https://ameblo.jp/damedamewanko2/entry-12740893018.html
の続き(先に上のリンク先を読んでください)
・じつに、恐るべき「太陽フレア」による宇宙線…なんと、地球誕生時には「もっと頻繁に起こっていた」かもしれない(現代ビジネス 2024年5月31日)
※加速器実験でアミノ酸ができた!
筆者が生命の起源についての研究を始めたのは、東京大学で博士号を取得したあと、1982年から1986年まで米国メリーランド大学化学進化研究所に博士研究員として研究をしていた頃のことです。筆者は、進化研究所の4つの研究室(地球化学、惑星化学、有機化学、生化学)のうち、惑星化学研究室を担当し、主としてさまざまに組成を変えた惑星大気から有機物を合成していました。まさに、ミラーの実験の発展版といえます。
帰国後、東京工業大学教授(当時)の大島泰郎(たいろう)先生から、「東工大にある加速器を使って何か実験ができないか」とのお誘いをいただきました。加速器とは、陽子などの粒子にエネルギーを与えて非常に速い速度まで加速する装置で、通常は原子核物理の研究などに使われています。
私はそれまで、ガンマ線を照射する実験は経験がありましたが、加速器を使ったことはありませんでした。まずは、加速器を使うことが何のシミュレーションになるかを考える必要がありました。
文献で知っていたのは、メルヴィン・カルヴィンたちの実験などで、電子線をあてると原子核から電子が飛び出してくるβ壊変といわれる現象のシミュレーションのために電子線を出すのに使っていたくらいでした。
【写真】メルヴィン・カルヴィン
メルヴィン・カルヴィンは、米国の化学者。光合成反応における代表的な炭酸固定反応である「カルビン・ベンソン回路」を、米国の生物学者アンドリュー・ベンソンらと発見した。その経緯と生命誕生への影響は、『生命と非生命のあいだ』に詳説した。
そこで、加速器を担当していた川崎克則博士に電子線は出せるかを尋ねると、「これはバン・デ・グラーフ型の加速器なので、プラスの電荷のものしか加速できません。最も簡単に出せるのは陽子線です」とのこと。そこで、陽子線は何に使えるのかを考えてみました。
陽子あるいは水素イオンは、宇宙線に最も多く含まれているものです。宇宙線は宇宙空間を飛び交っている高エネルギーの放射線で、地球にも常時、飛んできています。ということは加速器による陽子線は、原始地球にやってきた宇宙線の模擬に使えるかもしれないと考えました。
宇宙線の評価は低かった
しかし文献をみると、原始地球上には太陽の紫外線や雷など、さまざまなエネルギーが届いていたと考えられるなかで、宇宙線の評価はとても低いものでした。たとえば、ミラーとオーゲルの共著『生命の起源』(野田春彦訳)にはこうあります。
「現在では宇宙線のエネルギーは無視でき、過去にも重要となるほどあったとは思えない」
そのためか、原始大気中での有機物合成を模した実験で、宇宙線をエネルギー源として考慮したものはほとんどありませんでした。
加速器での実験でアミノ酸が生成された
とはいえ、せっかくの機会ですので、とりあえず実験してみることにしました。反応容器をデザインして、そこに放電実験と同じ窒素ガスとメタンガスと水を入れて、加速器で陽子線を照射してみました。そうして得られた生成物を加水分解して分析すると、予想以上に多くのアミノ酸ができていたのです。
ならば、ということですぐに、メタンを一酸化炭素に替えて加速器実験を行いました。当時、東京大学の松井孝典(たかふみ)や米国ペンシルバニア州立大学のジェームズ・カスティングらが、原始地球の大気には一酸化炭素がかなりあったかもしれない、という理論を言いだしていた頃でした。
ところが火花放電では、メタンを一酸化炭素にするとアミノ酸の生成量が極端に少なくなってしまうのです。そうしたわけで、少し後ろめたさをおぼえながらメタンを実験に使っていたのですが、この加速器実験ではメタンを一酸化炭素に替えて陽子線を照射しても、メタンのときとほぼ同じ量のアミノ酸ができていたのです。これはいける、と思いました。
学会でこの結果を発表したところ、宇宙線が生命の材料をつくったかもしれないということで広く一般の人々の関心をよび、新聞にも取り上げられました。それを見て、東京大学宇宙線研究所(当時)の斉藤威(たけし)博士が声をかけてくださいました。
アミノ酸が生成は、エネルギー量に比例した
当時、東京都の田無市(現・西東京市)にあった宇宙線研究所と同じキャンパスには、原子核研究所の加速器がいくつかあり、バン・デ・グラーフ加速器よりも大型なので、それらを使って共同研究をしようというのです。
加速器が大型になると、照射される陽子線のエネルギーも高くなります。宇宙線研究所で行った実験では、それらの陽子線は、ガスを入れた容器をほぼ素通りしました。しかし、それでもいくぶんかのエネルギーをガスに落としました。そして、そのエネルギー量に比例して、アミノ酸が生成することがわかったのです。
しかもこの結果は、陽子を電子やヘリウムイオンに替えても同じでした。ということは、宇宙線の入ってくるところでは、どこででもアミノ酸ができる可能性があるということです。
太陽からのおそるべき放射線
こうした宇宙線の多くは、超新星爆発のときに高速でまき散らされたイオンや電子だといわれています。これらは太陽系の外から来るので「銀河宇宙線」ともよばれます。
しかし一方で、太陽から来るイオンや電子もあります。つねに太陽から流れ出しているエネルギーの低いものは「太陽風」とよばれています。
