・1996年に統一教会の世田谷進出を阻止、2002年に特殊法人の闇を看破、その年に殺された政治家・石井紘基とは?(集英社オンライン 2024年10月18日)
泉 房穂
2002年10月、右翼団体代表を名乗る男に襲撃され命を落とした政治家・石井紘基(こうき)。当時、石井は犯罪被害者救済活動や特殊法人関連の問題追及等で国会の爆弾発言男として、注目を浴びていた。
そんな彼を師と仰ぐ元明石市長の政治家・泉房穂が語る、特殊法人を石井が国会で追求する一幕を書籍『わが恩師 石井紘基が見破った官僚国家 日本の闇』より一部抜粋・再構成してお届けする。
わが恩師 石井紘基が見破った官僚国家 日本の闇 #1
※国会の爆弾発言男
石井さんは、1993年の第40回衆議院議員総選挙で、当時ブームを起こしていた日本新党から立候補して、トップ当選。
当時は政権交代、政界再編でめまぐるしい時期でしたから、石井さんもその後、自由連合、新党さきがけ、民主党と、所属を替えていきますが、不正を許さず、国民のほうを向いた政治姿勢は、生涯変わりませんでした。
国会議員2年目の1994年、石井さんは羽田孜連立内閣において、総務政務次官に就任。特殊法人の住宅・都市整備公団(現・独立行政法人都市再生機構)による、子会社への工事発注操作の疑惑を追及し、メディアでも取り上げられます。
この国会質問を受けて総務庁(現・総務省)は、同公団への行政監察を行ないました。それまで、公共事業の主体として、当たり前のように存在していた特殊法人に、石井さんは初めてメスを入れました。
翌1995年は、阪神・淡路大震災とオウム真理教による地下鉄サリン事件が起きた年でした。石井さんは、カルト宗教問題に取り組んでいる紀藤正樹弁護士と連絡をとり、「オウム真理教問題を考える国会議員の会」を発足。統一教会の世田谷進出に反対する住民運動にも参加します。
1996年、衆議院議員に2回目の当選。1997年、オウム真理教の「地下鉄・松本サリン事件の被害者救済の集い」を開催。そしてこの年、統一教会が世田谷進出を断念して、施設から撤退します。政治家と市民がともに戦い、勝ち得た勝利でした。
1998年には、防衛庁の装備品調達における贈収賄、背任疑惑を国会で追及。共謀して工数の水増し請求を行なった取引先4社と、調達費の過払いに関与した防衛庁の関係者は、のちに東京地検により逮捕・起訴されます。
翌1999年には、衆議院行政改革特別委員会で中央省庁等改革関連法案と地方分権1括法案に対する質疑を行ない、日本道路公団(現・特殊会社NEXCO3社)および、住宅・都市整備公団の不透明な業務内容を例に、特殊法人の問題点を追及。
「特殊法人は1200社以上ある。丸投げするための子会社まで含めたらもっと多い。公益法人にしても職員51万に対し役員49万人。これらが民間と同じビジネスを行なっている。ここにメスを入れなければ、行革の意味がない!」と官業による民業の圧迫、特殊法人と子会社の癒着、そこで起きている官僚の天下りを痛烈に批判しました。
独自の調査で権力の中枢に踏みこみ、国民が知らなかった事実を暴露する石井さんは、「国会の爆弾発言男」と呼ばれるようになります。
特殊法人とはなにか
特殊法人は、「公共の利益または国の政策上の特殊な事業を遂行する」として、特別法によって設立された法人です(『大辞泉』)。主に第2次大戦後の経済復興のため、道路、住宅、鉄道など基本的な社会資本(インフラ)を整備するために作られました。
公団(旧・日本道路公団、旧・住宅・都市整備公団など)、公庫(旧・住宅金融公庫など)、特殊会社(電源開発株式会社など)などの形態で、戦争によって壊滅的な打撃を受けた日本社会を建て直すため、一定の役割を果たしました。
歴史的には、1960年代から高度経済成長をめざして、重工業主体の産業政策が推進され、この間、民間企業が大きく成長しました。石井さんは、池田勇人内閣(1960〜1964)の国民所得倍増計画がその目標を達成した1970年代前半には、「本来であれば特殊法人は解散して、経済を市場に委ねるべきだった」と考えていました。福祉や教育、外交など、政治は次なる目標に向かうべきであったと。
しかし実際には、政・官・財の癒着が壁となり、民間経済をサポートし、活性化させるという本来の役割を終えた特殊法人はその後も残り、自己増殖を始めました。
政・官・財の権力システムは、「〜開発法」「〜整備法」など後付けの根拠法を次々と作り、公共の投資事業のための「特別会計」を増やし、行政指導の権限と経営規制を拡大して、金融・建設・住宅・不動産・流通・保険などの事業分野、鉄道・空港・道路その他の交通運輸産業、農業・漁業・林業の分野、さらに通信・電力など、ほとんどすべての産業分野で、市場を寡占するようになります。
その後も経済発展とともに特殊法人は増加し、政治家と官僚は、財団法人や社団法人なども含む膨大な数の、子会社、孫会社を作りました。これらのいわゆる「ファミリー企業」は、下請け発注業者である特殊法人から優先的に仕事を回され、事業を寡占します。定年を迎えた官僚は、管轄下の特殊法人やファミリー企業へ続々と天下り、法外な給料や退職金を何度も手にします。
これでは民間にお金は回ってきません。
石井さんが最後に調査した2001年の時点で、特殊法人は77団体。関連会社・法人は約1200社、そしてファミリー企業まで含めると2000社以上、役職者数は少なくとも100万人。
さらに、特殊法人の公益事業や委託業務で生計を立てている民間企業や地方自治体まで含めると、特殊法人関係の実質就業者数は300万人規模で、これは当時の日本の全就業人口の5パーセントになると推定しています。
石井さんの追及はここから「特別会計」に及び、国会での爆弾発言となります。
誰も知らなかった「本当の国家予算」
「国の予算というのは、御案内のとおり、一般会計予算と特別会計の予算、それから、最近では財政投融資計画というのも国会にかけられるようになりまして、その御三家といいますか、その〝3つの財布〞があるというふうに思います。
とくに、一般会計でもって通常議論されるわけでありますが、実は、一般会計というのは、カムフラージュというような性質のものでございまして、一般会計のうちの大部分、つまり、81兆なら81兆のうちの50兆以上は特別会計にすぐ回ってしまうわけですね。
特別会計の規模は、御案内のとおり、最近ではもう380兆というような規模になっているわけですね。そこで、〝3つの財布〞をそれぞれ行ったり来たりしておりますから、(中略)非常に複雑きわまりない構造になっておりますが、そういう中で、果たして、国の歳入歳出という面からいったら幾らになるか。
これは純計しなければなりません、これらの財布を。それがすなわち我が国の国家予算なんです。年間の国家予算なんです。それは、到底、80兆やそこらのものじゃありません。それを、私は、今からちょっと計算してみたいと思うわけであります。
そこで、申し上げましたように、一般会計は14年度81兆です。特別会計は382兆。これを純計いたしますと、248兆円でございます、行ったり来たりしておりますからね。
それで、さらにその中から内部で移転をするだけの会計の部分があるんですね。(中略)この部分約50兆円でありますから、これを除きますと、純粋の歳出は約200兆円であります。(中略)これはアメリカの連邦政府の予算にほぼ匹敵するというか、アメリカの連邦政府の予算よりちょっと多いぐらいの規模でございます」(図1参照)
これは石井さんが亡くなる4カ月前に行なった、2002年6月12日の衆議院財務金融委員会での質問の一部です。特殊法人の予算である、特別会計。石井さんは、それまで国の予算と思われていた「一般会計」を表向きのカムフラージュと見破り、誰もが見過ごしていた「特別会計」に目をつけて、純粋な歳出として200兆円を割り出し、「本当の国家予算」へと迫っていきます。

日本では市場のおよそ半分を「官制経済」が占めている
すこし長くなりますが、このまま続けます。
「一方でGDPは名目で約510兆円ぐらいですね。そうすると、このGDPに占めるところの中央政府の歳出というのは、何と39%に上ります。ちなみに、アメリカの場合は連邦段階で18%、イギリスの場合は中央政府で27%、ドイツも12.5%、フランス19%、大体そんなふうになっているわけです。
さらに、これに、政府の支出という意味でいきますと、地方政府の支出を当然含めなければなりませんから、我が国の場合、これも純計をして、途中を省きますが申し上げますと、大体これに40兆円超加えなければなりません。そうすると、一般政府全体の歳出は約240兆円というふうになるんです。これは何とGDPの47%であります。(編集部註:図2、3参照)(中略)
これは実は、市場というものと権力というものとの関係において、我が国では権力が市場を支配している。(中略)その結果、市場経済というものを破壊しているというところがあるんです。こうした我が国の実態というものが、先ほど申し上げました分配経済と呼ぶべきものですね。


私の言葉で言えば、私は『官制経済』というふうに申し上げているわけであります。これは、ここでは本質的に資本の拡大再生産というものは行われない、財政の乗数効果というものは発揮されない、こういう体制にあるんです」
GDP(国内総生産)における、国の純粋の歳出(特別会計を含む国家予算に地方政府の支出を加えたもの)の比率は、47パーセント。
つまり日本では市場のおよそ半分を、特殊法人系列による「官制経済」が占めていることになります。図2、3を見てもわかるように、欧米と比べて民業が極めて圧迫されている状況で、市場経済が正常に機能していないことになります。質問は熱を帯び、最後に「本当の国民負担率」が明かされます。
「一方、国民負担率というものは、我が国の場合は、私はもう今既に限界に達しているんだと思うんですね。財務省の数字によりますと、潜在的な負担率も含めて48%と言っておりますが、しかし、これは先ほど申し上げました特殊法人等から生ずる負担というものがカウントされておりません。財務省が昨年9月に出したところの特殊法人等による行政コストというのは、年間15兆5000億円くらいあると言うんです。
こういうものを含めると、国民負担率、これは当然、例えば電気にしても、ガスや水道なんかのそういう公共料金、運賃や何かも含めて、こういうものは特殊法人という、認可法人や公益法人も入りますが、総称して特殊法人というものによって、このコストが乗ってくるわけでありますから、そうした将来にかかるコストと、現実に日常的にかかるところのコストというものがオーバーラップしてあります。
こうしたものを含めた国民負担率というものは、もう60%に近づいているだろうというふうに考えられます。日本の不安定な社会保障の実態というものとあわせて考えると、これは6割近い国民負担率というものは非常に異常な状況であると言わざるを得ないと思います。
