社会の時間3 四谷 信濃町 日比谷 | respect Seiko Matsuda and 80s pops

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旅行、音楽、最近は松田聖子を尊敬するブログ

 前回の表参道から北上し新宿御苑から

出発します。新宿御苑駅の階段をあがり

東へ向かうと”四谷大木戸”という都旧跡

があります。自動車がものすごい速度で

トンネルに入っていく交差点ですが、

私が訪問した時も救急車が曲がろうと

しているのに直進して行く車で立ち往生

していました。もしかしてことばが通じ

ないのでしょうか;

 

 甲州街道の関所で、新宿発祥の地でも

あるのですが、ここは羽村から江戸に

ひかれた上水の終点でもあり、今でいう

水道局にあたる重要な役目をになって

いました。

 

 

 

聖子さんが上京した当時毎日通っていた道を39年たった

いま辿ってみましたが、新宿御苑から四谷四丁目の大木戸

までの、道の勾配はむかしと変わらない感じでした。

大木戸ビルにはなぜか「サヤカ」という名前の

エステがあったのですが;

 

四谷四丁目から外苑西通りを南下すると

東京五輪の会場である ”新国立競技場” 

を通ります。 わたくしも歩きながら、

気になったのですが、新国立競技場は

噂通りの暑さ?で、内覧会では42度まで

上昇していたようです。

 ソニーのスタジオがあった信濃町ですが、今は

ある学会所有の建物になっていて昔の面影はあり

ませんでした。ただ隣の急峻な「新助坂」はむかし

まんま残っていたのでなぜかほっとしました。

聖子さんの物語で何度も登場するソニーの

スタジオですが、ここで世界初のCDが録音され

ていたのですね。

 

 

 

信濃町の前には有名な大学病院がありました、

読者の方が良くご存知のあのお方もここに

いらっしゃるそうです。学内に有名な神社

があったので参拝させていただき、秘密の

お願い事をしました。何をお願いしたかは、

読者みなさんならおわかりだと思います。

あのひとの大切な方の事です;

 

信濃町から表参道は涼しい日なら気分よく歩ける

素晴らしい道なのですが、猛暑の中を歩いたので

汗が目にしみこんできて、前すら良く見えなくなります。

 幸いにもこの炎天下で人が殆ど歩いていなかった

ので何事もなく表参道までたどり着き、地下鉄で

日比谷はニッポン放送を目指しました。あいにく

休日だったため表玄関は閉まっていましたが、

聖子さんの帽子とフェリシアの袋をもっていた

ためか、ニッポン放送から出てきた人から

微笑を頂きました;

 

あまりのあつさに涼しいところを探していると、日比谷シャンテ

に到着、ビルの谷間に風が吹いていて、都会のオアシスでした。

ゴジラを見学後、合歓の広場にあった記念手形を見学。

あのお方の手形のまわりはひときわ輝いていました。

次回は自由が丘から二子玉へむかいます。

 

※ 炎天下の東京の踏破はおすすめしません、

あやうくこの私も行き倒れになるところでした;