また、太陽表面で「フレア」とよばれる爆発が起きたときなどに生じる、高エネルギーの宇宙線を「太陽高エネルギー粒子(SEP)」とよびます。フレアには小さいものから大きいものまでさまざまあり、大きいフレアが起こるとSEPのエネルギーも、その個数も多くなります。そのようなときは、地球では磁気嵐が起き、携帯電話やGPSが使えなくなったりします。
高緯度地域で見られるオーロラは、太陽風やSEPと地球の高層大気が衝突することで美しく輝くものですが、ときとして太陽フレアが巨大になると、オーロラが低緯度地域でも見られることがあります。1859年に起きた巨大フレアのときには、赤道域でもオーロラが見えました。このときは無線電信システムが停止し、電信機が発火したりもしています。
この巨大フレアは、リチャード・キャリントン(1826〜1875)が詳細に観測したため「キャリントン・イベント」とよばれています。
当時は携帯電話や電力網がなかったため被害は限定的でしたが、いま、この規模のフレアが起きれば広い範囲で停電が起き、人工衛星も破壊されてしまうため、被害総額は100兆円以上になるのではと危惧されています。
ところが、京都大学の柴田一成教授(当時)のグループが、ケプラー宇宙望遠鏡を用いて太陽に似た恒星を観測していたところ、とてつもないフレアを起こすものが見つかりました。規模でいうとキャリントン・イベントよりもエネルギー量が何桁も上なのです。
太陽がまだ若い頃にはこうしたスーパーフレアがたびたび起こり、非常に高エネルギーの「太陽高エネルギー粒子(SEP)」が大量に地球に降り注いだ可能性が出てきたのです。
また、SEPが、初期の地球で生命の材料を生成に大きく関与していた可能性も見えてきました。
続いては、SEPが初期地球に与えた可能性を、より詳しく探ってみます。
エネルギーに比例してアミノ酸ができるということは、この実験ではアミノ酸はストレッカー合成ではない道筋でできることを示しています。もしストレッカー合成であれば、まずシアン化水素、ホルムアルデヒド、アンモニアなどができ、その後、それらが反応してアミノ酸になるわけで、エネルギーに比例してできるという実験事実とは矛盾するからです。
なお、核酸については、一酸化炭素、窒素、水に陽子線を照射することにより核酸塩基ができるかを調べてみると、ウラシルが他のものより多くできていることがわかりました。
・スーパーフレアが地球生命を生んだのか…? じつは、宇宙線が「生命の材料」を生成していた「衝撃の事実」(現代ビジネス 2024年5月21日)
※太陽がスーパーフレアを起こす可能性
こうしたフレアは「スーパーフレア」とよばれています。それまでは太陽はスーパーフレアを起こさないと信じられてきたのですが、この観測によって、1000年に一度くらいはスーパーフレアを起こすことは想定しておく必要があると考えられるようになりました。
なんの準備もせずにスーパーフレアに遭遇してしまった場合、生物学的にすぐに人類が滅ぶところまではいかないでしょうが、電気を基盤とする人類の文明が崩壊してしまう可能性があります。
一般に恒星ができたての頃は、見た目は暗いのですが、フレアを頻繁に起こすなど、活動は活発です。ということは、若い頃の太陽は現在よりもスーパーフレアを数多く起こしていた可能性が考えられます。
スーパーフレアが地球生命を生んだのか
NASAゴダード宇宙飛行センターのウラディーミル・アイラペティアン博士は、理論的にその可能性を計算し、さらに、そのような若い太陽の活動が地球の進化にどのような影響を与えたのかを研究しています。
それによれば理論上も、若い太陽のスーパーフレアにより、非常に高エネルギーの「太陽高エネルギー粒子(SEP)」が大量に地球に降り注いだ可能性が出てきました。では、そのとき地球大気中では何が起きたのでしょうか。
アイラペティアン博士の研究では、シアン化水素(HCN)や一酸化二窒素(N₂O)が多く生成した可能性が見えてきました。では、実際に実験で確認したらどうなるのだろうかーーということで博士は、陽子線照射の実験を前から行っていた私のグループに声をかけてきました。
それまで私は銀河宇宙線の影響についての実験を行ってきたのですが、こうして、SEPの影響も調べることになりました。
宇宙線よりはるかに多い太陽高エネルギー粒子(SEP)によるアミノ酸量
実際に原始地球大気の組成がどうだったかは不明ですが、現時点で考えられるもっともらしい組み合わせとして、二酸化炭素と窒素を主とし、そこに少量のメタン、もしくは一酸化炭素を加えた、わずかに還元的な混合気体を用いることにしました。
まず、この気体に雷(火花放電)や紫外線を当てても、アミノ酸は生成しないことを確認しました。
そのあと本番の加速器実験となりますが、東工大のバン・デ・グラーフ加速器はすでに運用が終わってしまっていたので、代わりに東工大のタンデム加速器を用いて、スーパーフレアのときに発生するSEPに最も多く含まれる高エネルギー陽子を混合気体に照射してみました。
すると、メタンが二酸化炭素の100分の1しか入っていないような気体でも、生成物を加水分解するとアミノ酸が生じました。
この結果をもとに、40億年前のSEPの推定エネルギー量から地球全体で生成したアミノ酸の量を計算すると、年間数万トンものアミノ酸が生じることになります。これは、隕石などにより宇宙から運ばれたと考えられるアミノ酸量(多くて年間100トンくらい)よりも、はるかに多いことがわかったのです。
宇宙のアミノ酸をつくったのも放射線だった
隕石など、地球外に存在するアミノ酸などの有機物がどのようにしてできたのかを、宇宙線との関係に注目しながら、みていきましょう。