(中略)
今まで申し上げましたことについて、財務大臣の御認識を伺いたい。どうですか」
塩川正十郎財務大臣
「御意見としてお述べになりましたのでございますから、私が否定するようなこともございません」
誰も気づかなかった裏の国家予算「特別会計」を掘り起こし、「本当の国家予算と国民負担率」を開示した石井さん。前年の国会では、経済財政政策担当大臣の麻生太郎と、財務大臣の宮澤喜一に、「本当の国家予算」についてズバリ聞いていました。
「そこで、麻生大臣にちょっと聞いてみたいのは、日本の国家予算というのは、歳出でもいいですし歳入でもいいのですが、幾らぐらいなんですか」
麻生経済財政政策担当大臣
「81兆で、出ているとおりだと思いますが」
石井
「では、宮澤財務大臣にひとつ教えていただきたいのですが、日本の国家予算のトータルというのはどのぐらいの規模ですか。何兆円という単位で結構でございますが」
宮澤財務大臣
「一度調べまして、お答えいたします」
(2001年4月4日衆議院決算行政監視委員会)
麻生さんは単純に、一般会計の81兆円を国家予算と思いこみ、旧大蔵省のエリート官僚出身の宮澤さんは、答えられなかった。ふたりとも首相候補と目されていた政治家です。
国家の中枢を揺るがす「爆弾発言男」石井紘基。このころからすでに、エスタブリッシュメント(体制側)に警戒されていたのかもしれません。
・「国会で重大なことを暴く」と宣言した日に殺害された政治家・石井紘基…「動機の解明は困難」という不可解な判決文と見つからない資料の謎
2002年10月、右翼団体代表を名乗る男に襲撃され、政治家・石井紘基(こうき)は命を落とした。その後すぐに犯人が出頭。動機の解明に至らないまま犯人は無期懲役となり、真相は分からないままだ。
書籍『わが恩師 石井紘基が見破った官僚国家 日本の闇』より一部抜粋・再構成し、石井が襲われた前後の様子を振り返る。
わが恩師 石井紘基が見破った官僚国家 日本の闇 #2
※国政調査権でタブーに迫る
石井さんがそもそも特殊法人の調査を始めたのも、中小企業の建設会社を経営している、ある友人の話がきっかけだったといいます。
彼いわく、「住宅・都市整備公団(以下、住都公団)の営繕(建築物の造営と修繕)の工事に入札しているが、いつも決まって公団の子会社である日本総合住生活(株)が落札し契約してしまう。我々には圧力がかかってまったく仕事が取れない」と。
住都公団は、のちに石井さんが国会で追及する、国の特殊法人です。議員2年目。このころの石井さんは、まだ特殊法人に注目していませんでしたが、素朴な疑問を抱きます。
「税金で運営している特殊法人が、子会社を持っている?」
税金で私企業を作るということは、公金を私物化すること。いわば公金横領である。そう思った石井さんは、住都公団を管轄する建設省(現・国土交通省)に連絡し、事実を確認しました。担当者の話では、「子会社への出資は法律で認められている」といいます。
この法律は、特殊法人および所管の省庁が、自己正当化をするための「後付けの根拠法」に過ぎないのですが、石井さんは国会議員の権限である「国政調査権」を行使して、住都公団の出資額や子会社の資産、収益などの財務資料を提出するように求めました。
建設省側はのらりくらりの対応で、あれこれ言い訳をしては資料を出し渋りましたが、石井さんは執念深く調査を続け、
①住都公団が出資して作った株式会社が24社、出捐(寄付)して作った営利財団が6法人あること。
②そのうち5社分だけで2000億円の営業収入があり、公団からの天下り役人は、子会社全体で100人を超えていること。
③その中に前出の日本総合住生活(株)もあり、社長は建設省から、公団、子会社へと天下りを繰り返してきていること。
④同社の売上は年間1600億円で、同業の全国7100社中第2位。住都公団東京支社の発注契約のうち7割を占めていること(発注操作の疑い)。
などを解明。国会での追及へと踏み切ります。
その後、石井さんは、当時あった他の91の特殊法人、そして公益法人についても調査を開始し、発注操作、放漫経営、ファミリー企業への天下りなどを調べ上げました。また政治資金の調査を行なうことで、特殊法人全体における、国会議員の利権の縄張りも見えてきたといいます。
このように膨大な調査データを積み上げていくことで、ソ連からの帰国以来、仮説として立てていた「官僚社会主義国家・日本」の実像が、具体的なものになっていったのでしょう。
そしてその膨大な調査は、仕事が取れない中小企業のいち経営者の「困りごと」がきっかけでした。弱い者の側に立った不正の追及、弱者の救済であり、民衆のための正義の行ないだったのです。
いつ電話しても、夜遅くまで議員会館の事務所で仕事をしていた石井さん。部屋の中は、つねに資料が山積みで、どこになにがあるのかは本人にしかわかりませんでしたが、すべての資料が、「官制経済システム」のパズルのピースだったのでしょう。
石井さんが収集していた資料は段ボール箱63個に及び、今も全貌が解き明かされるのを待っています。
政治の深い闇
石井さんが亡くなって、今年で22年になります。私がX(旧Twitter)を始めた2021年12月以降は、石井さんの命日である10月25日はもちろんのこと、定期的に石井さんについてポストしています。
「事件の真相を知りたい」「政治の闇は深い」「泉さんも気をつけてください」といったリプライも多数つき、私としても「事件を風化させてはいけない」との思いを新たにしています。
石井さんは2002年10月25日の午前10時半頃、国会に向かうため自宅前でハイヤーに乗ろうとしたところ、何者かに刃物で刺されて殺害されました。
その日の夕方、ニュースで事件を知った私は東京に駆けつけ、お通夜とお葬式のお手伝いをさせていただきましたが、翌26日には犯人が警察に出頭しています。
石井さんは事件の前に、奥さんや同僚の政治家、知り合いの記者などに「国会質問で日本がひっくり返るくらい重大なことを暴く」と話していたそうで、事件当日はその資料を国会に提出する予定だったといいます。ですが遺品のカバンから、資料は見つかりませんでした。
容疑者の伊藤白水は、犯行の動機を当時「個人的な金銭トラブル」と供述しましたが、石井さんは国会で数々の不正を追及していたので、「事件には黒幕がいて、口封じのために伊藤に殺害を指示したのではないか?」と囁かれました。
「動機の詳細を解明することは困難」?
事件の裁判では「被告人の動機に関する供述はまったく信用することができない」としながらも「動機の詳細を解明することは困難」との不可解な判決文で、一審では求刑どおりの無期懲役。その後、消えたカバンの資料の行方も、被告の動機も解明されないまま、2005年に最高裁で無期懲役が確定します。
事件後、石井さんが所属していた民主党が真相解明に動くと発表していましたが、結局調査は進められませんでした。
石井さんは秘密主義者でした。他人と情報を共有しませんでした。外出するときも行き先を言わないし、どこにいるかわからない。
特殊法人の不正追及を始めてからは、公共事業がらみの闇のルートを調査していることはわかっていましたが、具体的な話は、私にもしませんでした。
事件までの数年間、石井さんは民主党内で「国会Gメン(政治と行政の不正を監視する民主党有志の会)」を立ち上げ、原口一博さん、河村たかしさん、上田清司さんらと不正を追及していましたが、国会Gメンのメンバーにも情報は知らされていなかったといいます。
石井さんは秘密主義だったからこそ、黒い情報源も石井さんを信用して、機密情報を渡すことができたのかもしれません。
私としてはご遺族のお力になりたかったので、娘さんの石井ターニャさんにお願いして、段ボール箱の資料を調べさせていただきましたが、他人が読んでもわからないようにしていたのか、文字も読みづらく、事件の手がかりとなるような情報は見つけられませんでした。
残念ながら今もって真相は闇の中です。
・財務省vs厚労省「不毛な抗争の歴史」…国民から集めた金を配ることで権限を得る財務省、社会保険料をしぼり取る厚労省
元明石市長で政治家の泉房穂さんは2003年と2004年に衆議院議員を務めている。そのとき彼を応援していたのは財務省の官僚だったという。しかし、彼らには厚労省を潰すという目的があり…。
任期中に目の当たりにした何とも無駄な財務省と厚労省の戦いの様子と、戦後からの歴史を書籍『わが恩師 石井紘基が見破った官僚国家 日本の闇』より一部抜粋・再構成し紹介する。
わが恩師 石井紘基が見破った官僚国家 日本の闇 #3
※財務省対厚労省、抗争の歴史
弱者救済のための議員立法に駆け回っていた議員時代。法務省、厚労省、内閣府の委員会など、各関係省庁の官僚と仕事をしましたが、当時の私を応援していたのは、なんと財務省でした。この背景には「財務省対厚労省」の省庁間の抗争があり、財務省は私を使って、「厚労省潰し」を画策していたのです。
当時、やたらと私の部屋に来る財務官僚がいました。事あるごとに彼は、秘密の情報を私にくれます。その情報は、なぜか厚労省の不備や不始末に関するものばかりでした。「なぜそんなことを?」と不審に思ったのですが、私に情報を流すことで、厚労省潰しのリークを目論み、また私のことも自分たちの配下に置こうとする。
官僚組織の権謀術数を目の当たりにして、私は呆れつつも「すごいなあ」と妙な感心をしたものです。
戦後の政治の歴史は、「財務省対厚労省」の抗争の歴史でもあります。戦後の復興予算を一手に握ってきた旧大蔵省(財務省)は、つねに中央省庁のトップに君臨してきました。
国民の税金は全部自分のところに集めて、他の省庁に対しては、自分たちに頭を下げた人間に金を渡していく。戦後一貫して、財務省は税金を源泉とした巨大な権力を行使してきました。
ところが厚労省は、それが許せませんでした。
つまり、財務省がお金を集めたところで、道路やダム、港湾建設などの公共事業に優先的に流れていき、福祉は後回し。だから、自分たちで財源を確保しようということで、厚労省は保険制度に活路を見出し、1961年の医療保険、国民年金に始まり、さまざまな保険を作り、2000年には介護保険を作りました。
保険制度は、財務省とは直接の関係がありませんから、厚労省は別ポケットで、自分たちのお金(国民の保険料)を集めることができます。実際は、年金も現行制度の財源は保険料と税金のミックスで、介護保険も、財源の半分は税金ですから、財務省と無関係ではないのですが、そうは言っても別ポケットの財源です。
そのように財務省と厚労省との戦いがあり、政局の裏側にも、「財務対厚労」の戦いがありました。
国民そっちのけの、財務省対厚労省の戦い
