テレビ東京の番組「ルビコンの決断」で、黒川温泉の後藤哲也氏の特集がされていた。後藤哲也氏といえばあの黒川温泉を、日本一の温泉にした観光カリスマである。蛙も1度だけ訪れたことがある。
後藤さんが行った手法は、足で稼いだマーケティングと徹底的に行った景観づくりの2つだ。現代人が求めているモノは「癒し」であり、それをテーマにした温泉地づくりを目指した。「黒川温泉はひとつの宿であり、旅館はひとつの部屋、道路は廊下」という、癒しの空間づくりを街全体で行っている。そのため、癒しの空間に不必要なものは極力排除するようにしている。景観に配慮したまちづくりであり、いわば「引き算型」のまちづくりだ。
そして、なるべく外資が入らないように地元有志で売り物件を購入しているところがすごい。経験則でわかっているのだ。外資が入ることは街を壊すことを。つまり徹底的にスローシティを目指していることがわかる。ここまでできる人はなかなかいないだろう。
さて、後藤氏がやった手法のひとつに、雑木を植えるという手法がある。駐車場を隠すという手法だ。日本のふるさとを目指しているのに、そこに現代的な駐車場があるのは不自然であるということから、現代社会との調和を図るために雑木を植えている。
この手法をマネしてつくられているのが、高知県の馬路村農協である。同じく観光カリスマである東谷組合長は後藤さんから習ったと述べられている。駐車場を静かな雑木で隠されており、馬路村の豊かな自然と調和ができるように配慮されている。
さて、ある道の駅を見ていると、最初は生け垣で道路から隠されていたが、「どこにあるのかわからない」という理由で生け垣が伐採されて高さが低くなっていた。おそらく多数意見であろうし、聞くところによると議会でもとりあげられたそうである。いうところによると、「利用者の立場になっていない」ということだ。
しかし、内子町で町並み保存運動をされていた岡田さんは述べられている。「多数決が必ずしも正しいとは限らない」と。私はこの道の駅がどういうコンセプトでつくられたのかということを市民に説明することが欠けているのではないか? ただ利便性がいい、儲けたらよいということではなく、その道の駅がどういう街づくりをしていてそこの象徴となるべき施設ということになるのではないかと思うのだが、そういった意味でこの自治体はまだまだである。つまり、ソフトからハードにというまちづくりができていないから、市民の景観に対する理解度はかなりないということだろう。
自分たちの街はどのように進むのか、後藤さんの話から読み取れるだろう。
「普通の民家でもそう、まちづくりでもそう、そこの文化、そこは昔どうなっていたか、そういうようなことで解決していったほうが、どこでもある同じようなもの造るよりも。また、そこの場所で最高なことは何かということをしていけば、いいわけです。それは、和の文化でしょう。」
スローシティのまちづくり、それが重要なことをこの言葉は教えてくれていると思う。