太陽系の外から飛来する銀河宇宙線は、太陽や地球の磁場で遮られるため地球には大きな影響は与えていませんが、裏を返せば、磁場の外側の地球外、さらには太陽系外の宇宙空間では、銀河宇宙線が大きく影響していると考えられます。
地球外でアミノ酸などができる場所の候補として、先の記事で分子雲の星間塵をおおう氷の層を紹介しました。分子雲は一般の宇宙空間よりも物質密度が高く、そのために星からの光が中心部まで入れないことから、水のほか、一酸化炭素、メタノール、アンモニアなどが氷になっています。
ここで一酸化炭素やアンモニアが反応して、複雑な有機物ができるのではないか、というアイデアをライデン大学のジェローム・マヨ・グリーンバーグ(1922〜2001)が提唱したことから、この仮説は「グリーンバーグ・モデル」とよばれています。
グリーンバーグとは私は1990年代に知り合い、宇宙でアミノ酸を合成する実験を共同で進めることを計画しましが、残念ながら実施には至りませんでした。グリーンバーグも亡くなり、宇宙での彼との共同実験は夢に終わりました。
私たち横浜国立大学グループは、宇宙線によって氷の中(氷の表面ではなく)でアミノ酸ができるかどうかを調べる実験を行いました。千葉市にある放射線医学総合研究所(現在は量子科学技術研究開発機構)には、がん治療用の加速器HIMAC(ハイマック)があり、治療目的のほかに基礎研究に使うことも可能です。通常は、陽子よりはるかに重い炭素イオンなどの重粒子を高速度 に加速するので、「重粒子線加速器」とよばれます。重粒子は宇宙線の中にも含まれています。
私たちは、メタノール・アンモニア・水の混合物を液体窒素で冷やして氷にし、これに炭素イオンなどの重粒子を照射しました。炭素イオンのエネルギーは35億電子ボルトという非常に大きいもので、実際の宇宙線と同様、標的の氷をあっさりと突き抜けてしまいます。
しかし、そのエネルギーのごく一部が氷に与えられ、反応が起き、アミノ酸の前駆体が生成することがわかりました。分子雲の中の氷の表面ではなく「氷の中」で、宇宙線によってアミノ酸ができる可能性が初めて示されたのです。
また、分子雲の中で太陽ができたあと、それをとりまく原始太陽系円盤の中でできる小惑星の内部でも、放射性元素の壊変熱で氷が融け、アミノ酸などができた可能性があると述べましたが、この場合、熱だけでなく、放射性元素からのガンマ線などの放射線そのものの効果によって、熱よりも種類、量ともに多くのアミノ酸が生成することもわかってきました。
つまり、宇宙の分子雲や小惑星でも、アミノ酸などの有機物生成の鍵を握るのは、宇宙線などの放射線だったのです。
では、こうしてできるアミノ酸前駆体とは、どのようなものなのでしょうか。
・なんと、原始の大気に陽子線をあてたら「がらくた分子」ができた…! じつは、これこそが「生命のはじまり」かも、という「驚きの仮説」(現代ビジネス 2024年5月24日)
※放射線によってできる「がらくた分子」
原始大気や宇宙空間などで、放射線の影響によりアミノ酸前駆体が生成することを述べてきました。
では、こうしてできるアミノ酸前駆体とは、どのようなものなのでしょうか。
もし、ミラーや欧米の多くの研究者が考えるように、アミノ酸がストレッカー合成*でできるならば、その前駆体はアミノアセトニトリルという比較的単純な分子(図2 ‒ 5)のはずです。
しかし、加速器実験による生成物を加水分解する前に分析したところ、アミノアセトニトリルは少量しか存在せず、加水分解後に生じるアミノ酸のごく一部しか説明できないことがわかりました。では、ここでのアミノ酸前駆体とは、おもにどのような分子なのでしょうか。
*ストレッカー合成:アルデヒド(またはケトン)とアンモニア、シアン化水素との反応により、アミノ酸を合成する反応。
原始大気や星間物質をモデルにした単純な分子(たとえば一酸化炭素、アンモニア、水蒸気の混合物)に、宇宙線を模した高エネルギーの陽子線を照射して、調べてみました。照射を始めるとまず、気相中に「もや」が生じます。
このもやは、水によく溶けます。もやの溶けた水溶液を取り出して分析すると、分子量が1000以上のものが多くできていることがわかりました。これを加水分解すると、いろいろなアミノ酸が生じてきます。したがって、この分子量1000以上のものは、アミノ酸前駆体を含むことがわかりました。
加水分解してアミノ酸ができる分子量の大きいものというと、タンパク質が思い浮かびます。タンパク質はアミノ酸がきれいに一列に並んでつながった分子なので、加水分解すると、ほとんどすべてがアミノ酸になる、優れた生化学的機能を持つ洗練された分子です。
ところが、陽子線照射でできた分子を加水分解してできるアミノ酸は、もとの分子の数%にすぎないことがわかりました。つまり、もとの分子の90%以上は、アミノ酸以外の分子ということになるわけです。
機能が低く、洗練されていないけれど、役に立たないわけではない「がらくた分子」
生命のもとになるアミノ酸という分子が少しと、それよりずっと多くのアミノ酸以外の分子がつながった分子ということで、私たちはこれら分子量1000以上の分子を「がらくた分子」とよぶことにしました。
「がらくた」といえば普通は、役に立たない、値打ちのないもののことを思い出すでしょうが、ここでは「がらくた市」に並ぶ古い骨董品のようなものをイメージしてみてください。それらは最新の高機能のものではありませんが、まったく役立たずというわけではないはずです。
つまり「がらくた分子」とは、「機能が低い、洗練されていない分子」という意味合いで、そうよんでいるのです。図「グリシンの分子模型と〈がらくた分子〉のイメージ」の右が、がらくた分子のイメージです。左のグリシン分子よりもずっと大きいですね。