1993年に石井紘基さんが初当選したときの、日本新党・細川護煕首相は、財務省派(当時大蔵省)の議員でした。大蔵省をバックに細川首相は、「国民福祉税」の名目で消費税増税を目論みますが、福祉を管轄する厚生省(現・厚労省)と世論の猛烈な反発を受けて頓挫、細川政権は退陣となります。
その後、「厚生族のドン」と呼ばれた橋本龍太郎が1996年に首相となり、厚生省が力を持つようになります。橋本首相は介護保険法を成立させましたが、橋本内閣では前厚生事務次官が汚職で逮捕され、実刑判決を受けます。
これは財務省によるリークで、厚労省潰しを目的としたものでした。2000年代以降も、年金に関する国会議員の不祥事がリークされ、2007年には「消えた年金問題」が明るみに出て、厚労省は力を失います。そして2009年に、自民党から民主党への政権交代が起こります。
財務省は、自分たちの手元の金を増やそうとして増税をする。厚労省は、財務省に負けじと、国民に負担を課して保険制度の拡充をはかり、保険料を上げていく。だから今も現在進行形で、増税と保険の負担増が続いているのです。
国民そっちのけの、財務省対厚労省の戦い。私たち国民からすると、官僚が頑張れば頑張るほど、負担が増える構造です。官僚も政治家も、国民のことなど見てはいません。
事業仕分けを主導していた財務省
1993年と2009年に、自民党系ではない2度の政権交代が起きていますが、注目すべきは93年の細川政権も、09年の民主党政権も、「財務省派の政権」だったということです。
細川政権では「国民福祉税」の名目で、消費税の7パーセントへの引き上げを目論み、民主党政権では、「社会保障と税の一体改革」として消費税10パーセントの負担を国民に課すことを決めました。消費税10パーセントを「実行」したのは、その後の安倍政権ですが、「決定」したのは財務省主導の民主党政権のときです。
また民主党政権では2009年、「事業仕分け」の名目で、国家予算や公共事業の見直し、そして石井さんが追及していた公益法人、独立行政法人の廃止・移管などが行なわれました。
しかし、その実態は財務省の言いなりで、財務省がかねてより仕分けようとしていた各省庁の予算や部門をカットするにとどまり、利権は温存されたまま。国民にとってなんのプラスにもならない仕分けでした。
たとえば、児童虐待に関する研修センターが仕分けの対象になりました。当時から、虐待で数多くの子どもの命が奪われ、専門性のある職員が必要な状態でした。
本来ならば都道府県ごとに作る予定だった研修センターは、当時全国に1カ所しかなかったのに、それさえ財務省は「ムダ」と判断して、仕分けの対象にしたのです。「そのような施設など潰してしまえ」ということでしょうか。
それから10年以上、研修センターは新設されないのですが、2011年に私が明石市長となり、かねてより親しくしていた自民党の塩崎恭久さんが2014年に厚労大臣となった際に、塩崎さんに研修センターの必要性を説き、力を貸していただきました。
土地は明石市が提供し、施設と人件費は国が予算を持つという関係性で、2019年に、全国で2カ所目となる「西日本こども研修センターあかし」を設立する運びとなったのです。
行政改革の名の下に、子どものための施設を仕分けようとする。財務省が主導して、民主党政権が実行した事業仕分けが、国民の側に立っていなかったことの1例です。他にも重箱の隅をつつくような仕分けが行なわれ、本当に必要なところにはメスを入れず、石井さんが指摘していた利権の本丸は温存されたままでした。
当時の民主党の主流派の議員は財務省派でした。現在の「野党第一党」である立憲民主党が、減税に消極的なのも財務省に気をつかっているからでしょう。
若手の優秀な財務官僚は、与野党問わず有力な政治家の担当となり、情報を提供します。政治家も官僚を可愛がり、知らぬ間に財務省の価値観に染まっていきます。もし政治家が楯突くようなことがあれば、官僚がその政治家のスキャンダルをリークして、潰します。中央省庁に君臨する財務省には、各省からの情報が集まるし、直下の国税庁も動かすことができます。
政治家にしてみれば、財務省に頭を下げれば出世できて、怒らせると首が飛ぶ。財務省は与党と野党の首根っこを押さえて、政権がどちらに転んでも、盤石の体制を築いています。したたかな組織です。
石井さんが「官制経済」と喝破した日本の官僚主権国家では、官僚がつねに政治の上にいるため、官僚の軍門に下っている与野党が政権交代をしたところで、国民は救われないのです。
官僚主権を支える信仰の理由
官僚国家である日本には政治家がいません。ドイツの社会学者マックス・ウェーバー(1864〜1920)が言っているように、「最良の官僚は最悪の政治家」で、官僚というものは、選挙で選ばれていないから国民を見る必要もないし、国民に対する責任も感じていません。
右肩上がりの成長をめざし、前例主義でこれまでどおりのことを続ける。お金が足りなくなってくると、国民に負担を押しつける。財務省は税金を上げる。厚労省は保険料を上げる。
それまでやってきたことを見直す発想もない方々ですから、官僚に任せていると経済は当然肥大化するし、国民からすると負担が増えるに決まっているわけです。
それに対して、本来であれば政治の立場にある者が主導して、方向転換をめざすべきなのですが、日本の場合は、官僚にものを言える政治家がいません。政治が機能していない、政治家がいないという状況が戦後ずっと続いてきているので、余計に官僚の権限が強まり、現在のように、政治家が財務省の軍門に下っている状況となっています。
建前では国民主権と言いながら、実態は官僚主権の国である日本。選挙で選んでもいない官僚が、選挙で選んだ自分たちの代表であるはずの政治家に指示をして、国民に負担を課している構造。
「官僚主権から国民主権への転換」を早くから訴えていたのが石井紘基さんであり、その考えは現在の私の「救民内閣構想」にもつながるのですが、そもそも「官僚主権」の原因とはなんなのでしょうか?
いくつかの要素が複合的にあると思いますが、一番強いものは「思いこみ」でしょう。日本は受験エリートのランキングがある非常に珍しい国です。子どものころから受験競争をやってきて、勝ち残った者が東京大学に行き、東大の中でも「文一で法学部」という文化がいまだにあります。
そして東大の文一を出て官僚となった者の中から、最も優秀な人間が財務省に行き、財務省の中で最も優秀な人間が主計局に行きます。財務省主計局は、官僚社会のエリート中のエリート。官僚主権国家・日本のシステムの中枢にいるのが、彼らです。
世の中のことを知らない、社会性も身につけていない受験エリートが競争を勝ち抜き、財務省に属している。競争を勝ち抜いた財務省主計局に対する、周囲からのエリート信仰。
身も蓋もない話をすれば、競争の途中で脱落した周囲の者たちによる「主計局は賢くて、自分たちは議論しても勝てない」みたいな思いこみが、日本の官僚主権を支えているような気がします。
・裏の国家予算・特別会計は436兆円…なのに「日本に金が無い」は本当か? ムダ遣いに明け暮れる国土交通省の実態
自分より学歴が「上」の人間は賢いと思い込んでしまっていないだろうか? 元明石市長の泉房穂は、日本の学歴社会が生む致命的な欠陥を『わが恩師 石井紘基が見破った官僚国家 日本の闇』にて指摘している。
書籍から一部抜粋・再構成し、なぜ財務省の言葉を鵜呑みにしてしまうのか、そしてその無批判の精神の危険性について解説する。
わが恩師 石井紘基が見破った官僚国家 日本の闇 #4
※本当に日本にお金はないのか?
あえて言わせていただくと、財務省へのエリート信仰は、いわば思いこみにすぎないのではないでしょうか。政治家にしてもマスコミにしても、思いこみが強いから、受験競争を勝ち抜いた財務省主計局とはケンカができない。だから財務省が出してきた数字を、なんの検証もせずに信じる。
一方、私は田舎の貧しい漁師の息子で、塾に行くお金もなく、本屋で立ち読みしながら猛勉強して、東大に合格しました。すこし傲慢に聞こえるかもしれませんが、東大に行って最初に驚いたのは、学生たちのレベルの低さです。
記憶することや、数字の置き換えは得意なのですが、なにもないところで絵を描いてみてと言うと、止まってしまうのです。ゼロから1を作り出す力がありません。
すでにある数字の置き換えとか、作業効率は高く、要領はいいのです。受験というせこい競争をよりせこく勝ち抜いた者が財務官僚ですから、私は財務官僚を賢いと思ったことがありません。国民の負担を減らし、国民を笑顔にするのが、賢い人間だと私は思います。
みんな財務官僚のことを賢いと「思いこんでいる」だけです。私に言わせればマスコミの人間も受験エリートですから、反骨精神が強いようでいて、財務省へのコンプレックスがあるのかもしれません。
立憲民主党にしても、この物価高のときに、「今の経済状況は減税する場面ではない」などと言っていますが、スーパーで買い物をしている側としては、物価が上がっても、それ以上に負担が軽減されるなにかがあればいいわけですから、「食料品や生活必需品には消費税をかけない」など、国民の負担を軽減する政策はいくらでもあるはずです。
財務省の言うことが正しいと思いこんでいるから、そんな当たり前のことすら見えていない。国民が見えていないし、見る気もないようです。
そんな財務官僚の中にも面白い人はいて、私にも仲良くしている方はいます。主計局出身のその方いわく、「財務省の数字は適当ですよ。私も噓ついてましたから」とのこと。「誰も反論しないし、議論しようともしないから、マスコミなんてイチコロです」と彼は言っていました。正直で屈託のない男です。
「お金がない」というセリフは財務省の決まり文句ですが、そもそも財務省の発表している数字が本当であると、検証した人がいるのでしょうか?
まずひとつは、表の国家予算である一般会計から算出したプライマリーバランス(基礎的財政収支)だけをもとに、財務省は「お金がない」「財政赤字縮小のための増税を」とのパフォーマンスをしている節があります。そして政治家もマスコミも、その数字を鵜吞みにして「お金がない」と言っています。
また仮に財務省の数字を信じるとしても、プライマリーバランスの早期黒字化の見通しが立っている現在、これ以上「財政赤字縮小のための増税」は必要ないはずです。
表の国家予算である一般会計に対して、裏の予算である特別会計があります。財務省によれば、2024年度の予算は一般会計が112兆717億円。それに対して、裏の国家予算にあたる特別会計は約4倍の436兆円で、一般会計と特別会計の行き来を差し引きした歳出総額の純計額は207兆9000億円です。
特別会計についてはブラックボックス化されたままで、石井紘基さんが追及していた「本当の国家予算」については、いまだ議論されていません。
本当に日本にお金はないのでしょうか?
