小学生の頃の思い出で1番印象に残っている事は?

▼本日限定!ブログスタンプ

あなたもスタンプをGETしよう

小学校2年の時に担任の先生から、鼻血が飛び散るくらい強烈な平手打ちをされたことかな🤔💦



昭和の教育現場では、

「愛のムチ」

という言葉に象徴されるように、教育的指導の一環として身体的な罰が一定程度容認されていましたよね😅



授業態度や部活動における

「気合を入れる」

という名目のもと、教員による体罰は余程のことがない限り問題視されませんでした🤔💦



それに親御さんも、子の教育に関して学校や教員に全幅の信頼を寄せるという、当時の社会的な風潮に支えられていた感もありましたね😌✨


私が先生から平手打ちされた時、確か私が

「宿題を提出した」

と嘘を言ったことが原因で平手打ちされたと記憶しています😮‍💨



その先生は強面で近くの中学校にも数学を教えに行っており、体罰も日常的でしたので児童から恐れられる存在でしたが、嫌いかというと嫌いではなく、悪いことさえしなければ優しく接してくれる大好きな先生でしたよ😊✨



そんな先生から平手打ちを受けて上着からズボンまで血だらけになって帰宅して、先生からされたことを聞いても母親は驚くことなく、

「どんな悪いことしたんか」

と逆に私を責める始末でしたね😳💦


もちろん学校への抗議などはするわけがありません🌟

当時の社会が体罰を教育の一部として受け入れていたということですね😌✨



少し前ですが、児童7人の頭を手でたたいたとして小学校の校長(62)を戒告の懲戒処分にしたニュースを見たことがあります🤔✨

もちろん、これを受けて同校長は依願退職しています😮‍💨💦


この校長は手をあげた理由が、

6年男子児童が校内にナイフを持ち込んで他の児童を脅し、一緒にいた同級生6人も先生らに知らせなかったことを知り、7人を別室に呼び出して頭を1発ずつたたいた

ということらしく、依願退職した校長も、「指導のつもりだった」と話しているといいます🤔


人の命に関わることなので、この校長の行為は昭和生まれの私には充分理解できますが‥😮‍💨✨


しかし‥令和の現在において体罰は

「いかなる理由があろうとも許されない暴力」

であるというのが絶対的な原則のようです😮‍💨



2020年に施行された改正児童虐待防止法では、親権者による体罰も禁止され、学校現場ではさらに厳格な対応が求められいるようです💦



暴言や威圧的な態度も心理的虐待と見なされるなど、人権意識の高まりを背景に、指導は

対話と相互理解

を基本とする形へと大きくシフトています😌




教員と家庭との関係について昭和の教員の場合、高い教養を持つ

「聖職者」

として社会的に敬意を払われる存在でした😊✨

地域社会においても、教員は知的階層が上の人物として敬意を払われ、時には地域の相談役を務めるなど、単なる学校の職員を超えた役割を担っていましたね🤗✨



家庭訪問の際には、保護者が教員を自宅に招き、丁重にもてなし、

「うちの子をどうかよろしくお願いします」

と、子どもの教育全般を学校や教員に一任するような姿勢が一般的でした🤗✨

学校行事においても、保護者は教員の指示に従い、積極的に学校運営に口を出すことは稀でした🌟

教員と家庭の間には、良くも悪くも明確な序列意識が存在していましたね🤔✨



しかし、 令和の保護者は

「教育サービスの利用者」

としての側面を強め、学校や教員に対して具体的な要望や意見を主張することが一般的になりました😮‍💨💦



例えば、子どもの学校生活や学習内容について疑問があれば、すぐに学校に連絡して説明を求めたり、SNSを通じて学校の対応について意見を発信したりするケースも珍しくありませんよね😳💦



全体として、学校や教員には保護者への丁寧な説明責任が強く求められるようになっています😅💦


保護者会でも、教員が一方的に話すのではなく、質疑応答の時間が長く設けられたり、PTA活動も多様なニーズに対応した形へと変化しているようです😌💦




昭和の時代からは想像もしなかった現在の小学校教育の現場ですが、一足飛びにこうなったわけではなく、一歩ずつ進んできた積み重ねの上にあります。


過去との違いだけを取りざたするのではなく、子どもたちがおかれている環境をその背後関係からよく考えて、判断するようにしたほうがいいでしょうね😌


今の世の中の子どもたちが安心して楽しく過ごせるならば、それはどんな形であれ必要なことだと思います🤗✨





しかし、令和の教育現場における人権意識の向上などによる、その急進的な変化に対する戸惑いや息苦しさが社会に渦巻いているのも事実です😮‍💨💦


その心理を巧みに捉え、世代を超えて反響を呼んだのが、テレビドラマ

『不適切にもほどがある!』

でしたね🤗✨



昭和の主人公が放つ本音に、現代の過剰な「正しさ」への強烈な風刺の感じがとても面白かったです🤗



あまり、厳格に道徳や倫理を適用すると息苦しさが生まれるし、所詮常識なんか普遍的ではないのですから、昭和の「常識」が令和の「不適切」になるように、現在の令和の「常識」もまた、次の世代から見れば「不適切」と見なされる可能性もあるわけです‥😌✨



そう考えると、現代の学校における道徳教育のあり方も一方的に正しい答えを押し付けるのではなく、多様な意見が対立する現代社会において、生き抜くための道徳教育を先生だけではなく、生徒も含めて皆んなで考えていくことも大事になってくると思います‥如何でしょうか🤔⁈