【写真】グリシンの分子模型と〈がらくた分子〉のイメージグリシンの分子模型と〈がらくた分子〉のイメージ
放射線によって、なぜこのような大きい分子ができるのでしょうか。
がらくた分子は、どうやってできるのか
そのくわしい機構はまだ不明ですが、重要なのは、放射線(粒子線やガンマ線など)のエネルギーが、紫外線や熱と比べてはるかに大きいことです。
分子の中で、原子と原子を結合させるエネルギーは数電子ボルト(1電子ボルトはエネルギーの単位で1.6×10⁻¹⁹ジュールに相当)ですが、紫外線のエネルギーも数電子ボルトなので、ちょっとした結合の強さの違いで切れたり切れなかったりと、結合が切れる場所は限定的です。
ところが放射線であれば、ガンマ線は数百万電子ボルト、宇宙線はそれよりもさらに高エネルギーのものが多いので、どんな分子でも簡単に結合を切ったり、電子を剝ぎ取ったりすることができます。だから放射線が通りすぎた直後は、原子はいったんばらばらになります(図「陽子線照射による「がらくた分子」生成のイメージ」の(a)a)。
しかし、ばらばらの状態は安定ではないので、すぐにつながってより安定な分子になろうとします(図「陽子線照射による「がらくた分子」生成のイメージ」の(b))。このようにして、ばらばらになったものが次々とつながって、さまざまな大きい分子(すなわち、がらくた分子)ができるのではないかと私たちは考えています。
陽子線照射による「がらくた分子」生成のイメージ陽子線照射による「がらくた分子」生成のイメージ。(a)陽子線が通ったところの分子がばらばらになる (b)直後に急冷されると次々と原子がつながる
では、このようながらくた分子は、何か機能を持っているのでしょうか。
がらくた分子の機能
タンパク質酵素の中には、「エステル」とよばれる、分子を分解してアルコールと有機酸にする活性を持つものがあります。これを「エステラーゼ活性」といいます。がらくた分子を調べてみたところ、弱いながらも、このエステラーゼ活性を持っていることがわかりました。
記事〈じつに、恐るべき「太陽フレア」による宇宙線…なんと、地球誕生時には「もっと頻繁に起こっていた」かもしれない〉でメルヴィン・カルヴィンについて触れましたが、彼が考えた「最初の触媒」のシナリオーー最初は非常に弱い触媒からスタートしたーーが、ここへきて現実味を帯びてくるのです。
「タフでなければ生きていけない」
ここで、生命が誕生するまでの化学進化の過程で必要なのはどのような分子かを、あらためて考えてみましょう。
いったん生命が誕生してしまえば、必要な分子をみずからリサイクルして使えるので、RNAのような洗練された弱く壊れやすい分子でもいいのですが、生命誕生前では必要な分子が壊れてしまえばおしまいです。ハードボイルドの主人公フィリップ・マーロウの台詞ではないですが、まさに「タフでなければ生きていけない」のです。
私たちは、陽子線を照射してつくったアミノ酸前駆体を含むがらくた分子の頑丈さを、アミノ酸そのものや、それまで想定されていた、がらくた分子よりも小さいアミノ酸前駆体と比べてみました。
アミノ酸が星間でできたとすれば、それは宇宙線にさらされます。原始太陽系星雲に取り込まれれば、場所によりますが、若い太陽からの紫外線やX線にさらされるでしょう。小惑星の内部では、放射性元素からのガンマ線などを浴びます。隕石や彗星からできた宇宙塵として地球に降るときは、太陽からの紫外線が最もシビアです。
これらの条件で比較してみますと、がらくた分子の形が、アミノ酸そのものや、小さいアミノ酸前駆体よりも安定であることがわかりました。
多様な機能を持つ可能性
また、「がらくた分子」とひとくくりにしていますが、それぞれの分子に共通しているのは炭素(C)、水素(H)、酸素(O)、窒素(N)でできていることと、平均して数%のアミノ酸を含んでいることだけで、構造はどれも異なっているはずです。
さきほど、がらくた分子は触媒活性を持っていると言いましたが、1分子ずつ取り出して、その触媒機能を測ることができれば、それぞれは異なった値を示すでしょう。そのなかには、何か"一芸"に秀でた分子もあるはずです。
生命の定義で、「ダーウィン進化」が重要視されていることを本シリーズ第1回目の記事で述べました。進化はより環境に適したものが選ばれるという「自然選択」によって起きるとする考え方です。
生命誕生後の生物進化においては、ダーウィン進化が重要な働きをすることは広く認められています。もし生命誕生前の化学進化の時代にも、このダーウィン進化が起きていたとすると、そのときに鍵となるのは、進化によって選別されるもととなる、大きい集団(「ライブラリー」とよびます)です。その意味でがらくた分子は、生成当初から膨大なライブラリーを形成しているので、きわめて多様な機能(触媒機能など)を持つものが含まれていることが期待できます。
RNAワールドの研究者たちが行っている試験管内分子進化という手法も、変異ライブラリーの中で機能の優れたものを選び、それを増幅して機能の優れたRNAをつくりだすものです。こうしたアプローチは「進化分子工学」とよばれていますが(図「進化分子工学のサイクル」)、がらくた分子が進化したとする「がらくたワールド仮説」も、基本的には同じ考え方といえます。
【図】進化分子工学のサイクル進化分子工学のサイクル。選別・増殖・変異を繰り返す
続いては、地球以外でも生命はできるのか、という問題について、取り上げます。
の続き(先に上のリンク先を読んでください)
・じつに、恐るべき「太陽フレア」による宇宙線…なんと、地球誕生時には「もっと頻繁に起こっていた」かもしれない(現代ビジネス 2024年5月31日)
※加速器実験でアミノ酸ができた!
