事から早く覚えてもらわないと!!!」


私がこんな調子では、ミーティングに行きたくなくなるのは当たり前だと思います。




1人2人とスタッフはいなくなっていきました。



「すみません。りえさんや綾音さんほどしっかりBUZZに関われないし、迷惑をかけるだけだと思うので辞めます。」


この言葉が1番辛かったです。

「りえさんのやり方にはついていけないです。BUZZスタッフこんなにやらなあかんって聞いてないです。もっと楽な仕事にしてください。」と言われる方がどんなに気持ちが楽だったかと思います。




ミーティングを重ねるたびに入るスタッフ辞退の連絡に、どんどん追い詰められていきました。
綾音と、最後2人になってもFINALまではやりきろうね、どっちかが潰れたらBUZZなくなっちゃうから助け合おうね、って話したのもこの時期です。

 


きっと、この時期に辞めていったスタッフも、縁があってBUZZに入り、全員BUZZに必要な人材だったと思います。


・この悪い状況を抜け出す
・予選をきちんと開催する
・全スタッフが達成感と充実感を得られるところまで持っていく
・FINALをきちんと開催し、良い形で次に繋げる

この全てを成功させる自信が、当時の私には全くありませんでした。全てを受け入れどんなスタッフでも迎え入れる、私の器量がその時足りなかったせいで、何人ものスタッフがBUZZから離れていきました。本当に申し訳なく思っています。



自分の中のどこかに
「こんなはずじゃなかった」とか
「なんで自分が代表不在のことで頭下げなあかんねん」とか
「こんなことになるなら、最初から代表としてやりたかった」とか
「自分はこんなにやってるのに」とかいう
良くない気持ちがいっぱいありました。


こんな想いをするBUZZスタッフが今後うまれるなら、これはBUZZSTYLEじゃない。それならBUZZSTYLEなんて無くなればいい、潰したいと思ったことも何度も何度もありました。

それを抑え込むことができず、出さないようにしようと試みてはいたものの、少しずつ周りに伝わっていたのだと思います。救いようのない代表代理です。残ってくれたスタッフがいたことが本当に奇跡です。


この時もっと余裕を持ってスタッフに接することが出来ていたら。
もう少し笑えるミーティングになるよう心がけていられたら。
状況は違ったのかもしれないと今でも思います。


気がつくと最後の大阪予選では、留学から帰ってきたスタッフを含めても10人まで減っていました。
そしてこの大阪予選が、BUZZスタッフのみで開催する初めてのイベントでした。(通常は地方にもBUZZスタッフで予選開催に回りますが、vol.10では運営母体を地方にほぼ委託する形をとっていました。つまり、BUZZスタッフ全員が予選開催に関わる機会が極端に少なかったということです。)

この頃から、目の回るような予選開催の運営の忙しさから解放され、BUZZの仕事を教えるという立場ではなく、共にイベントを創る仲間として、メンバーのことを本当に大切に思うようになってきました。


bboy予選を終え、登竜門。

BUZZスタッフのみで開催する3度目のイベント。
そして、1回コンテスト&FINALを除くとvol.10で最後になるイベント。

今までは仕事内容を覚えるためバラバラに割り振っていたものを、FINALを想定したポジションと、仕事内容の割り振りに切り替え、登竜門に挑みました。



イベントも終盤に近づき審査に差し掛かった頃。

綾音「今日みんな良い感じで動けてますよね」
私「そやんなーりえも思ってた」

2人でニヤッとしたのを今でも覚えています。



スタッフ全員が迅速に、そして効率よく動けるようになっている姿を見て初めて、私の頭の中でFINALの光景を想像することができました。







そこからは飛ぶように日が過ぎていきました。

 
ギリギリまで決まらなかったキャスト。
地方に委託していた為集まるのに時間がかかるFINALISTの情報。
管理がしっかりされていなかったため見つからない神戸予選の動画。
いなくなったスタッフがもっていってしまった去年の資料。
いなくなったスタッフが途中まで作りかけて終わったHP。
1回生コンテストの交流会や説明会。
FINALISTからくる詳細催促の連絡。
キャストが決まらずなかなか公開できないFINALの要項。
協賛企業との連絡。
開催場所との打ち合わせ。


日々起こる沢山のトラブル、クレーム、質問に対応し、考え、行動するを繰り返し、並行して多くの資料作成と制作物の作成をしていました。


BUZZスタッフとしての仕事を半年間で私に無理やり詰めこまれ、動くことを余儀なくされてきたスタッフの仕事ぶりは本当にすごかったです。
BUZZスタッフとしてFINALを経験してきた綾音や私と違い、未知のものに対してそれだけ自分の情熱を捧げられる、スタッフ達を心から尊敬します。



そして私はFINALでの挨拶を
どうしようかと考えていました。
スタッフは「FINALはりえさんが喋りますよね」って感じだったんですが、
本音を言えば、挨拶できないと思っていました。


