昨日みんなで作ったiPhoneアプリ「レンタルアラーム」の話をしましたが、
作ってから感じたこととして、
「(実際に)作った」と「いつか作りたい」って言葉に対する周りの人の反応は全然違うなと。
「アプリとかいつか作りたいと思っているんですよ~」
というまだ作ってないときの語りより
「これ作ったんですよ~」
という実際に作ったという事実の方が圧倒的に耳を傾けてもらえますよね。
いつか作りたい、やりたいと語る人はいっぱいいるけど
実際やる人は少ないですからね!
というわけで作った自分たちをほめたいと思います(笑)
もう大人なので自分のことくらい自分でほめていかなと誰もほめてくれないっすから!からーからー!
最後に書いたのが2013年2月なので、おおよそ1年半ぶりに
久しぶりに書いてみました。
笑和堂というお店を終了してもう2年半、
時間はあっという間ですね~(しみじみ)
借金返済まであと4年くらい、こっちの件はもっと早く過ぎないかなぁ~と♪
まあそれはいいとして。
とりあえずできることをしようということで
それこそこの1年半くらいで種をまいていたものが
ようやく少しずつ実になってきて、そしてその実をほしいといってくれる人が
少しずつ少しずつ現れてきてくれている感じです。
できること、というのはいまの僕はシステムエンジニアの職業をしているので
たとえばアプリ開発とかシステム開発なのですが
本業とは別でアプリ開発をしていて、そのアプリで食べていく・・・
というところまではまだまだ到達できないですが
あっもし良かったら僕にも作ってくれない?というようなご依頼も少しずつ頂けるようになってきたのかなと。
もちろんまだまだまだまだまだまだ道のりは遠いですけどね。
いつか自分たちで作ったサービスやシステムでご飯を食べていけるようになりたいけど
まずは一歩ずつですが、進んでいけたらいいなと。
ちなみにみんなで作ったのは「レンタルアラーム」というiPhoneアプリです。
レンタルDVDやCDの返し忘れを防ぐアプリです。
無料ですので、良かった使ってくださいね!
これで延滞料払わなくて良くなる!かも!かもーかもー!
久しぶりに書いてみました。
笑和堂というお店を終了してもう2年半、
時間はあっという間ですね~(しみじみ)
借金返済まであと4年くらい、こっちの件はもっと早く過ぎないかなぁ~と♪
まあそれはいいとして。
とりあえずできることをしようということで
それこそこの1年半くらいで種をまいていたものが
ようやく少しずつ実になってきて、そしてその実をほしいといってくれる人が
少しずつ少しずつ現れてきてくれている感じです。
できること、というのはいまの僕はシステムエンジニアの職業をしているので
たとえばアプリ開発とかシステム開発なのですが
本業とは別でアプリ開発をしていて、そのアプリで食べていく・・・
というところまではまだまだ到達できないですが
あっもし良かったら僕にも作ってくれない?というようなご依頼も少しずつ頂けるようになってきたのかなと。
もちろんまだまだまだまだまだまだ道のりは遠いですけどね。
いつか自分たちで作ったサービスやシステムでご飯を食べていけるようになりたいけど
まずは一歩ずつですが、進んでいけたらいいなと。
ちなみにみんなで作ったのは「レンタルアラーム」というiPhoneアプリです。
レンタルDVDやCDの返し忘れを防ぐアプリです。
無料ですので、良かった使ってくださいね!
これで延滞料払わなくて良くなる!かも!かもーかもー!
夏季休暇、実家に帰り、
家族と話したり、映画を観たりした。
映画は何本か観たけど、「桐島、部活やめるってよ」は2回観た。
3回目は「今のシーンは・・・」とか言いながら台詞を考察したり
巻き戻しをしたりして、勝手に深読みをしながら観た。
久しぶりに繰り返し観た映画。
そのままの勢いで原作も読んだ。
映画と原作で違うんだなぁと思いながら。
学校が舞台で、いわゆる目立つグループと目立たないグループがあって
そのヒエラルキーのトップにいる桐島。
運動神経が良くて、描かれてないけどきっと頭も良くて、明るくてモテて、彼女は学校一の美人で、友達も多くて
みたいなトップに君臨する桐島君が部活どころか、学校からいなくなるところからスタート。
「桐島の友達」というアイデンティティを持った、主に上の階層にいる人たちはアタフタしちゃうんだけど
ヒエラルキーの下の階層にいる映画部の前田くんたちは、桐島君はどうでも良くて、とりあえず好きな映画を撮るからヨロシク!