筆者が生命の起源についての研究を始めたのは、東京大学で博士号を取得したあと、1982年から1986年まで米国メリーランド大学化学進化研究所に博士研究員として研究をしていた頃のことです。筆者は、進化研究所の4つの研究室(地球化学、惑星化学、有機化学、生化学)のうち、惑星化学研究室を担当し、主としてさまざまに組成を変えた惑星大気から有機物を合成していました。まさに、ミラーの実験の発展版といえます。
帰国後、東京工業大学教授(当時)の大島泰郎(たいろう)先生から、「東工大にある加速器を使って何か実験ができないか」とのお誘いをいただきました。加速器とは、陽子などの粒子にエネルギーを与えて非常に速い速度まで加速する装置で、通常は原子核物理の研究などに使われています。
私はそれまで、ガンマ線を照射する実験は経験がありましたが、加速器を使ったことはありませんでした。まずは、加速器を使うことが何のシミュレーションになるかを考える必要がありました。
文献で知っていたのは、メルヴィン・カルヴィンたちの実験などで、電子線をあてると原子核から電子が飛び出してくるβ壊変といわれる現象のシミュレーションのために電子線を出すのに使っていたくらいでした。
【写真】メルヴィン・カルヴィン
メルヴィン・カルヴィンは、米国の化学者。光合成反応における代表的な炭酸固定反応である「カルビン・ベンソン回路」を、米国の生物学者アンドリュー・ベンソンらと発見した。その経緯と生命誕生への影響は、『生命と非生命のあいだ』に詳説した。
そこで、加速器を担当していた川崎克則博士に電子線は出せるかを尋ねると、「これはバン・デ・グラーフ型の加速器なので、プラスの電荷のものしか加速できません。最も簡単に出せるのは陽子線です」とのこと。そこで、陽子線は何に使えるのかを考えてみました。
陽子あるいは水素イオンは、宇宙線に最も多く含まれているものです。宇宙線は宇宙空間を飛び交っている高エネルギーの放射線で、地球にも常時、飛んできています。ということは加速器による陽子線は、原始地球にやってきた宇宙線の模擬に使えるかもしれないと考えました。
宇宙線の評価は低かった
しかし文献をみると、原始地球上には太陽の紫外線や雷など、さまざまなエネルギーが届いていたと考えられるなかで、宇宙線の評価はとても低いものでした。たとえば、ミラーとオーゲルの共著『生命の起源』(野田春彦訳)にはこうあります。
「現在では宇宙線のエネルギーは無視でき、過去にも重要となるほどあったとは思えない」
そのためか、原始大気中での有機物合成を模した実験で、宇宙線をエネルギー源として考慮したものはほとんどありませんでした。
加速器での実験でアミノ酸が生成された
とはいえ、せっかくの機会ですので、とりあえず実験してみることにしました。反応容器をデザインして、そこに放電実験と同じ窒素ガスとメタンガスと水を入れて、加速器で陽子線を照射してみました。そうして得られた生成物を加水分解して分析すると、予想以上に多くのアミノ酸ができていたのです。
ならば、ということですぐに、メタンを一酸化炭素に替えて加速器実験を行いました。当時、東京大学の松井孝典(たかふみ)や米国ペンシルバニア州立大学のジェームズ・カスティングらが、原始地球の大気には一酸化炭素がかなりあったかもしれない、という理論を言いだしていた頃でした。
ところが火花放電では、メタンを一酸化炭素にするとアミノ酸の生成量が極端に少なくなってしまうのです。そうしたわけで、少し後ろめたさをおぼえながらメタンを実験に使っていたのですが、この加速器実験ではメタンを一酸化炭素に替えて陽子線を照射しても、メタンのときとほぼ同じ量のアミノ酸ができていたのです。これはいける、と思いました。
学会でこの結果を発表したところ、宇宙線が生命の材料をつくったかもしれないということで広く一般の人々の関心をよび、新聞にも取り上げられました。それを見て、東京大学宇宙線研究所(当時)の斉藤威(たけし)博士が声をかけてくださいました。
アミノ酸が生成は、エネルギー量に比例した
当時、東京都の田無市(現・西東京市)にあった宇宙線研究所と同じキャンパスには、原子核研究所の加速器がいくつかあり、バン・デ・グラーフ加速器よりも大型なので、それらを使って共同研究をしようというのです。
加速器が大型になると、照射される陽子線のエネルギーも高くなります。宇宙線研究所で行った実験では、それらの陽子線は、ガスを入れた容器をほぼ素通りしました。しかし、それでもいくぶんかのエネルギーをガスに落としました。そして、そのエネルギー量に比例して、アミノ酸が生成することがわかったのです。
しかもこの結果は、陽子を電子やヘリウムイオンに替えても同じでした。ということは、宇宙線の入ってくるところでは、どこででもアミノ酸ができる可能性があるということです。
太陽からのおそるべき放射線
こうした宇宙線の多くは、超新星爆発のときに高速でまき散らされたイオンや電子だといわれています。これらは太陽系の外から来るので「銀河宇宙線」ともよばれます。
しかし一方で、太陽から来るイオンや電子もあります。つねに太陽から流れ出しているエネルギーの低いものは「太陽風」とよばれています。
また、太陽表面で「フレア」とよばれる爆発が起きたときなどに生じる、高エネルギーの宇宙線を「太陽高エネルギー粒子(SEP)」とよびます。フレアには小さいものから大きいものまでさまざまあり、大きいフレアが起こるとSEPのエネルギーも、その個数も多くなります。そのようなときは、地球では磁気嵐が起き、携帯電話やGPSが使えなくなったりします。
