先日から読売新聞の特集記事「買い物難民」がとても興味深く拝見している。これは高齢化にともなうまちづくりを考えなければならない過渡期に来ているということだ。特に本日の記事では最寄りの大きなスーパーが閉店してしまって周辺の一番近いスーパーまで自転車で20分~30分かかるということで買い物にも困っているそうだ。


この地区はもともと地元の商店などのない地域に造成された住宅地で、そのスーパーが唯一の商店という何とも皮肉な現状だったそうである。そのスーパーが閉店したのはスーパーを利用しなかった住民のせいもあるのではという指摘をする住民の声もあったそうであるが、よくよく考えてみるとこの状況はこの地区だけに限らず、農村や漁村のいわゆるAコープしかない地域も同様だ。


先日、そんなAコープしか集落内にないところに住んでいる叔父の免許返上の話を出したが、実際に都会でもそのような現状になることは容易に推測されると言うことだから驚きである。実際に、多摩ニュータウンや千里ニュータウンなどは「限界団地」になるとも言われているから、「限界集落」は田舎だけの問題ではないようである。


これまでの高度経済成長期とは異なる人口減社会の10年後を想像し、そして自分たちのまちの姿を創造することが重要であることは言うまでもない。その際に実は役に立つという切り札になるのが実は中心市街地活性化とコンパクトシティーなのかもしれないという意見がある。


よくよく考えてみるとそれは当たり前だろう。郊外化は人間の生産力が農業からサービス業に向かったため、どんどん農地が転用されて宅地化してしまったりしているわけである。そして人口が増えて農地が消えて郊外化が進んできたのであるから、その際にファストシティ化して周辺の景観にあわない建物が生まれ、いずれ人口減がもたらす郊外の廃墟が目に見えている。


さて、10年後、どういった町になるのか、今から真剣に考えているところはきっと勝ち組になるだろう。