地方交付金の根拠は謎
私の感覚でいくと、明石市長を12年務めての結論は「お金はなんとかなるし、人もやりくり可能な状況だ」でした。市長になったころは私も「日本にはもうお金がない」と思っていたので、私もだまされていたのでしょう。市の財政部局とも何度もケンカしました。
2011年、明石市長に就任してまず、財政部から「将来見通しでは3年後に破綻する」と聞かされました。当時の明石市の年間予算は、一般会計と特別会計を合わせて約1700億円。
市の貯金額は70億円でした。財政部の出してくる予測では、貯金がすぐに崩れてなくなっていきます。そのままで行けば、たしかに3年で財政は破綻します。
私も最初の3、4年は、財政部の言葉を真に受けていました。しかし一向に破綻の兆しは見えてきません。5年目に堪忍袋の緒が切れて、担当者を問い詰めました。「初年度の予測どおりなら、もう財政破綻しているはずではないか。しかし現実には、借金は返済できているし、貯金も積み増してきている。どういうことなのか?」と。
結論から言うと、財政部が出していた数字は、最悪の事態を想定した現実的ではないものでした。「市にお金が最も入ってこない可能性」と、「市がお金を最も使う可能性」を組み合わせて算出していた数字だったのです。そんな計算方法では、いずれ財政破綻するに決まってます。
でも現実の世界、実際の行政では、そのような「最悪の事態」は起こりません。
これはいかにも官僚的な、リスク回避の発想です。明石市のような地方自治体の職員にしても、中央省庁の官僚にしても、基本的に役人というものは、自己保身と組織防衛の論理で動いています。
彼らにとって最もリスクが少ないケース、つまり最悪の事態を前提に計算するから、「3年後に財政破綻」というような、現実から乖離した数字がためらいもなく平気で出てくるのです。
私はもうすこし幅を持たせるように、「お金が最も入ってくる可能性」と「お金を最も使わない可能性」を組み合わせた見積りも出すように指示したのですが、担当者は「国の数字が出てこないから、それはできない」と言います。
国からお金がいくら来るかわからないから、数字を置き換えて計算することができない。それが地方自治体の限界なのだと。
実際に国は数字を出してきません。ですから市の財政部も、気の毒な面もありました。
地方財政で困るのは、交付金措置です。「地方間の平準化」の名のもとに、地方の財源を国がいったん集めて、「地方交付金」として各地方へ分配していきます。たとえるなら、親が兄弟3人の貯金箱を取り上げて、言うことを聞いた子からお金をあげるようなシステムです。
それだけでも理不尽な話ですが、なんと、そもそもその交付金の計算方法が「明確ではない」のです。
たとえば明石市に交付金が総額100億円振りこまれたとして、どういう計算で100億が明石に来たのか、その明確な内訳は誰にもわからないのです。交付金として来たかどうかも、わかりません。ある金額が振りこまれて、国はただ「交付金措置をしました」と言うだけです。
言うなれば、国が好き勝手に数字を出して、どういう計算で増減して「100億」という数字になったのかは、ブラックボックスの中。財務省に内訳を問い合わせても「所管省庁が幅広いから説明できません」と答えようとしません。
私も相当彼らとケンカをしましたが、納得のいく回答はついに得られませんでした。「中央省庁が上で、地方自治体が下」という前時代的な特権意識で、お金がどのように流れているのか、わからせないようにしているとしか思えませんでした。
目の当たりにした国交省内のムダ遣い競争
明石市長の最後の年には、私は兵庫県治水・防災協会の会長をやっていました。県内の河川、砂防事業の促進をはかる任意団体で、その関係で国土交通省にもたびたび足を運びました。私がそこで見たのは、右肩上がりの予算競争でした。
たとえば水管理の部局があって、海岸とか河川などいろいろな部門があるのですが、全国大会と称して、部署ごとに予算を競い合うのです。前年度より予算が何パーセント伸びたかを棒グラフにして、伸び率の高い部門の課長が出世するような風潮です。
私に言わせれば、「ムダ遣い大会」です。官僚にとって大切なのは、自分の所轄でいかに多くの予算を獲得するかで、総コストを抑える発想などありません。一番お金を使った者がその後、局長になっていくような世界です。こんな時代に、右肩上がりの競争を官僚同士でしている。私は呆れていたのですが、みなさん真面目に戦っているから、なおさらタチが悪い。
公共工事の予算については、自治体側からも要望を行ない、私は県の会長として、兵庫の41市町を束ねて要望書を提出しました。ですが驚くことに、要望書に具体的な予算額を書かせないのです。かつ、工事のスケジュールも書かせません。
書かされたのは、工事の予定地だけ。緊急性のない工事も含めて、県内の山や河川を10ぐらい羅列させて、その中の2、3の工事を、担当課長の権限で許可するという段取りです。言うなれば、工事予定地の水増し申請。明石市の公共工事については、私は当初、本当に必要な2、3の工事予定だけを申請しようとしたのですが、「市長、そんなことをしたら、ゼロか1になります」と市の職員に止められました。
国交省のやり方に異を唱えたと見なされて、予算をつけてもらえなくなると。
そして要望書を提出した後も、具体的な予算額と工期は不明のままで、こちらから再度うかがいを立てなければならないのです。まるで「早く工事を始めたいのなら、そちらから頭を下げてこい」とでもいうような見下した態度で、腹が立って仕方がありませんでした。
工事のコスト見積りを安くでもしようものなら、なぜか怒られてしまいます。官僚社会では、大きな金額の仕事をする者が偉いのです。予算額を上げると、実際の工事の発注金額との差額が生まれます。官僚の自由裁量で使える予算なので、差額を返す必要はありません。その差額がどこに行っているのか?その行方は、透明化されていないブラックボックスの中です。
ある道路部門の課長は、「道路は造れば造るほど国民が幸せですよね」と本気で言っていました。道路は広いほうがいい、きれいなほうがいい、長いほうがいい、等々。この方も、予算は大きければ大きいほどいいとの考えをお持ちでした。
災害対策も同様で、「お金が大きいほど、できることが大きくなる」という発想のようです。担当の課長は、「山奥にある1軒の山小屋を土砂崩れから守るために、何10億円を使った」という話を美談のように語っていました。
「災害対策のための工事」と言われると、つい反対しづらくなりますが、安全な場所に新しい小屋を作るという方法もあります。数百万円の山小屋を守るために、税金で何十億円もかけて、大がかりな土砂対策の工事をする必要があるのでしょうか。疑問でしかありません。
・泉房穂が市長を辞職することになった発言の真意と「明石市にお金がない」は嘘だと言い切れる理由
2019年明石市長を務めていた泉房穂さん。過激な物言いが問題となり批判にさらされたが、暴言の真意がわかると市民の反応は変化。一度は辞職したものの、その後再選を果たした。なぜ暴言を吐くに至ったか、そこには公共事業に対する怒りがあった。
書籍『わが恩師 石井紘基が見破った官僚国家 日本の闇』より一部抜粋・再構成し紹介する。
わが恩師 石井紘基が見破った官僚国家 日本の闇 #5
※「火つけてこい!」の背景
公共事業に関しては、金額だけでなく、スケジュールも「長ければ長いほどいい」というのが、官僚の価値観のようです。たとえば幹線道路の拡幅工事なども、5年計画というと大体10年はかかります。
「火つけてこい!」の暴言で、2019年に私が市長を辞職することになった一件もそうでした。
あのときは、国道拡幅工事に伴うビルの立ち退き交渉が進んでいなかったことに対して、私が担当職員に暴言を吐いたことが問題となりました。
しかし、あの騒動の本当の事情としては、職員が「5年計画の工事を10年もかけて進めようとしていた」ことに対する怒りがあったのです。
問題となっていた明石駅前の道路では、道幅の狭さが原因で、人が亡くなる交通事故が起きていました。市民の命を守るために一刻も早く、工事を行なう必要がありました。
にもかかわらず、当初の計画から7年たっても、当該のビルの立ち退き交渉は一向に進んでいなかったのです。そこで思わず出てしまった暴言でした。
「道路工事は、当初の予算の2倍のお金をかけて、2倍の工事期間でやるもの」。日本の公共事業には、そのような暗黙の了解が存在しているのでしょうか。
5年計画なら10年、5億の予算なら10億です。「お金を使うこと」が工事の目的で、「今はなくてもよい道路も造ること」が慣習になっているからでしょうか。
あのとき、私は職員に「7年間、なにをしていたのか!」と言いましたが、工事はたまたま遅れたのではなく、最初から10年かけるつもりでいたようです。
そして国は、予算やスケジュールなどで、自治体が言うことを聞かなかったら、途中で予算を止めることもできます。そうすると工事全体が中断してしまいます。
国の言うことを聞かないと、お金を止められる構造になっているので、地方自治体は国に頭が上がりません。これが官僚国家・日本の地方行政の実情なのです。
明石市に「お金がない」は噓だった
公共事業に関しては、私は明石市長になってすぐ、市営住宅の新築を中止。戦後何十年と続いてきた明石市の市営住宅建設は、私をもって終わりました。
そして20年間で600億円の予算で進められていた下水道整備計画も、150億円に削減。100年に1度の豪雨での、10世帯の床上浸水対策に、600億円もかける必要はないとの政策判断です。
どの方針決定も、やってしまえば簡単でしたが、そこに至るまでの市職員の抵抗には、半端ないものがありました。「いま必要な仕事」というより、前例を踏襲してお金と時間を使っていた、役所組織の仕事です。「それは本当に必要か?」という前例を疑う私の問いかけ自体が、市役所の中では「愚問」でした。
先述のとおり、市長に就任した当初から「お金がない」と聞かされていましたが、増税もせずに政策展開ができて、市民サービスの向上をはかり、財政は好調になり、私に対するアンチによる「泉市政では明石のインフラが壊れる」という批判も的外れでした。
歴代市長が放置してきた、土地開発公社の100億円の隠れ借金も払い終わり、子どものための「5つの無料化」(子ども医療費の無料化・第2子以降の保育料の無料化・中学校の給食費無償・おむつ定期便・公共施設の入場料の無料化)を行ない、人口は10年連続で増加、地価も上昇、市の貯金も70億円から100億円台に増やしました。
市長を12年やった結論として、「お金がない」は噓だったと言えます。お金がないわけではありません。お金の「使途」「優先度」の問題なのです。
コストバランスも考えず、緊急性も代替手段も考えず、必要性の乏しい事業を漫然とやり続けていたから、お金がないように見えていただけです。
財務省が頑張るほど国民負担が重くなっていく
市営住宅や下水道など、すでに整備されているインフラを対象とした公共事業では、新設でなく適正管理に注力し、その代わり今の時代に必要な、「国民の生活を支える」とか、「子育てを応援する」といった部分に予算を配分する。
明石市はこうして若い世代の人口も増え、まちの好循環を拡大していきました。