高緯度地域で見られるオーロラは、太陽風やSEPと地球の高層大気が衝突することで美しく輝くものですが、ときとして太陽フレアが巨大になると、オーロラが低緯度地域でも見られることがあります。1859年に起きた巨大フレアのときには、赤道域でもオーロラが見えました。このときは無線電信システムが停止し、電信機が発火したりもしています。
この巨大フレアは、リチャード・キャリントン(1826〜1875)が詳細に観測したため「キャリントン・イベント」とよばれています。
当時は携帯電話や電力網がなかったため被害は限定的でしたが、いま、この規模のフレアが起きれば広い範囲で停電が起き、人工衛星も破壊されてしまうため、被害総額は100兆円以上になるのではと危惧されています。
ところが、京都大学の柴田一成教授(当時)のグループが、ケプラー宇宙望遠鏡を用いて太陽に似た恒星を観測していたところ、とてつもないフレアを起こすものが見つかりました。規模でいうとキャリントン・イベントよりもエネルギー量が何桁も上なのです。
太陽がまだ若い頃にはこうしたスーパーフレアがたびたび起こり、非常に高エネルギーの「太陽高エネルギー粒子(SEP)」が大量に地球に降り注いだ可能性が出てきたのです。
また、SEPが、初期の地球で生命の材料を生成に大きく関与していた可能性も見えてきました。
続いては、SEPが初期地球に与えた可能性を、より詳しく探ってみます。
エネルギーに比例してアミノ酸ができるということは、この実験ではアミノ酸はストレッカー合成ではない道筋でできることを示しています。もしストレッカー合成であれば、まずシアン化水素、ホルムアルデヒド、アンモニアなどができ、その後、それらが反応してアミノ酸になるわけで、エネルギーに比例してできるという実験事実とは矛盾するからです。
なお、核酸については、一酸化炭素、窒素、水に陽子線を照射することにより核酸塩基ができるかを調べてみると、ウラシルが他のものより多くできていることがわかりました。
・スーパーフレアが地球生命を生んだのか…? じつは、宇宙線が「生命の材料」を生成していた「衝撃の事実」(現代ビジネス 2024年5月21日)
※太陽がスーパーフレアを起こす可能性
こうしたフレアは「スーパーフレア」とよばれています。それまでは太陽はスーパーフレアを起こさないと信じられてきたのですが、この観測によって、1000年に一度くらいはスーパーフレアを起こすことは想定しておく必要があると考えられるようになりました。
なんの準備もせずにスーパーフレアに遭遇してしまった場合、生物学的にすぐに人類が滅ぶところまではいかないでしょうが、電気を基盤とする人類の文明が崩壊してしまう可能性があります。
一般に恒星ができたての頃は、見た目は暗いのですが、フレアを頻繁に起こすなど、活動は活発です。ということは、若い頃の太陽は現在よりもスーパーフレアを数多く起こしていた可能性が考えられます。
スーパーフレアが地球生命を生んだのか
NASAゴダード宇宙飛行センターのウラディーミル・アイラペティアン博士は、理論的にその可能性を計算し、さらに、そのような若い太陽の活動が地球の進化にどのような影響を与えたのかを研究しています。
それによれば理論上も、若い太陽のスーパーフレアにより、非常に高エネルギーの「太陽高エネルギー粒子(SEP)」が大量に地球に降り注いだ可能性が出てきました。では、そのとき地球大気中では何が起きたのでしょうか。
アイラペティアン博士の研究では、シアン化水素(HCN)や一酸化二窒素(N₂O)が多く生成した可能性が見えてきました。では、実際に実験で確認したらどうなるのだろうかーーということで博士は、陽子線照射の実験を前から行っていた私のグループに声をかけてきました。
それまで私は銀河宇宙線の影響についての実験を行ってきたのですが、こうして、SEPの影響も調べることになりました。
宇宙線よりはるかに多い太陽高エネルギー粒子(SEP)によるアミノ酸量
実際に原始地球大気の組成がどうだったかは不明ですが、現時点で考えられるもっともらしい組み合わせとして、二酸化炭素と窒素を主とし、そこに少量のメタン、もしくは一酸化炭素を加えた、わずかに還元的な混合気体を用いることにしました。
まず、この気体に雷(火花放電)や紫外線を当てても、アミノ酸は生成しないことを確認しました。
そのあと本番の加速器実験となりますが、東工大のバン・デ・グラーフ加速器はすでに運用が終わってしまっていたので、代わりに東工大のタンデム加速器を用いて、スーパーフレアのときに発生するSEPに最も多く含まれる高エネルギー陽子を混合気体に照射してみました。
すると、メタンが二酸化炭素の100分の1しか入っていないような気体でも、生成物を加水分解するとアミノ酸が生じました。
この結果をもとに、40億年前のSEPの推定エネルギー量から地球全体で生成したアミノ酸の量を計算すると、年間数万トンものアミノ酸が生じることになります。これは、隕石などにより宇宙から運ばれたと考えられるアミノ酸量(多くて年間100トンくらい)よりも、はるかに多いことがわかったのです。
宇宙のアミノ酸をつくったのも放射線だった
隕石など、地球外に存在するアミノ酸などの有機物がどのようにしてできたのかを、宇宙線との関係に注目しながら、みていきましょう。
太陽系の外から飛来する銀河宇宙線は、太陽や地球の磁場で遮られるため地球には大きな影響は与えていませんが、裏を返せば、磁場の外側の地球外、さらには太陽系外の宇宙空間では、銀河宇宙線が大きく影響していると考えられます。
