3月19日 施設の玄関にて
(面会禁止105日目)
今日はケアマネさんと話し合いをする約束があったので、いつもより30分早く行きました。話し合いの目的は、4月からの介護計画書の更新についてです。
(30分で終わると思ってましたが、結局2時間半もかかりました)
まず最初に、「いやなら出て行ってもらうしかない」という3日前の発言について注意しました。これはブラック企業の論理です、と。ケアマネさんは、そうやって言ってくれる人がいなかった、と言ってありがたがっていました。しかし、本来は自制できてしかるべきでしょう。
さて、ここから延々と2時間半の話し合いが始まりました。介護計画書の更新に際して自分の要望を述べることに加えて、ケアマネさんは母のことを知らないので、教え続けていたら2時間半もかかったのです。
介護計画書の更新に際しての要望は二点でした。一点目は、10日前に皮膚科を受診して右足親指のただれを看てもらったことを引き合いに出して、指先がこんなにぐちゃぐちゃになったのは初めてなので、免疫が下がって来ているかもしれないから、引き続き注意してもらいたい、ということ。
二点目は、去年の5月、ちょうど季節の変わり目の頃、一時的に血圧が下がったことがあり、救急車呼びましょうかと施設から相談されたことを引き合いに出して、これからはこういうことが起こり得る季節だから気をつけてほしい、ということ。
「ここ3か月、お母様の状態は変わってないので、(介護計画書の)内容は変えずに日付だけ新しくしました」(3日前のケアマネさんの発言)では済まないんですよ、とチクリと言っておきました。
そのほか気になる点として、歯のブリッジのすき間を掃除するスーパーフロス(一本の糸状の糸ようじ)が100本入っている箱がすでに空になっているはずだが、補充の要請が無いので調べてほしい、と伝えました。
この時点で、 驚いたことが二つ。ケアマネさんは、右足親指の先がただれていること、および歯のブリッジをスーパーフロスで掃除していることを知らなかったのです。
面会禁止中のさなか、母を皮膚科に連れて行く為に会うことができた一瞬のチャンスで、私は母の親指のただれの写真を撮っていました。その一方で、ケアマネさんは母に会おうと思えば毎日でも会える環境にいます。そのケアマネさんに私から教えなければならないとは、、、。
ケアマネさんは写真を見てびっくりしていました。
さて、母についてケアマネさんが知らないことはこれだけではありませんでした。私が母についてケアマネさんにさらに教え続けることになります。
まず、3年前に北海道から千葉へ引っ越してきたこと。そして、この施設を利用し始めた経緯。それから、歯磨きの手順、私の食事介助の所要時間、飲み込みし易いひと口の作り方、話しかけても反応がない母への接し方、などなど。
母に関する情報ファイルみたいなものは施設に無いのでしょうか?2時間半ののち、あ~話しできてよかった、とケアマネさんは満足気でした。(私は生活のリズムが崩れました、、)
(皮膚科へ連れていったときを除いて、かれこれ100日以上の面会禁止を強いられている私が、母に会おうと思えば毎日でも会えるケアマネさんに教え続けるという構図、、。)
気になったことがまだあります。そもそもケアマネさんは介護計画書に目を通していなかったようです。私との話し合いの中で初めて介護計画書を読み、気になる単語を声に出し、???を連発していました。
特に、入院しないようにケアをする、というくだりの意味が分かっていませんでした。危ない状況の時に、入院させてはいけないから救急車呼ばないのか?と私に聞いてきたのです。私は説明しました。病院では、認知症への無理解、粗末な食事介助などがあるので、入院しないよう日頃からのケアに気をつけるのだ、と。危ない状況で救急車を呼ぶのは当たり前です。
その他に、歯磨きに関して気になったことが一つ。口内の腫れ、出血が見られた時、薬は塗らないのか?とケアマネさんが聞いてきました。私は一瞬、言葉を失いましたが、歯磨きを丁寧にやればすぐ止まることを教えました。常識と思っていましたが、、。
歯に関して言えば、この一年で下の前歯が3本折れたこと、プラスチックを付けて治療したことなど、ケアマネさんは全く知りませんでした。
ケアマネさんが頼りになるとは限らない。母のことを心配することに加えて、ケアマネさんを引っ張っていかなくてはならないという負担。
重要な教訓を得たことを神に感謝します。