という感じで物語が進んでいく。
僕が一番切なさを感じたのは
No2的な存在桐島の友達であるヒロキ。
僕自身とは離れたポジショニングのキャラクターだけど
なんか切なかったんですよね。
映画だと映画部の前田君が主役ですが、原作だとヒロキが主役なんですが、
この人は何でもできちゃうけど、何にもしない人、できない、動けない人なんですよ。せ、せつない。。。
で、こっからは推測ですが(笑)
彼は物事の意味や目的を求める人で、
たとえば野球をやるなら、プロ野球選手にならないと意味がないと考えていると思うんですよね。
逆にいえば、プロ野球選手になれないなら、やっても意味がないんじゃないかと。
彼は何でもできる人なんだけど、自分はそこまでじゃないとも分かっている。
だから、好きなはずの野球をやらない。
一方で、映画部の前田くんは好きな映画を撮り続けていて、
ヒロキ的にはそれが不思議であり、うらやましくもあるのかなと。
あるとき、ヒロキが前田君に撮る理由を聞くシーンがあって
前田君が答えるんですけど、僕的にはヒロキはぜったい意味不明で理解できない答えだったんじゃないかと。
ヒロキは頭もいいので、自分が理解できないそれすら客観的に見えちゃってるからきっと
「おいおい、なんだよ、それ、オレには意味不明だよ!うらやましすぎるよ!」って心の声が聞こえた気がしました(笑)
そんな感じで、色々な深読みができる映画だなと思いました。
家族と話したり、映画を観たりした。
映画は何本か観たけど、「桐島、部活やめるってよ」は2回観た。
3回目は「今のシーンは・・・」とか言いながら台詞を考察したり
巻き戻しをしたりして、勝手に深読みをしながら観た。
久しぶりに繰り返し観た映画。
そのままの勢いで原作も読んだ。
映画と原作で違うんだなぁと思いながら。
学校が舞台で、いわゆる目立つグループと目立たないグループがあって
そのヒエラルキーのトップにいる桐島。
運動神経が良くて、描かれてないけどきっと頭も良くて、明るくてモテて、彼女は学校一の美人で、友達も多くて
みたいなトップに君臨する桐島君が部活どころか、学校からいなくなるところからスタート。
「桐島の友達」というアイデンティティを持った、主に上の階層にいる人たちはアタフタしちゃうんだけど
ヒエラルキーの下の階層にいる映画部の前田くんたちは、桐島君はどうでも良くて、とりあえず好きな映画を撮るからヨロシク!
という感じで物語が進んでいく。
僕が一番切なさを感じたのは
No2的な存在桐島の友達であるヒロキ。
僕自身とは離れたポジショニングのキャラクターだけど
なんか切なかったんですよね。
映画だと映画部の前田君が主役ですが、原作だとヒロキが主役なんですが、
この人は何でもできちゃうけど、何にもしない人、できない、動けない人なんですよ。せ、せつない。。。
で、こっからは推測ですが(笑)
彼は物事の意味や目的を求める人で、
たとえば野球をやるなら、プロ野球選手にならないと意味がないと考えていると思うんですよね。
逆にいえば、プロ野球選手になれないなら、やっても意味がないんじゃないかと。
彼は何でもできる人なんだけど、自分はそこまでじゃないとも分かっている。
だから、好きなはずの野球をやらない。
一方で、映画部の前田くんは好きな映画を撮り続けていて、
ヒロキ的にはそれが不思議であり、うらやましくもあるのかなと。
あるとき、ヒロキが前田君に撮る理由を聞くシーンがあって
前田君が答えるんですけど、僕的にはヒロキはぜったい意味不明で理解できない答えだったんじゃないかと。
ヒロキは頭もいいので、自分が理解できないそれすら客観的に見えちゃってるからきっと
「おいおい、なんだよ、それ、オレには意味不明だよ!うらやましすぎるよ!」って心の声が聞こえた気がしました(笑)
そんな感じで、色々な深読みができる映画だなと思いました。
最近、自分には理解が難しい本を読むことが流行っている。
難しいというは、一回読んだだけだと理解不能なもの。
同じセンテンスを何度も読み返して「ああそういうこと、、かな?」という
感覚がなんだか新鮮で楽しい。
先日「なぜ脳は神をつくったか」という本を読んだ。
神や宗教を科学的に解明していくもの。
簡単にいうと人間は不完全だから全知全能である(とされている)神を
求めるという論で
一方で、科学的には「不完全性定理」や「不確定性定理」などにより
全知全能である神は存在しないことが証明されたと。
すべての事象に偶発性が内包されているから
「この壷を買うと幸せになる」や「彼の死は神の思し召し」は嘘(カルト)になるんだよと。
そのほか近代宗教の思想や歴史、
