大昔は動物の血液を人に輸血していた

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血液型の発見は、輸血と密接に関わっています。けがなどで大量に出血した患者さんに血液を補えば命を助けられるのではないかという発想は自然なもので、古くは17世紀には最初の輸血が試みられたそうです。

ところが、なんと当初はヒツジなどの動物の血液を人に輸血しており、うまくいきませんでした。動物の血液を人に輸血するなんて、あまりにも野蛮で乱暴なように思えますが、当時の医学のレベルから考えるとやむを得ないでしょう。

19世紀の初頭には人から人への輸血の最初の成功例が報告されましたが、血液型が知られていなかった頃の輸血は運任せでした。たまたま同じ血液型同士で輸血すれば、問題ありません。ところが、A型の患者さんにB型の人の血液を輸血すると、患者さんの抗B抗体が輸血中のB抗原を持った赤血球を攻撃し、血液型不適合輸血による重篤な合併症が起こります。

より安全な輸血が可能になるには、1901年にオーストリアのカール・ラントシュタイナーによる「ABO式血液型」の発見を待たねばなりませんでした。第1次世界大戦時(1914〜1918年)には、保存血による輸血が実用化されました。そして1930年には、ラントシュタイナーがノーベル賞を受賞しています。


現代は必要な成分のみを輸血する「成分輸血」が主流

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今の医療では全血輸血はほとんど行われていません。患者さんが必要とする成分のみを輸血できるためです。

血液は大きく分けて細胞成分の「血球」と液体成分の「血漿(けっしょう)」からできています。

血球は「赤血球」「血小板」「白血球」の3種類。輸血と聞いて皆さんがまず思い浮かべるのが赤血球輸血でしょう。血液から白血球、血小板、血漿をできるだけ取り除き、赤血球の成分を多くした輸血です。「濃厚赤血球製剤」と呼ばれることもあります。血小板は止血の役割を果たす血球で、血小板輸血製剤は赤血球が含まれていませんので赤くなく、黄色です。白血球の輸血は、現在ではかなり特殊な病態にしか使われていません。

血漿にもさまざまな成分が含まれていますが、血漿輸血は主に血液を固めて止血する役割のある凝固因子の補充を目的に使われます。凍らせると細胞が壊れる血球成分と違って、血漿は凍結保存可能です。臨床の現場では「新鮮凍結血漿」と呼ばれています。ちなみに献血の「成分献血」では、血液中の血小板や血漿成分だけを取り出します。


「血液は生理食塩水で代用できる」説の真偽

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さて、世の中には「血液は生理食塩水で代用できるから輸血は必要ない」という耳を疑うようなデマもあります。

確かにごく少量の出血であれば輸血は必要なく、生理食塩水をはじめとした輸液を使います。また大量出血した場合でも、輸血の準備ができるまでは輸液でつなぐことがあります。出血によって体を循環している血液量が減ると、体は血管を収縮させて血圧を保とうとしますが、さらに出血が続けば血圧は下がり、各臓器に十分な血液を送ることが難しくなるためです。生理食塩水を点滴すれば血液の量が増えますので、血圧は維持されます。

しかし、大量出血時に生理食塩水の点滴を続けると血液がどんどん薄くなります。血液の成分の一つである赤血球の役割は酸素を運ぶことです。血液が薄まり赤血球が減ると貧血に陥り、十分な量の酸素を運ぶことができなくなります。こうなると赤血球輸血が必要です。また血を止める役割がある血小板や凝固因子は出血によって失われ、消費されます。輸液や赤血球輸血だけを行っていると血が止まりにくくなりますので、血小板輸血や血漿輸血によって補充する必要があるのです。大量出血時には、赤血球、血小板、血漿を適切な割合で投与することで臓器不全や外傷後合併症が減少すると考えられています。

輸血が必要になるのは、大量出血時だけではありません。白血病や再生不良性貧血のように血を造る働きが弱って赤血球や血小板の数が減る病気に対しても、輸血は有効な治療法です。こうした病気では体を循環している血液の量が減ったわけではないので、生理食塩水を輸液しても効果がありません。やはり輸血が必要です。


「海水が血液の代わりになる」という驚愕のデマ

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もっと驚くことに、生理食塩水どころか海水が血液の代わりになるという主張すらあります。「ルネ・カントン」という人物が「犬の血液を、希釈した海水に入れ替える実験をした」という逸話に基づいていますが、あるのは逸話だけで詳細な情報は不明です。生理食塩水と違って海水はさまざまな不純物が混じっていますので、静脈内に入れると大変危険ですが、「母なる海」というイメージもあって一部の人たちに信じられているようです。

循環する血液量が減っても、生理食塩水なり希釈した海水なりを輸液すれば血圧は保たれますので、カントンの犬の実験自体は行われたのかもしれません。輸血も輸液もしないよりは、海水を輸液するほうがマシではあるでしょう。血液を一度に全部生理食塩水に入れ替えてしまえば、赤血球も血小板も凝固因子もなくなりますので犬は死にますが、少しずつ入れ替えれば希釈されるだけですので、ある程度は耐えられます。が、一定を超えれば死にます。

海水や生理食塩水が輸血の代替になることを証明するためには、たとえば、血液を抜いた実験動物に対し、海水や生理食塩水を輸液する群と輸血する群とを比較して、輸液群が輸血群と少なくとも同等の成績であることを示す必要があります。もしそのような実験に成功すれば医学の進歩に大きく貢献しますので、ぜひとも論文として発表していただきたいものですが、決してあり得ません。