地球外でアミノ酸などができる場所の候補として、先の記事で分子雲の星間塵をおおう氷の層を紹介しました。分子雲は一般の宇宙空間よりも物質密度が高く、そのために星からの光が中心部まで入れないことから、水のほか、一酸化炭素、メタノール、アンモニアなどが氷になっています。
ここで一酸化炭素やアンモニアが反応して、複雑な有機物ができるのではないか、というアイデアをライデン大学のジェローム・マヨ・グリーンバーグ(1922〜2001)が提唱したことから、この仮説は「グリーンバーグ・モデル」とよばれています。
グリーンバーグとは私は1990年代に知り合い、宇宙でアミノ酸を合成する実験を共同で進めることを計画しましが、残念ながら実施には至りませんでした。グリーンバーグも亡くなり、宇宙での彼との共同実験は夢に終わりました。
私たち横浜国立大学グループは、宇宙線によって氷の中(氷の表面ではなく)でアミノ酸ができるかどうかを調べる実験を行いました。千葉市にある放射線医学総合研究所(現在は量子科学技術研究開発機構)には、がん治療用の加速器HIMAC(ハイマック)があり、治療目的のほかに基礎研究に使うことも可能です。通常は、陽子よりはるかに重い炭素イオンなどの重粒子を高速度 に加速するので、「重粒子線加速器」とよばれます。重粒子は宇宙線の中にも含まれています。
私たちは、メタノール・アンモニア・水の混合物を液体窒素で冷やして氷にし、これに炭素イオンなどの重粒子を照射しました。炭素イオンのエネルギーは35億電子ボルトという非常に大きいもので、実際の宇宙線と同様、標的の氷をあっさりと突き抜けてしまいます。
しかし、そのエネルギーのごく一部が氷に与えられ、反応が起き、アミノ酸の前駆体が生成することがわかりました。分子雲の中の氷の表面ではなく「氷の中」で、宇宙線によってアミノ酸ができる可能性が初めて示されたのです。
また、分子雲の中で太陽ができたあと、それをとりまく原始太陽系円盤の中でできる小惑星の内部でも、放射性元素の壊変熱で氷が融け、アミノ酸などができた可能性があると述べましたが、この場合、熱だけでなく、放射性元素からのガンマ線などの放射線そのものの効果によって、熱よりも種類、量ともに多くのアミノ酸が生成することもわかってきました。
つまり、宇宙の分子雲や小惑星でも、アミノ酸などの有機物生成の鍵を握るのは、宇宙線などの放射線だったのです。
では、こうしてできるアミノ酸前駆体とは、どのようなものなのでしょうか。
・なんと、原始の大気に陽子線をあてたら「がらくた分子」ができた…! じつは、これこそが「生命のはじまり」かも、という「驚きの仮説」(現代ビジネス 2024年5月24日)
※放射線によってできる「がらくた分子」
原始大気や宇宙空間などで、放射線の影響によりアミノ酸前駆体が生成することを述べてきました。
では、こうしてできるアミノ酸前駆体とは、どのようなものなのでしょうか。
もし、ミラーや欧米の多くの研究者が考えるように、アミノ酸がストレッカー合成*でできるならば、その前駆体はアミノアセトニトリルという比較的単純な分子(図2 ‒ 5)のはずです。
しかし、加速器実験による生成物を加水分解する前に分析したところ、アミノアセトニトリルは少量しか存在せず、加水分解後に生じるアミノ酸のごく一部しか説明できないことがわかりました。では、ここでのアミノ酸前駆体とは、おもにどのような分子なのでしょうか。
*ストレッカー合成:アルデヒド(またはケトン)とアンモニア、シアン化水素との反応により、アミノ酸を合成する反応。
原始大気や星間物質をモデルにした単純な分子(たとえば一酸化炭素、アンモニア、水蒸気の混合物)に、宇宙線を模した高エネルギーの陽子線を照射して、調べてみました。照射を始めるとまず、気相中に「もや」が生じます。
このもやは、水によく溶けます。もやの溶けた水溶液を取り出して分析すると、分子量が1000以上のものが多くできていることがわかりました。これを加水分解すると、いろいろなアミノ酸が生じてきます。したがって、この分子量1000以上のものは、アミノ酸前駆体を含むことがわかりました。
加水分解してアミノ酸ができる分子量の大きいものというと、タンパク質が思い浮かびます。タンパク質はアミノ酸がきれいに一列に並んでつながった分子なので、加水分解すると、ほとんどすべてがアミノ酸になる、優れた生化学的機能を持つ洗練された分子です。
ところが、陽子線照射でできた分子を加水分解してできるアミノ酸は、もとの分子の数%にすぎないことがわかりました。つまり、もとの分子の90%以上は、アミノ酸以外の分子ということになるわけです。
機能が低く、洗練されていないけれど、役に立たないわけではない「がらくた分子」
生命のもとになるアミノ酸という分子が少しと、それよりずっと多くのアミノ酸以外の分子がつながった分子ということで、私たちはこれら分子量1000以上の分子を「がらくた分子」とよぶことにしました。
「がらくた」といえば普通は、役に立たない、値打ちのないもののことを思い出すでしょうが、ここでは「がらくた市」に並ぶ古い骨董品のようなものをイメージしてみてください。それらは最新の高機能のものではありませんが、まったく役立たずというわけではないはずです。
つまり「がらくた分子」とは、「機能が低い、洗練されていない分子」という意味合いで、そうよんでいるのです。図「グリシンの分子模型と〈がらくた分子〉のイメージ」の右が、がらくた分子のイメージです。左のグリシン分子よりもずっと大きいですね。