それに対する数学的科学的見地が書かれていて、
いままで全然手を伸ばしていなかったジャンルだったので、なるほどですねと。
ま、まあ何度も読み返してもまだ理解できてない部分もあるんですけどね^^;
もう一回読もうかな(笑)
難しいというは、一回読んだだけだと理解不能なもの。
同じセンテンスを何度も読み返して「ああそういうこと、、かな?」という
感覚がなんだか新鮮で楽しい。
先日「なぜ脳は神をつくったか」という本を読んだ。
神や宗教を科学的に解明していくもの。
簡単にいうと人間は不完全だから全知全能である(とされている)神を
求めるという論で
一方で、科学的には「不完全性定理」や「不確定性定理」などにより
全知全能である神は存在しないことが証明されたと。
すべての事象に偶発性が内包されているから
「この壷を買うと幸せになる」や「彼の死は神の思し召し」は嘘(カルト)になるんだよと。
そのほか近代宗教の思想や歴史、
それに対する数学的科学的見地が書かれていて、
いままで全然手を伸ばしていなかったジャンルだったので、なるほどですねと。
ま、まあ何度も読み返してもまだ理解できてない部分もあるんですけどね^^;
もう一回読もうかな(笑)
昨日TVをつけたタイミングで
涙活なる特集をやっていた。
特集の途中から見たけど、どうやら涙を流す活動らしい。
女性が多いと思いきや、30代、40代のサラリーマン男性も多く参加しているらしい。
とりあえず感動するビデオを見てみんなで泣く。
それによってリラックスしたりするらしい。
最初見たとき、漠然となんだかなぁっと思ったけど
しばらくして、まあ確かに日頃「泣く」機会ってないよな~と思った。
正確にはなくなったな、と。
涙を流す「泣く」行為はしなくても、
喜怒哀楽が揺さぶられる感情を持つことはいわゆる日常の中に見出すのは
難しい。いや、難しくなった。
過去形で書くのは理由があって、僕が妻と店を営んでいたときは
毎日毎日、喜怒哀楽の繰り返しで
良くも悪くも感情が揺さぶられていた。
それをもたらした「出来事」としては大げさなことはなくって
おそらく僕が従業員だったら、きっと感情が揺さぶられることなんてなくて
きっと「普通」だったと思う。
それはいま、会社員に戻った僕が日々の出来事に対して
「普通」という感情の範疇に収まっているのと同じだ。
当時は毎日毎日感情が揺さぶられて疲れてしまうこともあったけど
とても充実していた。
人はないものねだりで、僕も例外ではなく、
当時の僕はたまには「普通」の日を送りたいなんてどこかで思っていた。
でも、いま毎日「普通」の範疇で感情が動いていると
確かにたまには感動したくなるのかもしれない。
意識してはいないけど、僕はそれを映画を観たり本を読んだりして
「普通」じゃない感情を味わおうとしているのかもしれない。
だから、最初涙活ってなんやねん!って思っていたけど
まあ、気持ちは分かります、ということで。
涙活なる特集をやっていた。
特集の途中から見たけど、どうやら涙を流す活動らしい。
女性が多いと思いきや、30代、40代のサラリーマン男性も多く参加しているらしい。
とりあえず感動するビデオを見てみんなで泣く。
それによってリラックスしたりするらしい。
最初見たとき、漠然となんだかなぁっと思ったけど
しばらくして、まあ確かに日頃「泣く」機会ってないよな~と思った。
正確にはなくなったな、と。
涙を流す「泣く」行為はしなくても、
喜怒哀楽が揺さぶられる感情を持つことはいわゆる日常の中に見出すのは
難しい。いや、難しくなった。
過去形で書くのは理由があって、僕が妻と店を営んでいたときは
毎日毎日、喜怒哀楽の繰り返しで
良くも悪くも感情が揺さぶられていた。
それをもたらした「出来事」としては大げさなことはなくって
おそらく僕が従業員だったら、きっと感情が揺さぶられることなんてなくて
きっと「普通」だったと思う。
それはいま、会社員に戻った僕が日々の出来事に対して
「普通」という感情の範疇に収まっているのと同じだ。
当時は毎日毎日感情が揺さぶられて疲れてしまうこともあったけど
とても充実していた。
人はないものねだりで、僕も例外ではなく、
当時の僕はたまには「普通」の日を送りたいなんてどこかで思っていた。
でも、いま毎日「普通」の範疇で感情が動いていると
確かにたまには感動したくなるのかもしれない。
意識してはいないけど、僕はそれを映画を観たり本を読んだりして
「普通」じゃない感情を味わおうとしているのかもしれない。
だから、最初涙活ってなんやねん!って思っていたけど
まあ、気持ちは分かります、ということで。