国の財政に関しても、国民負担率ほぼ5割の国において、お金がないわけがないでしょうと、私は自信を持って言うことができます。
エコノミストの森永卓郎さんが書いた『ザイム真理教─それは信者8000万人の巨大カルト』(三五館シンシャ、2023年)が話題になりましたが、「お金がない」という考え方は財務官僚にとって宗教の教義のようなもので、彼らは先輩の言ってきたこと、やってきたことを否定できません。
官僚が気にしているのは自分の出世と、組織の先輩や同僚との関係性。そして関係のある政治家の顔色。気にするのは、我が組織と政治家だけで、国民のことは気にしていません。
「右肩上がりの成長」をいまだに信じていて、「予算額は増やすべきもの」という価値判断が働いているから、コストを抑えるなどという発想は、感動するぐらい持ち合わせていないようです。
とくに財務官僚は、官僚の中の官僚ですから、組織の論理に非常に忠実です。各省庁に一度つけた予算は削ることが難しく、国家予算は膨らむ一方。その財源は国民の血税ですから、財務省が頑張れば頑張れるほど、国民負担が重くなっていくのは一種の宿命といえます。
言うなれば、財務官僚は国民の負担を増やし続ける生き物です。そこに悪気はないからタチが悪い。さらに言えば、省益を守ることで、個々の官僚が直接的利益を得ているとは限らないのです。
官僚は自らの使命に忠実なだけですから、私としてはやはり、官僚機構の暴走に歯止めをかけられない今の政治家、そして官僚の言い分を垂れ流しにしているマスコミに問題があると思っています。
泉 房穂
2002年10月、右翼団体代表を名乗る男に襲撃され命を落とした政治家・石井紘基(こうき)。当時、石井は犯罪被害者救済活動や特殊法人関連の問題追及等で国会の爆弾発言男として、注目を浴びていた。
そんな彼を師と仰ぐ元明石市長の政治家・泉房穂が語る、特殊法人を石井が国会で追求する一幕を書籍『わが恩師 石井紘基が見破った官僚国家 日本の闇』より一部抜粋・再構成してお届けする。
わが恩師 石井紘基が見破った官僚国家 日本の闇 #1
※国会の爆弾発言男
石井さんは、1993年の第40回衆議院議員総選挙で、当時ブームを起こしていた日本新党から立候補して、トップ当選。
当時は政権交代、政界再編でめまぐるしい時期でしたから、石井さんもその後、自由連合、新党さきがけ、民主党と、所属を替えていきますが、不正を許さず、国民のほうを向いた政治姿勢は、生涯変わりませんでした。
国会議員2年目の1994年、石井さんは羽田孜連立内閣において、総務政務次官に就任。特殊法人の住宅・都市整備公団(現・独立行政法人都市再生機構)による、子会社への工事発注操作の疑惑を追及し、メディアでも取り上げられます。
この国会質問を受けて総務庁(現・総務省)は、同公団への行政監察を行ないました。それまで、公共事業の主体として、当たり前のように存在していた特殊法人に、石井さんは初めてメスを入れました。
翌1995年は、阪神・淡路大震災とオウム真理教による地下鉄サリン事件が起きた年でした。石井さんは、カルト宗教問題に取り組んでいる紀藤正樹弁護士と連絡をとり、「オウム真理教問題を考える国会議員の会」を発足。統一教会の世田谷進出に反対する住民運動にも参加します。
1996年、衆議院議員に2回目の当選。1997年、オウム真理教の「地下鉄・松本サリン事件の被害者救済の集い」を開催。そしてこの年、統一教会が世田谷進出を断念して、施設から撤退します。政治家と市民がともに戦い、勝ち得た勝利でした。
1998年には、防衛庁の装備品調達における贈収賄、背任疑惑を国会で追及。共謀して工数の水増し請求を行なった取引先4社と、調達費の過払いに関与した防衛庁の関係者は、のちに東京地検により逮捕・起訴されます。
翌1999年には、衆議院行政改革特別委員会で中央省庁等改革関連法案と地方分権1括法案に対する質疑を行ない、日本道路公団(現・特殊会社NEXCO3社)および、住宅・都市整備公団の不透明な業務内容を例に、特殊法人の問題点を追及。
「特殊法人は1200社以上ある。丸投げするための子会社まで含めたらもっと多い。公益法人にしても職員51万に対し役員49万人。これらが民間と同じビジネスを行なっている。ここにメスを入れなければ、行革の意味がない!」と官業による民業の圧迫、特殊法人と子会社の癒着、そこで起きている官僚の天下りを痛烈に批判しました。
独自の調査で権力の中枢に踏みこみ、国民が知らなかった事実を暴露する石井さんは、「国会の爆弾発言男」と呼ばれるようになります。
特殊法人とはなにか
特殊法人は、「公共の利益または国の政策上の特殊な事業を遂行する」として、特別法によって設立された法人です(『大辞泉』)。主に第2次大戦後の経済復興のため、道路、住宅、鉄道など基本的な社会資本(インフラ)を整備するために作られました。
公団(旧・日本道路公団、旧・住宅・都市整備公団など)、公庫(旧・住宅金融公庫など)、特殊会社(電源開発株式会社など)などの形態で、戦争によって壊滅的な打撃を受けた日本社会を建て直すため、一定の役割を果たしました。
歴史的には、1960年代から高度経済成長をめざして、重工業主体の産業政策が推進され、この間、民間企業が大きく成長しました。石井さんは、池田勇人内閣(1960〜1964)の国民所得倍増計画がその目標を達成した1970年代前半には、「本来であれば特殊法人は解散して、経済を市場に委ねるべきだった」と考えていました。福祉や教育、外交など、政治は次なる目標に向かうべきであったと。
しかし実際には、政・官・財の癒着が壁となり、民間経済をサポートし、活性化させるという本来の役割を終えた特殊法人はその後も残り、自己増殖を始めました。
政・官・財の権力システムは、「〜開発法」「〜整備法」など後付けの根拠法を次々と作り、公共の投資事業のための「特別会計」を増やし、行政指導の権限と経営規制を拡大して、金融・建設・住宅・不動産・流通・保険などの事業分野、鉄道・空港・道路その他の交通運輸産業、農業・漁業・林業の分野、さらに通信・電力など、ほとんどすべての産業分野で、市場を寡占するようになります。
その後も経済発展とともに特殊法人は増加し、政治家と官僚は、財団法人や社団法人なども含む膨大な数の、子会社、孫会社を作りました。これらのいわゆる「ファミリー企業」は、下請け発注業者である特殊法人から優先的に仕事を回され、事業を寡占します。定年を迎えた官僚は、管轄下の特殊法人やファミリー企業へ続々と天下り、法外な給料や退職金を何度も手にします。
これでは民間にお金は回ってきません。
石井さんが最後に調査した2001年の時点で、特殊法人は77団体。関連会社・法人は約1200社、そしてファミリー企業まで含めると2000社以上、役職者数は少なくとも100万人。
さらに、特殊法人の公益事業や委託業務で生計を立てている民間企業や地方自治体まで含めると、特殊法人関係の実質就業者数は300万人規模で、これは当時の日本の全就業人口の5パーセントになると推定しています。
石井さんの追及はここから「特別会計」に及び、国会での爆弾発言となります。
誰も知らなかった「本当の国家予算」
「国の予算というのは、御案内のとおり、一般会計予算と特別会計の予算、それから、最近では財政投融資計画というのも国会にかけられるようになりまして、その御三家といいますか、その〝3つの財布〞があるというふうに思います。
とくに、一般会計でもって通常議論されるわけでありますが、実は、一般会計というのは、カムフラージュというような性質のものでございまして、一般会計のうちの大部分、つまり、81兆なら81兆のうちの50兆以上は特別会計にすぐ回ってしまうわけですね。
特別会計の規模は、御案内のとおり、最近ではもう380兆というような規模になっているわけですね。そこで、〝3つの財布〞をそれぞれ行ったり来たりしておりますから、(中略)非常に複雑きわまりない構造になっておりますが、そういう中で、果たして、国の歳入歳出という面からいったら幾らになるか。
これは純計しなければなりません、これらの財布を。それがすなわち我が国の国家予算なんです。年間の国家予算なんです。それは、到底、80兆やそこらのものじゃありません。それを、私は、今からちょっと計算してみたいと思うわけであります。
そこで、申し上げましたように、一般会計は14年度81兆です。特別会計は382兆。これを純計いたしますと、248兆円でございます、行ったり来たりしておりますからね。
それで、さらにその中から内部で移転をするだけの会計の部分があるんですね。(中略)この部分約50兆円でありますから、これを除きますと、純粋の歳出は約200兆円であります。(中略)これはアメリカの連邦政府の予算にほぼ匹敵するというか、アメリカの連邦政府の予算よりちょっと多いぐらいの規模でございます」(図1参照)
これは石井さんが亡くなる4カ月前に行なった、2002年6月12日の衆議院財務金融委員会での質問の一部です。特殊法人の予算である、特別会計。石井さんは、それまで国の予算と思われていた「一般会計」を表向きのカムフラージュと見破り、誰もが見過ごしていた「特別会計」に目をつけて、純粋な歳出として200兆円を割り出し、「本当の国家予算」へと迫っていきます。

日本では市場のおよそ半分を「官制経済」が占めている
すこし長くなりますが、このまま続けます。
「一方でGDPは名目で約510兆円ぐらいですね。そうすると、このGDPに占めるところの中央政府の歳出というのは、何と39%に上ります。ちなみに、アメリカの場合は連邦段階で18%、イギリスの場合は中央政府で27%、ドイツも12.5%、フランス19%、大体そんなふうになっているわけです。
さらに、これに、政府の支出という意味でいきますと、地方政府の支出を当然含めなければなりませんから、我が国の場合、これも純計をして、途中を省きますが申し上げますと、大体これに40兆円超加えなければなりません。そうすると、一般政府全体の歳出は約240兆円というふうになるんです。これは何とGDPの47%であります。(編集部註:図2、3参照)(中略)
これは実は、市場というものと権力というものとの関係において、我が国では権力が市場を支配している。(中略)その結果、市場経済というものを破壊しているというところがあるんです。こうした我が国の実態というものが、先ほど申し上げました分配経済と呼ぶべきものですね。


私の言葉で言えば、私は『官制経済』というふうに申し上げているわけであります。これは、ここでは本質的に資本の拡大再生産というものは行われない、財政の乗数効果というものは発揮されない、こういう体制にあるんです」
GDP(国内総生産)における、国の純粋の歳出(特別会計を含む国家予算に地方政府の支出を加えたもの)の比率は、47パーセント。
つまり日本では市場のおよそ半分を、特殊法人系列による「官制経済」が占めていることになります。図2、3を見てもわかるように、欧米と比べて民業が極めて圧迫されている状況で、市場経済が正常に機能していないことになります。質問は熱を帯び、最後に「本当の国民負担率」が明かされます。
