笑和堂ができるまで その19 | ダムッチョマガジン

ダムッチョマガジン

想像したこと妄想したことくだらないことを紹介していきます。

時々、まじめ。

あせりは時にやけくそという行動力を生んだりもする。
僕は片っ端から不動産屋を訪ね歩いた。

「店舗物件を探している」と伝えると
「ないね」の一言であしらわれることもあった。

「見つかったら連絡しますね」といわれても、連絡はないことを学んだ。
連絡がほしければこちらから積極的にアプローチしなければならない。
「おいおい、こっちがお客さんじゃないのか」なんて言葉は不毛だ。
行くしかない、どんどん、ばんばん、がつがつ。

しかし、そんなあせりからかどうかは未だに分からないが、
某不動産屋に足を踏み入れて、あるトラブルにあってしまった。

詳細は書けないが、そのトラブルの対処として、
僕は弁護士や区や都の相談所や、宅建協会にまで足を運んでいる。

携帯電話が何度も鳴り、「この野郎ふざけんなよ」と意気込む一方、
正直怖さもあった。

ただでさえ物件が決まらず焦っているのに、
トラブルに心のすべてがもっていかれると思考は停止してしまい、
それが行動の停止につながってしまう。

僕らには行動以外に前に進む道はないのだ。
だから弁護士や宅建協会に足を運び、安心感を手に入れたかった。

僕らは間違っていない、僕らは守ってくれる人たちがいる、
そんな後ろ盾がほしかった。

弁護士や宅建協会もそうだが、
この時期、相談させてもらって
「いや、ダムッチョ間違ってないよ、大丈夫大丈夫、何かあったらなんとかするからさ」
といって僕を励ましてくれた諸先輩たちや、
あせりや苛立ちや恐怖感を共有して支えてくれた仲間にはとっても感謝している。

でも、この経験をして僕は少しだけ図々しくなれた気がする。
どこか開き直って、「来るなら来いよ」なんて思えるようになってきたのだ。
もちろんできれば来てほしくないが(笑)

社会悪に反しておらず、自分の信念から正しいと思えることならば、
どんな批判や苦情も真摯に受け止めなければならない一方で、
どんとこいやって思えるように少しはなった、かもしれない。

つづく