本当は、FINALの舞台で何を話せばいいのか、全く分からなかったんです。



私は、代表代理になってから、

「FINALを無事開催し、代表不在の状態でもvol.10を終わらせること。そして次に繋げること」

を最大の目標にしてきました。
引き継ぎの段階で開催も危うい状況だったことを考えると、ここが私の最大のノルマであり、課題でした。

「vol.10をBUZZSTYLEの歴史に残る素敵なイベントとしてお客様、出演者の皆様に楽しんでもらえるイベントにすること」ではありませんでした。

だからこそ、FINALの舞台でお客さんに対して、BUZZスタッフを代表して話せることが、私にはありませんでした。



BUZZスタッフとして、本当は学生ダンサーのことを第一に、見に来てくれるお客さんのことを第一に、考えなければいけなかったと思います。


しかし、私は。
良い意味でも悪い意味でも、OB目線で始まってしまったvol.10でした。
苦しくても残ってくれたこの10スタッフの皆が、どうやったらBUZZを楽しいものだと、そしてBUZZを大切に思ってくれるだろうか。本来はもっと楽しくできたこのスタッフの経験を、なんとかFINALで少しでも良い経験に変えるにはどうしたらいいか。半年間それぞれの想いで頑張ってきたスタッフの代表として、私が挨拶に立って良いものなのか。


副代表だった去年ならきっと
「本日はご来場誠にありがとうございます!BUZZSTYLE FINALをつくるため、スタッフ一同頑張ってきました!お客様、出演者皆様の顔を見ることを心待ちに、スタッフ一同楽しみにしていました!」と言えたはずなのに、



今年は言えない。



vol.10で代表代理として半年間以上動いてきた、私が想像するFINALの舞台のメインは、

出演者でもお客さんでもなく、頑張っているスタッフの姿であり、イベントを終えて達成感や充実感を感じているスタッフの姿だったからです。


FINAL前夜、そのことに気づき、BUZZハウスで皆の寝顔を見ながら、訳もわからず泣きました。


「BUZZ FINALを開催した代表として話できることが無いんです。OB目線で、スタッフに対しての想いの方が強すぎて、皆にどうやったらBUZZのことを大切に思ってもらえるかとか、スタッフって楽しいって思ってもらえるかとか、やりきった感覚を感じてもらう為にはどうしたらいいかとか、そういうことしか今まで考えてきてなくて、お客さんに対して何を伝えたらいいのか分からないんです。挨拶が出来ないです。」

この話を急かさずゆっくり聞いてくれたOB2人がいたから素直に話し、泣くことができました。


結局何を話すか答えは出ないまま朝を迎え、出た結論はひとつだけで、

「自分は代表ではない。だから、いちスタッフとして、挨拶をする。もちろん、いちスタッフとして出る以上、他のスタッフも全員舞台上にあげる。」
これだけでした。



代表がいないことを話すべきか
来年のスタッフ募集をするべきか
今年のことをどこまで話すべきか
ギリギリまで悩みました。


今年代表いなくて色々大変だったらしいと聞いてFINALに駆けつけてくれたBUZZ OBの方々。
今考えてもびっくりなほどのOB中のOB。

BUZZを創ったvol.1代表の190さんをはじめ、各代の代表、副代表の皆さんが勢ぞろい。
正直ちょっとびびってしまうくらいでした。
ただ、とっても嬉しかったです。名前を聞いただけで泣きそうになりました。


BUZZ OBの皆さんは、本当に凄い人ばかりで、私にとってBUZZを続けたいと思ったきっかけであり、憧れであり、BUZZを好きになった理由のひとつでした。そのBUZZ OBさん達がFINALに足を運んでくれて、私の言葉を聞いてくれようとしていると思うと、隠してはいけないと思いました。


まことがいつか登竜門で言ったように、
「お客さん、出演者とBUZZスタッフのクリアな関係」を実現する為に、何一つ隠さず話すべきだと思いました。


そしてそれがあの挨拶となりました。





終わった後、OBさんから一言、

「BUZZを続けてくれてありがとう。」

と言われて、言葉にならないほど嬉しかったです。
このvol.10でBUZZを繋ぐことができたのかどうか、自分では判断しづらく不安に思っていたからだと思います。
やっぱりOBさんは全部分かってます。凄いです。





綾音、れいちゃん、P山、まこと、ヒビキ、けーと、まちゃこ、ゆりりん、私。

vol.10スタッフは最終9人になりましたが、このメンバーでFINALを迎えられたことを本当に嬉しく、そしてメンバーを心から誇りに思います。

一緒にやってこれてよかったです。



そしていなくなってしまったスタッフが本来経験できるはずだったものをうまく繋げられなかったのは私の責任です。わたしが代表代理としてまだまだ未熟でした。

今となっては苦しかったことも泣いたことも怒ったことも全て良い思い出です。
そうさせてくれたのはvol.10のスタッフ全員だと思ってます。


こんなに貴重な経験と、スタッフに対して感謝と尊敬を感じられるようになったのは、全てBUZZSTYLEがあったからです。
BUZZに関わってくれる全ての人、BUZZを大切に思い、守ろうとしてくれる全ての人があって、私はこのvol.10を終わらせることができました。
そして、こんな私を支え、応援を続けてくれた沢山の人。

本当に全ての方に感謝します。

BUZZSTYLEを通してプレッシャー、代表代理としての責任に押し潰されそうになったこともありました。ですが同時に、沢山の愛情に触れ、多くの人の笑顔を見ることもできました。


今後も、変わらずBUZZSTYLEが愛されるBUZZSTYLEであるように、心から願うばかりです。






Blow Up our Zeal & your Zeal


決して消えることのない情熱を

繋げていけますように






未来のBUZZSTAFFに心からエールを贈ります。