「一方、国民負担率というものは、我が国の場合は、私はもう今既に限界に達しているんだと思うんですね。財務省の数字によりますと、潜在的な負担率も含めて48%と言っておりますが、しかし、これは先ほど申し上げました特殊法人等から生ずる負担というものがカウントされておりません。財務省が昨年9月に出したところの特殊法人等による行政コストというのは、年間15兆5000億円くらいあると言うんです。
こういうものを含めると、国民負担率、これは当然、例えば電気にしても、ガスや水道なんかのそういう公共料金、運賃や何かも含めて、こういうものは特殊法人という、認可法人や公益法人も入りますが、総称して特殊法人というものによって、このコストが乗ってくるわけでありますから、そうした将来にかかるコストと、現実に日常的にかかるところのコストというものがオーバーラップしてあります。
こうしたものを含めた国民負担率というものは、もう60%に近づいているだろうというふうに考えられます。日本の不安定な社会保障の実態というものとあわせて考えると、これは6割近い国民負担率というものは非常に異常な状況であると言わざるを得ないと思います。
(中略)
今まで申し上げましたことについて、財務大臣の御認識を伺いたい。どうですか」
塩川正十郎財務大臣
「御意見としてお述べになりましたのでございますから、私が否定するようなこともございません」
誰も気づかなかった裏の国家予算「特別会計」を掘り起こし、「本当の国家予算と国民負担率」を開示した石井さん。前年の国会では、経済財政政策担当大臣の麻生太郎と、財務大臣の宮澤喜一に、「本当の国家予算」についてズバリ聞いていました。
「そこで、麻生大臣にちょっと聞いてみたいのは、日本の国家予算というのは、歳出でもいいですし歳入でもいいのですが、幾らぐらいなんですか」
麻生経済財政政策担当大臣
「81兆で、出ているとおりだと思いますが」
石井
「では、宮澤財務大臣にひとつ教えていただきたいのですが、日本の国家予算のトータルというのはどのぐらいの規模ですか。何兆円という単位で結構でございますが」
宮澤財務大臣
「一度調べまして、お答えいたします」
(2001年4月4日衆議院決算行政監視委員会)
麻生さんは単純に、一般会計の81兆円を国家予算と思いこみ、旧大蔵省のエリート官僚出身の宮澤さんは、答えられなかった。ふたりとも首相候補と目されていた政治家です。
国家の中枢を揺るがす「爆弾発言男」石井紘基。このころからすでに、エスタブリッシュメント(体制側)に警戒されていたのかもしれません。
・「国会で重大なことを暴く」と宣言した日に殺害された政治家・石井紘基…「動機の解明は困難」という不可解な判決文と見つからない資料の謎
2002年10月、右翼団体代表を名乗る男に襲撃され、政治家・石井紘基(こうき)は命を落とした。その後すぐに犯人が出頭。動機の解明に至らないまま犯人は無期懲役となり、真相は分からないままだ。
書籍『わが恩師 石井紘基が見破った官僚国家 日本の闇』より一部抜粋・再構成し、石井が襲われた前後の様子を振り返る。
わが恩師 石井紘基が見破った官僚国家 日本の闇 #2
※国政調査権でタブーに迫る
石井さんがそもそも特殊法人の調査を始めたのも、中小企業の建設会社を経営している、ある友人の話がきっかけだったといいます。
彼いわく、「住宅・都市整備公団(以下、住都公団)の営繕(建築物の造営と修繕)の工事に入札しているが、いつも決まって公団の子会社である日本総合住生活(株)が落札し契約してしまう。我々には圧力がかかってまったく仕事が取れない」と。
住都公団は、のちに石井さんが国会で追及する、国の特殊法人です。議員2年目。このころの石井さんは、まだ特殊法人に注目していませんでしたが、素朴な疑問を抱きます。
「税金で運営している特殊法人が、子会社を持っている?」
税金で私企業を作るということは、公金を私物化すること。いわば公金横領である。そう思った石井さんは、住都公団を管轄する建設省(現・国土交通省)に連絡し、事実を確認しました。担当者の話では、「子会社への出資は法律で認められている」といいます。
この法律は、特殊法人および所管の省庁が、自己正当化をするための「後付けの根拠法」に過ぎないのですが、石井さんは国会議員の権限である「国政調査権」を行使して、住都公団の出資額や子会社の資産、収益などの財務資料を提出するように求めました。
建設省側はのらりくらりの対応で、あれこれ言い訳をしては資料を出し渋りましたが、石井さんは執念深く調査を続け、
①住都公団が出資して作った株式会社が24社、出捐(寄付)して作った営利財団が6法人あること。
②そのうち5社分だけで2000億円の営業収入があり、公団からの天下り役人は、子会社全体で100人を超えていること。
③その中に前出の日本総合住生活(株)もあり、社長は建設省から、公団、子会社へと天下りを繰り返してきていること。
④同社の売上は年間1600億円で、同業の全国7100社中第2位。住都公団東京支社の発注契約のうち7割を占めていること(発注操作の疑い)。
などを解明。国会での追及へと踏み切ります。
その後、石井さんは、当時あった他の91の特殊法人、そして公益法人についても調査を開始し、発注操作、放漫経営、ファミリー企業への天下りなどを調べ上げました。また政治資金の調査を行なうことで、特殊法人全体における、国会議員の利権の縄張りも見えてきたといいます。
このように膨大な調査データを積み上げていくことで、ソ連からの帰国以来、仮説として立てていた「官僚社会主義国家・日本」の実像が、具体的なものになっていったのでしょう。
そしてその膨大な調査は、仕事が取れない中小企業のいち経営者の「困りごと」がきっかけでした。弱い者の側に立った不正の追及、弱者の救済であり、民衆のための正義の行ないだったのです。
いつ電話しても、夜遅くまで議員会館の事務所で仕事をしていた石井さん。部屋の中は、つねに資料が山積みで、どこになにがあるのかは本人にしかわかりませんでしたが、すべての資料が、「官制経済システム」のパズルのピースだったのでしょう。
石井さんが収集していた資料は段ボール箱63個に及び、今も全貌が解き明かされるのを待っています。
政治の深い闇
石井さんが亡くなって、今年で22年になります。私がX(旧Twitter)を始めた2021年12月以降は、石井さんの命日である10月25日はもちろんのこと、定期的に石井さんについてポストしています。
「事件の真相を知りたい」「政治の闇は深い」「泉さんも気をつけてください」といったリプライも多数つき、私としても「事件を風化させてはいけない」との思いを新たにしています。
石井さんは2002年10月25日の午前10時半頃、国会に向かうため自宅前でハイヤーに乗ろうとしたところ、何者かに刃物で刺されて殺害されました。
その日の夕方、ニュースで事件を知った私は東京に駆けつけ、お通夜とお葬式のお手伝いをさせていただきましたが、翌26日には犯人が警察に出頭しています。
石井さんは事件の前に、奥さんや同僚の政治家、知り合いの記者などに「国会質問で日本がひっくり返るくらい重大なことを暴く」と話していたそうで、事件当日はその資料を国会に提出する予定だったといいます。ですが遺品のカバンから、資料は見つかりませんでした。
容疑者の伊藤白水は、犯行の動機を当時「個人的な金銭トラブル」と供述しましたが、石井さんは国会で数々の不正を追及していたので、「事件には黒幕がいて、口封じのために伊藤に殺害を指示したのではないか?」と囁かれました。
「動機の詳細を解明することは困難」?
事件の裁判では「被告人の動機に関する供述はまったく信用することができない」としながらも「動機の詳細を解明することは困難」との不可解な判決文で、一審では求刑どおりの無期懲役。その後、消えたカバンの資料の行方も、被告の動機も解明されないまま、2005年に最高裁で無期懲役が確定します。
事件後、石井さんが所属していた民主党が真相解明に動くと発表していましたが、結局調査は進められませんでした。
石井さんは秘密主義者でした。他人と情報を共有しませんでした。外出するときも行き先を言わないし、どこにいるかわからない。
特殊法人の不正追及を始めてからは、公共事業がらみの闇のルートを調査していることはわかっていましたが、具体的な話は、私にもしませんでした。
事件までの数年間、石井さんは民主党内で「国会Gメン(政治と行政の不正を監視する民主党有志の会)」を立ち上げ、原口一博さん、河村たかしさん、上田清司さんらと不正を追及していましたが、国会Gメンのメンバーにも情報は知らされていなかったといいます。
石井さんは秘密主義だったからこそ、黒い情報源も石井さんを信用して、機密情報を渡すことができたのかもしれません。
私としてはご遺族のお力になりたかったので、娘さんの石井ターニャさんにお願いして、段ボール箱の資料を調べさせていただきましたが、他人が読んでもわからないようにしていたのか、文字も読みづらく、事件の手がかりとなるような情報は見つけられませんでした。
残念ながら今もって真相は闇の中です。
・財務省vs厚労省「不毛な抗争の歴史」…国民から集めた金を配ることで権限を得る財務省、社会保険料をしぼり取る厚労省
元明石市長で政治家の泉房穂さんは2003年と2004年に衆議院議員を務めている。そのとき彼を応援していたのは財務省の官僚だったという。しかし、彼らには厚労省を潰すという目的があり…。
任期中に目の当たりにした何とも無駄な財務省と厚労省の戦いの様子と、戦後からの歴史を書籍『わが恩師 石井紘基が見破った官僚国家 日本の闇』より一部抜粋・再構成し紹介する。
わが恩師 石井紘基が見破った官僚国家 日本の闇 #3
※財務省対厚労省、抗争の歴史
弱者救済のための議員立法に駆け回っていた議員時代。法務省、厚労省、内閣府の委員会など、各関係省庁の官僚と仕事をしましたが、当時の私を応援していたのは、なんと財務省でした。この背景には「財務省対厚労省」の省庁間の抗争があり、財務省は私を使って、「厚労省潰し」を画策していたのです。
当時、やたらと私の部屋に来る財務官僚がいました。事あるごとに彼は、秘密の情報を私にくれます。その情報は、なぜか厚労省の不備や不始末に関するものばかりでした。「なぜそんなことを?」と不審に思ったのですが、私に情報を流すことで、厚労省潰しのリークを目論み、また私のことも自分たちの配下に置こうとする。
官僚組織の権謀術数を目の当たりにして、私は呆れつつも「すごいなあ」と妙な感心をしたものです。
戦後の政治の歴史は、「財務省対厚労省」の抗争の歴史でもあります。戦後の復興予算を一手に握ってきた旧大蔵省(財務省)は、つねに中央省庁のトップに君臨してきました。
国民の税金は全部自分のところに集めて、他の省庁に対しては、自分たちに頭を下げた人間に金を渡していく。戦後一貫して、財務省は税金を源泉とした巨大な権力を行使してきました。
ところが厚労省は、それが許せませんでした。
つまり、財務省がお金を集めたところで、道路やダム、港湾建設などの公共事業に優先的に流れていき、福祉は後回し。だから、自分たちで財源を確保しようということで、厚労省は保険制度に活路を見出し、1961年の医療保険、国民年金に始まり、さまざまな保険を作り、2000年には介護保険を作りました。