【写真】グリシンの分子模型と〈がらくた分子〉のイメージグリシンの分子模型と〈がらくた分子〉のイメージ
放射線によって、なぜこのような大きい分子ができるのでしょうか。
がらくた分子は、どうやってできるのか
そのくわしい機構はまだ不明ですが、重要なのは、放射線(粒子線やガンマ線など)のエネルギーが、紫外線や熱と比べてはるかに大きいことです。
分子の中で、原子と原子を結合させるエネルギーは数電子ボルト(1電子ボルトはエネルギーの単位で1.6×10⁻¹⁹ジュールに相当)ですが、紫外線のエネルギーも数電子ボルトなので、ちょっとした結合の強さの違いで切れたり切れなかったりと、結合が切れる場所は限定的です。
ところが放射線であれば、ガンマ線は数百万電子ボルト、宇宙線はそれよりもさらに高エネルギーのものが多いので、どんな分子でも簡単に結合を切ったり、電子を剝ぎ取ったりすることができます。だから放射線が通りすぎた直後は、原子はいったんばらばらになります(図「陽子線照射による「がらくた分子」生成のイメージ」の(a)a)。
しかし、ばらばらの状態は安定ではないので、すぐにつながってより安定な分子になろうとします(図「陽子線照射による「がらくた分子」生成のイメージ」の(b))。このようにして、ばらばらになったものが次々とつながって、さまざまな大きい分子(すなわち、がらくた分子)ができるのではないかと私たちは考えています。
陽子線照射による「がらくた分子」生成のイメージ陽子線照射による「がらくた分子」生成のイメージ。(a)陽子線が通ったところの分子がばらばらになる (b)直後に急冷されると次々と原子がつながる
では、このようながらくた分子は、何か機能を持っているのでしょうか。
がらくた分子の機能
タンパク質酵素の中には、「エステル」とよばれる、分子を分解してアルコールと有機酸にする活性を持つものがあります。これを「エステラーゼ活性」といいます。がらくた分子を調べてみたところ、弱いながらも、このエステラーゼ活性を持っていることがわかりました。
記事〈じつに、恐るべき「太陽フレア」による宇宙線…なんと、地球誕生時には「もっと頻繁に起こっていた」かもしれない〉でメルヴィン・カルヴィンについて触れましたが、彼が考えた「最初の触媒」のシナリオーー最初は非常に弱い触媒からスタートしたーーが、ここへきて現実味を帯びてくるのです。
「タフでなければ生きていけない」
ここで、生命が誕生するまでの化学進化の過程で必要なのはどのような分子かを、あらためて考えてみましょう。
いったん生命が誕生してしまえば、必要な分子をみずからリサイクルして使えるので、RNAのような洗練された弱く壊れやすい分子でもいいのですが、生命誕生前では必要な分子が壊れてしまえばおしまいです。ハードボイルドの主人公フィリップ・マーロウの台詞ではないですが、まさに「タフでなければ生きていけない」のです。
私たちは、陽子線を照射してつくったアミノ酸前駆体を含むがらくた分子の頑丈さを、アミノ酸そのものや、それまで想定されていた、がらくた分子よりも小さいアミノ酸前駆体と比べてみました。
アミノ酸が星間でできたとすれば、それは宇宙線にさらされます。原始太陽系星雲に取り込まれれば、場所によりますが、若い太陽からの紫外線やX線にさらされるでしょう。小惑星の内部では、放射性元素からのガンマ線などを浴びます。隕石や彗星からできた宇宙塵として地球に降るときは、太陽からの紫外線が最もシビアです。
これらの条件で比較してみますと、がらくた分子の形が、アミノ酸そのものや、小さいアミノ酸前駆体よりも安定であることがわかりました。
多様な機能を持つ可能性
また、「がらくた分子」とひとくくりにしていますが、それぞれの分子に共通しているのは炭素(C)、水素(H)、酸素(O)、窒素(N)でできていることと、平均して数%のアミノ酸を含んでいることだけで、構造はどれも異なっているはずです。
さきほど、がらくた分子は触媒活性を持っていると言いましたが、1分子ずつ取り出して、その触媒機能を測ることができれば、それぞれは異なった値を示すでしょう。そのなかには、何か"一芸"に秀でた分子もあるはずです。
生命の定義で、「ダーウィン進化」が重要視されていることを本シリーズ第1回目の記事で述べました。進化はより環境に適したものが選ばれるという「自然選択」によって起きるとする考え方です。
生命誕生後の生物進化においては、ダーウィン進化が重要な働きをすることは広く認められています。もし生命誕生前の化学進化の時代にも、このダーウィン進化が起きていたとすると、そのときに鍵となるのは、進化によって選別されるもととなる、大きい集団(「ライブラリー」とよびます)です。その意味でがらくた分子は、生成当初から膨大なライブラリーを形成しているので、きわめて多様な機能(触媒機能など)を持つものが含まれていることが期待できます。
RNAワールドの研究者たちが行っている試験管内分子進化という手法も、変異ライブラリーの中で機能の優れたものを選び、それを増幅して機能の優れたRNAをつくりだすものです。こうしたアプローチは「進化分子工学」とよばれていますが(図「進化分子工学のサイクル」)、がらくた分子が進化したとする「がらくたワールド仮説」も、基本的には同じ考え方といえます。
【図】進化分子工学のサイクル進化分子工学のサイクル。選別・増殖・変異を繰り返す
続いては、地球以外でも生命はできるのか、という問題について、取り上げます。