保険制度は、財務省とは直接の関係がありませんから、厚労省は別ポケットで、自分たちのお金(国民の保険料)を集めることができます。実際は、年金も現行制度の財源は保険料と税金のミックスで、介護保険も、財源の半分は税金ですから、財務省と無関係ではないのですが、そうは言っても別ポケットの財源です。
そのように財務省と厚労省との戦いがあり、政局の裏側にも、「財務対厚労」の戦いがありました。
国民そっちのけの、財務省対厚労省の戦い
1993年に石井紘基さんが初当選したときの、日本新党・細川護煕首相は、財務省派(当時大蔵省)の議員でした。大蔵省をバックに細川首相は、「国民福祉税」の名目で消費税増税を目論みますが、福祉を管轄する厚生省(現・厚労省)と世論の猛烈な反発を受けて頓挫、細川政権は退陣となります。
その後、「厚生族のドン」と呼ばれた橋本龍太郎が1996年に首相となり、厚生省が力を持つようになります。橋本首相は介護保険法を成立させましたが、橋本内閣では前厚生事務次官が汚職で逮捕され、実刑判決を受けます。
これは財務省によるリークで、厚労省潰しを目的としたものでした。2000年代以降も、年金に関する国会議員の不祥事がリークされ、2007年には「消えた年金問題」が明るみに出て、厚労省は力を失います。そして2009年に、自民党から民主党への政権交代が起こります。
財務省は、自分たちの手元の金を増やそうとして増税をする。厚労省は、財務省に負けじと、国民に負担を課して保険制度の拡充をはかり、保険料を上げていく。だから今も現在進行形で、増税と保険の負担増が続いているのです。
国民そっちのけの、財務省対厚労省の戦い。私たち国民からすると、官僚が頑張れば頑張るほど、負担が増える構造です。官僚も政治家も、国民のことなど見てはいません。
事業仕分けを主導していた財務省
1993年と2009年に、自民党系ではない2度の政権交代が起きていますが、注目すべきは93年の細川政権も、09年の民主党政権も、「財務省派の政権」だったということです。
細川政権では「国民福祉税」の名目で、消費税の7パーセントへの引き上げを目論み、民主党政権では、「社会保障と税の一体改革」として消費税10パーセントの負担を国民に課すことを決めました。消費税10パーセントを「実行」したのは、その後の安倍政権ですが、「決定」したのは財務省主導の民主党政権のときです。
また民主党政権では2009年、「事業仕分け」の名目で、国家予算や公共事業の見直し、そして石井さんが追及していた公益法人、独立行政法人の廃止・移管などが行なわれました。
しかし、その実態は財務省の言いなりで、財務省がかねてより仕分けようとしていた各省庁の予算や部門をカットするにとどまり、利権は温存されたまま。国民にとってなんのプラスにもならない仕分けでした。
たとえば、児童虐待に関する研修センターが仕分けの対象になりました。当時から、虐待で数多くの子どもの命が奪われ、専門性のある職員が必要な状態でした。
本来ならば都道府県ごとに作る予定だった研修センターは、当時全国に1カ所しかなかったのに、それさえ財務省は「ムダ」と判断して、仕分けの対象にしたのです。「そのような施設など潰してしまえ」ということでしょうか。
それから10年以上、研修センターは新設されないのですが、2011年に私が明石市長となり、かねてより親しくしていた自民党の塩崎恭久さんが2014年に厚労大臣となった際に、塩崎さんに研修センターの必要性を説き、力を貸していただきました。
土地は明石市が提供し、施設と人件費は国が予算を持つという関係性で、2019年に、全国で2カ所目となる「西日本こども研修センターあかし」を設立する運びとなったのです。
行政改革の名の下に、子どものための施設を仕分けようとする。財務省が主導して、民主党政権が実行した事業仕分けが、国民の側に立っていなかったことの1例です。他にも重箱の隅をつつくような仕分けが行なわれ、本当に必要なところにはメスを入れず、石井さんが指摘していた利権の本丸は温存されたままでした。
当時の民主党の主流派の議員は財務省派でした。現在の「野党第一党」である立憲民主党が、減税に消極的なのも財務省に気をつかっているからでしょう。
若手の優秀な財務官僚は、与野党問わず有力な政治家の担当となり、情報を提供します。政治家も官僚を可愛がり、知らぬ間に財務省の価値観に染まっていきます。もし政治家が楯突くようなことがあれば、官僚がその政治家のスキャンダルをリークして、潰します。中央省庁に君臨する財務省には、各省からの情報が集まるし、直下の国税庁も動かすことができます。
政治家にしてみれば、財務省に頭を下げれば出世できて、怒らせると首が飛ぶ。財務省は与党と野党の首根っこを押さえて、政権がどちらに転んでも、盤石の体制を築いています。したたかな組織です。
石井さんが「官制経済」と喝破した日本の官僚主権国家では、官僚がつねに政治の上にいるため、官僚の軍門に下っている与野党が政権交代をしたところで、国民は救われないのです。
官僚主権を支える信仰の理由
官僚国家である日本には政治家がいません。ドイツの社会学者マックス・ウェーバー(1864〜1920)が言っているように、「最良の官僚は最悪の政治家」で、官僚というものは、選挙で選ばれていないから国民を見る必要もないし、国民に対する責任も感じていません。
右肩上がりの成長をめざし、前例主義でこれまでどおりのことを続ける。お金が足りなくなってくると、国民に負担を押しつける。財務省は税金を上げる。厚労省は保険料を上げる。
それまでやってきたことを見直す発想もない方々ですから、官僚に任せていると経済は当然肥大化するし、国民からすると負担が増えるに決まっているわけです。
それに対して、本来であれば政治の立場にある者が主導して、方向転換をめざすべきなのですが、日本の場合は、官僚にものを言える政治家がいません。政治が機能していない、政治家がいないという状況が戦後ずっと続いてきているので、余計に官僚の権限が強まり、現在のように、政治家が財務省の軍門に下っている状況となっています。
建前では国民主権と言いながら、実態は官僚主権の国である日本。選挙で選んでもいない官僚が、選挙で選んだ自分たちの代表であるはずの政治家に指示をして、国民に負担を課している構造。
「官僚主権から国民主権への転換」を早くから訴えていたのが石井紘基さんであり、その考えは現在の私の「救民内閣構想」にもつながるのですが、そもそも「官僚主権」の原因とはなんなのでしょうか?
いくつかの要素が複合的にあると思いますが、一番強いものは「思いこみ」でしょう。日本は受験エリートのランキングがある非常に珍しい国です。子どものころから受験競争をやってきて、勝ち残った者が東京大学に行き、東大の中でも「文一で法学部」という文化がいまだにあります。
そして東大の文一を出て官僚となった者の中から、最も優秀な人間が財務省に行き、財務省の中で最も優秀な人間が主計局に行きます。財務省主計局は、官僚社会のエリート中のエリート。官僚主権国家・日本のシステムの中枢にいるのが、彼らです。
世の中のことを知らない、社会性も身につけていない受験エリートが競争を勝ち抜き、財務省に属している。競争を勝ち抜いた財務省主計局に対する、周囲からのエリート信仰。
身も蓋もない話をすれば、競争の途中で脱落した周囲の者たちによる「主計局は賢くて、自分たちは議論しても勝てない」みたいな思いこみが、日本の官僚主権を支えているような気がします。
・裏の国家予算・特別会計は436兆円…なのに「日本に金が無い」は本当か? ムダ遣いに明け暮れる国土交通省の実態
自分より学歴が「上」の人間は賢いと思い込んでしまっていないだろうか? 元明石市長の泉房穂は、日本の学歴社会が生む致命的な欠陥を『わが恩師 石井紘基が見破った官僚国家 日本の闇』にて指摘している。
書籍から一部抜粋・再構成し、なぜ財務省の言葉を鵜呑みにしてしまうのか、そしてその無批判の精神の危険性について解説する。
わが恩師 石井紘基が見破った官僚国家 日本の闇 #4
※本当に日本にお金はないのか?
あえて言わせていただくと、財務省へのエリート信仰は、いわば思いこみにすぎないのではないでしょうか。政治家にしてもマスコミにしても、思いこみが強いから、受験競争を勝ち抜いた財務省主計局とはケンカができない。だから財務省が出してきた数字を、なんの検証もせずに信じる。
一方、私は田舎の貧しい漁師の息子で、塾に行くお金もなく、本屋で立ち読みしながら猛勉強して、東大に合格しました。すこし傲慢に聞こえるかもしれませんが、東大に行って最初に驚いたのは、学生たちのレベルの低さです。
記憶することや、数字の置き換えは得意なのですが、なにもないところで絵を描いてみてと言うと、止まってしまうのです。ゼロから1を作り出す力がありません。
すでにある数字の置き換えとか、作業効率は高く、要領はいいのです。受験というせこい競争をよりせこく勝ち抜いた者が財務官僚ですから、私は財務官僚を賢いと思ったことがありません。国民の負担を減らし、国民を笑顔にするのが、賢い人間だと私は思います。
みんな財務官僚のことを賢いと「思いこんでいる」だけです。私に言わせればマスコミの人間も受験エリートですから、反骨精神が強いようでいて、財務省へのコンプレックスがあるのかもしれません。
立憲民主党にしても、この物価高のときに、「今の経済状況は減税する場面ではない」などと言っていますが、スーパーで買い物をしている側としては、物価が上がっても、それ以上に負担が軽減されるなにかがあればいいわけですから、「食料品や生活必需品には消費税をかけない」など、国民の負担を軽減する政策はいくらでもあるはずです。
財務省の言うことが正しいと思いこんでいるから、そんな当たり前のことすら見えていない。国民が見えていないし、見る気もないようです。
そんな財務官僚の中にも面白い人はいて、私にも仲良くしている方はいます。主計局出身のその方いわく、「財務省の数字は適当ですよ。私も噓ついてましたから」とのこと。「誰も反論しないし、議論しようともしないから、マスコミなんてイチコロです」と彼は言っていました。正直で屈託のない男です。
「お金がない」というセリフは財務省の決まり文句ですが、そもそも財務省の発表している数字が本当であると、検証した人がいるのでしょうか?
まずひとつは、表の国家予算である一般会計から算出したプライマリーバランス(基礎的財政収支)だけをもとに、財務省は「お金がない」「財政赤字縮小のための増税を」とのパフォーマンスをしている節があります。そして政治家もマスコミも、その数字を鵜吞みにして「お金がない」と言っています。
また仮に財務省の数字を信じるとしても、プライマリーバランスの早期黒字化の見通しが立っている現在、これ以上「財政赤字縮小のための増税」は必要ないはずです。
表の国家予算である一般会計に対して、裏の予算である特別会計があります。財務省によれば、2024年度の予算は一般会計が112兆717億円。それに対して、裏の国家予算にあたる特別会計は約4倍の436兆円で、一般会計と特別会計の行き来を差し引きした歳出総額の純計額は207兆9000億円です。
特別会計についてはブラックボックス化されたままで、石井紘基さんが追及していた「本当の国家予算」については、いまだ議論されていません。
本当に日本にお金はないのでしょうか?
地方交付金の根拠は謎
私の感覚でいくと、明石市長を12年務めての結論は「お金はなんとかなるし、人もやりくり可能な状況だ」でした。市長になったころは私も「日本にはもうお金がない」と思っていたので、私もだまされていたのでしょう。市の財政部局とも何度もケンカしました。
2011年、明石市長に就任してまず、財政部から「将来見通しでは3年後に破綻する」と聞かされました。当時の明石市の年間予算は、一般会計と特別会計を合わせて約1700億円。
市の貯金額は70億円でした。財政部の出してくる予測では、貯金がすぐに崩れてなくなっていきます。そのままで行けば、たしかに3年で財政は破綻します。
私も最初の3、4年は、財政部の言葉を真に受けていました。しかし一向に破綻の兆しは見えてきません。5年目に堪忍袋の緒が切れて、担当者を問い詰めました。「初年度の予測どおりなら、もう財政破綻しているはずではないか。しかし現実には、借金は返済できているし、貯金も積み増してきている。どういうことなのか?」と。
結論から言うと、財政部が出していた数字は、最悪の事態を想定した現実的ではないものでした。「市にお金が最も入ってこない可能性」と、「市がお金を最も使う可能性」を組み合わせて算出していた数字だったのです。そんな計算方法では、いずれ財政破綻するに決まってます。
でも現実の世界、実際の行政では、そのような「最悪の事態」は起こりません。
これはいかにも官僚的な、リスク回避の発想です。明石市のような地方自治体の職員にしても、中央省庁の官僚にしても、基本的に役人というものは、自己保身と組織防衛の論理で動いています。
彼らにとって最もリスクが少ないケース、つまり最悪の事態を前提に計算するから、「3年後に財政破綻」というような、現実から乖離した数字がためらいもなく平気で出てくるのです。
私はもうすこし幅を持たせるように、「お金が最も入ってくる可能性」と「お金を最も使わない可能性」を組み合わせた見積りも出すように指示したのですが、担当者は「国の数字が出てこないから、それはできない」と言います。
国からお金がいくら来るかわからないから、数字を置き換えて計算することができない。それが地方自治体の限界なのだと。
実際に国は数字を出してきません。ですから市の財政部も、気の毒な面もありました。
地方財政で困るのは、交付金措置です。「地方間の平準化」の名のもとに、地方の財源を国がいったん集めて、「地方交付金」として各地方へ分配していきます。たとえるなら、親が兄弟3人の貯金箱を取り上げて、言うことを聞いた子からお金をあげるようなシステムです。
それだけでも理不尽な話ですが、なんと、そもそもその交付金の計算方法が「明確ではない」のです。
たとえば明石市に交付金が総額100億円振りこまれたとして、どういう計算で100億が明石に来たのか、その明確な内訳は誰にもわからないのです。交付金として来たかどうかも、わかりません。ある金額が振りこまれて、国はただ「交付金措置をしました」と言うだけです。
言うなれば、国が好き勝手に数字を出して、どういう計算で増減して「100億」という数字になったのかは、ブラックボックスの中。財務省に内訳を問い合わせても「所管省庁が幅広いから説明できません」と答えようとしません。
私も相当彼らとケンカをしましたが、納得のいく回答はついに得られませんでした。「中央省庁が上で、地方自治体が下」という前時代的な特権意識で、お金がどのように流れているのか、わからせないようにしているとしか思えませんでした。
目の当たりにした国交省内のムダ遣い競争
明石市長の最後の年には、私は兵庫県治水・防災協会の会長をやっていました。県内の河川、砂防事業の促進をはかる任意団体で、その関係で国土交通省にもたびたび足を運びました。私がそこで見たのは、右肩上がりの予算競争でした。
たとえば水管理の部局があって、海岸とか河川などいろいろな部門があるのですが、全国大会と称して、部署ごとに予算を競い合うのです。前年度より予算が何パーセント伸びたかを棒グラフにして、伸び率の高い部門の課長が出世するような風潮です。
私に言わせれば、「ムダ遣い大会」です。官僚にとって大切なのは、自分の所轄でいかに多くの予算を獲得するかで、総コストを抑える発想などありません。一番お金を使った者がその後、局長になっていくような世界です。こんな時代に、右肩上がりの競争を官僚同士でしている。私は呆れていたのですが、みなさん真面目に戦っているから、なおさらタチが悪い。
公共工事の予算については、自治体側からも要望を行ない、私は県の会長として、兵庫の41市町を束ねて要望書を提出しました。ですが驚くことに、要望書に具体的な予算額を書かせないのです。かつ、工事のスケジュールも書かせません。
書かされたのは、工事の予定地だけ。緊急性のない工事も含めて、県内の山や河川を10ぐらい羅列させて、その中の2、3の工事を、担当課長の権限で許可するという段取りです。言うなれば、工事予定地の水増し申請。明石市の公共工事については、私は当初、本当に必要な2、3の工事予定だけを申請しようとしたのですが、「市長、そんなことをしたら、ゼロか1になります」と市の職員に止められました。
国交省のやり方に異を唱えたと見なされて、予算をつけてもらえなくなると。
そして要望書を提出した後も、具体的な予算額と工期は不明のままで、こちらから再度うかがいを立てなければならないのです。まるで「早く工事を始めたいのなら、そちらから頭を下げてこい」とでもいうような見下した態度で、腹が立って仕方がありませんでした。
工事のコスト見積りを安くでもしようものなら、なぜか怒られてしまいます。官僚社会では、大きな金額の仕事をする者が偉いのです。予算額を上げると、実際の工事の発注金額との差額が生まれます。官僚の自由裁量で使える予算なので、差額を返す必要はありません。その差額がどこに行っているのか?その行方は、透明化されていないブラックボックスの中です。
ある道路部門の課長は、「道路は造れば造るほど国民が幸せですよね」と本気で言っていました。道路は広いほうがいい、きれいなほうがいい、長いほうがいい、等々。この方も、予算は大きければ大きいほどいいとの考えをお持ちでした。
災害対策も同様で、「お金が大きいほど、できることが大きくなる」という発想のようです。担当の課長は、「山奥にある1軒の山小屋を土砂崩れから守るために、何10億円を使った」という話を美談のように語っていました。
「災害対策のための工事」と言われると、つい反対しづらくなりますが、安全な場所に新しい小屋を作るという方法もあります。数百万円の山小屋を守るために、税金で何十億円もかけて、大がかりな土砂対策の工事をする必要があるのでしょうか。疑問でしかありません。
・泉房穂が市長を辞職することになった発言の真意と「明石市にお金がない」は嘘だと言い切れる理由
2019年明石市長を務めていた泉房穂さん。過激な物言いが問題となり批判にさらされたが、暴言の真意がわかると市民の反応は変化。一度は辞職したものの、その後再選を果たした。なぜ暴言を吐くに至ったか、そこには公共事業に対する怒りがあった。
書籍『わが恩師 石井紘基が見破った官僚国家 日本の闇』より一部抜粋・再構成し紹介する。
わが恩師 石井紘基が見破った官僚国家 日本の闇 #5
※「火つけてこい!」の背景
公共事業に関しては、金額だけでなく、スケジュールも「長ければ長いほどいい」というのが、官僚の価値観のようです。たとえば幹線道路の拡幅工事なども、5年計画というと大体10年はかかります。
「火つけてこい!」の暴言で、2019年に私が市長を辞職することになった一件もそうでした。
あのときは、国道拡幅工事に伴うビルの立ち退き交渉が進んでいなかったことに対して、私が担当職員に暴言を吐いたことが問題となりました。
しかし、あの騒動の本当の事情としては、職員が「5年計画の工事を10年もかけて進めようとしていた」ことに対する怒りがあったのです。
問題となっていた明石駅前の道路では、道幅の狭さが原因で、人が亡くなる交通事故が起きていました。市民の命を守るために一刻も早く、工事を行なう必要がありました。
にもかかわらず、当初の計画から7年たっても、当該のビルの立ち退き交渉は一向に進んでいなかったのです。そこで思わず出てしまった暴言でした。
「道路工事は、当初の予算の2倍のお金をかけて、2倍の工事期間でやるもの」。日本の公共事業には、そのような暗黙の了解が存在しているのでしょうか。
5年計画なら10年、5億の予算なら10億です。「お金を使うこと」が工事の目的で、「今はなくてもよい道路も造ること」が慣習になっているからでしょうか。
あのとき、私は職員に「7年間、なにをしていたのか!」と言いましたが、工事はたまたま遅れたのではなく、最初から10年かけるつもりでいたようです。
そして国は、予算やスケジュールなどで、自治体が言うことを聞かなかったら、途中で予算を止めることもできます。そうすると工事全体が中断してしまいます。
国の言うことを聞かないと、お金を止められる構造になっているので、地方自治体は国に頭が上がりません。これが官僚国家・日本の地方行政の実情なのです。
明石市に「お金がない」は噓だった
公共事業に関しては、私は明石市長になってすぐ、市営住宅の新築を中止。戦後何十年と続いてきた明石市の市営住宅建設は、私をもって終わりました。
そして20年間で600億円の予算で進められていた下水道整備計画も、150億円に削減。100年に1度の豪雨での、10世帯の床上浸水対策に、600億円もかける必要はないとの政策判断です。
どの方針決定も、やってしまえば簡単でしたが、そこに至るまでの市職員の抵抗には、半端ないものがありました。「いま必要な仕事」というより、前例を踏襲してお金と時間を使っていた、役所組織の仕事です。「それは本当に必要か?」という前例を疑う私の問いかけ自体が、市役所の中では「愚問」でした。
先述のとおり、市長に就任した当初から「お金がない」と聞かされていましたが、増税もせずに政策展開ができて、市民サービスの向上をはかり、財政は好調になり、私に対するアンチによる「泉市政では明石のインフラが壊れる」という批判も的外れでした。
歴代市長が放置してきた、土地開発公社の100億円の隠れ借金も払い終わり、子どものための「5つの無料化」(子ども医療費の無料化・第2子以降の保育料の無料化・中学校の給食費無償・おむつ定期便・公共施設の入場料の無料化)を行ない、人口は10年連続で増加、地価も上昇、市の貯金も70億円から100億円台に増やしました。
市長を12年やった結論として、「お金がない」は噓だったと言えます。お金がないわけではありません。お金の「使途」「優先度」の問題なのです。
コストバランスも考えず、緊急性も代替手段も考えず、必要性の乏しい事業を漫然とやり続けていたから、お金がないように見えていただけです。
財務省が頑張るほど国民負担が重くなっていく
市営住宅や下水道など、すでに整備されているインフラを対象とした公共事業では、新設でなく適正管理に注力し、その代わり今の時代に必要な、「国民の生活を支える」とか、「子育てを応援する」といった部分に予算を配分する。
明石市はこうして若い世代の人口も増え、まちの好循環を拡大していきました。
国の財政に関しても、国民負担率ほぼ5割の国において、お金がないわけがないでしょうと、私は自信を持って言うことができます。
エコノミストの森永卓郎さんが書いた『ザイム真理教─それは信者8000万人の巨大カルト』(三五館シンシャ、2023年)が話題になりましたが、「お金がない」という考え方は財務官僚にとって宗教の教義のようなもので、彼らは先輩の言ってきたこと、やってきたことを否定できません。
官僚が気にしているのは自分の出世と、組織の先輩や同僚との関係性。そして関係のある政治家の顔色。気にするのは、我が組織と政治家だけで、国民のことは気にしていません。
「右肩上がりの成長」をいまだに信じていて、「予算額は増やすべきもの」という価値判断が働いているから、コストを抑えるなどという発想は、感動するぐらい持ち合わせていないようです。
とくに財務官僚は、官僚の中の官僚ですから、組織の論理に非常に忠実です。各省庁に一度つけた予算は削ることが難しく、国家予算は膨らむ一方。その財源は国民の血税ですから、財務省が頑張れば頑張れるほど、国民負担が重くなっていくのは一種の宿命といえます。
言うなれば、財務官僚は国民の負担を増やし続ける生き物です。そこに悪気はないからタチが悪い。さらに言えば、省益を守ることで、個々の官僚が直接的利益を得ているとは限らないのです。
官僚は自らの使命に忠実なだけですから、私としてはやはり、官僚機構の暴走に歯止めをかけられない今の政治家、そして官僚の言い分を垂れ流しにしているマスコミに問題があると思っています。